悪役令嬢と毒 2
「カーネリアとグラストーナの第一王子が婚約って、何がどうなっているんだ?」
ヴェルフント国第一王子シリルは、潮風に銀色の髪をなびかせながら、水平線の奥に見えるグラストーナ国を見やった。
ダルターノの所有する海賊船は、グラストーナ国が近くになるにつれて降りはじめた雪をものともせずに進んでいく。視界が悪い中の航海には慣れているらしく、その進行には危なげがない。
ヴェルフントを出発する前にシリルの耳に届いた情報に、彼はまだ頭が混乱していた。
「今回のことと言い、急すぎるカーネリアと第一王子の婚約といい……、グラストーナはどうなっている?」
「ここで考えたって答えなんて出ねぇだろ」
シリルの隣に立って、ダルターノが言う。
「だが……」
「ソフィアは何かに巻き込まれてる。今わかってんのはそのくらいだ。それが何かを確かめるために、ソフィアを助けるために行くんだろ? ソフィアに会ってから考えればいい。つーか、いつまでもそこにいたら風邪ひくぞ」
「ああ……」
シリルは小さく頷いて、肩越しにもう一度遠くに見えるグラストーナ国を見やってから、ダルターノを追って船室へと向かう。
ランドールがそばにいるのだ、ソフィアは無事だろう。そう思うけれどもシリルのざわついた心は逸って、まだグラストーナにつかないのかと、思わず口にしたいような気分だった。
☆
るんるんと上機嫌でグラストーナ国にやって来たカーネリアは、グラストーナ城にソフィアがいないと聞くと一気に不機嫌になった。
滞在中は城の一室が与えられ、その部屋は他国の王女を迎えるに足る豪華な部屋だったが、この城に、この空間にソフィアがいないのであれば、豪華な調度もカーネリアの心を満たすことはない。
それに加えて――
「マルゲリータちゃんのお兄様だって言うから、少しは期待したのに……」
あいさつに来た第一王子ヒューゴ。確かに、王族だけあって見目は麗しい部類だろう。だが――、好きな顔じゃない。
「姫様……」
サラドーラから連れてきた侍女のサーラが、困ったように眉尻を下げる。
サーラは先ほどから、必死になって「ヒューゴ様もお綺麗な方です」とか「見事な金髪ではないですか」とか言っているが、何を言われたところでカーネリアの気持ちは動かない。けれども、婚約すると言った手前、今更「好きじゃない」と言って逃げるわけにもいかないだろう。好き勝手生きてきたカーネリアも、一応は王女だ。王女の義務くらいわかっている。「やっぱやーめた!」と逃げれるような問題ではない。好きになれなくとも、添い遂げる覚悟はしてきた。――ひいては、愛しのマルゲリータと本物の姉妹になるために!
「サーラ、マルゲリータちゃんはどこにいるのかしら?」
「ヴォルティオ公爵とご結婚なさっていますから、公爵邸ではないかと……」
「そのヴォルティオ公爵邸に行きたいわ」
「……さすがにそれは、無理があるかと思われます」
来賓とはいえ、カーネリアは王子と婚約するために来たのである。王子をほっぽり出してヴォルティオ公爵邸に出入り――行ったは最後、入り浸るに決まっている――するわけにはいかない。
「ああ、わたくしのマルゲリータちゃんに会いたい……」
ソフィアにプレゼントするために、大量の宝飾品やドレスまで持参してきたのに、いないなんて。朝から晩まで着せ替えごっこをして遊ぶつもりだったのに。計画が水の泡だ。
「ほ、ほら、ソフィア様――マルゲリータ様のお姉様でいらっしゃるキーラ姫もお綺麗な――」
「あの女は趣味じゃありませんわ」
「そんなぁ……」
長年侍女を務めていても、カーネリアの琴線はよくわからない。だが、どうやらヒューゴとともにあいさつに来た第一王女キーラは、カーネリアの「好み」ではなかったらしい。それどころか、この様子では「嫌い」な部類に入っている気がする。なぜだ。綺麗な女性だったのに。
カーネリアはグラストーナ王家へ嫁ぐのに、早くも「夫」も「義妹となるキーラ」も気に入らないとなると前途多難だ。それこそ、カーネリアの心の安寧のためにソフィアを城に連れてこないと、ストレスのたまったカーネリアが何をしでかすかわからない。
「ほ、ほらカーネリア様、この後、王妃様がお茶会をとおっしゃられていましたから、支度をなさらないと」
「ああ、そんなことを言っていましたわねぇ。……気が乗らないわ」
「姫様あああ」
どうやら王妃も嫌いらしい。これは由々しき事態だ。せめて――
「こ、国王陛下も晩餐をご一緒したいと――」
「あら、そう? じゃあ着替えないと」
よかった。グラストーナ国王のことは気に入っているようだ。サーラはほっと息を吐き出して、持ってきたドレスから、深い青色の落ち着いたドレスを取り出した。だが――
「ああっ、そのドレス、マルゲリータちゃんとおそろいで用意したのに。マルゲリータちゃんがいないなんて――!」
うっかり「マルゲリータと姉妹コーデ」ドレスを引っ張り出してしまったサーラは真っ青になった。すっかりへそを曲げてしまったカーネリアは、とうとう、サラドーラから持ってきた「マルゲリータ人形」を取り出して、それに話しかけ始めてしまって、支度をするどころではなくなってしまったのである。
「カーネリア様、マルゲリータ様は歓迎パーティーにはいらっしゃるようですから! あと少しの辛抱ですから!」
「……お揃いのドレス、着てくれるかしら?」
「もちろんですとも!」
サーラが拳を握り締めて頷けば、カーネリアの気分は少しばかり浮上した。
「仕方がありませんわね。面倒だけど、お茶会の準備をしますわ」
サーラは内心でガッツポーズを決めて、「マルゲリータとお揃いコーデ」を封印すると、マルゲリータとは関係のない、安全な、緑色のドレスを取り出した。




