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19話 恋は思案の外②

オリビアは二人が出て行った方を恨めしそうな瞳で見ている。


グレンが去るとき耳元で小さく「ごめん」と言ったのは、ジュリア様を連れていってしまう事に対してだったのか? 最後の申し訳なさそうな顔を思い出し、もしかしたら、ジュリア様はわざと席を外したのではないかと考えてしまう。…オリビアには姉に聞かれたくない悩みでもあるのだろうか? 会話のきっかけは…と周りを探っていると、モモが私の前にきて小さくジャンプしている。


「――――ごめん。まだ、わからないの」


呟く私に、オリビアが通訳してくれる。


「モモは「さっきグレンが渡したものはなに?」って言っているのよ」


「ああ――…」


なんて言ったらいいだろう? グレンは、「わがままを言い出したら」と言っていたが、こんなに早く、渡してしまっていいのだろうか…迷う。

―――じっと見つめるモモ。手を伸ばすと、私の指をたしたしと叩いている。もうきっとばれているのだろう。指をつかんで首を傾げている……あざとい。この仕草と表情は……自分の可愛さをよくわかっている者がする、希望を通そうとするときの表情だ。お兄様がよくやっている…知ってはいるのだ…これを通したら、これを通してしまったら………。



――――私の負けですモモ様。かっ…かわいい…。葛藤する私を誘惑するように可愛らしい仕草を見せるモモにもう勝ち目がない。モモやお兄様という魔性の物には一生勝てないような気がする。お兄様が「ハニートラップには気を付けて」と、言っていたが、かかってしまったらもうどうすることもできないだろう。


袋を取り出す私を、じっと見つめるモモ。目がギラギラと輝いている。『…私間違えたかもしれない』と思うが、もうここまで来てひっこめるわけにもいかない。

 オリビアが小さなお皿を差し出してくれた。慣れているのだろう。オリビアを観ると、首を横に振っている…。モモに狙われたらあきらめた方が良いという事なのだろうか?


袋の中に手を入れると、小さな宝石が入っているようなつるつるとした感触がある。一握りしてお皿に乗せると、色とりどりの石が出てきた――――これはいったい? 色は綺麗なのに、禍々しいオーラをだしているように感じる…。そっとモモに渡すと、手に取り嬉しそうに食べている。


 「これは魔法石よ…。モモの好物なの」とオリビアが教えてくれる。怪訝な表情をしてしまっていたのだろう。オリビアが「ぷっ」と吹き出して笑っている。「あはは。アナスタシアは可愛い人ね」と笑っている姿は姉妹でとても似ていた。

 

 笑ったせいか、オリビアは緊張の解けたような表情で、お茶を飲んでいる。


 「ジュリア様はいつもお仕事忙しいの?」


 「そうね…。武道大会で優勝してからは、前より忙しくなってしまったの。ニコラス王子からの呼び出しも増えたし…」


 「少し寂しいわね…」


「お姉様が頑張っていることを知っているから。私が寂しいなんて言えないわ…」


 忙しいと、体調を気遣う反面、どうしても一緒に居られない寂しさを感じてしまう。私も、お兄様がお父様の仕事を手伝うようになって、会えない日が続いたとき、寂しくてしょうがなかった。休憩と言って、たまにチェスに誘ってくれるのがどれほど嬉しかったことか…。


 「私、お姉様といつも一緒にいられるグレン兄様が少し羨ましい…」


もしかして…と、なぜか心臓が嫌な音で鳴りだした…。


「――――ジュリア様とグレンは……恋人なの?」


私の言葉に、オリビアとモモが硬直した。――――知ってはいけないことだったのだろうか? いとこ同士、無理な話ではない。先の王と王妃もいとこ同士であったと聞いている。二人が寄り添う姿を想像し、急に温度が下がり、息苦しさを感じる。私…――――どうしてしまったのだろう? 


「ぶふぁっ」 「もぎゅっ」


と、吹き出す声に意識を戻すと、オリビアとモモが震えている……笑っているの?


「あの二人が……ありえないわ」


「もきゅもきゅきゅ」


オリビアの言葉に同意するように強くうなずくモモ。笑う二人に、恥ずかしさで体温が上がってくる。


「ふたりともそんなに笑わないでよ! 仲が良いからてっきり…」


「お姉様とグレン兄様は、男同士の親友っていうのが一番近いと思うわ」


伺わしそうに視線を送る私に、ふたりはさらに笑い声をあげる。笑いが収まったオリビアが目じりの涙を拭いて、落ち着けるように深く呼吸をした。


「…―――お姉様には心に決めた方がいるの」とオリビアは心の中の何かを解くように話してくれた。



* * *


オリビアが6歳の時、バーンズ家の姉妹とロジャー家の兄弟はいとこ同士とても仲が良かった。

ロジャー家の兄弟は皆怖い顔をしている。特に、長男のアレンは体格がよく、猛獣のように顔をしていたが、会うといつも優しかったのを覚えている。彼は大剣をいつも携えていた。次男のダレンは、ナイフのように鋭い顔をしていて、弓の名手の彼に仕留められない獲物はなかった。三男のグレンはそんなふたりに憧れているようだった。


ある日、バーンズ公爵領の端の山に魔物が住み着いたという噂がでた。

バーンズ公爵領には鉱山があり、魔法石や宝石、鉱石の採掘も盛んだ。魔物は、山に入った人を道に迷わせ、楽しんでいるという。大したことはしていないが、みんな気持ち悪くて、山に採掘に入れないでいる…と。

アレンとダレン、そして数名の屈強な男たちが、装備をそろえ魔物の討伐へ出発した。お姉様とグレン兄様は、「まだ幼いから連れていけない」と言われ、とても悔しがっていたのを覚えている。



それから1ヶ月…彼らは帰って来た。しかし、その中に――――アレンの姿はなかった。ダレン達と共に戻って来たのはアレンが愛用していた大剣だけだった。

ダレンや一緒に行った男たちは、「魔物は倒したが、アレンがいなくなってしまった」と「どんなに探しても見つからない」「もしかしたら戻っているのではないか」と一筋の希望で戻って来たことを話した。

父たちは魔道士を呼び、捜索隊がでた。一週間、一ヶ月と捜索は続けられたが、結局アレンは見つからなかった。


そして半年がたち…――――捜索は打ち切りになった。誰もが「アレンは魔物にやられて死んでしまった」と諦めていた。


父と姉の言い争っている姿を見たのは、その頃の事だった。


その日は、なかなか寝付けなくて、温かい物でも飲もうと、私はベッドから起き出した。ナイトウエアで部屋から出たことを、ばあやに知られると「慎みが無い」と怒られてしまうから、誰にも気づかれないようにこっそりと上着を羽織るとランプだけを持って廊下に出た。

昼間とは違う屋敷の雰囲気に、気後れしながらゆっくりと進む私の耳に、かすかにお姉様の声が聞えた。『お姉様も眠れないのかしら?』どうせならお姉様に「一緒に寝ましょう」と、誘ってみるのもいいかもしれない。

しかし、声は、お姉様の部屋を通り過ぎ、お父様の書斎の方から聞こえてきていた。近づくにつれ、夜中に話しているにしては大きな声に、二人が口論をしているのだとわかった。珍しい…―――父と姉は武闘派だ。口論するよりも、拳で語り合う方が早いと思っている二人である。そんな二人が口論? 『これは、聞いてはいけないことだ』と引き返そうとした私の耳に、信じられない言葉が届いた。


「――――私はアレン以外を伴侶にするつもりはありません!」


……アレン兄様!? お姉様とアレン兄様が伴侶!? ――――お姉様とアレン兄様が恋人同士だったなんて……。全然気が付かなかった…。

息をのむ私にさらに大きな声でお父様の声が届く。


「では、オリビアに公爵家を継がせるのか!」


「…公爵家は私が継ぎます。私がひとりで継いで見せます」


「おまえは…。未婚の女が爵位を継ぐという事が、どんなに困難なことか…」


「――――覚悟はできております。十三になりましたら、王立騎士団の入団試験に臨みます。王立騎士団で名をあげ、国民の誰しもが納得できるような存在になります。どうか父上…小娘の戯言ではございません。私は生涯をかけます。どうか、認めてください」


初めて聞く、お姉様の悲痛な声。聞いている方も悲しくなる。

王立騎士団に入る? お姉様がいなくなってしまう…。あまりに衝撃的な内容に、思わず出そうになる悲鳴を、手で抑えることで飲み込んだ。しかし、口を押えた手はランプの存在を忘れてしまった。手から滑り落ちるランプをどうすることもできない。――――ガシャン。という音に、「誰だ!!」と扉が開いた。


目の前に現れたお姉様は、驚愕の表情をしている。やはり、聞かれたくなかったのだろう。しかし、立ち聞きしていた事を上手くごまかす事なんてできない。緊張するとでてしまう悪癖が出る前に、お姉様に口元を押さえられた。


「父上、オリビアが」


お父様は深い溜息で返事をする。


本当は誰よりも探しに行きたかったはずだ。しかし、捜索に何年かかるかわからない。今家を出て行ってしまえば、もう公爵家を継ぐことはできないだろう。



お姉様は今でも待っているの。結婚はしないと、ひとりで公爵家を継ぐと決めて…」


未婚の女性が爵位を継ぐことは容易な事ではない。まして、公爵家であれば尚の事だろう。


「アレン兄様がいなくなって2年…。お姉様は、王立騎士団の入団試験に合格したの」


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