二十一話目~中断~
「走れ、孝臣!」
アスモが叫ぶと同時、俺の頭の上をバットが通過する。一瞬のうちに懐までもぐりこんできた龍さんは、ためらうことなくバットを振り切った。後ろの方で棚が砕ける。どうやら、この人も俺と同じ増強型か。
俺は体勢を立て直しつつ、廊下へと出る。この狭い図書室では分が悪すぎる。廊下へと出た俺たちは図書室から出てこようとする龍さんたちへと攻撃の矛先を向けた。
「伏せろ!」
ルシファーの凛とした声が響き、数秒遅れて凄まじい圧力がサタンたちへと放たれる。その勢いに、彼らは吹き飛ばされたものの、楽しげに笑いながら立ち上がる。
「ヒハハハハッ! いいなぁ、おい!」
「おい、サタン! まだ殺すなよ! こいつらはおもしれえからな!」
と、そこで寧々さんが扇子を取り出して振るう。どうも、それが彼女の武装であるそうだ。しかし、鉄でできているわけではない、ともすれば、脆そうに見えるものだ。だが、その真価は別にある。
「ハッ!」
寧々さんが扇子を一閃すると同時、風の刃がサタンたちへと襲い掛かる。
これこそが、彼女の持つ能力。風を支配する能力だ。
しかし、サタンはそれをあえて受け切る。その体に無数の傷を作りながら、なおも吠えた。
「ヒッハハハハハッ! むかつくなぁ、おい!」
「ああ! それにしても……あいつら、いいもんもってやがるな。羨ましいぜ」
龍さんは、じろりと俺と寧々さんを交互に睨む。そこには好戦的なものが隠されていた。
寧々さんを庇うように、ルシファーが前に立つ。
「寧々よ。貴様は後ろにいろ。奴らは私が引き受ける」
「あら? 守られるだけは納得がいかないんだけど?」
「ふん。やはり貴様は私が選んだパートナーだな。よく似ておるわ、私に」
「それはどうも!」
刹那、寧々さんは扇子を持って舞う。すると、彼女の周囲で徐々に風が集まっていき、やがてそれは龍のようになった。
「ハッ!」
寧々さんの凛とした掛け声とともに、龍がサタンへと唸りを上げながら襲いかかる。
やはり人間である龍さんは退場になる恐れがあるからかサタンの後ろに身を隠したが、サタンは依然として微動だにせず、それをまともに食らった。
あれは、台風の塊のようなものだ。それの直撃を受けて無事なわけもなく、サタンたちは盛大に吹き飛んで図書室の扉を突き破っていった。
「まだだ。気を抜くな」
息をつきかけた俺にルシファーが厳しい視線を寄越す。確かに、彼らは満身創痍になりながらも立ち上がっていた。しかも、サタンに至っては先ほどよりプレッシャーが増している。それはおそらく、能力によるものだろう。
サタンはニッと口の端を歪めながら俺たちの方へと駆けだしてきた。
「アスモデウス!」
ルシファーが吠えると同時、アスモが前に出た。刹那、サタンは急いで急ブレーキをかけようとする。だが、すでに遅い。
「――ッ!」
アスモは手を打ち鳴らし、幻覚を発動させる。それをまともに受けてしまったサタンは何かを追い払うような動作をしていた。だが、その時にはすでにルシファーが手を前に構えている。
「どけ!」
ルシファーが最大火力で重圧を放つ。それにより、サタンはほとんど抵抗することすらできず図書室の壁を突き抜けて、下へと落ちていった。
一方で、残った龍さんはこちらへと向き直る。まだやる気らしい。
身構える俺たちをよそに、ルシファーが告げた。
「人間一人で戦うか。その意気やよし。だが、人間が勝てる段階ではないだろう」
そう言って、重圧がルシファーの手から放たれ、龍さんは見事に吹き飛ばされた。が、落ちるギリギリで踏みとどまって一気にこちらへと向かってくる。
なぜだろうか。絶体絶命のピンチだというのに、彼の口の端には笑みが浮かんでいた。
「アスモ!」
「わかっている!」
アスモが手を打ち鳴らす。が、二回目ということもあり読まれていたのか、龍さんはベルゼブブがやったように地面をバットでたたき、音を打消しこちらへと再び向かってきた。
「残念だったな。私がいるのを忘れるな」
ルシファーが手から重圧を放つ。龍さんはなす術もなく吹き飛んだ。
彼は全身ボロボロになって、けれど力強い眼差しのまま俺たちを睨みつけてくる。
「ああ……てめえらつええな。それに、何だその能力。化け物どもめ。ちくしょうが……いいなぁ、それ」
「貴様もよくやった。流石はあのサタンの……」
そこまで言ったところで、ふと窓の外に黒い影が躍る。
サタンだ!
「ルシファー!」
「な……ぐおっ!?」
サタンは窓ガラスを突き破ったかと思うと、ルシファーの頭を鷲掴みにして外へと引きづり出した。間一髪、ルシファーも背中から翼を展開させたものの、すでに遅い。サタンの拳をまともに受け、彼は地面にまともに叩きつけられた。
破砕音と衝撃がここまで響いてくる。サタンはこちらに見向きもせず、一直線にルシファーの元へと降下する。とっくにキレているのだろう。瞳孔が完全に開いていた。
一方で、龍さんは再びバットを構えてこちらへ向き直った。
「あっちはサタンに任せるとして……こっちは俺か。くく、楽しいじゃねえか」
「相変わらず下賤ですわね」
「かまととぶってんじゃねえよ、クソが」
龍さんは小さく吐き捨てるように言って、再び駆け出してきた。俺は二人を庇いつつ、前に立つ。
「どけぇ!」
龍さんが鉄バットを振り下ろす。俺はそれを手甲で受けたが、すさまじい威力だった。ガクリと膝をつく。手甲には、ひびが入っていた。
単純な増強型で、こんなことがあり得るのか?
……いや、待て!
そうだ。この人は嫉妬を倒し、その能力を奪っている。もしかしたら、それを重ね掛けしていたのか。
理解すると同時、どっと汗が噴き出てくる。マズイ。これは、非常にマズイ。
俺は生唾を飲みこみながら後退した。しかし、ここで負けるわけにはいかない。
俺は左腕に意識を集中させた。直後、肥大化する左腕。ベルゼブブたちから奪った能力だ。
それを見て、龍さんはなおさら楽しそうに笑う。
「いいなぁ、おい! かかってこいやぁ!」
バットを振りかぶる龍さんに、俺は容赦なく拳を放つ!
手甲による身体強化と、肥大化によるパワー増加。これなら、どうだ!
しかし、そんな俺の思いをよそに彼はひかず、グッと腰を落としてバットを振るった。
甲高い金属音が鳴り響き、空気が振動する。じりじりと押される感覚。だが、ここで負けるわけにはいかない。
「おおおおおおおおっ!」
俺は、ことさらに力を込める。だが、力が拮抗しているのか押し切れない!
このままでは、ジリ貧だ。そう思った時、
「ハッ!」
俺の横へ寧々さんが躍り出て、扇子を振るう。そこから放たれた風弾は、バットを振り切った状態の彼の体に直撃した。
「ごはっ!」
龍さんは口から空気の塊を吐き出して大きく吹き飛ばされる。
「全く、私を忘れないでいてほしいものですわ」
「ありがとうございます、寧々さん」
「礼はいりませんわ。それより、まだですわよ。構えなさい」
見れば、確かに龍さんはまだ立ち上がろうとしていた。何というタフネスだ。
あれも、能力によるものなのか?
そうして俺たちが構えを取った直後、
『それまで。これにて、戦闘は終了とする』
無情にも、戦闘終了の合図が流された。




