二十話目~遭遇~
翌朝、俺たちはルシファーと合流して作戦を話し合っていた。ルシファーは絶えず周囲を警戒しており、そのかわりに寧々さんが話を聞くというスタイルだ。
どうもサタンからは奇襲を喰らったらしく、それ以来ずっとこうだそうだ。
やがて俺たちが案を言い終えたところで、寧々さんは小さく頷いた。
「そうね。この状況では単独行動は危険でしょうから、チームで動きましょう。それから、一ついいかしら?」
「何ですか?」
「ベルフェゴールたちを、味方に付けることはできないかしら? いえ、味方でなくてもいい。彼の能力……千里眼でしたっけ? それがあればサタンの位置を把握できるのでは?」
確かにその通りだ。そちらの方が闇雲に探すよりも断然効率がいい。
「どうかしら? ルシファー」
「うむ。流石は寧々だ。その案でいこう」
ルシファーは二つ返事で答えたが、そこでアスモが手を上げる。
「どうした?」
「いえ、少し気になったことがありまして。ベルフェゴールは、私たちに関して非協力的でした。それは、残り三名になった時自分が真っ先に狙われるだろうから、とも言っておりました」
「つまり……私たちに力を貸せば、必然的に自分も勝ち残るのが嫌だと奴は言っておるのか?」
「直接そう言ったわけではありませんが。大体そんなところです」
と、そこでルシファーは眉根を寄せた。彼は小さく舌打ちし、腕組みする。
「むぅ……ならば、ベルフェゴールを先に片付けるか?」
「それは得策とは思えません。彼は千里眼を持っています。つまり、私たちから逃げる術に長けている。もし、その最中にサタンに出会ってしまったら?」
「なるほど。つまり、奴にうまく誘導される可能性があるということだな?」
「そうです。こればかりは、何とも難しい話ですが」
ルシファーは小さく肩を竦めた後で、俺の方に視線を寄越した。
「タカオミ。貴様の意見を聞きたい。どうすれば一番効率が良いと思う?」
「……俺は、分断して叩いた方が良いと思う」
「なっ!?」
一同が驚愕に目を見開く。だが、俺は構わず口を開いた。
「まず、ベルフェゴールとこちらに誰かが戦闘を開始する。次に別のチームが目立つ場所でサタンを挑発し、一旦は戦闘にもつれ込ませる。その後、頃合いを見て奴らを引きつけたまま離脱し、もう一方のチームと合流。そこで、乱戦に持ち込めば勝機はある……かも」
「面白い」
ルシファーの顔には好戦的な笑みが浮かんでいた。
だが、これにはいくつかの問題点がある。
一つ。ベルフェゴールのは逃げる術を持っているということ。
二つ。仮にサタンから逃げることに失敗した場合、待っているのは死であること。
三つ。乱戦になり、最悪ベルフェゴールとサタンが俺たちの打倒を目的として手を組む可能性があるということ。
正直、成功確率は低いだろう。それなら、いっそ最初から迎えうった方が良いとも思う。けれど、乱戦になればこちらは有利に戦いを進められる。そういう能力を持っているのだから。
アスモは小さくため息をつき、ルシファーに意見を求めた。
「して、どうなさいます?」
「タカオミの策を使おう。とすれば……そうだな。ベルフェゴールは、言葉までは聞き取れない、はずだろう?」
「一応、そうだと思います」
「ならば、お前たちがそちらに迎え。面識がない私よりは穏便に事が進むだろう。そして私がサタンをおびき寄せる」
「本気なの? ルシファー」
不安げな表情の寧々さんの肩を、ルシファーはポンとたたいた。
「案ずるな、寧々よ。すでに策は練ってある。あの下賤なものに今一度礼儀を教えてやらねばな」
「それでは、各自の配置につくということでよろしいですか?」
「うむ。武運を祈る」
「そちらも、どうぞお気をつけて。行こう、孝臣」
俺はアスモの後ろをついたまま、図書室へと向かっていく。どうやらまだいるようだ。その気配がする。
俺たちはすぐに図書室の扉を開けて、中に体を滑り込ませた。すると、中にいたここなさんが俺に向かって手を振る。
「やぁ、二人とも。久しぶり。見ていたよ、ベルゼブブ戦。彼が思慮深くなくて助かったね」
おそらくそれは暗に馬鹿にされているのだろう。ベルゼブブが思慮深ければ、俺たちは間違いなく殺されていた、と。
アスモは冷静な様子でそちらへと歩み寄った。
「それにしても、君はいいのかい? まるで戦闘に参加していないじゃないか」
「まぁね。でも、いいんだよ。そんなことめんどくさいし。ねぇ、ベルフェゴール?」
「そうそう。めんどくさいことはやりたがらない主義なんだよ、こっちは」
「ああ、そうか。じゃあ、これからどうするつもりなんだい?」
その問いに、ベルフェゴールは考え込む様子を見せた。
「そうだねぇ……ぶっちゃけ、勝てる気がしないんだよね」
「は?」
「いや、だって考えてごらんよ。あのルシファーとサタン。アスモデウスは本来なら攻撃的じゃないけれど、そこの子が厄介だ」
ベルフェゴールは俺の方をチラリと眺めている。彼は皮肉げな様子で口の端を歪めていた。
「だって、考えてもごらんよ。君たちは、強欲と暴食を撃破した。そこでさらなる能力を得ている。対して、こちらは誰も撃破していない。どう考えても、不利だろう」
「じゃあ、素直に降参してくれる……というわけでもないだろう?」
「もちろん。こっちにも願いがあるからね」
「願い?」
そこまで言ったところで、ベルフェゴールとここなさんは視線を交わし、そこで同時に笑う。
ここなさんはにやっと笑いながら続けた。
「願い事。それは……ずっとだらだら過ごすこと! 一年中。ずっとゴロゴロしていたいんだ」
熱弁するここなさんの横で何度も頷くベルフェゴールを見て、アスモは額に手を当てた。
「忘れていたよ……君はそういう奴だった」
「悪いね。でも、それが僕たちの願いなんだ。だから、申し訳ないね。簡単に死ぬことはできない」
交渉は決裂と言ったところだろう。いや、何ともしょうもない理由――いや、本人たちは大まじめなのだろうが。
逆に、こいつらは本当にイレギュラーな存在だと最近認識できてきた。
ベルゼブブと似ているようで、また違う。自分から決して攻撃してこない。
戦意がないのだ。たとえ自分たちの本拠地で、絶対的優位にあったとしても攻撃してこないのは、やはり興味がないからだろう。
こいつらが戦うとしたら、その時は確実に最終決戦。もしくは、逃げられないと覚悟した時だけだろう。
いずれの場合にせよ、曲者だ。
と、その時――空が割れたかと思うほどの轟音があたりに響いた。
「孝臣!」
見れば反対の校舎の屋上でサタンとルシファーが激突しているのが見て取れた。
俺は窓際により、ずぃっと右腕を突き出す。
誘引の能力が、少しでも働けばいい。そうすれば、一瞬でも隙を作ることができる。
俺は右腕の先に神経を集中させた。しかし、距離が離れすぎているせいか上手く働かない。
「へぇ~……やっぱり生は迫力が違うねぇ」
ベルフェゴールはどこか感嘆したように呟いた。その隣では、ここなさんが眠たそうに見つめている。
「う~ん……ベルフェゴール。サタンって、あっちのいかつい奴だよね?」
「そうそう。で、ルシファーはあの偉そうなやつ。ま、実際偉いんだけど」
「……逃げた方が良いかな?」
「だね!」
その瞬間、ベルフェゴールはここなさんの体を担いですたこらと逃げ去ってしまった。俺もその後を追おうとしたが、すぐにハッとして身構える。
サタンは、すでにこちらを視界に留めていた。その怪しい双眸が俺を射抜く。
「孝臣。戦闘態勢だ」
「わかってる!」
俺が手甲を展開させるとほぼ同時、サタンがこちらに突っ込んできた。間一髪、俺たちは身を屈めたが、衝撃の余波だけでも吹き飛ばされそうになる。
見れば、サタンの背中には真さんがしがみついていた。彼は下りるなり、こちらをギロリと睨みつける。
「お~お~……楽しくなってきたなぁ、おい!」
「ヒハッ! だろぉ!? やっちまおうぜぇ!」
サタンと真さんは互いに笑い、それから身構える。真さんの武器は……鉄バット?
いや、でもあれにも何かしらの能力が付与されているに違いない。
俺はごくりと唾を呑みこんだ。
その時、ふと後ろから翼のはためきのようなものが聞こえてくる。見れば、そこにはルシファーが立っていた。
「多少計画とは違ったが……まぁ、良しとしよう」
「ですわね。こうなれば相手は袋の鼠。早く片付けてしまいましょう」
ルシファーと寧々さんが挑発的な視線をサタンたちへと送る。しかし彼らは心底楽しそうに笑い声を上げるのみだった。
「ヒハハハハッ! 多対一かよ! むかつくなぁ! 腹立つなぁ! 燃えるなぁ! ッハーッ!」
刹那、彼らから発せられるプレッシャーが増大する。
本能的に察した。こいつらは、格が違う、と。いや、生物としての根幹が違う。同じ土俵で戦うのがそもそもの間違いだ。
何故なら俺たちは人間であり、彼らは人の形をしているものの――その本質は獣に近いのだから。




