十九話目~確証~
「とりあえず、今の状況を整理しよう」
開口一番、アスモはそう言った。
「まず、私が生きていたことについてだ。おそらく、悪魔たちはこの戦いにおいては死なないようにされているのだろう。人間が死なない限りは、本拠地に転送され、そのまま待機させられる」
それは大体俺でもわかっていた。悪魔が死んだ状態では、このゲームの趣旨に反する。そもそもこれは悪魔たちの代理戦争なのだ。悪魔がいない時点でゲームが成り立たない。
アスモは難しい顔で、首を捻る。
「ただし、人間は違うだろう。人間が死んだ時点でゲームは終了となる。ただ、今回私の件で考えたのが、もしかしたら殺された人間も私のように蘇生されて今はどこかにいるのではないかということだ」
「確かにな。それは十分あり得る。だって、お前がこうして生きているということは、蘇生する力があるってことだもんな」
「その通り。だが、まだ確証はないがね。もしそうだったとしたら、孝臣は別の願いを叶えられるが……」
「いや、今はその話はいいだろ。とりあえずは、現状把握だ」
俺の言葉に、アスモは少しだけ意外そうな顔をしてみせた。
「孝臣。君は先ほどの戦闘でだいぶ変わったようだね」
「そうか?」
「ああ。ベルゼブブ戦で、死ぬような思いをしたのだろう。何というか、少し大人になった気がするよ」
……そうかもしれない。何故ならあの時、俺は自分の意思で人を、健吾を殺したのだから。
ルシファーに命令されていた時とは状況が違う。あれは命令されていただけで、俺の意思はなかった。
と、そこでふとアスモがスピーカーの方に目をやった。
「それにしても、ペナルティがあの一戦だけだったのはよかったね」
そう。アスモの言う通り、ペナルティはあの一戦だけだった。それが終わるとアスモの能力も元通り使えるようになっており、さらには俺に新たな追加報酬――つまりはベルゼブブを倒したことによる能力を授けてくれた。
それは、『肥大化』。体の一部分だけを巨大にすることができる能力だ。ただし、扱いが難しく相当なコントロールが必要とされる。先ほど発動した時は誤ってアスモを潰しそうになってしまったほどだ。
あの時はたまたま能力が使えたが、まだマモンから受け継いだものも存分に使えない。実質くれているだけマシだが、活用できているかといわれるとそうでもない。
せめて、何日か練習する期間があればよかったのだが。
まぁ、それは今言ってもしょうがないことだ。俺はため息をつきつつ、アスモを見やる。
「で? 次は何だっけ?」
「ああ、そうだった。まず、グラウンドについての謎は解けた。あそこはタイマン専用。つまりは再戦場所だ。しかも、ペナルティまで課される。やはり、迂闊な真似はしない方がいいだろう」
「だろうな。わざと死んでも、逆に自分の首を絞めることになるから気をつけなくちゃ」
彼女はこくんと頷きつつ、次の話題に移る。
「次に、残りのチームについてだ。まずは、私たち。次に、ルシファー、ベルフェゴール。最後に、サタンだ。最初に言っておくが、サタンは相当な強者だ。あのルシファーですら苦戦するような相手、さらには、ベルゼブブと互角に渡り合ったほどなのだから」
「だな。俺が勝てたのは、本当に運がよかった。ベルゼブブと俺たちの間に力量差があったから油断してくれただけで、もしそれがなかったら俺たちは間違いなく脱落していた」
「そう。だからこそ、絶対に単独で遭ってはならない。そうだね……ルシファーと共闘するのは十分ありだろう。ベルフェゴールは……たぶん無理だろうね。共闘を好まないから」
しかし、俺たちとルシファーたちだけではたして勝てるのだろうか?
事実、ルシファーはそうとう苦戦したと聞いている。そこに俺たちが加わって、どうなるのか?
俺たちには、ベルゼブブたちのような圧倒的な火力が足りない。どちらかというと、トリッキーなタイプだ。幻覚を使い、相手の意表を突く感じ。
これでは、少しばかり心もとない。
アスモは依然として難しそうな顔をして呟いた。
「おそらく、ベルフェゴールとサタンが鉢合わせることはないだろうね」
「何でだ?」
「決まっているだろう。ベルフェゴールには千里眼がある。そして、彼はサタンの事が、少しだけ苦手なんだ。だから、できるだけ会いたくないだろう。とすれば、必ず逃げようとする。そうなった時、私たちとルシファーたちがサタンを相手取る必要があるということだ」
そうか。千里眼は、やはりこのゲームにおいて脅威だ。
最後まで勝ち残ることは、確実。勝ち残らねば能力を得られないだろうが、それでも優位にあるのは変わりない。このゲームにおいて必要な情報を、彼らは全て得ることができるのだから。
俺は小さく肩を竦めつつ、口を開いた。
「そうだな……じゃあ、どうする? サタンの能力は、ルシファーたちから聞いていないのか?」
「一応聞いている。まぁ、これは予想通りの能力だったがね。彼の能力は、増強。怒りのボルテージが上がるごとに力が増していく厄介な能力さ」
「上限は?」
「わからない。ルシファーが言うには、彼が能力を発動しているにもかかわらず、サタンの接近を許したほどだと聞いている」
「そうとうじゃないか……」
これはマズイ。あのルシファーの能力を破りかけたというのか?
だとすれば、どれほどの力を持っているのだろう。あのパワー特化型のベルゼブブすら押し負けたのだ。長期戦になれば、確実にやられる。
アスモは再度ため息をついて、椅子に腰かけた。
「人間の方は、よくわからないそうだ。一緒にいたそうだが、戦闘には加わらなかったらしい」
「やっぱり、能力を隠しているのかもな」
「そうだと思う。君たち人間が持つ武器にもそれぞれの固有能力があるみたいだからね。それを知らないというだけでも脅威だ。更に、厄介なのは彼らも嫉妬を殺した、いわば私たちと同じタイプだということだよ」
「……だな。俺たちがベルゼブブ戦でそれを最後まで隠していたみたいに、奥の手として出してくるかもしれない。気を付けないとな」
「うん。けど、一つだけ勝算がある」
「それは?」
彼女はそこで会心の笑みを浮かべた。
「決まっているさ。彼らはあまり頭がよくない。ベルゼブブの口車に乗せられるくらいだ。だとすれば、能力を引き出させることは可能……かもしれない」
「どうやって?」
「簡単だよ。煽るだけ。煽って煽って煽りまくる。そうすれば、あっちは私たちを殺そうと躍起になり――能力を全開にしてかかってくる。その時に私が改めて能力を使って攪乱すればいいさ」
だが、俺はそこで口を挟んだ。
「待てよ。あいつらって怒れば怒るほど強くなるんだろ? 煽ったら逆に……」
「そう。強くなる。だが、それこそがいいんだよ。自分たちの能力をよくわかっているのは、他でもない。彼らだ。だからこそ、煽る。煽って、強くなっているにもかかわらず私たちが殺せなかった場合、彼らは確実に奥の手を使う」
「上手くいくのか? 奥の手を使われる前にやられる可能性は?」
「わからない。でも、不可能ではないんだ。もし能力がわかれば、後々大きなアドバンテージになる。虎穴にいらずんば、虎児を得ずという奴さ」
彼女はそう言って、にやりと笑う。
なぜだろうか?
そこには確かな確証と自信が隠されていた。




