十一話目~違和感~
その後、アスモは図書室を物色し始めたのだが、俺は何もする気が起きなかった。
やはり、紫は死んだ。いや、殺されたのだ。その事実が胸を締め付ける。これが現実じゃなくて、夢じゃなかったらどれだけよかったことだろう。
だが、これは現実だ。もう、それは変えようがない。
「……よかったら、どうぞ」
ふと、ここなさんが俺の方にガムを差し出してきた。俺は受け取りつつ、頭を下げる。
「すいません……ありがとうございます」
「いいよ。お礼はベルによろしく」
「……どうも、ありがとう」
「ん。ってか、あれだ。お前さん、あの娘と知り合いだったのか」
ベルフェゴールの言葉に俺は頷きを返した。
「ああ。そうだ。幼馴染だった」
「……怒ってるか?」
「それは、誰に対してだ?」
ベルフェゴールは退屈そうに欠伸しながら言う。
「サタンたちだよ。もしくは、俺に、か」
「別に」
「言い訳がましく聞こえるかもしれないが、助けに行く間もなかったんだよ。外に出てたあいつらにいきなりサタンが……」
「ベル」
ここなさんは口を挟んで、ベルフェゴールにジト目を向けた。
「人には触れられたくないことがあるんだよ」
「あっそ。ったく、人間ってのはめんどくさいな。それは悪魔も同じだが」
それだけ言ってベルフェゴールは目を閉じる。その数秒後、大きく開かれた口からはいびきが聞こえてきた。
ここまで色んな悪魔に出会ってきたが、基本欲望に忠実らしい。
ベルフェゴールは確か……怠惰だったか。なるほど。確かにそれを全身で体現している。
そしてここなさんは……いかにも怠惰を司るといった感じだ。終始気だるげにしているし、だらけている印象が強い。
そう言えば、アスモが俺を選んだのは普通だからだと言っていたな。もしかしたら、相性が強すぎるというのも何か困ることがあるのかもしれない。
「孝臣」
ふと、後方からかかる声。見れば、アスモは両手にたくさんの本を抱えていた。
「だいぶ資料は得られたよ。だが、いいのかい? ベルフェゴール……って、寝てるね。では、パートナーである君に聞こう。大丈夫なのかい? 借りてしまっても」
するとここなさんは机に頬をつけながら手をプラプラと振った。
「いいですよ。もうあらかた読んで記憶しましたんで」
さらりとすごいことを言うここなさんに、アスモは苦笑した。
「なるほどね。やはりベルフェゴールが選んだだけはある。じゃあ、ありがたく頂戴するよ。それと、一つ聞きたい」
「何でしょう?」
「君たちは、私たちと同盟を組む気はあるかい?」
いきなり核心をついてきたアスモに、ここなさんは体を強張らせた。
だが、その意見には俺も賛成だ。
ここなさんたちの能力があれば、戦闘を優位に進められると思う。それこそ、千里眼なんて言うのはこのゲームにおいてほぼ最強ともいえるものだ。仲間になったらどれほど頼もしいことだろうか。
けれど、ここなさんはフルフルと首を振った。
「いや、ならないよ。だってそうなったら色々とめんどくさそうだからね。こっちはこっちで好きにさせてもらうよ」
「本当にいいのかい? より勝ち残りやすくなると思うけど」
「いいよ。だって、同盟を組んだって最後は殺し合いになるわけがないでしょ? その時情が移って殺せなかったとかなったらめんどくさいし」
それは……言われて初めて気づいた。
情が移る、か。考えてみれば、俺もルシファーに好感に近いものを抱いていた。
少なくとも、最初よりは情が移っていると思う。
ここなさんはぐ~っと背伸びをしたかと思うとごしごしと目を擦った。
「だって残りは五チームだよ? 仮にここで同盟を組んだとして残りを倒したとしても、その後残るのは三チーム。そうなった時、まず確実に新参者で、かつ能力的に不利なこちらが狙われるだろうね。それがめんどくさいんだよ。二対一とかね。別にこっちは勝ち残りたいなんて露ほども思っていないし、流れに身を任せるさ。ま、何かあったらここにおいでよ。情報ぐらいはリークしてあげるからさ」
アスモは飄々とした様子のここなさんを見てため息を吐きつつ、肩を竦めた。
「わかった。それじゃ、失礼したね。行こうか孝臣」
「あっ! お、おい!」
そそくさと歩いていくアスモの背を追おうとして、俺はくるりと振り返った。
「あの、ここなさん。ありがとうございました!」
「いいよ。それより、一つ忠告だよ。敵討ちなんてことは考えないことだ。感情には任せない方がいい。結果的にそれは悲劇を招くだろうからね」
そこまで言ったところで、ここなさんは再び机に突っ伏した。
何だかこの人、ゲームとかで言う預言者とかそう言った雰囲気がする。必要な時だけ情報をくれるけど、深くは干渉してこない感じ。まさしくそれだ。
俺もここなさんに会釈をしつつ、アスモの後を追った。
やがて図書室から離れたところで、アスモが緊張の面持ちで口を開いた。
「孝臣。あのチームには気を付けた方がいい」
「は?」
「わからなかったかい? あの子は間違いなく切れ者だ。そして、ベルフェゴールも普段はあんなだが、やる時はやる。もしかしたら、このゲームの台風の目となるかもしれないね」
こいつがこんなに真剣な顔をしているのを見るのは初めてだ。それだけあのチームがすごかったということだろう。
いや、でもそれも少しわかる気がする。
何というか、ここなさんもベルフェゴールもまだ腹の内を見せていない感じがした。底が知れない、という奴か。もしあの二人が本気になったらどうなるのだろう?
いや、それよりもだ。
俺の当面の目標はサタンたちの打倒だろう。あいつらが、紫を殺したのだ。
ここなさんはああ言っていたけど、俺の胸中ではサタンたちに対する怒りで満ち満ちていた。できることなら、すぐにでも殺してやりたい。できる限り惨たらしく、命乞いをしようとも許しはしない。必ず殺す。どんな手を使っても殺してやる。殺して殺して殺しつくして――。
……は?
俺は自分で自然に思ってしまったことに首を傾げる。
今、俺は何を考えていた?
あれだけ殺しは避けようと言っていたはずなのに、躊躇なく殺しを実行しようとした。その考えに行き着いた。
まだ俺は無蓋さんを殺したことを忘れたわけじゃない。あの時彼の体を貫いた感覚もまだ手に残っている。
だというのに、だ。俺はためらいもなくサタンたちを殺すという結論に至ったのだ。
俺は……どうしたんだ?
このゲームに入って、違和感を感じたことは何回もある。けど、これは異質だ。
ありえない。俺は誰も殺したくない。だが、だからといってサタンたちを許せない。ならば、殺すのか? いや、待て。勝ち残れば生き返らせることが……。
「孝臣?」
ふとかけられたアスモの声で俺はハッと我に返る。彼女は不安げに俺の顔を覗き込んでいた。
「どうしたんだい? もしかして彼らに何か……」
「いや、何でもない。何でもないんだ」
言って、俺は足を速めた。
脳内に湧き上がる嫌な考えを振り払うように。




