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十話目~開示~

 昼食を終えた俺たちは、向かい合って話し込んでいた。無論、これからのことについてである。

「私としては、情報収集を第一に考えた方がいいと思う」

 アスモがふと口を開いた。

「それはわかる。だが、どうやって?」

「私の能力を使う。仮に誰かと鉢合わせたら幻覚を使い、離脱する。少なくともそれで戦闘は避けられるはずだ」

 確かにそれはアスモの言う通りだ。彼女の能力は直接的攻撃力は皆無だが、無益な戦闘を避けることができる。上手くいけば情報を得るだけ得てそのまま撤退し続けることも可能だろう。

 が、俺は質問をぶつけた。

「ルシファーは、どうする?」

 同盟を結んだ以上、ある程度行動は共にした方がいいと思う。なるべく大勢の方が対処もしやすくなるはずだ。だが、アスモは小さく首を振った。

「彼には上手いことを言ってその場に留まらせようと思う。彼が来た場合、一つ難点があるからね」

「何だよ、それ」

「彼も私の幻覚に呑まれてしまうということさ」

 そうだった。俺たちはまだあいつらに能力を教えていない。と言うよりも、その能力にかかる条件だ。こればっかりは、後に敵になるかもしれない相手にそうペラペラと話せるものではない。

 仮に彼らが一緒だった場合、能力を分析される可能性がある。とすれば、やはり俺たちだけでやる方がいいのだろう。

 アスモは大きく息を吐きながら時計に目をやった。

「それにしても、まだ昼の三時か。ずっとここにいると時間間隔も狂ってしまうね」

「だな。なぁ、アスモ」

「何だい?」

「捜索に行く時、図書館に寄らないか?」

 本でもあれば少しは気がまぎれるだろう。それはアスモも同じ考えだったようでゆっくりと頷いた。

「それはいいね。もうここにある本は読んでしまったし、何より図書館には私たち悪魔に関しての文書もあるだろう。君も知っておくといい。私たちが一体どういう存在なのかを」

「ああ。そうだな。やっぱり俺も……」

『静粛に』

「――ッ!」

 ふとスピーカーから流れてきた音声に俺たちは身を強張らせる。

 馬鹿な。まさか、一日に二回だと? これまではそんなことはなかったのに。

 驚愕に目を見開く俺をよそに、なおも音声は流れてきた。

『これより、戦闘を開始する。制限時間は三時間。さぁ……殺し合え!』

「行こう、孝臣」

 すぐさま立ち上がりドアの方へと向かうアスモ。俺はその後をついていきながら、ふと尋ねた。

「一日に二回って……もしかしたら周期が増えたりするのか?」

「わからないね。ひょっとすると、ゲームがあまり進んでいないのかもしれない」

「?」

 首を傾げる俺を見て、アスモが丁寧な解説を寄越した。

「つまり、脱落者が想定よりも少なかったということさ。今のところ分かっているのは、嫉妬と強欲。まだ五チームが残留している」

 そうか。七チームの潰しあいだから、本当はもっと早くてもおかしくないってことか。

 とすると、俺たちのような行動派だけでなく穏健派もいるのかもしれない。

 アスモは俺の心を読んだように意味深な笑みを浮かべてきた。

「どちらにせよ、私たちがやることは一つだ」

「ああ。絶対に勝ち残る。そしてみんなを生き返らせる。だろ?」

「そうだ。頑張ろう、孝臣」

 階段を上っていきながらも、アスモは周囲の警戒を怠らない。

 無蓋さんの時の経験を活かしているようだ。あれは決して無駄なことではなかったらしい。

 というか、俺も強欲の能力を早く使いこなせるようにならなければ。アスモに直接的な攻撃力がない以上、戦うのは俺ということになる。最悪、悪魔と人間二人を相手取らねばならない。そのための術を持っていなければ、野望を叶えることなど夢のまた夢だ」

 やがて屋上に付くと、案の定ルシファーたちがいた。彼らはこちらの姿に気付くなりすぐに歩み寄ってくる。

「孝臣……くん? でしたわよね?」

 寧々さんの問いに、俺が頷きを返すと彼女はいきなり尋ねてきた。

「あなた、スマホは持っている?」

「持っていますけど、充電がありません……だから、使えないんです」

「……ちょっと見せてもらえるかしら?」

 断る理由もないので、俺はすぐ彼女にスマホを渡した。すると彼女はしばらくそれを見た後で、満足げに鼻を鳴らした。

「よかった。どうやら私の持っているものと同じ機種のようですわね。ルシファー。とりあえずどこかの教室に入って彼のスマホを充電させてあげたいのですけど」

「ふむ。いいだろう。どこに行く?」

 と、そこで不意にアスモが口を挟んだ。

「ここでは通話が可能なのですか?」

 返されるのは、首肯。寧々さんは俺にスマホを戻しながらアスモの目をじっと見据えていた。

「もちろんですわ。最初の日、覚えてます?」

「それは……当然」

「その時私、手当たり次第に連絡を入れたのですが……いえ、結果だけ言いましょう。外部への連絡は不可能でしたが、学校内部にある電話には通話が繋がるようですわ」

 刹那、アスモの目がカッと見開かれる。

 だとすれば、かなりのアドバンテージを得たことになる。俺が寧々さんのスマホの番号を教えてもらっていれば、いつでも通話が可能となり、作戦の話し合いも容易にできる。

 が、そこで寧々さんは声を潜めて告げた。

「ただし、学校備え付けの電話を利用した場合、盗聴される場合があるかもしれません。そうならないために、貴方のスマホを使いたいのです」

 なるほど。つまり、SNSを使うというわけか。それならば漏洩の心配はほとんどないだろうし、まっとうな判断だ。

「でも、急に何でそんなことを?」

 俺が問うと、寧々さんではなくルシファーが口を開いてきた。

「決まっている。昨日のあれの件だ。ああいったように不可解な出来事が起きた時、瞬時に連絡を取り合えればより戦いやすくなるだろう」

 そうか……昨日何か言いかけていたのは、もしかしたらそういうことだったのか。連絡を取り合えるかどうか……か。スマホの充電がないと知ってからは捨てた考えだっただけに新鮮である。

 と、そこでルシファーがドアの方へと向かっていった。

「行くぞ。寧々。どこが安全だ?」

「では……視聴覚室など如何でしょうか?」

「ふむ、上々だな。場所は?」

「四階。比較的すぐ着きますわ」

 言いつつ寧々さんもルシファーの後を追う。俺たちもその後を追いながら、顔を見合わせていた。

 どうやら裏ルールの存在を知ってからというもの、ルシファーたちも同盟の大切さを再認識したらしい。やはり話してよかった。これで闘いを有利に進められる。

 ――そうこうしているうちにドアのところへと到着。俺たちは先を急ぐルシファーたちの後を追った。

 屋上のドアを抜けて階段を下りると、右の方に大教室――視聴覚室が見えてきた。敵の気配がないのを察知したらしきアスモは俺にしか見えないように小さく頷く。

「さて、ここでよいか?」

 一足先に視聴覚室へと足を踏み入れたルシファーは近くにあったコンセントを指さした。寧々さんはそこに素早くコンセントを差し込み、俺にスマホを渡すよう催促してくる。

 当然断る理由もないのですぐ渡すと、充電を開始する電子音があたりに響いた。とりあえず、これで一段落だ。

 この視聴覚室はそれなりに広い。いすや机の数も相当あるし、前面には巨大スクリーンがある。しかも、防音機能までついているのだ。これなら盗み聞きされる心配も薄い。

「さて、アスモデウス。これからどうするか、貴様たちの言い分を聞こう」

 待っていました、と言わんばかりにアスモデウスは目を輝かせた。

「はい。私たちは、図書室へと向かいたいと思っております」

「ほぅ……何故だ?」

「そこには、私たち悪魔に関する文献もあるといいます。ならば、それを入手しておくに越したことはないかと」

「それもそうか……ならば、私も」

「いえ、それには及びません」

 ルシファーの言葉を遮って、アスモは続けた。

「ルシファー様はここで待っていてください。私たちが先遣隊となって周囲の状況を確認するとともに書物を入手してまいりましょう。その代わり、ルシファー様にはここにて待っていてもらいたいのです」

「それもそうね。今はこれが最優先ですから」

 寧々さんが助け舟を寄越してくれる。それを受け、ルシファーも同意の意を示した。

「では、行ってまいります。行こう、孝臣」

「ああ」

 そそくさと視聴覚室から出た俺たちは、すぐに図書室へと向かう。幸いにも、同じ階だ。行くのにもそう時間はかからない。

 少しずつ図書室が見えてきた。が、その時。ふとアスモが足を止めた。

「アスモ?」

「……孝臣。待った。あそこに誰かいる」

 彼女が指差すのは、まさしく図書室。見れば、明かりがついていた。その様を見て、俺は緊張に身を固くする。

 俺は無理やりアスモの手を引いて近くの物陰に隠れながら声をかけた。

「マジかよ……誰だ?」

「それはわからない。ただ、確実に誰かがいる」

 詳しいことまではわからないか……まぁ、しょうがない。やることは一つだ。

「とにかく、入ろう」

「正気かい? 孝臣」

「大丈夫だ。万が一危なくなったらお前の能力で離脱して、ルシファーの元へ行く。それから、一緒に倒してもらうんだ」

 誰がいるのかわからない。実力も、能力も、全くの未知だ。だが、俺たちには味方がいる。だからこそ、それを活用しなければ。

 アスモはしばし俯いていたが、やがて首肯を返した。それを受け、俺たちは図書室の方へと足を向ける。話し声はしない。だが、それが一層不気味さを募らせていた。

 やがてドアの前に到着。俺は震える手で一気にドアを開けた。するとそこには――

「ん~……お~……君か。久しぶり」

 どこからか持ってきたのかわからないスナック菓子を貪りながら本を読み漁っているここなさんの姿があった。さらにその後ろには、二メートル近くはあろうかという巨漢の男性。彼も同様にだるそうにしながら本を枕にして机に突っ伏していた。

「ここなさん……?」

 彼は小さく首肯して、そのまま大きく欠伸をした。

「そうか……とうとう来たか。ベル。お客さんだ」

 すると、ベルと呼ばれた巨漢は大きく背伸びをしながら気だるげな視線を俺たちに寄越してきた。

「おお、何だよ。アスモデウスじゃねえか。ってか、めんどくせえな。やり合うのもめんどくせえし」

 こいつは……何だ? さっきというものが、覇気というものがまるで感じられない。俺の知る悪魔とはかけ離れた男だった。

 一方で、アスモは彼の方へとゆっくり歩み寄る。

「やぁ、ベルフェゴール。怠惰を司る君らしい歓迎だね」

「ん、まぁな」

「私が君を襲うとは考えないのかい?」

 アスモがドスを聞かせて言うと、ベルフェゴールは含み笑いをしてみせた。

「思わないね。だって、俺にはお前が戦意を持っているように見えねえもん」

 まるで望遠鏡を覗き込むようなジェスチャーをしてみせるベルフェゴールに、ここなさんが言った。

「ベル。結局やらないってことでいいんだよね?」

「ん。もちろんだ」

「そうか……」

 ここなさんはまたも退屈そうに本を読み始める。その様を見ながら、アスモが聞いた。

「ベルフェゴール。一つ聞きたい。君たちが、嫉妬を殺したのかい?」

「うんにゃ。俺じゃねえよ。そういうお前らは……強欲を殺したな?」

「――ッ!?」

 アスモが息を呑むのが伝わってくる。俺も同様だ。

 まさか見られていたのか……?

 驚愕する俺たちをよそに、ベルフェゴールは告げる。

「隠しても無駄だぜ。俺の能力でばっちり見させてもらったからな」

「……『千里眼』かい?」

「ご名答。俺は基本なにもしたくねえの。動きたくもねえし。だから、能力が制限されると知った時まずそれを思い浮かべた。動かず、領域内――つまり学校にいるすべてを見通せる。極力戦闘を避けられるしな」

 こいつはさらりと言っているが、その能力はこのゲームにおいて鍵ともいえるものだ。いわば、バランスブレイカ―。直接的攻撃力はないに等しいが、情報収集ならば右に出るものはいないだろう。

「そんな力を持っていながら、何故君たちは逃げなかった?」

「そりゃ、お前らに戦意がないのがわかってたからだよ。何度も言うが、見てたんだよ」

 ということは、こいつの前で隠し事はできない。音声までも聞き取れるかはわからないが、それは言ったらまずそうな気がする。もし知らなかったとしたら、アウトだ。

 と、そこでアスモが問うた。

「ならば、ベルフェゴール。教えてほしい。誰が、嫉妬を殺したんだ?」

 その瞬間、ベルフェゴールはそれまで眠そうにしていたのが嘘のようにキッと表情をこわばらせた。

「ほぅ……お前のパートナーは、嫉妬にご執心なのかい?」

「いいから、言いたまえ」

 だが、ベルフェゴールは首を振った。

「やめとけ。敵討ちなんて。そんなもの、こんなゲームないじゃ通用しねえんだよ」

「そんなのわかってるさ」

 気づけば、俺は勝手に口走っていた。でも、もう止まれない。

 アスモを押しのけて、ベルフェゴールの目を見ながら言ってやる。

「でも、知っておきたいんだ。嫉妬を殺した相手がだれなのか。そして、嫉妬のパートナーは誰だったのか。だから、頼む。教えてくれ」

 ベルフェゴールはしばらく俺の目をじっと見据えていたが、やがて大きくため息をついた。

「熱いなぁ、お前さん。正直苦手なタイプだわ。できる限り一緒にいたくねえ。だから、これを聞いたらすぐに帰ってくれ」

 ベルフェゴールは眠っているここなさんに視線を寄越しながら、小さく、けれど通る声で告げた。

「嫉妬を殺したのは、憤怒を司るサタンとそのパートナー竜崎真。殺された嫉妬のパートナーは……南雲紫だ」

 その言葉を聞いた瞬間、俺の頭は真っ白になった。


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