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それでも俺は哭き続ける  作者: しゃぶしゃぶ
二章 広樹/裕也
12/23

第九話 あーあ、入っちゃった

 うざい。

 今、目の前がショッキングピンク一点に染まっている。


「京ちゃんはゲーム制作の担当何?」

「僕はストーリー全般だよ。そういえば七美さんはまだ決まってなかったんだっけ?」

「うん、でも私もストーリーやってみたくなったな~」

「じゃあ一緒に考えようよ! これから宜しく!」

「うん!」


 俺が部室のドアを開けて入ったにも関わらず、俺や晃雄そっちのけで話を進める二人。もう二の句もつげない状況に、俺達は窓へ寄り添い黄昏ることしか出来なかった。


 七美がプログラミング部への入部の決意を表明してから早数日、京助も最初はたじたじだったものの今はまるで当初から部員だったかのように饒舌に話し込むようになり、多少の呼び出しに目を瞑れば基本的には平穏無事な部活ライフを送っていた。


 ほのぼのとした雰囲気が漂う部室で俺達が普段通り雑談に花を咲かせ、最早部活と呼んだら罵倒が飛び交いそうな空気を醸し出す中、唐突に荒々しくドアが開かれた。

 動作の主の顔を窺おうとドアの方を凝視すると、そこには。


「おまんら、学級委員の仕事はどうした…?」

「チッ、逃げられなかったか」

「あっ」


 まるで般若のような形相でこちらを目の敵とでもいうように睨み付ける教師(笑)の姿が。

 それに対する俺と七美の反応の差は歴然としていた。七美は信条"恋は盲目"の元、学級委員の仕事を忘却の彼方へ追いやっていたのに対し、俺は只の確信犯である。案外学校を嫌うと図太くなるもので、こういうことも屡々(しばしば)ある。


 ともかく、言われたものは逃げようもないし仕方がない、と俺は椅子から腰を浮かした。


「ひろちゃん、嫌なら言えよ?」


 晃雄の言葉に、刹那の逡巡を余儀無くする。


「ああ、あの時はお前と七美には世話になった。巻き込んで悪かった」

「何を今更。俺達の仲だろ?」

「本当にありがとな」


 俺達は自分達の教室へと気怠さを抱えて歩く。

 視界の端に、黙りこくって俯いていた京助の姿を捉えたが、俺はそれには然程(さほど)気を留めず。


 思えばこれは、学級委員の仕事を放っておいてまで気にかけるべきことだったのかもしれない。








 ◆◆◆


「ひとまず、こんなもんかな」

「うん、早く戻ろう!」


 見事に教室の環境を整え、次なる授業に向けて万全なる準備を期した俺達は、忌々しき教室を痛め付けるかのように勢いよくドアを閉めて部室へと動く足を速めた。「ダァン!」という音が未だに廊下中に響いている。


「お前、いいやつだよな」


 不意にそんな事を呟く。

 雑用へ赴く前に晃雄にかけられた言葉を反芻していたら、おこぼれが頭を小突かれて出てしまった。


「…えーと、どしたの? 急に」


 七美は照れている、というよりばつが悪そうな雰囲気を醸し出しながら口元を引き攣らせた。確かに今の発言には少し思う所が無いこともない。京助一本筋なのに、しかもそれを理解しているであろう相手にナンパとも取れる言葉をかけられたのだ。気のない相手に口説かれるのは、女としてはくるものがあるのだろう。


「ああ、いや、学級委員の話だ」

「ああ…うん、あれは」


 俺がそう訂正すると、七美は段々と口ごもっていき、(やがて)その口を一文字に引き結んだ。

 と思ったが、少し経過し、再度口を楕円の形に開く。


「あれは、私の落ち度だから。当然のことだって」

「いや、あれを落ち度と思えるんだから、本当にお前はいいやつだ」


 傷つけていることを詫びもしない悪質な奴だっているんだから。

 傷つけていることに気付きもしない薄情な奴だっているんだから。


 俺は友達の数こそ少ないが、友達の性格には恵まれていると思う。俺は幸せ者だ。少なくとも、友達の数にのみ恵まれる為に悪戦苦闘している元友達(裕也)よりは。


 俺は精神的に暗くなった視界を明瞭にしようと、唐突に七美から視線を外し、仄日の沈む方向へ首を回した。山に粗方身を隠しているにも関わらず、鮮やかな深紅の光が俺の目を焼き切るかのように刺し、少し目が眩む。だが、その美しくも儚い景色は、俺を感慨に耽らせるには十分だった。


 あいつらは、本当に良いやつらだ。










 ◆◆◆


 俺は昨日、一人で帰りの道のアスファルトを無意識ながらいつもより強かに踏みしめながら考えた。


 俺は何故、学級委員にもう一度選ばれてしまったのか。貧乏くじを二度も引かされてしまったのか。確率は俺のクラスの人数が四十人だから四十分の一という極小なる可能性、ましてや二連続というのは数学的観点から見て四十の二乗、つまり千六百分の一という、まるで針の穴に糸を投げて通すくらいにはありえない可能性なのだ。とても偶然とは思い難い。


「はあ…」


 まあ、何はともあれ、冷静に考えてみると俺を心配してくれた七美や晃雄に失礼極まりない態度をとってしまったと内心で猛省していた。どうも自分は落ち込んでいる時には見境というか何というか、そういう物がなくなってしまうようだ。学校への足取りが重い理由に新しく"気まずさ"が追加されてしまったが故か、いつもより十分ほど遅く学校に到着した。


「俺、あいつらにどんな顔して会えば良いんだ…」


 正門前なのに堂々と眉間に皺を寄せ、空を仰ぎ見たのは仕方のないことだと思う。


「あ、ひろちゃん。おはよ」

「え? ああ、おう」


 背後から掛けられたいつもと変わらない挨拶に少々どころか多大なる戸惑いを隠せないまま俺は空返事をした。


 七美と晃雄だ。


「……」

「おう? 元気ねーな、どした?」


 俺の沈黙になんともデリカシーに欠ける反応を示した晃雄。こちとら申し訳なくて目も碌に合わせられないってのに、こういう時には案外グイグイと踏み込んでくる。それが少し有難くもあり、おこがましくもあった。

 だが今回、完全に俺に非があるというのに何でもないような顔でそう吹っかけてくれた晃雄に、覚悟のスイッチは奥まで押し込まれた。


「いやその、昨日は―――」


 俺が昨日の失礼を謝罪しようとしたその時。


「ああ、そのことなんだけどね」


 七美が少しにやつきながらその言葉を遮断してきた。

 心なしか、晃雄も笑みを隠し切れていないかのようにニヤついている。


 これから謝罪をする筈だった相手に「気持ち悪っ」と謝罪とは真逆の心境になった俺は、何だか先刻まで覚悟云々を真面目に考えていただけに拍子抜けして、尋ねた。


「…何だよ?」


 ここまでニヤつかれるとこちらの方が段々腹が立ってくるものだから不思議だ。


 なんて俺が剣呑な表情に移り変わっていくのを尻目に、七美が俺に握手を求めるかのように手をさしのべる。


 そして、地獄から俺を微量ながら、いや、大いに解き放つ一言を発した。


「私、学級委員になりました! これからよろしく!」

「―――は? マジで?」







 ◆◆◆


「お願いします! 私を学級委員にして下さい!」

「んー、そう言われてもなあ」


 私、三ツ橋七美は今、先生に頭を下げている。

 もしこの行動の意味を、理由を、言葉で表すなら。


“償い”である。


「もう決まったことだしなぁ…」

「そこを何とか!」


 担任の先生、日奈垣花火(ひながきはなび)先生はその仕方ないという言葉とは裏腹に徹頭徹尾面倒臭いという思いを顔に滲ませながら後頭部を乱暴に掻き(むし)った。


 日奈垣花火先生。私たちのクラスの担任の先生をしていて、生徒からの評判は可もあれ不可もあれ。「ノリがいい奴」と賞賛する人も居れば、「周りに流されるだけの度胸の無い奴」と罵倒する人も居たりと、賛否両論だ。実際、後者の意見は一概に間違いであるとは断言できず、例を挙げるならば、だらけているひろちゃんには注意が出来るけれどもクラス一番の厄介者、時経貴十君にはその傍若無人な態度にたじろいで結局「注意は冗談」みたいな雰囲気に甘んじてしまう、等々。ちなみに、その適当極まる性格からか、ひろちゃんはこの先生を一番嫌っている。


 私は、ひろちゃんが覚えた理不尽を嫌という程知っていた。ひろちゃんが痛感した苦痛を嫌という程聞き及んでいた。


 なのに、私は怖気づいた。

 また高崎でいいだろ、という貴十の提案に異議の声を張り上げることが出来なかった。


 私のせいで、ひろちゃんはまた同じ苦痛を味わう。

 私のせいで、ひろちゃんは苦しみ、哭き続ける。


 だから、“償い”だ。

 私は止められる人物だった。絶望に藻掻(もが)くひろちゃんに手をさしのべる数少ない、いや、ただ一人だった。

 なのに、自ら手を引っ込めてしまった。絶望に突き放してしまった。


 正直、こんなものを一緒に背負ったくらいでは“償い”には程遠い気がしてならない。

 けれど、しないより、しなければ。


 そんな決死の思いが、私に先生の前に膝を付かせた。


「ちょっ!? 三ツ橋ちゃんいきなり何を!?」


 私は、周りがざわめく程に鬼気迫る土下座を公衆の面前でド派手にかました。深々と(こうべ)を垂れ、おでこを床へとこする。


「これ以上…ひろちゃんに……もう…ッ」


 その先は、嗚咽に混じって声に出ることはついぞ叶わなかった。涙がポタポタと零れ落ち、築三十年はあろうかという磨り減った床に濃いシミを作る。


「~~~っ! わかった! わかったから土下座だけはどうにかしてくれ!」


 観念したのか、頭を上げるよう促される。土下座というのはする方も恥ずかしいが、意外とされる方も沽券に関わる何かがあるのだ。計画通り、という某殺人ノート保持者の言葉程冷徹ではないが、若干計画性を入れて土下座をしていた。誠心誠意と言いたい所だったけれど。

 ともかく、目的の一つを達成して頭を上げる。


 だが、もう一度頼み事をする必要がある。

 というより、私が納得するためにこの人にはやってもらわなければならない事がある。


「そして先生、もう一つ。これは、答えるだけでいいです」


 その言葉に、言葉ではなく身震いという挙動で恐怖を全面に押し出して返事をした先生。

 その恐怖をさらに促進させるような怒りの目で先生を見据えて、一つ。


「先生は、何も思わなかったんですか」

「―――へ?」

「あの時、場に居なかったのをいいことに、面倒を一人へ押しつけて、時経君に先生として注意する素振りも見せずに。本当に、何も思わなかったんですか」


 ひろちゃんが、とは明確には断言せずに、一般的、常識的思考を持っているならもう自分が何を言いたいかなんて極々簡単に理解できる程度に、或いは罪悪感を持っているなら必ず思い当たる程度に、一つ一つ丁寧に表現していく。


「……」


 先生は押し黙った。手を顎に添え、考える仕草をする。すぐ出てこないのだろうか、将又(はたまた)ただ単に思い詰めているだけなのか。前者なら殴り飛ばしたいという衝動をどうにか理性が抑えながら、静かに口が動くのを待つ。


 次の瞬間、目の前に立っている人物を“先生”と認識出来なくなった。


「どういうこと?」

「―――っ」


 自分でも大した自制心だったと思う。今、目の前の人物に殺意さえ芽生えていたのだから。


 なんで、みんな気付かないの。

 ひろちゃんは、もうこんなにボロボロだってのに。

 ひろちゃんは、もうこんなに哭き声を上げているのに。

 その声は、何一つ、誰一人として届いてなくて。

 しかも、その哭き声の矢先はこんなになった原因である人全員なのに。

 そんな人達が、悪びれの一つも無いなんて。


「失礼します」

「あ、うん」


 私は今、失望していた。勝手に面倒を押しつけておいて断りも入れない生徒に。そんな人を止めもしなかった先生に。


 何より、何もしてなかったのにこんな事を本人ヅラで思っている私自身に。


「あ、木下君…」

「おう」


 どうやら待っていてくれたようだ。

 木下君は私を見つけると全てを察したかのように肩を竦め、こちらに駆け寄ってくれた。


「ねえ、木下君」

「ん、何だ?」

「私達って、優しすぎるのかな。それとも、ただズルいだけなのかな」


 それは言外に、ひろちゃんの哭き声に気付けるのは私達だけという意味と。

 ひろちゃんの仲間のくせして何も出来なかったのに、こんなことを思っていいのかという意味が含まれていて。

 いや、もう友達だなんて思われていないかもしれない。


「確かに、ズルいだけかもしれん」

「…うん、そうだよね」

「でもな」


 自分を責めようとしたその答えを迷い無く断絶し、人差し指を立てて。


「悪いのとズルいのとは違う」

「え?」


 そう結論を先に提示し、続けた。


「いいか、よく考えてみろよ。この場合の悪いとは、生徒達、先生含めひろちゃんを貶めた奴ら、しておいて何もしなかった奴ら。んで、この場合のズルいとは、三ツ橋を含めた、ひろちゃんを庇おうとした奴ら、出来なかったけど何かした奴ら」


 ここで一旦区切り、またさらに続けた。


「さてこの前提を踏まえたところで、問題だ。悪いとズルいの間に不等号を入れ、どちらがより正しいか、どちらがよりひろちゃんを想って行動したか、答えろ」


 木下君は左右一本ずつ人差し指をたて、右手を『悪い』、左手を『ズルい』と定義した。私から見れば、左側が『悪い』で右側が『ズルい』だ。


「簡単だよな?」


 そんな、お茶良けた声で回答を促す木下君に、内心で木下君の左手、右側を指さして「ズルい」と思いつつも、納得せざるを得なかった。

 自分を卑下して「>」と答えると、「悪い>ズルい」となって、生徒達、先生達を良く言ってしまう。それは、「悪い<ズルい」と答えるよりも余程ひろちゃんを冒涜するもので。


 その優しさに思わず微笑みながら答えを口にしかけて、詰まる。


「あれ、えっと、なんて言えば良いんだろあのマーク…」

「…せっかくの雰囲気が台無しだな、一応俺の粋な計らいだからな?」


 さっきの感動も何処吹く風、私達はお互いにお腹を抱えて失笑した。


 この空気でさえ、木下君の計算の内だったのだろうか。







 ◆◆◆


 日が緩慢に沈んでいく。その自然の摂理にどれほど目をやっていただろうか。

 次第に夏めいて熱や湿気を帯びた風が俺達の肌を切り裂き、その独特の感触に汗を禁じ得なかった。


「…戻るか」

「うん」


 汗が頬を伝い、その感覚で長考していた事を察すると、少しぼんやりとしていた意識が呼び戻され、改めて歩を進める。


 俺は、人より不幸だと思う。自負できる。


 だが、不幸になれば不幸になるほど、少しの幸せが天地開闢に等しい雄大な、天国にでも手が届きそうな幸せに感じられるものだ。

 それ故に俺は、その幸せを待ち続ける。

 いつか「不幸に耐えて良かった」と歓喜に打ち震える日まで。

 いつか不幸など太刀打ち出来ない幸せに出会える日まで。


 俺は、物思いに耽っていた間に様子を窺おうとも帰りを催促しようともせずただ何も言わずに待ち続けてくれた親しき幼馴染みの姿にそんなことを胸に誓いながら、床を踏みしめる。


 瞬間、地面に穴が開く錯覚を起こした。


「やめろおおおおおおおっ!!」

「「!?」」


 全てを拒絶するかのような悲鳴。その声の主は考える間もいらない。


「京助の声だ!」

「京ちゃん!!」


 七美が俺より早く駆け出し、俺もその後を付けていく。全速力で部室までの最短距離を行く。

 部室の前に着いた。


「京ちゃん!?」


 七美が般若もかくやという形相で扉を荒々しく開け、中へ。

 俺もそれに続こうとして―――。


 ―――そこから先は、行かない方が良い。


 ふと、そんなことが頭を過ぎった。

 だが、それもほんの一瞬。何の気の迷いがそうさせたかは知らないが、今はとにかく京助が最優先事項だ。


「京助! 何があった!」


 ―――あーあ、入っちゃった。


 俺が七美に続いて入り、京助の方を向こうとして視界の端に、口を押さえて震えている七美を捉える。何があったと京助の方を再度向くと、そこには。


 ―――もう、生きている保証はないよ。


「お前らのせいでっ、お前らの―――っ!」

「あぐっ」


 拳で殴られている晃雄の姿と、蹲って泣き叫ぶ京助の姿と。


「ゆ、裕也…?」


 悪魔とも見紛う顔を浮かべ、晃雄の顔面をただひたすら殴打する裕也の姿があった。


「高崎、か…?」


 その声は、形容するなら地獄からの呻き声。そう思った。

 それは後に、(あなが)ち間違いでも無いことを知る。


 俺の人生における地獄への序章は、まだ始まったばかりだったのだ。

大変お待たせいたしました。しゃぶしゃぶです。

今回、一身上の都合によりなろうにさわる機会がグンと減り、そのうえさらに文章がタラタラと長くなってしまったので遅くなりました。精進いたします。


評価、感想、ブクマなど、よろしければお願いします。

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