第十話 良いことを教えてやるよ
さて、今回の題名ですが、誰のセリフでしょうね。
読者の皆さんも考えながらご覧下さい。
俺は、脱力感に見舞われ今にも頽れそうな体を懸命に支えることに意識の大部分を費やした。
「裕也、またあんなオタッキーな奴に絡んでたの?」
「プログラミング部に未練でもあったか~?」
何故、この期に及んで高崎と接触してしまったのか。
発端というか、きっかけは、ほんの些細な出来事だったと思う。
こんな日に限って漢字帳のページを切らし、周りから拝借しようとしたがこんな日に限って失敗に終わり。
運命ってのは実に唐突で不可解だ。過去と情が関与する余地を一切持たずして生まれる運命もあれば、過去と情が複雑かつ深遠に絡み合って生まれる運命もある。
今回は、その両者が該当するのだろう。俺が漢字帳のページを切らす、周りが誰も貸してくれない、高崎しか借りられる人間がいない、その場を友達に目撃されてしまう。これらは全て急な出来事、「唐突」を表すものだ。
そして、「不可解」を表すのは―――。
(いや、俺は何を考えているんだ)
喉まで出かかった苦しみの種を考え一つで払拭、飲み込む。
だって、そんなことをしたら、また。
(この環境で生き延びる為には、情なんて些事だ)
そう、俺は生き延びる為に理不尽を、「不可解」を受け入れなければならない。飲み込み、そして笑わなければならない。生憎、愛想笑いや同調は得意分野の内に入る。
だったらやるしかないのだ、生き延びる為には。
抜けかけていた力が体に籠もるのを感じる。俺は表情から何かを悟られないように、自分でも判る程に気色の悪い喜色満面の笑みを作って高崎を睥睨しながら、吐き捨ててやった。
「んな訳ねーだろ、あんなクズの溜まり場に未練もクソもあるか! ちょっと漢字のページぱくってただけだっての!」
すると、話しかけてきた二人は先程よりも口を鋭利な三日月に歪め、同調の声を上げる。
「ぷっ、いってやるなよー本当のことなのにさー!」
「「「あっはははははははははは!!」」」
そう、これが正しいのだ、これが正常なのだ、と脳裏に自己暗示の言葉が木霊する。高崎のあの苦痛に歪んだ顔は、当たり前、至極当然のことなのだ。俺は何も悪くない。唯のありふれた世間話をしているに過ぎない。ゴシップな報道で赤の他人が、誰かが精神的苦痛を味わうのは仕方のないことなのだ。誰かが泥を啜るような目に遭わなければいけない世の中なのだ。それがこの学校で小規模ながらも発生している。似たようなものじゃないか。
何故、取り繕っているんだ。
何故、悲しんでいるんだ。
何故、俺はこんなにも―――。
(プログラミング部のせいだ)
そうだ。あんな部が存在したから、今も存在するから。
「おっ、貴十がまた向こうで面白そうなことしてるぜ!」
「行こうぜ、裕也!」
俺は今、楽しいんだ。幸せなんだ。何故今更、俺は俺を汚そうとする。
「分かった!」
そんな俺は、叩き潰さなければな。俺の幸福感、満足感の為にも。
◆◆◆
下校時刻を知らせるチャイムが校内に鳴り響く。
さあ、居残りして復習して、未来の幸せのために頑張らないと。
「なあ知ってるか? iHoneの最新版に声かけたらほぼ何でもしてくれる『Siro』って機能あんじゃん?」
「おう」
「それにさ、『Hey,Siro』じゃなくて『OK Gogle』って呼びかけるとさ、『面白い冗談ですね』ってSiroがGogleにヤキモチ焼いて挙げ句拗ねるんだってさ」
「何それSiro可愛いな!」
「だろ? な、裕也もそう思わね?」
「……うぐっ」
「? どうした、裕也」
「あれじゃね? 昼に他の奴等から飲み物ばっかもらうから腹壊したんじゃね?」
「まじか! だっせーな裕也!」
「……うるせー、トイレ行くから先帰ってろ」
「おーおー機嫌わりー。まあ、そういうことなら先帰っとくぞ!」
「ちゃんと流せよー」
そうだな、ちゃんとクソは水に流さないとな。
俺が腹を抱える振りをしながら左胸の辺りをぐっと握りしめていたことに、あの二人は気付かない。
◆◆◆
さて、便所に到着だ。
すると、突然の来訪客を不審に思ってか、こちらを睨む視線を感じ取れる。
「…裕也?」
「…何の用だ」
西野が素直に疑問を抱き、木下が畏怖と威圧を混ぜ合わせたような声色でこちらに呼びかけてくる。
俺はそれに返事をすることなく木下の前まで全速力で駆け―――。
「オラァッ!!」
「!? ぶあっ!」
「晃雄!? 裕也!?」
怒りのままに、その拳を振るった。
踏み込みを付けて放った俺のパンチは、見事晃雄のふてぶてしい顔面を捉え、確かな感触を俺に伝える。
「くそっ、くそっ、クソ野郎がっ!」
「ごふっ、うあっ」
頬、鳩尾、横っ腹、その他諸々にそれぞれの感触を覚え、愉悦感に浸る。その感覚に至れる度に、自分の溜まっていた、詰まっていたクソが少しずつ流れ出ていく気がした。
「お前らの、お前らのせいでっ―――!」
「やめろおおおおおおおっ!」
刻一刻と迫っていく木下の気絶と血塗れに変貌していく木下の顔面に精神耐久値が音を上げたのだろう、西野が地を裂くような金切り声を上げる。だがそれは俺の聴覚に耳障りな音として木霊し、殴る勢いを強く、早いものにしていくばかりだった。
プログラミング部。こんなしみったれたクソがあったから、まだのうのうと残っているから、俺はあんな遣り取りを、自分の胸が呻き悲鳴を上げるような遣り取りをしなきゃならないんだ。
潰れろ、潰れろ、潰れろ、潰れろ潰れろ潰れろ潰れろ潰れろ潰れろ潰れろ潰れろつぶれろつぶれろつぶれろつぶれろつぶれろつぶれろつぶれろつぶれろつぶれろつぶれろツブレロツブレロツブレロツブレロツブレロツブレロツブレロツブレロツブレロツブレロツブレロ―――
ぷちっ。
「京ちゃん!」
「京助!」
まタアたラシく、こっチヲにラむひとガフえた。
たブンこノコえは、みつはしト、たかさき。
そウだ、こんナコとをしナくてモ。
じじツダけでこイつらノナかをびリビりにヒキさいてやルこトクらい、でキルじゃナいカ。
だッて、にしのハ、おれがどうっていウまでモナく。
たダの“ざいにん”なノダから。
「あぁ、たかさきか。いいことをおしえてやるよぉ」
◆◆◆
状況を把握できない。
なんだこれ、なんで晃雄が殴られているんだ、なんで裕也がここにいるんだ、なんで。
ふと、裕也が俺に感付いたのか拳を止め、こちらを鋭く見据える。そして口裂け女を彷彿とさせる程に口角を吊り上げた。
「あぁ、高崎か。良いことを教えてやるよ」
「は?」
「だから、良いこと良いこと。高崎、知りたくない?」
「な、何を」
ほぼ空返事で応答する俺に、裕也は開きかけた口を一文字に噤んだ。
そこで一時の静寂に包まれる。裕也がそのタイミングで一旦言葉を切ったのは、俺にとって最良のタイミングであり、この状況を理解してしまう最悪のタイミングでもあった。
きっと裕也は、今日の国語の前に起きたあの会話に触発されてこのプログラミング部に殴り込みに来たのではないだろうか。裕也がここに来るということは、プログラミング部になにか言及したいことでもあるということ。その要因として挙げられる先刻の会話で浮かべていた苦悶の表情は、俺達に怨嗟の念を抱いたのだろうという推測を確かなものにしていた。
だが、どれだけ脳内をまさぐってみても“いいこと”に反応する事柄は引っ掛からなかった。
「飲み込めたようだし、教えてやる」
首肯。
「お前、学級委員になるのが心底嫌だったらしいな。相方に仕事を押しつけられた時の気分はどうだった?」
この質問が、決して裕也の気遣いではないことを俺は理解している。ただ古傷を抉っているだけだ。
「ああ、人間不信になりかけたよ」
存外内容は暗いものの、出来るだけ感情を押し殺して返答する。
「だろうな。俺から見てもあの押しつけ様はひどいと思ってたよ」
なら助けろよ、と拳を握り締め耐えるが、裕也のペースに乗せられていることに気付き内心慌てて平静を装う。
「そんでもって地獄のような一年を過ごしたお前だったが、それでも学級委員はお前の運命を大きく狂わせた」
「二年目…のことでいいんだな?」
「ああ。運悪く千六百分の一なんて可能性を当てちまったお前の悪運の強さ、お悔やみ申し上げるよ」
多少ならぬ上からの物言いに対し些か苛立ちを募らせつつ、そろそろこの会話が社交辞令のようにくどく感じられた俺は声を荒らげて苦言を呈する。
「なあ、御託は良いから―――」
「けどな」
俺の言葉がどすの利いた声で遮られ、一変して裕也の態度に圧が出る。思わずその迫力に一歩の後退りを余儀なくされた。
「おかしいと思わなかったのか?」
「え?」
「何故自分は二回も偶然学級委員に選ばれてしまったのか。そもそもこれは本当に偶然なのか。普通なら現実逃避もいいところだが、今回に至っては当たり前のことだと思う」
その言葉に図星を突かれ、身を震わせる。
考えない訳無いじゃないか。だって、今の今まで二連続で学級委員になったって犠牲者は存在しなかった。俺が嫌われ者だからといって周りの人間も流石に二連続で雑務を他人に押し付けるのは抵抗があるだろう。もしそうでなかったとしても、従来の考え方から俺を学級委員にする輩は出てこないと思っていた。
だが、そこで登場するのが不幸の源、時経貴十だ。
聞き及んだ範囲で解釈をすると、あいつが学級委員の投票の時に「高崎のままでよくね?」と藪から棒に言い出し、最終的には俺に票をいれるよう周囲に勧告したらしい。俺は相当な苛立ちを覚えたが、何せあいつは自然災害のような存在だ。息を吐くが如く周りに迷惑をかけていく傍若無人な立ち振る舞いに俺は怒りを通り越して呆れ、何も言わずに今に至る。
「いや、あれは時経が俺に入れろって言ったと聞いたぞ。もう理由は分かり切ってるじゃねーか、あれは時経の―――」
「直接的には、な」
またもや裕也は俺の言葉を断つ。
「どういう事だよ」
「分からない? 直接的な犯人は貴十で間違いないがな」
俺は閉口した。
分からない、分かりたくない。俺はまた誰かを憎まなけりゃならないのか。憎悪に苛まれながら学校生活を送らなきゃならないのか。
「間接的な犯人がいる。貴十に高崎を学級委員にするように勧告しろと賄賂で命令したクズ野郎がいる」
「―――」
感付きながらも言葉にされたその事実は、俺を貫くには破壊力が強すぎた。
俺はここで「誰だよ」と即座に切り返すべきなのだろうが、命令する意識に反して口は開口を許さない。誰なのか、と考えた瞬間、裕也に訊くことすらまどろっこしくなった。
姫城か、井藤か、小野道か。いや、あいつらはあまり貴十とは接点が無かったはず。なら誰だ、もしかして名前も知らないような奴がわざわざ嫌われ者の俺を貶めるためだけに、賄賂なんて使ってまで回りくどく俺を。いや、一般論で考えたってそこまで用意周到に虐められる程憎まれている憶えは無い。いや待てよ、そこまでひっそりと相手が事を進めたがったのは何故だ。何故俺に気付かれたくなかったんだ。俺をあからさまに忌避する奴だっているから、そいつに混じって一緒に虐めれば良かっただろう。なのにどうして―――
「誰だ、って顔してるな」
心情を見透かすような憎たらしい嘲け笑いを浮かべる裕也。
そんな裕也を尻目に俺は犯人を割り出そうと躍起になるが、一向に目的に行き着かない。
「ま、分かるわけがない。思い付きもしないさ、絶対に」
そんな俺をやはり余裕ぶった表情で不敵に嘲る裕也は、オーバーアクションに肩を竦めて挑発のような言葉を投げかける。
だが、いまの俺には苛つきなど末梢的な塵芥に過ぎなかった。一刻でも早く、犯人を。
「じゃあ、答え合わせだ。あたるといいな」
俺はその言葉に相槌を打つどころか、身動ぎ一つせずに裕也の唇の動きを見据える。
さあ、誰だ。俺の一年の苦行を遠巻きに眺めていたであろうにも関わらず俺を学級委員に貶めたくせに直接俺に手を出す事も出来ない摩訶不思議臆病クソ野郎は―――
だが裕也は、俺の予想とは裏腹にいつまで経っても口を開くことはなかった。
代わりに、人差し指を緩慢に動かし俺の後ろのある一点を指さしたのを視界の端に捉える。
俺はその行為に何ら疑念を抱くことなく、ただ純粋な殺意を持って振り返り。
そして、絶望する。
「京、助……?」
そう、俺の視線という槍が突き刺し捉えた存在は。
唇を噛んで悔しそうに項垂れる、京助の姿だったからだ。
どうも、しゃぶしゃぶです。今回の話、如何でしたか。
この辺りから物語は佳境に入っていきます。更新スピードの件に関しましてもあと一ヶ月程で解決できそうなので、今暫くお待ち下さい。
評価、感想、ブクマなどよろしければお願いします。




