護ることと戦うこと 1
保守派と改革派、それぞれのリーダーは、ナギリとユイハというらしい。エレノアはオドネルとエルネストをつれて、まずはユイハのところへと向かった。他のメンバーはその間、ナギリのところへ行っている。
エルネストは、そのような大事な話をする場に、自分のような下っ端がついていっていいものかと不安を感じていた。
しかし、そんなエルネストの心の声など、オドネルには丸見えだったようで、すぐに「そう固くなるな」と諭されてしまった。
とにかく、なにごとも勉強だ。エルネストはそう気を引き締めるのだった。
村長から教えてもらった家にたどり着くと、その家の扉を、エレノアが勢いよく叩いた。
「ごめんください! 誰かいませんか!」
乱暴とも言える訪問である。エルネストは、そんな団長を脇でハラハラしながら見つめていた。オドネルはといえば、エルネストとは対照的に、なぜか静観の構えだ。長年エレノアのそばに居続ける彼にとっては、こんなことは驚くほどのことではないということだろうか。
やがて、案の定恐る恐るといった態で、扉が内側から開いていった。中からひょろ長のどこかおどおどとした面長な青年が現れ、目をきょろきょろさせながらこちらに視線を泳がせていた。
「ど、どなたですか? こ、ここになんのご用で……?」
声色も怯えたようにつっかえている。もしくは、これが彼の素の姿なのだろうか?
「私はセイラン国、正規騎士団であるユクサール天馬騎士団の団長を務めているエレノアと申すもの。ユイハ殿はご在宅だろうか? 話があって参ったとお伝えいただきたいのだが」
そんな遠慮会釈のない物言いに、おどおどした彼も気圧されたようで、しばらく二の句が継げないでいた。
そして、少しの時間が過ぎてから、ようやく彼は次の言葉を発した。
「ユ、ユイハさんは、今狩りに出かけていて、留守にしています。も、もう少しすれば帰ってくるころだと思いますけど……」
そう彼が言ったと同時くらいだった。
「あ、あれ……っ」
エルネストは、遠く東の空に、何体もの鳥の群れのようなものがこちらに近づいてくるのを見た。そしてそれはどんどん大きくなり、鳥ではないということを理解すると同時に、あまりの光景に圧倒されていた。
飛竜の群れ。大きな翼を広げて向かってくるその姿は雄壮で、すべてをなぎ倒すほどの迫力に溢れていた。
やがて群れは谷へと次々に降下を始め、たくさんの飛竜たちが背中から主を地上におろしていっていた。
「ユイハさん……!」
ひょろ長の青年がそう声を発した。どうやら遠巻きに、その姿を見つけたようである。
エレノアたちは、さっそくその飛竜たちが降り立った場所へと移動していった。
飛竜から降り立った獣人たちは、それぞれ狩りで獲った鳥や獣を一ヵ所に集めていた。それを指示しているのは、袖のない獣皮でできた服に身を包んだ、背の高い獣人の女性だった。例によって、頭と尻に獣の耳と尾がついている。
そんな彼女は、浅黒い肌に若草色の髪を持ち、瞳は燃えるような夕陽の色をしていた。大きな目と口が印象的な、野性味溢れる美人である。そして、彼女の顔には特徴的な入れ墨が左の頬だけされていた。幾何学的な不思議なその模様は、彼女のエキゾチックさをさらに引き立てていた。
その獣人の女が、後方から近づいてきた人物たちの存在に気がつき、そちらにちらりと目をやった。そこに、赤い長髪を揺らしてまっすぐに歩いてくる人間の女の存在を認め、彼女はふと目を細めていた。
「あなたがユイハ殿か?」
エレノアはそう彼女に話しかけた。問われた本人は警戒しながらも、こくりとそれにうなずき、口を開いた。
「ああ。あたしがユイハだが、なにかあたしに用かい? あんたたちみたいな見るからによそ者の知り合いは持ち合わせていないはずなんだけど」
ユイハは、エレノアとその後ろからきたオドネルやエルネストに鋭い視線を投げかけた。もっとも、そんな視線に怯んだのは、エルネスト一人だけだったのだが。
「そのとおり、私たちはこの谷の外からやってきたよそ者。セイラン国正規騎士団であるユクサール天馬騎士団です。私はその団長を務めており、後ろの二人は同じ隊の仲間。そんな我らの力になってもらいたく、こうしてあなたと話をしに来ました」
迫力なら、エレノアとてまったく負けてはいない。端から見れば、美女二人が並んで話をしているだけのようにも見えるが、その実、猛獣同士が腹の探り合いをしているようなもので、エルネストなどは不穏な空気を敏感に肌で感じ取り、戦々恐々としていた。
「へえ。人間の国のお偉い騎士様かい。そんなかたたちがあたしらに力になってもらいたいとは、これまた不思議な話だねぇ。あたしら竜の民は、人間たちと関わらない代わりに、自由な自治でこの谷を切り盛りしている。今までそれで通してきた。それで不都合はなかったんだ。それを今ごろになって、力を借りたいとは、どういう了見だい?」
「人間たちとは隔絶した世界に身を置いているあなたたちも、今この世界で起きている異変のことは知っているはず。その異変の元凶が北の国であるということも、薄々わかっているのではないですか?
今のままでは、確実に世界は崩壊へと向かっていくでしょう。ダムドルンドがシルフィアを浸食し、世界を闇に変えてしまう。それはすでにもう我らの真後ろまで迫ってきている。それを止めなければ、人間も竜の民もすべて滅びる。すでに種族間の問題ではないところまで事態は深刻化しているのです。今こそ我らは手を取り合って、その脅威に立ち向かわなければいけない。そうしなければ、両者ともども待っているのは滅びの道しかないのです。
これはお願いではない。私たちやあなたがたが生き残るために残された手段を言いにきただけです。選択の余地などない。わかりますか?」
エレノアの言葉には、一切の甘えも妥協もなかった。ただそこには現実の厳しさがあった。戦わなければ滅びゆくのみ。エレノアの冷徹に光る瞳に、ユイハは一瞬たじろいでいた。
「……話には聞いたことがあったが、ユクサール天馬騎士団長。確かになかなかの人物だ。あんたの言いたいことはよくわかった。この世界の危機は、日々肌で感じている。だからこそ、あたしらはこの村で改革派として行動を始めたんだ」
一度目を閉じたユイハは、再び開いた目をじっとエレノアに向けた。その目には、先程まではなかった光が見えていた。
「村を護るには、もう今までのように内に籠もっているだけでは無理なんだ。外に出て戦い、脅威に立ち向かわなければ」
エレノアは目を見開いた。ユイハはゆっくりとうなずいた。
「協力しよう。あたしたち改革派は、あんたたちとともに魔物たちと戦う」
オドネルとエルネストも互いに顔を見合わせ、静かに喜びを分かち合っていた。