第15話 四月の再会
1
四月。桜が満開になった週に、りんが東京に来た。
【瀬戸内】新宿にいる。暇?
暇ではなかった。だけど——
【悠真】どこにいる
2
新宿御苑の近くのカフェ。りんは黒のトレンチコートに銀縁の眼鏡。京都から東京に来ても、りんはりんだった。変わらない、月のような存在感。
「久しぶり」
「久しぶり。二ヶ月ちょっとか」
「長かった?」
「……どっちだと思う」
りんがカップを持ち上げた。指先が細い。
「長かった」
りんが少しだけ目を細めた。笑ったのかもしれない。りんの笑顔は、慣れた人間にしかわからない。
「正直だね」
「お前に嘘ついても意味ない」
「……そういうとこ、面倒だ」
3
御苑を歩いた。桜が散り始めていた。花びらが風に乗って、りんの髪に一枚落ちた。
取ってやった。指先が髪に触れた。りんが少しだけ動きを止めた。
「……ありがとう」
声が、いつより低かった。
ベンチに並んで座った。りんが文庫本を取り出した。カズオ・イシグロ。同じやつ。
「まだ読んでるのか」
「何度も読む本がある。感情を押し殺す話は——読むたびに発見がある」
「……自分と重ねるのか」
「昔はね」
りんがページを閉じた。
「今は少し違う。押し殺してる人間の隣に——押し殺さない人がいたら、どうなるか。それが気になって」
「……俺のことか」
「さあ。どうでしょう」
りんが立ち上がった。桜の花びらがまた一枚、舞い落ちた。
4
夕方。りんが今夜の宿を言った。渋谷のホテル。
「送っていく」
「いい。一人で行ける」
「わかってる。それでも」
りんが俺を見た。眼鏡の奥の目。切れ長で、静かで——今夜は少しだけ揺れていた。
「……面倒だ」
「俺も」
ホテルのロビー。りんが振り返った。
「上がる?」
一言だった。装飾も、説明も、何もない。ただの一言。
だけど——りんの言葉の中で、一番重い一言だった。
エレベーターが開いた。
5
部屋。カーテンが引かれた夜の窓。東京の灯りが遠く見えた。
りんがトレンチコートを脱いだ。眼鏡を外した。
「……外すのか。鎧は」
「あなたがいる世界では、いらないから」
りんは静かだった。千紗のような炎もなく、乃愛のような賑やかさもない。
月明かりのような夜だった。
静かで、深くて、気づいたときには全部包まれている。
「……悠真くん」
下の名前を呼ばれたのは、二度目だった。
「……いてくれる?」
「いる」
カーテンの隙間から、東京の光が細く差し込んでいた。
夜が明ける前に、りんが言った。
「答えは出た?」
「……まだだ」
「そう」
りんが目を閉じた。
「……急かさない。私は——もらえる分だけもらう」
千紗と同じ言葉だった。
二人は知らない。それでも——同じ言葉に辿り着いていた。
俺を好きな人間が、最終的に行き着く場所が——そこなのかもしれない。
それが——一番、堪えた。
6
翌朝。りんはもう荷物をまとめていた。
「早いな」
「新幹線、十時だから」
「……送る」
「いい。昨日も言った」
りんがコートを羽織った。眼鏡をかけた。鎧を、また装備した。
ドアを開ける前に、りんが振り返った。
「——また、面倒なことになりに来てもいい?」
「来い」
りんがかすかに——本当にかすかに、笑った。
ドアが閉まった。
スマホを開いた。
【千紗】おはよ。今日、肉じゃがある
【乃愛】おはよう!!!今週会える??!
三つの温度が、また画面の中に並んでいた。
答えは——まだない。
だけど、この重さを——もう少しだけ、抱えていこうと思った。




