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またここ?

 

「ところでさ、ののか。ちょっと前に、学校から出られなくなったの覚えてるか?」

「え、つむぐ、覚えているの?」

 今までこの話は出た事が無かった。何気なくつむぐの濃紺の浴衣に気が付いた。これは前、さえぎが着ていた奴だ。

「覚えている、けど、まひるもさえぎも何も言わないし、いつも通りだったから、言い出せなくて。帰りにありさと一緒だったから少し話して、次の日玉木さんと一緒になった時にも少し話して、あまり口に出すのはやめようと思っていた。」

「うん、おかしな出来事だったからね。」

「いや、そうじゃなくて。ののかが、サナギになっていたから。」

 息がつまった。つむぐが視線をお父さんに向けた。

「それから合点がいったから。さえぎさ、ののかの手術の日、家に帰らなくておばさんが心配して電話をかけてきたんだ。ありさの家にもあったらしい。俺もさえぎのスマホにメールしたり電話したりしたけど、返信なくて。あおいさんと探していたらしい。…そして次の日、いつも通りの顔をして、さえぎがありさの家に来た。ののかの、お見舞いの日取り決めるために集まろうぜって前から約束していたんだ。」

 つむぐはなんだか切なそうな顔をしている。瞳に幕が張っている。

「さえぎはいつも通りだったけど、その時まひるとかエレちゃんを連れて来たんだ。突然大人数で押しかけて来たからさ、驚いたけど、なんかさえぎが皆に馴染んでいたからさ…楽しそうだし、何となく大切にされていたから悪い人達じゃないんだなって思って。」

 とうとうつむぐは下を向いてしまった。

「さえぎは皆に助けてもらった…あの、学校ではそれが分かった。だから俺はあの学校に、思い込み、とか常識って奴を置いてくることにした。今まで以上にさえぎを信じようって。でもあの日見たものは、忘れようって、約束した。」

 あの日見たもの。

「つむぐは一体何を見たの?」

「…こわかったんだ、最初はなんか気配を感じるなーと思った程度だったけど、ちょっとずつ見えるようになって行って。体育館で声らしき音がボソッと聞こえて振り返ってもだれもいないし、保健室で待っている時、ありさとなんだろうって話していたけど分らないし。さえぎについて回っているようだったけどさえぎとまひるはそのぼそぼそが聞こえるようだったし、エレちゃんに聞いたらよくないものだとはっきり言われちゃうし。そうしているうちにそのボソボソが大きくなってきたけど、なんか周りの悪口ばかり言っているし。大きなサナギの前に行ったときやっとののかの声だって気がついて、玉木さんも聞き覚えあるから、怖かったけど音無君にだれと話しているのか聞いたって言っていて。」

 つむぐはなにか混乱しているように一気に言った。


「ちょっとつむぐ、落ち着いて―――。」

「俺は落ち着いているよ、ののか。なんだったらいつも以上に頭がさえているよ。すごくスッキリしていてなんだか、生まれ変わったみたいだ。」

 声色は確かに落ち着いている。でも…―――。

「ののか、お前サナギを持って帰って来たな。」

 つむぐの顔が、つむぐではなかった。見た事の無い人に見えた。そこにいるのは確かに幼馴染のつむぐなのに。

「さえぎは悪いものだから置いて行けって言ったのに。背中のそれは何だ。」

 つむぐが真剣な瞳で射抜いてきた。一気に汗が出てきた。見抜かれている。ぶるりと、サナギが反応して身震いをしている。

「背中をずっと気にしていたよな。何もついていないのに。壁によっかから無いように、カバンのひもがあたらないように。船河に聞いてみたら一言、連れてきたみたいだねって、そう言っていたから。」

 何も答えられなかった。あれがなんなのか。何を置いてくればよかったのか。どうすればよかったのか。私には分からなかった。なんて理不尽なんだ。

「何が、言いたいのよ。どうすればよかったのよ?置いて行くって何?どうすればよかったの?!」

「わからないならさえぎに聞けばよかったのに。お前がさえぎの忠告を素直に聞くとは思えないがな。」

 吐き捨てるように言ったつむぐは何時もの明るくてへらへらしているつむぐではなかった。

「帰れ。帰った方がいい。」


 つむぐの後ろに、赤い浴衣を着たありさがいつの間にか立っていた。何時からいたのか、もしかしたら最初からいたような気もした。

「ののか、帰った方がいいよ。」

 ありさの声もどこか哀しい。

「時間が無い。」

 なによ。

 二人して私の邪魔をするわけ?今まで手伝ってくれていたと思っていたけど、違ったの?何よ、なんで指図されなきゃいけないのよ。さえぎはどこよ。

 見回したが、眼が合いそうになるとそっぽを向くやじうまばかりで見当たらない。今回こそはさえぎに綺麗だと言ってもらうはずだったのに。

 私は立ち上がった。

 視界の隙間にあの女が浴衣を着てはしゃいでいる。周りに、似合うかどうか聞いて回っている。

 じわっと嫌悪が流れ出す。


 不意に、あの女が石段の前で、さえぎと一緒に鳥居に頭を下げ、挨拶をしているところが思い出された。蝶が花に止るほどの自然さで見せたさえぎの微笑。そうするのがまるで当然のような。

 胸に上がってきた感情は嫉妬心だった。それを向けられているのが、私ではないという真っ黒な感情だった。

 頭を掻き毟りながら項垂れるお父さんの腕を引き、いつの間にか家についた。

 あら、早いのね、というお母さんの目の前のダイニングテーブルに座って、私はムスッとしていた。



「さえぎ君に会えなかったの?」

「うん、そんなとこ。」

 お母さんは穏やかな声でそう言うと籠から桃を一つ取って剥き始めた。ナイフで6等分にして、皿に乗せた。隣にいた父は少し落ち着いたのか、つまようじ、とお母さんに言っていた。お母さんはナイフを置いてぷすりと桃に爪楊枝を刺していく。父は一心不乱に口に桃を運んでいた。私も一口桃をかじる。じゅわっと果汁が染み出る。

 ダイニングテーブルには桃の入った籠とラップのついた晩御飯が並んでいる。

「もっと遅くなると思っていたわ。今温めるわね。あ、そうそう神社の舞いはどうだった?」

「そんな事どうだっていいだろう!さっさと飯を準備しろ!」

 お父さんが桃を食べ終わりいきなり低い声で怒鳴った。私はびくりとして隣を見た。お父さんはたまにこうだ。何が気に入らないのか突然些細な事で怒鳴る。今まで我慢していたようだが口頭で注意する前に突然怒鳴るからたちが悪い。大抵はお母さんがどなられて終わる。今日もそうだった。お母さんはびくっとしてキッチンに急いでいた。私もそそくさとそっちに行く。

「ねえののか。何かあったの?お父さんの機嫌が悪いわ。」

「ああ、それはね…」


『それを他人に言ってはいけないんだ。ここであった誓約は外に話してはいけない。どんなに重要な事であっても他言無用。外にもらしてはいけない。』

 頭に微かに残った親子の会話。でも、いい。どうせ占いだ。お父さんが死ぬはずない。そんな非現実な事が起こるわけないし、起こったとしたらあれを聞いていた誰かの仕業だ。家のカギをしっかりすればいいんだ。

「神社でおかしなこと言われたのよ、『サナギは必ず羽化をする。サナギは必ず羽化をする。お前は今日で天命尽きる。』って。」

「ま…、まあ、縁起でもない。」

 お母さんは実に微妙な顔をしていた。そりゃあそうだこんな荒唐無稽な話があってたまるかという感じだ。あの白銀の巫女め、変なことを言いやがって。

 明日、無事なお父さんと神社に行って報告してやる。そして昨日見せられなかった浴衣を褒めてもらおう。明日こそ絶対、可愛いと綺麗だと言ってもらおう。

 私は浴衣を丁寧に脱ぐとお母さんに手渡した。

 一応戸締りだけは確認し、お酒をソファで煽るお父さんはほうっておいて、ベッドに入った。別段変わった日ではなかった。いつもどおりの明日が来ると無意識に信じていた。



 次の日。まだ外が暗いうち、お母さんが肩を揺らして起こしてきたので、文句を言いながらリビングに行った。お父さんがソファで座って眠っていた。しかしお母さんが、お父さんが起きない、とかすれた声で言うので、肩を揺さぶって起こそうとすると、ゴトンと首が床に落ちた。

 警察の人が来て、昨日の夜11時か12時くらいに何か物音を聞かなかったかと言われたが、何もわからなかった。頭がぼーっとして何も考えられなかった。

 お母さんと一緒にただただ唖然としていた。

 お父さんの首が床に落ちた。こけしの首が取れたように転がっていた。その光景だけが先程から何度もリプレイされている。

 何が起きた?


 気が付けば私は学校の踊り場にいた。

 あの、踊り場だ。またここ?下の階からの話声に耳を澄ました。しかし一向にあの女と船河君と、まひる君の声はしなかった。ゆっくり階段を下りていく。保健室の扉を開ければ、そこには誰もいなかった。どうなっているの?あの女は?まひる君は?船河君は?

 私は体育館に走り出した。あの時はまひる君が開けてくれた重い扉を開いて、中に入れば、あの時と同じく黒い液体が蠢いている。そして体育館の中央には弓が落ちていた。ステージ前に人が座っていた。

「さえぎ!」

 そう叫んで黒い液体を踏み鳴らし、弓を持ちながら近づいていくと、そこにいたのは同じく黒い液体にまみれたお母さんだった。

「お母さん?」

 一体なんで?こんなところに?どうなっているのかさっぱりわからない。肩をゆするとお母さんは目を覚ました。

「あら、ここはいったい?体育館?それにののか?」

 なんでお母さんがこんなところに。とにかくこの黒い液体からでなければ。そう思った時ステージ上に人がいた。

「ああああ」

 この声は、サトシだ。

 サトシはまたここにいる。

 なんで?

 どうして?




 つむぐはありさに連れられて、ののかのお見舞いに来ていた。

「まだ、目が覚めないのか。」

「そうだね。」

 ありさが眠ったままの、ののかの机にお見舞いにきた旨をポストイットに書いて、貼っていた。ののかの見舞いは慣れたものだ。

「ありさ、もう俺はののかの見舞いに来たくない。これはきっと、言っちゃったんだよ、ののか。あれを。」

 ありさの手が止まった。何も言い返さないところを見るとありさもそうだと思っているようだ。ののかが初めてあの舞を見たとき、ありさと一緒に何度も注意をしたのだ。他言無用と。きっとそれを今回、守らなかった。

「ありさ、ありさも来ないほうがいい。」

「で、でも。」

 正義感の強いありさが渋るのは分かっていた。でもこっちにも譲れないものがある。

「もしののかが起きたとき、また言ったらどうするんだよ。そんなの巻き込み事故じゃんかよ。俺はののかよりありさのほうが心配だ。ありさのために、来ないほうがいいって言ってんだよ。誓約の効力は一年なんだから、それまで会うなって言ってんの。」

 じっとありさの目を見れば、詰まった言葉が声になっていなかった。

「わかった。心配してくれてありがと。」

 ありさが分かったと言えば、約束は違えない。少し息をついた。

「それにしてもなんで、気を失って起きないんだろう。」

「あの、エレちゃんに聞いたら、また、学校に行っちゃったみたいね、って言ってた。」

 あの、学校に?

「元々出られていなかった、とも・・・。」




「なあさえぎ、まひる。」

 学校帰り、猛暑日の帰り道、三人でタオルを頭にかぶりながら歩いていた。スルメイカになりそう。今年の夏も暑いのだろうか。

「なんで、ののかは学校から出られないんだ?」

 唐突に聞いたので、二人はこちらを向いた。

「出ようと思えば、出られるはずだ。手順は一度見ているだろう?」

 まひるが小首を傾げた。しかしののかが起きる気配はなかった。ののかが倒れて1年がたっていた。誓約のあった日を境に、宿木と一時期学校に来ていた貝原もずっと休学中だ。もしかしたら、ののかと一緒に二人も学校から出られないのかもしれない。

「いったい何回15分を、繰り返しているんだろうな。」

 さえぎが呆れたようにつぶやいた。ののかは一度学校から出ているんだから教えてやればいいのに。

「アイツいったい何やってんだ?」

「「知らね。」」

 声のそろった二人に、思わず噴き出した。あの学校から出るのはそんなに難しくなかった。なにせののかは知っているのだ。その通りにすればいいだけだ。ま、そのうち出てくるか。

「帰ってきたかったら、もう来てるだろう。それより、コンビニ行かないか?」

「行く~!アイスだアイス。」

「こういう日はガリガリ君だな。」


お読みいただきありがとうございました。

アイテムのある所も、手順も、『チュートリアル』があったのに、ののかは出てこられませんでした。頭では分かっていてもきっと、彼女は祈ることはできないのかもしれません。

『学校から出られない』はここで終わりです。本当にありがとうございました。

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