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17時45分①

大嫌いな女子生徒エレとイケメンの船河君、変わり者のまひる君、あまり話したことのないメンツで夕方の学校に閉じ込められてしまった、黒崎ののか。


学校から抜け出すために、校内を歩き回る。




 

 紫色の空は一向に暮れず、17時45分を指したままの教室の時計は動かず。

 手術をしてからおかしなものを見慣れてはいたが、これはその中でも一番の可笑しな現象だった。


 一切の音がしない。放課後の生徒のざわめきも部活の掛け声も無い。無音無風。ためしに近くの職員室に行ってみるが、やはり誰もいなかった。


 こわい。


 カバンを抱きかかえ、階段を駆け下りた。帰ろう。玄関から外に行くんだ。長い前髪がにじみ出た脂汗に引っ付く。最後の階段を下りて玄関前の廊下に小走りで行くと、人の話し声がした。


「どうやら出られないようですね。」

「そうですわね。いつかこうなると思っていましたの。」


 男女の後ろ姿を見て、一瞬声がつまった。


 しかしもう階段から勢いよく躍り出てしまった後だったので引き返すのは不自然だ。視線が三つ、こちらに向けられた。

 一人目は…エレ、だ。私を見たとたんに彼女の眉間にしわが寄った。二つわけの金髪にそれぞれついている黒い蝶の髪飾りが、揺れて本物のアゲハチョウのようだ。嫌悪の乗った表情のせいで美しい顔が台無しだ。


「…。」

「あの、えっと。」

 気まずい沈黙に耐えきれず、意味のない言葉を発したが、それに丸被りして声が重なった。

「出られないよ。ねえ、まひる。」

 女子生徒の隣にいた男子生徒がさわやかに言った。明るい茶髪は彼の地毛だ。彼は彼女といつも一緒に居る船河君だ。背が高くさわやかな微笑みを常にたたえている。女子受けする顔だ。たれ目の彼が、その青い瞳を玄関の扉の前にいた生徒に向けた。


 まひる、と呼ばれた彼は、サラサラの黒髪を揺らしながら真っ赤な瞳でこちらを確認した。

「どうなさいます?」

 まひる君は彼女に向き直り、小首をかしげた。

「お嬢様が帰りたいのでしたら強行突破いたしますが…。」

 玄関の扉を指しながら、抑揚のない声で、無表情な顔で言い放った。普段あまり口数の多い方ではない彼も、彼女の事をお嬢様、と呼ぶのか。知らなかった。

 視線を感じてくるりと見渡すと、彼女と目が合った。

「巻き込まれるのは癪ですわ。でも、何も知らずにのうのうと生きていられる方が癇に障りますわ。」

「お嬢様、落ち着いて。」

 彼女は真っ直ぐこちらを見て言い切った。船河君はニコリと笑って、彼女の手を引いて近場の扉を開いた。

「保健室で休んでよう。どうせ時間まで出られないんでしょう?」

 私の隣で腕組みをしているまひる君は二人をだまって見送った。


 いつもこんな感じだ。私は彼女に嫌われていた。しかも私には分からないように言葉を選んでいる。なんなんだほんと感じ悪い。


 初めて会った時もこうだった。

 朝日に照らされてキラキラした金髪に、白磁の肌。大きなオレンジ色の瞳が炎のように見えた。きっと見間違えじゃない。

 彼女の美しさに見とれていると予想と反して辛辣な事を言ったのだ。


「わたくし、さえぎのことが好きですの。だからあなたの事が嫌いですの。話しかけないで下さる?」


 私史上一番の上から目線に背筋がぐわっと熱くなった。

 なんでそんなこと言われなきゃいけないのか。意味が分からない。しかも開口一番そう言ったのだ。初対面で、だ。本当に常識が無いんじゃないのか?私と彼女は名乗りもしていない。もちろん名前は知っているが、呼んでやるものか。謝ったって許してやるか。

 そんな不遜な態度の彼女は、意外にもクラスでは普通だった。観察していると本当に訳が分からない。

 私がクラスでいじめられたりはぶられたりすることも無く、ただ本当に話しかけないでほしい。そういった態度だった。

 彼女がクラスメイトと普通に、楽しそうに会話するたび、疑念がわく。

 私の何が気に食わないのか、さっぱりわからない。


 分るとしたら、“わたくし、さえぎのことが好きですの”の部分だ。


『さえぎ』というのは、音無さえぎ、私の幼馴染の一人だ。この町の高台にある神社の息子で、夏祭りを取り仕切ったり、神事を行ったりしていた。物静かな性格で、親切が言葉でなく態度に出るタイプの人だ。小さいころから病弱だった私は、同級生とは体力が大きく違っていて、歩くのも遅かった。さえぎはいつもなにも言わずに合わせてくれていた。彼も表情が表に出るタイプではないので誤解されることが多いが、本当は優しいのだ。胸がほんわり温かくなる。

「入らないのか。」

 抑揚のない声だ。まひる君の方を向く。保健室に入らないのか、という意味だろうが、正直あの女がいる時点で嫌だ。当の本人は船河君と一緒に長椅子に座って談笑していた。私がうーん、と言っているとまひる君は彼女の方に向き直った。

「俺はあいつら探してきます。ここから動きませんように。」

「あらあらまひる、それは前フリですの?」

 彼女はクスクスとかわいらしく笑っていた。

「ちがいます。」

 いつもの事なのかそう言い切ると、まひる君は保健室から出て行こうとした。私は慌てて声を掛けた。この中で声を一番かけ易いのは、このまひる君なのだ。船河君はイケメン過ぎるし、あの女は論外だ。

「あ、あいつらって誰のこと?」

 まひる君は興味なさげに、手短に答えた。こんな態度でも船河君とあの女に話しかけるよりはだいぶましだ。

「七門とかさえぎとか…」

「私も行って良い?」

 さえぎの名前が出た時点で行くことは決定した。

「…ついてくるのは構わない。」

 若干嫌そうな顔をしたのは気のせいじゃないが、こんな異常事態な学校を一人でいるよりはましだった。よかった。

 まひる君は保健室を出て真っ直ぐ体育館に向った。歩くのが早い、若干小走りになりながら前を行く、まひる君について行く。相変わらず空は黄昏を保っていた。時計も変わらず17時45分を指したまま。保健室の扉を閉めて歩き出しているまひる君の背を追いかけた。



「まひる君、あの、学校どうしちゃったかわかる?私にはさっぱりで。」

「…俺も知らない。」

「えーと学校から出られないの?」

 まひる君はぴたりと止まっておもむろに窓に向った。窓の向こうには夕方の校庭が広がっている。アジサイが青々と美しい。

「この窓を開けてみろ。」

 ぶっきらぼうに言われてびくびくしながらも窓に近寄る。鍵を開けて窓枠に手をかけ、開けようとした。

 背筋に氷を入れられたように一閃、悪寒が走った。思わず手を止めた。今まで見えていた校庭の姿が掻き消え、かわりに闇が広がっている。空間が在るというより、窓から先が無い。原油に校舎がすっぽり覆われているようだった。開けてはいけない。本能的にそう思った。


「…何、これ。」

 冷や汗が出てきた。ダメだこれは出られない。絶対に逃れられないという絶望を感じた。

「まひる君、さっき強行突破するって言ってなかった?」

 私がか細い声で言うと、こくりとうなずいた。

「無理やり通る。」

 無茶だ。なんてことない、という顔をしているが、これは無茶な気しかしない。窓を閉めた。しっかり鍵もだ。すると窓は先程映していたように校庭を映していた。夕陽にアジサイに心が落ち着く。


「出られないのは分かった。でも、船河君は時間まで、って言っていたよね。それってなんで?」

「それは船河に聞けばいいのでは?」

 正論だ。まひる君が知っているはずがない。

「そうだね。あの、じゃあなんで体育館に行こうとしているの?」

 今度はまひる君が不思議そうな顔をした。そして廊下の先を見やる。白い、ウサギだ。

「ウサギ…?」

 まひる君が何も言わずにそのウサギの方に歩き出した。私も彼と一緒に歩き出す。こちらの様子を見ていたウサギはそれを確認すると体育館の扉の前にちょこんと座る。美しい毛並だ。ふわふわで触ってみたい。手を伸ばすとウサギはさっと身をひるがえし、まひる君の足の間に隠れた。それでも手を伸ばすと、歯をむき出して、足をダンダン鳴らして威嚇された。一方のまひる君はというと、足元の攻防なんて気にせず体育館の重たい扉を引っ張り開けた。人一人が通れる隙間を作り、中を覗いている。

「なんだあれ。」

 つぶやきとともに中に入って行く。ウサギもするっと扉を抜けた。私もそれに倣って入った。

 その途端、突然の浮遊感に見舞われた。足元にある筈の床が無くなった。踏み抜いて落ちる。私が最後に見たのは、まひる君の後ろ姿だった。



 空から落ちたんだ。きっとそうだ。驚いて目を開けた。

 消毒と病院独特の籠った室内の空気。あたたかいのに冷たい白い壁。剥がしそびれたセロハンテープが黄ばんで張り付いていた。

 ここは。

 わかる。

 私が手術をしたときに入院していた病室だ。

 あの時私は困惑していた。病室には私の主治医の金子先生が私に向かって黒崎さん、と声を掛けた。

 輸入食品や雑貨を扱うお父さんの知り合いの院長さんのいる病院だった。中でも金子先生が一番腕がいいと院長さんが太鼓判を押していた。

 そんな事を思い出して必死に現実から目を反らしていた。


「黒崎さん、まだ麻酔が効いていますから、起き上がれないでしょう。無理はしないでください。」

「はい。」

「ああ、大丈夫、手術は成功しました。移植された心臓は何の問題も無く動いています。これから1週間ほど様子を見ます。面会はご両親のみだけですが少し我慢してくださいね。」

 最後にニコリと笑った金子先生は少しやつれたようだった。

 その間も私は先生の後ろの黒い影に釘づけだった。

 金子先生より頭一つ大きい人影。しかしその影は頭が人の3倍ほどあって、そこから肩はかなりのなで肩。全身が真っ黒で手足は体重を支えられないであろう細さだ。

 宇宙人の黒いグレイのようだ。頭の、口にあたる部分はたまに開いて、声をあげる。

 そんなのが金子先生に3体、常についていた。どういう状況かはわからない。手術が終わってからずっと、金子先生の後ろを追いかけるようにこの黒い人影は付いて回っていた。


 重力や常識を無視しているこの人影が、私が手術を終えてから見えるようになった最初の、異形だった。

 何と言って良いかわからない。他の人がどう呼ぶかはわからない。だから私はこれを、これらをそう呼ぶことにした。


 金子先生に憑いている、大小さまざまな大きさの、黒いヒトガタ。


 あたたかい布団の中に居るのにがたがたと体が震える。


「寒い…。」

「熱があるのかもしれない、測ってみよう。」

 金子先生が体温計をくれたので、私は震える手で受け取った。


 そこであたりがゆっくり瞬きをしたようにチカチカと暗転し、今度は同じ病室にお父さんとお母さんがいた。


「ののか、よかった、手術は成功したって。よかった。」

 お母さんが泣きながら笑っている。お母さんの隣に立っているお父さんも随分疲れた顔をしていた。心配をかけたようだ。私は目をこすった。なんだろう、お父さんの首の周りに白い包帯のような、クラゲのようなものが巻きつている。半透明で、その時は見間違いかと思った。思えばこれも異形だったのだ。


 またあたりが暗転した。


「のーのか、手術成功おめでとう。はいお花持ってきたよ。」

「まったく心配かけさせやがって。最近は病状安定していただろー。」

 二人が来てから病室が一気に明るくなった。さえぎと同じく幼馴染の、林道ありさと、佐竹つむぐだ。小さいころからいままでずっと仲の良い3人だ。ありさは地元の柔道場の娘で、つむぐはその道場に通っている。つむぐは小柄で見た目はかわいい男の子だが、有段者で中学の時は県代表にもなっている。私たちが通っている高校は、ありさのお父さんの道場のせいか、県内では柔道で有名な高校だ。中学の時負け無しだったつむぐも、先輩たちにはなかなか勝たせてもらえないらしく、最近練習に熱が入っている。一方のありさはやっぱり黒帯を持っている、かっこいい女の子だ。いつも入院してろくに友達がいなかった私に声を掛け、友達になってくれた。小さいころからお世話になりっぱなしの親友だ。しかしあの女と生徒会に入ってしまって、最近一緒に居られない。

「今日は連れて来たよ、前回は連れて来られなかったからね。」

 ありさがじゃーん、と言いながらドアの外から腕を引っ張る。

「いてーよ、離せ。」

「そんな事よりののかに言うことあるでしょ。」

 さえぎだ。ありさと一通り口げんかをして、私の方を見た。ちょっと待って、私今パジャマよね、変なところないかしら?私は少し頬に熱が上ったのを感じた。

「調子はどうだ。」

「うん、だいぶ良いよ。」

 久しぶりのさえぎだ。うれしくて見つめていた。3人に会ったのは中学の卒業式以来だ。そして3人とも同じ高校に春から通う。

 手術に成功したし、みんなとまた同じ学校に行ける。それに一番は、さえぎと一緒に居られるのだ。まだ一緒に居られるのだ。

 嬉しい。

 その時は心の底からそう思っていた。


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