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48 私は熊。

「ひっ」

《がーっ》


「ひぃいいいい」

『あら、共生出来るのよね?』


「お願い下げて!下げさせて!!」

『ねぇ、共生出来るんでしょう?ほら、アナタが言っていた通り、一緒に生きてみて』


「無理よ!無理に決まってるじゃない!!」

『山に返せ、殺生は可哀想だ、違ったかしら?』


「襲う熊は別よ!!」

『襲っていないじゃない』


「威嚇してるじゃないの!!」

『違うわよ、ふふふ、挨拶だけよ。ね?』

《がー》


「ひぃ!ごめんなさい、許して、許して」

『大丈夫、この子は言葉が分かるもの。きっと、アナタの言う通り、共生出来る筈よ。じゃあ、頑張って』


「せめて鎖で」

『あら、そんな事、自然の道理に反するわ。ね?』

《がー》


『さ、じゃあね』

「待って!待ってよ!!」


 私は熊。

 気が付いたら熊になっていた。


 けれど優しい女の人が世話をしてくれて、何不自由無い暮らしだった。

 だった。


 熊って、とってもお腹が空くの。

 なのにこの人間は、餌を少ししかくれない。


《がー》


「な、何よ」

《がー》


「食事ならもうあげたでしょ」

《がー》


 まだ食糧庫にいっぱい有る筈。


「私だってココで生きていかなきゃいけないのよ!」

《がー》


 足りない。


「無理なものは無理なのよ!」

《がー》


 足りない。

 凄く足りない。


 お腹が減った。

 凄くお腹が減った。


 もっと。

 もっと食べたいのに。


「こ、来ないで」

《がー》


 足りない。


「お願い、言葉が分かるんでしょ?」

《がー》


 分かってるけど足りない。

 お腹が減った。


 死んじゃいそう。


『やめてー!!」

《がー》


 頂きます。




『あら、可哀想に、きっと慣れて無かったせいね』


 聞き覚えの有る声で目覚めると、死んだ筈なのに生き返っていた。

 アレは、夢じゃ。


 夢じゃ無かった。

 本当の事。


 家の窓が壊されて、家中荒らされ、血塗れに。


「わ、私は」

『コレで多少は慣れたでしょう、さ、頑張って』


「無理よ!食糧だって足りないで」

『いいえ、生きる分には、指示した通りで十分よ』


「でも襲われたわ!!」

『肥え太る事が本能だもの、そんな理屈は通用しないのかしらね』


「じゃあ無理じゃない!」

『働いて養ってあげれば良いのよ』


「何で、そこまで」

『アナタの言う共生、共に生きる方法を叶えてあげているだけ、よ』


「そんな、嘘よ」

『はい、就業先はこの幾つかしか無いけれど、頑張って』


 溝浚い、下水清掃、失せ物探し。

 何なのココ。


 何で、どうして。


「何で、どうして」

『妄言による業務妨害、及び過失致死、アナタのせいで人が死んだの』


「私は何もしてない!!」

『あら、妄言満載の苦情を仰ってたでしょう?熊が可哀想だ、殺生は残酷だ、麻酔で眠らせ山に返すべきだ』


「私は、言うべき事を」

『アナタの言う通りにした自治体で、被害が出たの。熊にも知能が有るの、人里では美味しいものが沢山食べれる、だから再び山から降り。次は邪魔をする人を殺し、食べた』

《がおー》


「ひっ」

『大丈夫、人肉の味の記憶は消してあげた、それにたっぷりご飯もあげたから大丈夫』

《がー》


『お腹が減って暴れただけよね』

《がおー》


『じゃあ、頑張って』

「待って!せめて家を戻して」


『無理ね、だって私の責任では無いもの』

「間違った指示をしたじゃない!」


『アナタと同じ様に、理論上、正しい指示をしただけよ』


「何よそれ」

『生き返らせてあげたでしょ?共生はアナタの責任、じゃあね』


「何で!!何でよ!!」


 何で、私がこんな目に。


《がー》

「ひっ」


 どうして、何で。




『まぁ、可哀想に』

《がー》


『共生出来る筈だ、共生すべきだ、そう言うけれど身銭は切りたくない。今度は働かずに、アナタに餌を与え続けただけ』

《がー》


『食べさせれば食べさせる程、肥え太り食欲は増すだけなのに、本当に可哀想』

《がー》


『大丈夫、また生き返らせてあげる、そしてアナタの記憶も消してあげる』

《がおー》


『あら、嫌なの?』

《がー》


『そう、思い出したのね、アナタも同じモノだった』


《がー》

『ふふふ、じゃあ、頑張ってね』


 人の心が有れば、理性さえ有れば、豊富に餌が有れば動物は襲って来ない。

 なんて、無理な事なのだけれど、違いってそんなに分かり難い事かしら。


《がおー》




 どれだけ働けば良いんだろう。

 折角の綺麗な街並みも、綺麗な服装も、美味しそうな食べ物も。


 ただ、見るだけ。


 最初は失せ物探しをした。

 けれど熊の餌代には足りず、次は溝浚いをした。


 でも、足りなかった。

 仕方無く、下水処理場でも働いているけれど、それでやっと私も暮らせる程度。


 窓に格子を付けても、最初だけ。

 格子を壊し家に入り込み、食べられた。


 仕事に行こうとしているのに、お腹が減った空いたからと襲われる。

 以前よりも大きくなって、食べる量も増え、どんどん貧しくなっていく。


『あら、随分と粗末な格好ね?』

「稼いでも稼いでも足りないのよ!!」


『そう、なら、ココを紹介してあげる』


 どんな行為も受け入れる、売春宿。


「こんなの」

『働き続けている限り、熊からは逃げられるわよ?』


 安心して眠れる場所。

 安心して過ごせる場所。


 直ぐにも向かった。

 そして幸いにも結婚を申し込んでくれる人が居て、体も売らずに済んだ。


 それからは平和で、子供も出来た。


 熊の事なんて忘れてた。

 きっと、誰かがどうにかしてくれている、そう思い込んでいた。


《がおー》


 熊は生きていた。

 近くまで来ていた。


 痩せ細り、ボロボロになっているけれど、分かる。

 あの熊だ。


「ごめんなさい、許して」

《がー》


「来ないで、お願い」

《がおー》


 近くには子供か、猟銃。


「ごめんなさい」


 銃を手に取り撃った。

 もう、コレしか無かった。


 なのに。


《がおー》


 子供は食べられ、自分は助かった。


「あ、アナタ」

『あぁ、熊は鼻が良いからね、きっと君を探していたんだよ』


「なんで」

『熊にも知能が有るからね、君を食糧庫だと思っているんだろうね』


「そんな」

『それに、例え猟銃でも、当てる部位が正しく無ければ倒せないそうだ。仕方無い、子はまた産めば良い、だって君は熊と共生する他には無いんだから』


「そんな、だからって」

『家賃も税も僕が払ってあげるんだ、以前よりも少しは楽だろう。さ、頑張って』




 私は熊。

 嘗ては人だった。


 熊が殺されて可哀想だと思っていた。

 苦情を言う事が正義だと思っていた。


 でも間違いだったと今なら分かる。


 お腹が減った。

 さっき食べたばかりなのに。


《がー》

「お願い!コレで我慢して!!」


《がおー》


 無理。

 好きに生きていた熊に我慢は無理。


「お願い、コレしかあげられないの」

《がおー》


 嫌だ。

 お腹が減った。


「まっ、待って、あげるから」

《がおー》


 美味しそう。

 頂きます。




「お願い!助けて!」


『何故?』

《どうして君の理想を叶えているだけなのに》

「何故、どうして感謝せず、止めようとするのだろう」


「間違ってた!間違ってたと認めるから!!」


『それで』

《死人が生き返るとでも》

「アナタの反省に何の価値が有るのだろう」


「何でもする!何でもするから!!」


『出来ぬ者程、こうなのよね』

《先ずはしっかり理解し、改善点を出すべきだろう》

「それから、償い」


「します!もう苦情は言いません!反省しました、だから」


『だけ、ね』

《きっと、生まれ変わっても同じ事をする筈》

「なんせ、既に99回、同じなのだから」


「ぁ、あぁ」


『ふふふ、思い出したのね』

《死んでも治らない、やはり真実なのだろうか》

「君に人の道は、まだ難しかったらしい」


『さようなら』

《どうか次は熊生で》

「今度こそ分かると良いですね」




 俺は熊。

 嘗ては人だった。


「がー」

《ひぃ》

『大丈夫、言葉は分かるものね』


「がー」


 お腹が減った。

 何か食べたい。


 何でも良い。


 食べれるものなら何でも良い。

 お腹が減った。


『さ、今日からココで、この子と共生よ』

《まっ、待ってくれ》


 食べ物が逃げていく。

 食べないと。


 生きないと。


「がー」

《ひっ》


 美味しい。

 今まで食べた中で1番美味しい。


 食べたい。

 もっと食べたい。

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