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251 本。

 嫌な事が有る度、思い出す度、彼女に伝えた。

 すると彼女は私の話を活かし、その本の中に入れてくれた。


 本の中で、私は何度も復讐した。

 ありとあらゆる方法で謝罪させ、復縁を要求させ、無碍に断り乗り換えた。


 決して実現はしないと分かってはいても、堪らなく幸せだった。

 満たされていた。


 そして本は、いつしか売れる様になっていた。


 同じ思いをしていた貴族の夫人達が、密かに購入し始めたからだと知ったのは。

 義理の娘が結婚し、その相手の家で行われた茶会の席だった。


「奥様、コレ」

《まっ、もう出てらっしゃるのね》

『流石、筆が早い方ね』


「奥様、コチラ、ご存知では無いかしら?」


《あぁ、いえ、ですが噂では品が無いと》

「そんな噂は余裕の無い男のなさる事、愛妻家であり大切に扱ってさえいれば、何も問題は無いかと」

『ですわよね、そんな貴族の男は、居ない筈なのですから』

《本当に、さ、1度お読みになって》


 私が知るよりも、貴族の妻は強かった。

 いえ、私が弱過ぎたのです。


 世間体を気にするなら、もう、私の事は捨てられない筈。

 幾ら子が成せなかったとしても、もう、粗末にすべきでは無い者。


 私は怯え過ぎていた事を理解し、知った。

 女の立場は、ましてや貴族の妻なら、そう怯えさせる事はならないのだと。


 数ヶ月に1度帰って来るだけの夫に、もう従い続けるだけでは、いけないのだと。


「君は、こんな本を」

《あら、碌でも無い屑男では無いのなら、そうご心配なさらなくとも言いのでは?》


「だとしても」

《たかが本ですよ、それとも、何かご自覚が有るのでしょうか》


 愛人に子を産ませど、仲睦まじい夫婦の姿を見せる者は多い。

 けれども夫は別荘地に引き籠ったまま、社交界の時期にのみ現れるのは、周知の事実。


「いや、長旅で疲れた、もう休む」

《はい、では》


 きっと、母親に言い付けるつもりなのだろう。

 けれども、そんな手紙、握り潰せば良い。


 夫は既に母親とは疎遠。

 しかも社交界でも浮いた存在。


 だと言うのに、この男はまだ、好き勝手にし放題だと思い込んでいるらしい。


「何だか、今回のパーティーは、よそよそしい者が」

《あら、何か思い当たる節でも?》


「いや、けど君は」

《さぁ?》


「何なんだ一体、この前から君は」

《その年で、また、お母様に告げ口なさいますか?であれば、その事が、よそよそしさを疑う原因では》


 夫婦と言えど、手を挙げる事は滅多に許されてはいない。

 それは庶民の行う、下品な行為。


 だと言うのに夫は、手を挙げた。


「このっ」

《きゃっ!!》


 今まで従順だった妻が、突然生意気になれば。

 幾ら大人しい夫でも、手を出すだろう。


 幾ら、馬車を待つ人目の有る場所だったとしても。


『もう2度と、騒動を起こしてはなりませんよ』


「ですが」

『はい、お前が発して良いのは、ソレだけです』


 大勢の集まる社交界での粗相は、瞬く間に広まる。

 だからこそ、表では仲睦まじく装わねばならないと言うのに、夫は下品な行為を晒した。


 しかも、あの本が流行っている時期に。


「だって」

『余裕の無い下世話な男が、妻の不貞を疑うモノだ、昨今の潮目はそうなっているのです。もう別荘地へは、愛人を』

《お待ち下さい、私は愛人との仲を引き裂こうとは思ってはおりません、どうか数ヶ月だけの滞在に》


『そして又、愛人と共に別荘地へ。それでは不仲を疑われてしまいます、決して、許しませんからね』


「はい」


 命令通りに動くだろう。

 そう義母は高を括っていた。


 如何に夫が愚かか、結局は全く理解していなかったのだ。


『何故、引き留めなかったのです!!』

《申し訳御座いません、夜伽を申し込まれ、受け入れた晩の事で》


『全く、あの子は。良いですね、夫を立て尽くすのが妻の役目です、それが出来ぬのであれば』

《では離縁なさいますか。今の潮目では、さぞ目立つでしょう、それより心身を壊し療養に戻った事にした方が宜しいのでは》


 逆らわぬだろう、と、どうして高を括れていたのだろう。

 愛と言う駆け引きの道具さえ、全く無いと言うのに。


『何を』

《是非、噂の本をお読みになるべきかと、更に潮目を理解出来る筈なのですから》


『あんなモノは』

《では、お好きになさって下さい、失礼致します》


 あの夫から夜伽の誘いなんて無かった。

 けれども使用人達は、誰もバラさなかった。


 誰が強いか、既に理解していたからこそ。

 誰も、私を遮る事は無かった。


「お母様、本当にありがとうございます」

《良いのよ》

『さ、おいで、良く見せるんだ』


 義母と夫からの干渉は無くなり。

 義理の息子も結婚した。


 そして敷地内に別塔を建て、義母の様に出しゃばらず、ひっそりと支えるだけに留めた。

 だからこそ、誰も別荘地への隠居を言い出さなかった。


 私は1人、本に熱中する事が出来た。

 孫も愛せた。


 けれど、私の寿命は長くは無かった。




『本を読む様になり、母に笑顔が増えた。本当に、ありがとうございました』

「いえ、私の方こそ、本当にお世話になりました」


 実母では無いと知っていた。

 そして父を、それなりに愛しているだろう、と。


 けれども使用人達も彼女も、事実を知っていた。


『では、どうか』

「1つ、宜しいですか」


 母のお抱えの執筆家が居た事は知っていた、庶民の割には礼儀を弁えた女性。

 けれども本の内容が、幾ばくか下品だと聞いていた。


『はい、何か』

「この本棚には、大奥様の事実が詰まっています、どうか決して二の舞だけは踏まないで下さい」


『それは、一体』

「では、失礼致します」


 不可解な言葉を残して去った。

 その印象が覆り、そして批判は下劣な男からの評判に過ぎないのだと理解したのは。


 妻が浮気し、男と逃げた後だった。


「パパ」

『大丈夫だ、私が守ってやる、絶対に幸せにしてやるからな』


 悲しみの中、私は母の残した本に縋った。

 そして目覚めた。


 真に妻を愛しているなら、手放すべきなのだと。


 そう理解すると、世の中が明るく見えた。

 私が劣っていたワケでは無く、ただ妻は、真の愛を見付けただけなのだと。


《あまり噂を信じてはいないのだけれど》

『あぁ、構いませんよ。ただ妻は、真の愛に目覚めた、そして私は愛しているからこそ手放したに過ぎないのですから』

「あぁ、そうですわよね、愛すればこそ手放すと言う道が選べる」


『はい、まだ娘は小さいですが、いずれ手放す事になってしまう。それを臆しては、家は潰えてしまうでしょう』

「流石ですわ、潔くも愛の深い夫なら、殺すだなんて有り得ない」


『勿論ですよ、誰が愛する娘が嫁に行くからと殺しますでしょうか。例え妻でも愛した者、愛すればことそ、手放すしかない事を認めるべきかと』


 本により傷が癒え、勝算が増え、再婚も叶った。

 そして息子を授かり、家は更に繁栄した。


 娘が、亡くなるまでは。




「な、何ですかアナタ達は」


 パトロンの死により、私の執筆活動は終わりを迎えた。

 けれど蓄財は十分、しかも夫も居る。


 だから、本当に感謝していた。

 その時までは。


『アナタが書いた本は禁書指定がなされました』

「な、何で」

《夫婦間の輪を乱す、悪しき本》


「そんな、問題なのは夫婦間で」

『人が殺され、屋敷が燃えたのです』

《葬儀場で3人が殺され、アナタが以前融資を受けていた屋敷の別塔が燃え、そこでも焼死体が発見された》


「そんな事を、誰が一体」

『アナタが世話になっていた貴族の娘に惚れていた、単なる庶民』

《殺された者は貴族、どうか本が処分されるだけで済む事に感謝して下さい》


 自分の書いた本のせいだなんて、どうしても思えなかった。

 だから調べた。


 例え隣の国に行こうとも、その更に先の帝国に行こうとも。


 真実を知りたかった。

 誰かを不幸にする為に書いたワケじゃない。


 誰かの不幸を幸福に書き換える為に、私はしていたのだから。


「あの、この本について」

「あら、良く来たわね」


「えっ」

「ソレを書いたのはアナタでしょう?さ、真実が知りたいのよね、いらっしゃい」


 その図書館は帝国から更に離れた場所。

 地獄(ゲヘナ)と呼ばれる国に有る、悲嘆の図書館と言われる場所だった。


「あの、一体」

「さ、コレが彼女の真実の書。どうぞ、ゆっくりご覧なさい」


 手渡された本には、パトロンだった彼女の名前が書かれていた。


 そしてそこには、断片的だった彼女の悲しみや苦しみが詰まっていた。

 けれど私の本に、救われてくれていた。


 彼女の人生の後半は、確かに幸せだった。


「あの」

「あら、流石早いはね、次はコレよ」


 彼女の書に出て来た、孫娘の名が書かれた本だった。


 あの彼女の名前も、勿論有った。

 そして私は遠い親戚の様に、彼女の成長を喜んだ。


 けれど不意に、悲劇が始まった。


 しかもその原因は、私の本だった。

 それはその次の不幸も、その次も。


 そして彼女は、命を絶った。


「こんな」

「あら、想定していなかったのね、やっぱり」


「まさか、こんな」

「読み方は自由、受け取り方も又、自由だもの」


「でも、だからって」

「あら、じゃあ彼女以外、誰も影響を受けないだろう。とでも思っていたのかしら?」


「確かに、似た様な方には、けど、でも」

「この子の為にはなったわ、けれど、この子にはどうかしら?」


 好きに解釈して良い。

 けど、でも。


「まさか、まさか男が読んで影響を受けるだなんて」

「ストーカーや詐欺師にも、同じ事を言えるかしら?」


 教材にされた。

 負の教材に、私が書いた本が。


「ごめんなさい」

「いえ、良いのよ。どうせアナタは劣化コピーを量産しただけ、なのだから」


 血の気が引いた。

 確かに向こうの作品を盗作した、でも、その事は誰にも言わなかったのに。


「ごめんなさい」

「良いのよ、帰国次第、使者を送るわ。それに従う事が、アナタの罪滅ぼしの1つとなるのだから」


 そうして私は事実を知り、怠惰国の1つに戻り。

 美食国の使者から、1つの提案をされた。


『この国の歴史を細部に渡りお書き頂くか、あの本を悪しき見本とならぬ様に書き換えるか、コレらに準ずる相応の償いをするか。だそうです』


 私には、向こうの文章をコピーし書き記す能力しか無い。

 再編し、悪しき見本とならぬ様に書くだなんて真似は、出来無い。


 そして相応の償いなんて、思い付きもしなかった。


 だから私は。

 書く事にした。


「歴史を、書かせて下さい」

『はい、では、どうぞ』

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