1 始まりの悪魔。
『今回は2つだから、君にチャンスをあげよう』
綺麗な人が手を差し伸べてくれたのが、最初の記憶です。
それから徐々に分かりました、理解しました。
何処か違う所に来たんだと。
目の前の綺麗な人の後ろには、満月が2つ。
そして手を引かれ歩いていると、何処からともなく私みたいなのが落ちてきます。
そこら中に落ちています。
《ぁあ、悪魔ー!》
《良い声で啼く子ね、貴女をウチに連れて帰ってあげる》
《いやっ!悪魔に助けられるなんて》
《生きる事を放棄するのも、自殺だとは思わないかい?》
そうして真っ白な肌と金髪の女の人は、山羊か羊の被り物をした墨色の肌の男の人に抱えられ、連れて行かれた。
『怖くないんだね』
「はい、今は」
いきなり丸呑みにされてたり、髪だけ奪われてたり、皆が泣き叫んでる。
ココには居ない方が良いと思いました。
『コレを身綺麗に、食べ易くしておいてくれ』
《はい、畏まりました》
身綺麗に、食べ易く。
そうした言葉に怯えないと言う事が、ご主人様の気に入った要素で御座いましょうか。
「あの、宜しくお願いします」
騒ぎ暴れる愚か者は私も好みませんし、良いでしょう。
ご主人様への最後の手向けとして、出来るだけ身綺麗に、食べ易くして差し上げましょう。
《では先ず、コチラにお入り下さい》
髪をカチカチに固められました、それから腐った様な匂いがする浴槽へ入りました。
良く分からないけれど、多分、溶かされて食べられてしまうんだと思う。
「はい」
《では肩までしっかり浸かり、頭を軽く後ろへ》
お湯はヌルヌルしてるけど、別に痛くない。
「どうも」
《では顔にもパックしますから、くれぐれも触らぬ様に、暫しお温まりを》
「はい」
まだ溶けないなと思っていると。
お湯を抜かれて全身洗い流されて、今度は乾かされて。
着せられたのは、薄い洋服、1枚。
《如何でしたでしょうか》
「痛くなかったです」
《ふふふ、結構です、では》
目の前には、私を拾ってくれた綺麗な人。
その後ろには大きくて明るい満月が2つ。
私は、どうやって食べられるんだろうなと思いました。
『痛くは無いよ』
男の人なのか女の人なのか、良く分からない綺麗な人が。
手で私の目を塞いだ事だけは覚えています。
《おはようございます、当主様》
先代当主の美貌とはまた違いますが、コレはコレで、良い仕上がりかも知れませんね。
『どうして私は生きてるんでしょう、不味かったんでしょうか、吐き出されてしまったんでしょうか』
記憶は有る、刷り込みが起きない程度の知能も有る、そして人らしい反応も有る。
良い拾い物をなさいましたね、先代当主様は。
《いいえ、アナタ様はすっかり消化吸収され、融合し一緒に生まれ変わりました。今日はアナタ様の新しいお誕生日、お祝いを致しましょうね》
『え、ではあの方は』
《もう巣立たれました。当主様、さ、お支度を》
鏡を見たら、さぞ驚かれるでしょう。
そしてどう生きるのでしょう。
楽しみですね。
『ひっ』
私は、生まれ変わっていた。
そして私は私の新しい姿に驚きました、あの綺麗な人に似てる気がしました。
多分ですが、融合したんだと思います。
そして、自分もそうした生き物なのだと理解しました。
私は人では無い何かになっていました。
けれど、体は生き物のままです。
おトイレも行くし、ごはんも食べます。
《お味は如何ですか》
『美味しいです』
朝食は、とても豪華でした。
テレビでしか見た事が無い料理ばかりで。
コレは多分、エッグベネディクト。
コレは、ボストンクラムチャウダー。
コレは前にも食べた事が有ります、コレはフルーツのヨーグルト掛け。
食べたかったごはんが食べれました。
味も量も何もかも、私にピッタリでした。
《ご満足頂けましたでしょうか》
『はい、とても、まるで』
まるで夢の様。
けれど、もし、コレが覚めてしまったら。
《ふふふ、まるで夢の様、ですか》
『あ、はい』
《先代当主様からの言付けで御座います、以降はお好みを伝えて頂ければ、と》
私はこの言葉で、私が呑まれた後を僅かに思い出して、理解しました。
記憶も融合したみたいです、それとこの姿も、住む場所も。
『はい』
《ですが私は5日後までしか働けませんので、一緒に次の者を探しましょう。私は先代当主様の執事、でしたから》
『はい、宜しくお願いします』
分かる事と分からない事が混ざっている気がします。
私は何なのか、何になるのかを理解するのは。
多分、もう少し先なのだと思います。