第77話 ゲーテブルク城(2)
星の瞬き始める頃。
坂東義太郎らの部隊50名を周辺へ配置させると、俺はひとりでゲーテブルク城へと忍び込んだ。
門兵のいない裏口。
西園寺華那子の言っていた『内通者のメイド』が、ここの戸を(内側から)開錠しておいてくれる手はずになっているのだ。
そぉー……ガチャ
「お待ち申し上げておりましたわ」
すると、戸の内にはメイド服の麗人が立っていた。
まだ若いと思うが、雪のような頬に目の下の泣きホクロがずいぶん大人っぽい印象を放っている。
彼女が例の『内通者』だな。
「よろしく頼むよ」
「オホホホ、おまかせくださいまし。どうぞこちらへ」
そう言うので、俺は彼女の案内に続いた。
カツーン、カツーン……
「それにしても、なんかオバケでも出そうな城だな」
と、俺はつぶやく。
古い造りで、闇の多い城だ。
どこかから人の声が遠く響く廊下に、すきま風が悪魔の囁きのように聞こえる。
騎士の鎧がずらりと並ぶ通路なんかは、ふいに動き出さないかと何度も振り返らずにはいられない。
「……お足元、お気をつけくださいまし」
で、この『内通者のメイド』も、フッと消えてしまいそうな妖しさがあるんだよなぁ。
それに……
「キミさ」
「はい」
「前にどっかで会ったことない?」
「気のせいでございましょ」
「そーかなあ」
と一旦引くが、
「いや、絶対会ったことあると思うんだけど」
と、しつこく聞くと、メイドは演技めいたため息をつく。
「エイガどの……と、おっしゃいましたわね。今はあたくしを口説いている場合ではございませんのでは?」
「あ、いや……そんなつもりは」
俺はポリポリと頭をかくと、もう黙って彼女の後をついていった。
ザッザッザ……
そして、城の4F南棟の連絡通路前まで来るとメイドはふと立ち止まる。
「こちらでしばらくお待ちくださいまし」
「待つ? そんな悠長にしてていいのかよ。トルドはもうここでティアナの魔法を盗もうとしてんだぜ」
「その盗賊トルドをおびきだす段取りがございますの」
「おびきだす、か……。どうやってだ?」
「それはあたくしは存じませぬ。西園寺どののなさることですわ」
こうなるとなんだかあの女忍者の言うがままのような気がして癪だが、このメイドに言ってもしょうがない。
「……わかったよ」
「オホホ。では、ごめんあそばせ」
そう言ってメイドは行ってしまった。
やれやれ。待機、か。
この連絡通路前には軽い『休憩スペース』がしつらえられている。
俺はそこのソファへ腰かけるとタバコへ火を付け、花瓶のバラをぼんやり眺めた。
バラの季節じゃないし、造花だろうか?
色は赤だけど、石造りの窓の枠から射す月光に照らされて、少し青みがかってさえ見える。
「あっ、お師匠!」
するとそんな時、誰かに声をかけられた。
見ると、ショート・ヘアーの可愛い女の子が元気よく廊下に立っているのが目にはいる。
って、モリエ!?
瞬間、『彼女に見つかっていいものか』と不安になったが、見つかってしまったものは仕方がない、
「おう。久しぶり」
と応えてタバコの火を消した。
「久しぶり? さっきしゃべったばかりでしょ?」
「さっき?」
「うん。ちょっと大変だったけど……」
なるほど、モリエも俺のドッペルゲンガーと会ったってワケだな。
厄介な話だ。
つーか、今『そいつは偽だ』って、話した方がいいのか?
よくわからないので、そこはちょっと置いておくことにする。
「ところでモリエ、一人でどこ行くんだ?」
「あ……うん、あのね。ボク」
「ん?」
「ボク、16になったんだ。16歳……もう子供じゃない。だから」
モリエはそこで目をギュっと閉じて、
「だからね。今日、お師匠の部屋へ行こうって思ったんだ!」
と言った。
下では、穿きなれていない様子のスカートの裾をモジモジと弄っている。
「……モリエ、あのさ」
「怒らないで! 離ればなれだから、今しかないと思って……」
「別に怒らないけど。もう子供じゃないって言うなら、いいかげん一人で寝られるようになれよ」
「っ!……」
そうたしなめると少女はスゲー不機嫌そうな顔をするので、よしよしと頭をなでてやる。
「むー、お師匠のバカちん」
「わかったわかった」
「ボクの一大決心だったのに! もう知らない!」
モリエはそう怒鳴ると、スカートからひらひらと白いパンツをはみ出しながら走り去ってしまった。
なんだアイツ。
もしかして、これが反抗期ってやつか?
「エイガどの」
「わぁ!」
「しっ、お静かに……」
泣きホクロのメイドが俺の口を押さえる。
「い、いつの間に?」
「さっきからおりましたわ。気づかれませんでしたの?」
さっきから……
「さ、参りましょう」
そう言ってメイドはツカツカと廊下を行った。
「それにしても、エイガどのがロリコンでいらっしゃったとは存じあげませんでしたわ」
「あんたが俺のなにを知ってんだよ!」
「オホホ、それもそうですわね」
メイドはつーんとして廊下を歩いて行く。
「そんなことより、西園寺華那子はトルドをおびき寄せられたのか?」
「ええ。うまくまいりました。これでアクアどのもお助けできますわ」
そう言って、メイドは財布をパタパタとさせた。
なんだそれ?
「それにもうひとつ、あたくしにとっても素晴らしいモノが手に入りましたのよ」
「素晴らしいモノ?」
「ええ。……あ、エイガどの。着きましたわ。こちらでございます」
メイドは俺の質問を遮り、ひとつのドアの前に立ち止まった。
「ここがトルドの部屋なのか」
「いいえ。しかしここにおりますのよ」
「そうか」
で、どういう状況なんだ?……と尋ねようとした時。
「それでは、こちらはお任せいたしますわね」
メイドは目を三日月にして微笑むと、大きく息を吸い込んでこう叫んだ。
「くせものですわ!!……」
!?
俺がその大声に虚を突かれていると、メイドは『どろん……』という感じで城の闇へ消えてしまう。
そ、そんな!? どーしろと?
ガチャ……
うろたえていると目の前のドアが開いた。
敵の姿を予測して身構えるが、
「えっ……エイガ?」
三つ編みの女が赤い眼鏡を正しながら目をぱちくりさせているのを見て、力が抜ける。
「ティアナ? ここ、お前の部屋だったのか」
「え、ええ……」
と、その時。
そのティアナの後ろに、男が立っているのに気づく。
男、というか『俺』だった。
俺の顔だ。
「……トルドか?」
と、俺はすぐに察す。
「エイガ・ジャニエス……なぜここに?」
目の前の俺の顔は眉間へシワを寄せた。
つーか、あの女忍者、おびきだすってこういうことかよ。
イラっとするが、しかし、なりすまし系の魔法は本人と顔を合わせてしまえば効力を失う。
しゅるるる、しゅるるるる……☆
俺の顔をしていたヤツの顔は、みるみるうちに紳士めかしたあの盗賊のものへと戻ってしまった。
「……!」
横のティアナはハッと息を呑む。
この時、俺はかすかに彼女の衣服が乱れがかっているのに気づき、敵の盗みの『やり方』に勘づいた。
腹の奥からモクモクと熱湯が湧きあがっていく。
「……ティアナから離れろ」
と俺。
「フッ、ハハハ。やれやれ、気乗りはしませんが……」
「あ?」
「こうなれば力づくで行くしかないですね」
トルドはそう言うと俺へ向かって手をかざした。
ボウッ! ゴオオオオオオ……
「うわっ!」
竜の形の炎が俺へ襲い掛かる!
レベル4炎魔法【ドキラドン】だ。
そんなの喰らったら俺じゃ立っていられない、が……ダメージがない?
ぱぁ……☆ キラキラキラ☆☆
目を開くと、ティアナの防御魔法が、俺へのダメージを防いでくれていた。
「エイガ、逃げて!」
しかし、俺を守ったのがティアナ自身に隙を生み出してしまう。
トルドはそれを見逃さず、炎魔法をキャンセルし、ティアナの眉間へビシっと指を向けた。
「ぁ……」
すると、人形のように均整のとれた女の肢体が、操り糸を切ったようにバラバラと力を失って崩れる。
なっ! 今ので気絶したのか?
ティアナの両膝は石畳へゴツンと折れて、その身体を追うように黄金の髪がリボンのごとく舞った。
「おおっと」
盗賊はそんなティアナの細い腰を掬うように腕で抱え、スマートに微笑んで言った。
「では、失礼」
バタン!……ガチャ。
トルドは気を失ったティアナを部屋へ連れ込み、鍵をかけてしまう。
「ま、待て……らッ!」
俺はあわててドアを破壊する。
「はぁはぁはぁ……」
すぐに部屋へ突入したが、トルドはすでにテラスの方へ逃れていた。
月明かりの下で、女を抱えた盗賊は振り返る。
「やれやれ。パーティーを解雇されるようなあなたが主力の彼女を守れるはずがないでしょう?」
「ぎ……」
「それでは、いただいてまいります」
そして盗賊は一礼し、城のテラスから『ふわっ』と飛び立ったのだった。
飛行魔法か。
「ティアナ!」
俺は馬なしでは飛べない。
見失ったら終わりだ。
そう思った俺はとっさの判断でテラスへ駆けていき、手すりを踏み台に、夜空へ向かって跳躍した。
届……け……!!
パシ……
俺はギリギリ、ヤツの足首を掴んだ。





