第168話 飛空艇
「む、むむ……」
目を覚ますと、俺はソファに寝ていた。
どこだ、ここ?
見渡すと、長髪長身の男が剣を抱えながら座椅子に座って寝ており、向こうのベッドには女三人が並んで眠っていた。
……ああ、地獄に来ていたんだったな。
そう考えると急に領地が恋しくなってきた。
記憶がないとはいえ、ふるさとだと思っているんだな。
新婚だし。
「エイガさん……」
ふと、対面のデリーが口を開いた。
「起きていたのか?」
「いえ。エイガさんが起きる気配がしましたので、起きました……」
サムライかよ。
「ふぁああ……おはよー」
「ティアナ先輩、柔らかいですゥ……むにゃむにゃZzz……」
「……起きなさい。エマ」
そうこうしていると女子たちも起き出す。
こうして俺と元仲間たち四人は、このラブホテルをチェックアウト時刻ギリギリに出ると、魔動列車の駅へと向かった。
「IDがなくてもいいのか?」
「鉄道は切符さえ買えば一応問題ありません」
そうなのか。
基準がわからんな。
――ファーン……
切符を買い、時刻ちょうどに来た列車に乗る。
「ちょっとー、三人とも落ち着いてくださいよーww」
エマが言う三人とは、俺とモリエとティアナを指している。
そう。
記憶喪失の俺も魔動列車という技術イメージそのものは頭にあるが、あまりに揺れが少なく、スマートで、音も静かで、不気味な気分がする。
これが魔動列車か?
それに周りの乗客たちはみんな水晶型の端末をいじっている。
俺たちをあやしんで、何か報告をしているのではないか?
「エイガさん。そんな目つきをしていたら逆にあやしまれます。大丈夫ですから普通にしていてください」
そんなふうにデリーにすらたしなめられつつも、列車は無事到着した。
駅から降りると、すぐに巨大なドーム状の施設が見える。
「わー、大きい!」
「あれが魔王の居城だと言われても納得するわ……」
モリエとティアナの言う通りだと思う。
「……空港ですよ」
デリーが施設へ入って行き、後からついていく。
街のように多くの人が行き来し、大きな荷物を持っていた。
受付のような窓口と、関所のようなゲート、そしてその手前に待合の椅子がずらりと並んでいたが、それはすべて埋まっている。
「しばらく待ちましょう……」
ハイジャックの作戦はこうだ。
飛空艇は、まず整備魔術師たちが魔力エネルギーの補充を行ってから、パイロットが乗り、魔力反応の点検をしたのち、乗客が乗り込む……という段取りらしい。
俺たちはこのままロビーで待ち構えて、そこのパイロットが乗り込んだ段階でゲートを強行突破し、飛空艇を占領。
乗客を道連れにすることなく、必要最小限の被害で目的地へ飛んでいく……
そう話がついていた。
「そろそろか?」
時計を見ると2時20分だ。
「……いえ。搭乗ゲートの解放は2時40分です。まだパイロットが乗り込んでいない可能性があります」
「ギリギリで行くか」
「はい……」
搭乗ゲートを強行突破した後、俺たちは第2滑走路に停まっている飛空艇へ乗り込み、パイロットごと占領する手はず。
地図で何度も確認したが、向かう飛空艇を間違えてはならない。
俺は何度もイメージトレーニングを繰り返しては、元仲間の面々の顔を見た。
デリーは無表情、エマはさすがにいつもの冷笑を消しており、ティアナとモリエは手をつないで緊張の面持ちをしていた。
「2時35分。そろそろだ」
「……3分後に突破です」
36分、37分、37分30秒、40秒、50秒……
「今だ……!」
そう足を踏み出そうとした時。
「……キミ」
後ろから強く肩をつかまれた。
振り返ると、それはひとりの警備員だった。
「ちょっといいかね。事務所で話を聞かせてほしいんだが?」
何の変哲もないおっさん警備員に見えるが、ヤツの左手で肩をつかまれているだけで身動きが取れない。
みんなは……?
そう思って視線を移すと、デリーも、エマも、モリエも、そしてティアナも、紫いろの光の鎖で拘束されており、その元を警備員のおっさんの手が握っていた。
何者だ、コイツ……
「おとなしくしなさい! 来るんだ!」
こうして、俺たち五人は警備員のおっさんに連れられていった。
◇
「やれやれ。座りたまえ」
裏の事務所にて、警備員のおっさんが言う。
拘束されたまま座らされた俺たちは、互いに目線を交わし、誰もダメージは負っていないことだけは確認した。
「アンタ、何者だ?」
「何者って……やれやれ、こっちのセリフだよ。空港でハイジャックを企む不審者を捕らえたのはこっちなんだから」
ハイジャックまで読まれている?
何かおかしい。
それに、不意をつかれたとは言え、隙のないデリーやティアナまで拘束する手管。
地獄では普通の警備員ですらこんなに強いってのか?
「さて、どう料理してやろうか。このまま現地の警察へ送ってやるのも一興だが……ククク」
「……その不愉快なツラをやめろ。盗賊トルド」
端に座るデリーがそんなことを言うと、警備員のおっさんの顔が凍りついた。
「なん、だと?」
「……茶番はいいから、こんなことをするワケを話せ。オレたちはオマエと遊んでいるヒマはないんだ」
「こ、こ、このガキ……」
「やめなさいトルド!」
そこでドアが開いて、マントを背負った女と、ゴリゴリの巨漢が部屋に入ってきた。
「もういいわよ。バレたって同じことでしょう?」
「ソフィー……ちっ」
警備員のおっさんは舌打ちをすると、手で一瞬顔を隠し、どけた。
すると、その顔はツヤのあるオールバックの紳士に変わる。
「あ、本当にトルドだ……女勇者パーティかぁ」
「デリー、よくわかったわね」
モリエとティアナがそう言うので、俺だけがわかっていないんじゃなかったんだとホッとする。
「……ユウリの差し金か?」
「そうね。確か、あなたユウリと同級生だったっけ……」
「……」
「ウフフ、でも元はと言えばアンタたちのリーダーの望みよ」
クロス……!
夢で会った銀鎧の男だ。
「クロスさんが、オレたちの邪魔をしろと?」
「それだったら放っておくわよ。あんな素人のハッキングで、他の魔王たちにバレないとでも思ったのかしら」
となりでエマが「うぎッ……」と悔しそうな声を上げる。
「じゃあ何を……?」
「助け船よ。トルド。さっさと出しなさい!」
「……ふん」
女勇者らしき女に言われると、オールバックはあやしげな黒いカバンからバサバサと手帳のようなものをいくつか放った。
よく見ると、それは身分証明書のようだ。
俺たちひとりひとりの顔写真入りだが、すべて名前が違っている。
「九天魔城へ行きたいのだろう? くれてやる」
「偽造ID? こっちはパスポートかしら……」
ティアナがひとつずつ確認する。
つーか、これで飛空艇に乗れるじゃん。
こんなこと言うのもなんだが、イイ人たちなのか?
「こんなもん、どうやって用意したんだ?」
「……手作りだ」
盗賊トルドとかいう男はそう言うと櫛を取り出し、オールバックを整えながら俺の前にやってくる。
「ふん、エイガ・ジャニエス……しばらくキサマを折檻して遊ぼうと思ったのだがな」
やっぱ悪いヤツだ(汗)
特に俺へのヘイトが強いけど、なんかやったんだろうか?
「これであとは搭乗券を買えばいいのね?」
「それも心配しないで。ゴンザレス!」
「ウウ、ゴウウウ……」
そこで、巨漢が寄ってきて、ティアナへ5枚の紙を渡した。
「なんて言ってんだ?」
「『搭乗券は買っておいたよ。快適な空の旅を楽しんでね』と言っているわ」
そいつ、そんなしゃべり方だったのか……
――ゴゴゴゴ……!
それから結局、強硬突破などすることなく、通常どおりに搭乗ゲートを抜け、3時の飛空艇に乗り込んだ。
俺たち5人に加え、女勇者パーティも同乗している。
「なんとかなったなあ」
「ええ、そうね」
隣のティアナが赤いメガネを正しながら窓の外を覗いている。
「でも……信じられないわ。本当にこんなに大勢を乗せた船が浮かぶのかしら?」
「浮かぶんだろうさ。さっきから魔動音がしているし、そろそろだろ」
「そ、そう……」
あれ、震えてる?
「ひょっとして怖いのか?」
「バカ言わないで。子供じゃないんだから……」
ティアナがそう答えたのと同時に、飛空艇にフワっという浮遊感が生じた。





