第166話 超文明
高層ビルが立ち並び、魔動車がガンガン走る。
「なッ……」
俺は、カラーの活動写真が、ビルの側面で何かの広告を流しているのを見上げて、呆然と立ち尽くしていた。
記憶喪失だからビックリするのだろうか?
そう思ったが、隣のモリエも、ティアナすらも呆気にとられているので、ちょっぴり安心した。
「な、なあ。この街にクロスがいるのか?」
「……おそらく、ここではないでしょう」
長髪長身の剣士、デリーが答える。
「ユウリたちはきっと世界一の大都会、九天魔城にいると思います。でも、ここはクオーツ大陸州のトーリ市です……」
「どうしてそんなことがわかる?」
「あっちに犬の石像があるでしょう。有名な観光地ですから」
「アタシとデリーはこちらの世界出身なんですよ……」
エマがそう補足する。
「なにそれ、お前ら地獄で生まれたってこと?」
「もちろん、こっちの世界の人々はここを地獄だなんて言いませんよ。『上の世界』と呼んだりしています」
じゃあ、俺たちがいた世界は『下の世界』ってことか?
まあ、この見事な文明なら、そう言いたくなる気持ちもわからんでもない。
ちょっとムカつくけど。
「とにかく宿を探しましょう? 人が多すぎよ」
ティアナがそう言うので、デリーを先達に宿を探し始めた。
――ざわざわざわ……
道行く人は皆せわしなく、交通整理用らしき赤、黄、青の魔灯に従って、まっ平に整備された道を行き来している。
その多くは何やら小さな水晶玉のようなものに映る映像を見つつ、ひとさし指で右へ左へ操作していた。
「あれはなに?」
「端末ですよ」
エマが答える。
「こちらの世界では、だいたい一人ひとつずつ端末を持っていて、世界中の情報ネットワークと繋がっているんです」
……?
ちょっと想像を超えすぎていて、意味がわからん。
「こっちです……」
そうこうしていると、デリーが少し怪しげな界隈へ入っていく。
ホテル街らしいが、お城のような感じもある少しお水っぽい風体のビルが立ち並んでいる。
「ちょっと。この通りはマズいわ。モリエもいるのよ?」
「……すみません。オレたちは通常の宿には泊まれないんです」
「何故?」
「身分証明書|(ID)がないですから」
宿に泊まるのにいちいち身分証明書が必要なワケねーじゃん……と思ったが、デリーは「こういうところは身分確認がありませんから」とスタスタ一軒のラブホテルへ入っていった。
「……なんだか落ち着かないのだけれど」
と、丸椅子に姿勢を正して座るティアナは、赤いメガネを正しつつもスカートの尻をモジっとさせている。
「すみません……」
「わーい! シャンデリアだぁ! 高級ホテルだねー♪」
懸念のモリエはそんなふうに巨大なベッドの上を跳ねていた。
可愛い子だ。
「それで、これからどうするんだ?」
「先ほども言いましたが、ユウリとクロスさんはおそらく九天魔城にいます。そして、そこまではかなりの距離がある」
「かなりの距離ってどれくらいだ?」
「オレたちもトーリ市にそこまで詳しくないので正確にはわかりませんが……ぱっと地図を思い浮かべるだけで大陸が違いますから」
「うーん、先輩たちの感覚で言うと、少なくとも極東とザハルベルトくらいは離れているんじゃないですかねー」
デリーとエマがそう言うと、ティアナがびっくりする。
「そんなに離れているの?」
「はい。だから徒歩は現実的ではないです」
「汽船はあるのかしら?」
「もちろんありますよー。でも、もっといいものがあります」
エマがチラリと見ると、デリーが引き継いで言った。
「飛空艇です……」
「なにそれ?」
「……船が空を飛ぶんですよ。汽船なら半月はかかりますが、飛空艇なら一日あれば到着するでしょう」
なるほど、俺の領地の艦もそんなことができると聞いている。
まあ、記憶にないから船が空を飛ぶなんてピンと来ないんだが、情報だけ比べても飛行航続距離が段違いだなあ。
ウチのは30分しか飛べないって言ってたし。
「わーい、空を飛んで行くの?」
「でも、切符が高いんじゃないかしら……?」
「高いも何も、アタシたち身分証|(ID)がないんで乗船できないですけどねー(笑)」
エマが嘲笑しながら言う。
何がおかしいんだコイツ。
「なあ。さっきから身分証、身分証って……そんなに身分証がないと何もできないのか?」
「……ここはそういう世界なんですよ」
デリーが言う。
「この世界はすべてが明瞭でなくては済まないんです。何億もの人々が個人情報を持ち、消費行動が記録されていく……」
「そんな記録して、どうすんだよ」
「ねーw 別にあんまり使ってないんじゃないですかー?」
「記録そのものが大事なんですよ。この世界の人々にとってはね……」
よくわからん。
「で、結局どうするの? このままでは、せっかく地獄まで来たのにクロスのところへたどり着けもしないわ」
「あはは、そんなの決まっているじゃないですかーww」
エマはそう言って座るティアナへ後ろから抱き着いて言った。
「ハイジャックですよ」





