第165話 この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ
「ティアナさんたちには吉岡神社の宿坊へ泊まってもらったッス」
翌日、ガルシアに尋ねるとそう返ってきたので館を出た。
「どうしてだ?」
「人の多い港に勇者パーティが泊まっていては目立つッスよ。商人たちがあらぬウワサを立てるに違いないッス」
まあ、ちょうどいいか。
吉岡神社は地獄門へ向かう道すがらだからな。
「じゃあ行ってくるよ」
玄関でそう告げると、悦子さんはいつものように背筋を伸ばして頷いた。
「はい。どうか、ご無事で」
「……うん。なるべく早く帰る」
「お待ちしています」
俺は彼女の手を握り、ジッと目を見つめる。
そして、一思いに背を向けた。
途中何度も振り返ると、妻はいつまでも門前に立ち、こちらを見送っていたが、ひとつ角を曲がると、とうとう見えなくなってしまった。
……さて。
吉岡神社へ着くと、先日の結婚式で祝詞を上げてくれた神主が境内で箒をかけていた。
たしか、十蔵と言ったかな。
「これは領主さま。いかがなさいましたかな?」
「ええと、冒険パーティの4人がこっちに泊っていると聞いたんだけど」
「ああ、たしか昔のお仲間だとか? こちらですぞ」
こうして十蔵に案内された。
高台に独立した、美しい神社だ。
境内は周りの木々から自然のエネルギーを取り入れているようにも見え、社殿の清らかさに悦子さんとの結婚式が自ずと思い出される。
「このお部屋です」
宿坊の一部屋の前に来ると、少し緊張で胸が鳴る。
昨日はちょっぴり冷たくあしらってしまったからな。
それで今日、一緒に連れて行ってくれと頼むのだから、さすがに顔を合わせづらい。
「ええと……失礼します」
「はい?」
部屋の中から女の返事が聞こえる。
「あの、エイガだけど、ちょっと話があるんだ」
「……どうぞ」
俺は真っ白な障子を横へずらした。
◇
部屋には昨日の四人がそろっていた。
俺はまず、銀鎧の男に助けられた夢のこと、クロスという名前に覚えがあることを話した。
「そういうワケで…………俺で力になれるのなら、ぜひ連れて行ってほしい。あのクロスって男を助けるために」
彼らは俺の頼みを真剣な面持ちで聞いてくれた。
「お師匠……」
「……やっぱりクロス先輩のことは覚えていたんですね」
ショートヘアーの可愛い子と、栗毛のポニーテールの少女がつぶやく。
「まあ、覚えているのは夢の中で助けてくれたコトだけなんだけどな。それに……アンタたちが彼を助けようとする気持ちは本当だと思ったから」
「……ありがとう」
金髪三つ編みの女がそっと言う。
「でも、本当にいいのかしら? あの女秘書さんは?」
「行って来いってさ。うちのは良い嫁だからな」
「そう……」
赤いメガネを直しながら、女はうつむいた。
それから四人は、記憶喪失である俺のために、それぞれ名前と特技を自己紹介してくれた。
デリー、エマ、モリエ、そしてティアナ。
こうして話していると、どうにも悪いヤツらには思えない。
「それで彼……クロスは地獄にいるんだよな?」
「はい。おそらく……」
長髪長身の男がそう答えた。
「エイガ、記憶を失う前のあなたはこの領地に地獄門を見つけたと言っていたのだわ。あとは起動条件さえ突き止めることができれば……」
「起動条件は判明しているよ。案内する」
こうして、俺たちは東の山のトンネルへ向かった。
元仲間の四人と、この遺跡に詳しい十蔵の息子将兵が付き添ってくれた。
「こういう霊的な陣の起動条件が火気ってのはよくある話なんですよ」
地獄門まで来ると、将兵は大幣を気だるそうに振りながら言った。
「だからと言って強すぎる炎を用いれば災いが起こるもの」
「じゃあどうするん?」
「これです」
将兵は白い水晶のような石を取り出し、カチカチと打ち合わせる。
光源に乏しいトンネルの中、かすかに火花が見えたかと思えば、『ブンッ……』と音が立ち、黒曜石のゲートに紫色の亜空間のようなものがあらわれた。
「ほ、本当に地獄門じゃないですか? ヤバ……」
「わーい、キレー!」
少女たちがはしゃぐ。
「地獄門を生身でくぐれば、文字通り死んでしまうわ。みんな、集まって」
金髪三つ編みの赤いメガネ……ティアナという女はそう言うと、針のごとく尖った銀装飾のステッキを取り出した。
――パアアアア……☆☆
そして、タクトのようにそれをニ、三振ると、ふいに俺たちは緑色の光に包まれたのである。
「レベル6防御魔法セントレイアよ。これであの亜空間を無事に越えれるはずだわ」
「……よくわかんないけど、これってスゴイ魔法じゃないか?」
俺が驚いていると、ティアナは赤いメガネの奥の青い瞳でジっとこちらを見て言った。
「そうね。あなたが育成してくれたから……」
「え?」
そう聞き返すが、ティアナはすぐにゲートをくぐって行ってしまったので、俺もあわてて後に続いた。
……
…………
………………
亜空間を抜けていく。
その間、船酔いのような不快感を覚え、気が遠のくが、次第に視界が晴れていった。
「む、うう……」
目を擦りながら顔を上げると、薄暗く、どこか狭い路地裏らしかった。
「エイガ先輩! まったく、しっかりしてくださいよー」
他のみんなはすでに酩酊から覚めていたようだ。
エマという少女が「やれやれ」とため息をついて言った。
「さあ、こっちです」
後をついて路地を抜けると……
そこは、天国のごとき高度な文明都市であった。





