第162話 やっぱ才能あるな
吉岡神社での結婚式が終わると、再びみんなで五十嵐家へ向かった。
「わはははっ……!」
「めでたいめでたい!」
屋敷のふすまや障子を取り払い一つの大きな部屋にして、五十嵐家の関係者、領内の他の有力者や帝都から来た大臣一行など、大勢の人々が酒を飲み祝福していた。
「ゴホン、えー……五十嵐君は麻呂のもとで秘書を務めていた頃も大変優秀な部下であり、帝都でも真面目で責任感が強く……」
大臣が念願のスピーチをする。
カンペが綴ってあるらしい笏をチラチラ見ながら、最後はジョークすら織り交ぜて場を凍らせたりなどしていた。
宴は夕方まで続く。
――そして、夜があけた。
◇
「エイガさま。こちら報告書です」
「ありがとう」
館へ帰った俺はいつものように居間のソファーに腰掛け、悦子さんからレジュメを受け取った。
「なんだかこれまでと変わらねえッスねー」
「仕事中ですから……」
悦子さんはそう背筋を正してポニーテールを揺らす。
レディスーツ越しの引き締まった腰が、すぐ横で腕に触れる。
俺はまだ彼女のそういうところにいちいちドキドキしちゃうんだけどな。
なおさら、昨夜のことを思い出すと……
「はッ……いかん、いかん」
「……?」
俺がそんなことでどうする。
そう頭を振って報告書を見る。
内容は、領内の『磯村』という村のことだった。
「遠洋での漁場を探すために、小型の魔動船を購入した漁師の件……か」
「はい。彼らは銀行からの融資も受けていますので、資金繰りなど問題がないか調査すべきかと……」
「なるほど、先々のことを考えたら補助金も視野か?」
「前のエイガさまも、そう気にかけていらっしゃいました」
内政関係では特にそう思うけど、記憶がなくても考えることは前の俺と同じ感じなんだよな。
まあ、同じ人間なんだから、そりゃそうか。
「状況が気になるな。ちょっと磯村へ直接行ってみよう」
「……そうおっしゃると思っていました」
俺と悦子さんが立つ。
「あ、旦那。自分はちょっと行けねえッス」
ガルシアがそろばんで頭をかく。
「なんで?」
「港まわりの商業区工事がだいぶ進んできているんスよ。すでによその大物商人たちもやって来ているんで、自分が行かねえと」
なるほど、結婚式で休ませてしまったしな。
「わかった。磯村へは悦子さんと行くわ」
「すまねえッス」
こうして俺と悦子さんで磯村へ行くことにした。
ヒヒーン……
館には立派な黒い馬がいて、そいつは俺の馬らしい。
空を飛ぶこともできるらしく、本来であればひとっ飛びらしいのだが……
「やっぱり乗せてくれないか……」
「……そうですね」
馬は俺が乗ろうとすると、スンっと尻を向けてしまう。
動物だからこそ、俺の頭の状況を察知するところがあるんだろうか。
ヒヒーン……♡
そのくせ悦子さんにはデレデレなのが腹立つな。
スケベな馬だ。
「仕方ない。歩いていこう」
「……はい」
まず五十嵐家のある中村へ行き、そこから馬車に乗って東へ向かった。
この中村――磯村間は、もともと道もたいして整備されておらず、行き来が大変だったそうな。
今はこうして道が整備されているし、近々こちらにも魔動鉄道を通す計画すらあるらしい。
「すげーなあ」
「……すべてエイガさまのお考えです」
本当かなあ。
――ガタゴト、ガタゴト……
さて、磯村に着くと、まず目立つのは温泉街であった。
近海の漁場が廃れたのち温泉が見つかって、今はこちらの方が盛んな村らしい。
しかし、そんな時勢でも自分の生業を捨てたくないという古風な男はいるものだ。
「ええ。ありゃーおれがいつものように船を走らせていたときですよ」
漁師の男が言った。
「遠くの海に、白い光の柱みてえなもんが見えましてね。なにごとかと思って向かったんですが、不思議なもんで近づいてみると光はねえ」
「あんた、やっぱり疲れているんだよ……」
「うるせえ! 男の仕事に口をはさむんじゃねえ!」
なんか演技めかした夫婦だな。
「きっと海神さまが漁場をお示しくださったのだと思って網をかけてみたが、魚は釣れねえ。いったい、あれはなんだったのか……」
彼の話を聞いて、俺と悦子さんは顔を見合わせた。
「いずれにせよ、俺たちからしても遠洋の漁場が見つかるように祈っているよ。回転資金は少し補助しよう。がんばってくれ」
小切手を書いて漁師の男に渡した。
「……どう思われますか?」
「あれは別に超常現象とかじゃないと思う。知らないうちに『掘削者』の才能が発揮されたんじゃないかな」
そう。
あの男の職性は漁師ではなく、掘削者だった。
そりゃあ、みんながみんな職性どおりの職業に就くとは限らないから、そういうこともあろう。
でも、才能はその人間の中で眠っているのだから、思わぬ時に発揮することもあるはずだ。
「では、話にあった光の柱は……」
「ああ。海底の鉱物に反応したんだろう」
これはこれで調査が必要そうだ。
「……掘削者のリーダーのアキラさんは、ちょうど東北の山に詰めています」
東北の山……ちょうど磯村の近くだったな。
「ついでに行ってみるか」
「……はい」
山の現場はトンネルであった。
この向こうにも村があるらしく、俺が命じて掘らせたんだとさ。
「こちらです……」
トンネルを行くと、『立ち入り禁止』の板看板があり、無視して越えると、それはあった。
黒い、光沢のある石でゲート状に積まれた遺跡。
留学生の古代文字研究により、火気で起動するとわかったんだったよな。
「エイガさまは地獄門、とおっしゃっていました」
怖っ。
「それはそうと、アキラくんはどこにいるんだ?」
そう尋ねた時、さらに奥で岩石を割るような音が聞こえてきた。
その音を頼りに進んでいくと、顔を真っ黒にした男が作業をしているのが見えて来る。
彼がアキラくんか。
「何をしているんだ?」
「おぉ……りょ、領主」
暗い洞窟の中で、強い光源魔法を使っていて、少し眩しい。
「こ、こで……こ、こくよう石だ」
「へえ」
どうやら、あのゲートの素材がこのあたりで採掘できるらしい。
「りょ、領主こそ。どうした?」
「あ……ああ、そうだった」
俺は磯村の漁師の話をし、アキラくんに海底鉱物の調査を頼んでおいた。
「時間がある時でいいよ」
「わ、わかった」
用事が済むと、俺と悦子さんは磯村から馬車に乗って帰った。
中村で降りて、歩く。
館に着くころには夕方になっていた。
「ただいまー……あれ?」
しかし、館には誰も人がいない。
「ガルシアさんはまだ港でしょう。メイドのみなさんはお休みです」
マジか……腹減ったのに。
そう思うと、腹からクゥ~とへなちょこな音が鳴った。
「……何か作りますね」
悦子さんはそう言うとポニーテールを一度ほどき、黒髪を束ね直してからもう一度結んだ。
そして、レディスーツの上から薄ピンクいろのエプロンを着て、台所へ向かう。
「やっぱ才能あるな」
俺はお嫁さんの後ろ姿を見て、そこはかとない幸福を感じていた。
◇ ◆ ◇
一隻の定期船が、海を東へ進んでいる。
「エイガ……」
金色の三つ編みが風に吹かれ、青い瞳が遠く港を見つめていた。





