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育成スキルはもういらないと勇者パーティを解雇されたので、退職金がわりにもらった【領地】を強くしてみる   作者: 黒おーじ
《第20章》 幸せな時

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第154話 ここはどこ?


 忘れてしまった夢を思い出そうとしても、どうしても思い出せない……


 全てにおいて、そんな感覚だった。


 頭に濃霧がかかって何も見えないみたいな。


 それでも、目を覚ました時にほほ笑んでくれたあの女性ひとのおかげで、どうやら俺にも『これまでの人生』ってやつがあるらしいことがわかったんだ。


「旦那ぁ! 本当になんにも覚えていねーんスかぁ?」


 なんかひょうきんな男が、俺の肩をぐわんぐわん揺らす。


 騒がしいけど、俺の心配をしてくれているらしい。


「悪いけど、本当に何も思い出せないんだ。ここはどこなんだ?」


「どこって、旦那の家っすよ~!(汗)」


 ここが俺の家……?


 居間リビングだろうか。


 広い部屋だ。


 絨毯が敷かれ、大きなソファがあり、窓にはガラスが張られている。


「ずいぶん立派な家だなあ」


「エイガさまはこの地の領主をされているのです」


 と、あのポニーテールの女性がお茶を運んで来てくれた。


「私たちはみんなエイガさまの部下であり仲間なんです。何も心配することはありません……」


 そう言って、俺の隣に座るポニーテールの女性ひと


 やっぱり綺麗な人だな。


 それに……妙に距離が近くてドキドキする。


「えーん、領主さま~」


「アタシたちのことも忘れちゃったんですかぁ?」


 このやかたには、あと三人メイドがいて、みんな俺が記憶をなくしていることに少なからずショックを受けているようである。


「ごめんなー。でもまいったな。領主なんて大事な仕事をしていただなんて……」


 俺は頭をかいて続ける。


「何も覚えていないんじゃ、統治も何もできないだろうし」


「……大丈夫です。その考えがすぐ浮かぶということは、心はエイガさまのままなんだと思います」


「そうッスね。今は自分や五十嵐さんがカバーするッスよ!」


 えくぼの男はそう言って、「またみんな一緒に仕事できりゃ嬉しいんスけどね……」と涙ぐんだ。


 なんか、いいヤツだな。


「……メイドのみなさん。お忘れになっていることに気付いたらなんでも教えて差し上げてください」


「「「はーい!」」」


 ポニーテールの女性ひとが言うと、メイドの子らは元気よく返事をした。



 ◇



「ええと、名前は遠雲とくも、人口は2500、村が7つ……」


 それから、俺は自分が統治しているという領地について一つずつ学んでいった。


 悦子さんという美人秘書や、ガルシアという元商人の男は、「まだご無理なさらなくても……」「そッスよ~」と気遣ってくれる。


「ありがとう。でも、今は一つでも多く自分のことについて知りたいんだ」


「旦那……」


「……」


 彼らが俺を知ってくれているから、俺は多分その記憶をなくしているだけなんだろう。


 でも、感覚的には『今生まれたばっかり』って感じなんだ。


 そうじゃない、俺にも歴史がある……って実感が欲しかった。


「育成スキル、か……」


 書斎には、俺が書き残していたであろう大量の育成ノートがあった。


 そこには領地の産業や領民部隊と称される対クエスト用の部隊、そして数百名にのぼる個々の育成記録や計画が事細かに記されている。


 これを見るだけで、俺――エイガ・ジャニエスが、どれだけこの領地の経営に熱意を燃やしていたのかがわかった。


「エイガさまの熱意は、どこまでいっても育成だったと思います」


 悦子さんが隣に寄り添ってそう教えてくれた。


「どういう意味だ?」


「……そうですね。領地を財産としてではなく、未来へ向かって育てていたという感じです」


 ちょっと難しいな。


「他の領主も、みんな未来のことくらい考えるだろ?」


 全員がそうとは言わんけど、領民の生命と財産のために未来を見通して経営するのが領主ってもんのはず。


「……そうですね。未来、というよりは夢でしょうか」


「夢、か」


「ええ。領民に夢を示せる領主というのは少ないものです」


 悦子さんは俺に寄り添いながら言った。


 黒目がちの瞳でジッと見つめて来て、ドキドキする。


 ひょっとして、彼女も俺のことが好きなのか?


 いや、彼女が好きなのは……


「俺はエイガ・ジャニエスになれるんだろうか」


「ッ!……」


 彼女は何も答えなかったが、俺の手をそっと握ってくれた。


 その手を握り返すと少し不安定な気持ちが定まるような気がする。


 しばらくそうして互いに見つめ合っていたが、やがて女秘書は立ち上がった。


「これは私とガルシアさんがこれまで書いた報告書を整理してまとめたものです。よろしければ……」


「ああ、ありがとう」


 こうして、悦子さんたちのおかげで、この遠雲とくもという領地についての知識はかなりついた。


 覚えることの量は半端なかったが……


 意外にも記憶は簡単にできた。


 俺ってば、すげー優秀な男なんだろうか?


 もしくは、記憶喪失で頭がからっぽだからかもしれんけど。


 また、俺が目を覚ましたということが外にも伝わっていったらしく、館には毎日多くの客が訪れるようになった。


「エイガ……本当にあたしのことも忘れちまったのかい?」


 タンクトップの胸元に金のネックレスを光らせた女が涙をためて問うてくる。


「いや、キミのことは覚えているよ」


「エイガ……!」


「リヴさんだろ。昨日も来てくれたから覚えている」


「あー……」


 リヴさんは落胆に肩を落とした。


「以前のことは何も覚えていないけど……でも、キミがどれだけスゴイ鍛冶職人かってのはわかっているつもりだよ。これまでキミが作ってきた道具や武器はすべて覚えたからね」


「そういうことじゃないんだけれどねえ……」


 もちろんわかっている。


 どんなにデータを覚えようと、その人と過ごした経験そのものや関係性はよみがえらない。


 人間の記憶ってのは複雑なもんだな。


「ごめんね」


「じゃあ、クロスたちのことも忘れちまったのかい?」


「え……」


 クロス……


 その名だけは聞いたことがある。


 あの銀鎧の男。


 夢の中の記憶だからハッキリとしないが、そいつが俺を助けてくれたってことだけは覚えていた。


「エイガ……?」


「ぁ……ああ。何でもない」


 俺は少し放心していた頭をブンブンと振り、再び領主の業務に戻った。


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