第138話 鍛冶の弟子たち
祝勝会は未の刻(おやつくらい)から日没まで繰り広げられた。
酒や食べ物は館持ちである。
俺は領民たちへ飲み食いをススメ、魔法射的や相撲大会などの祝い事チックな催しを繰り広げた。
それらはもちろん博打の対象になる。
実は、遠雲にもこうした興行を取り仕切る闇の集団が少人数ながらいるらしい。
それは二千五百の領民の中でも『ならずもの』と呼ばれる連中らしいのだけれど、彼らを普段操っているのは吉岡神社だというから、まったく聖俗表裏一体という感がする。
ちなみに、相撲大会の優勝者はチヨであった。
女ながらふんどし姿でいつもいるので相手のまわしの扱いにも慣れた感じがあって、取っ組み合いで踏ん張る度その若々しい女尻へ彫刻のような窪みを宿すのは雷神のごとき力強さがある。
「領主さまー! ウチ勝ったよー!」
「おお、チヨ! よくやったぞー!!」
満面の笑みで手を振り返す俺。
なんたって俺はチヨに賭けていたからな。
「まあ賭けの勝ちより、祝勝会の赤字の方がはるかに多いんだけどねー」
「旦那、そんな無粋なこと考えることねーッスよ」
ガルシアがソロバンを弾きながら声をかけてくる。
「博打の勝ちは素直に喜べばいいじゃねーッスか」
「でもよー。こんな大人数に大盤振る舞いして大丈夫なのか?」
「心配ないッスよ。そもそも旦那の育成スキルで領内の食料生産力はガン伸びしてんス。つまり慢性的に需要不足、借金不足になる。こういう時は大盤振る舞いでもなんでもして赤字を持ってやるのが領主の仕事ってもんス」
生産力が増えれば豊作貧乏になる。
領主は領地の生産力に応じて赤字を増やすことができる……っていうか赤字を抱えてやるべきだって、そういうハナシだったか。
「そりゃわかるんだけどさ。ウチはそんなにたくさん酒は造ってねーだろ?」
「へ?……ええ、まあ」
「つまり、酒はよその領地から仕入れているワケだ。よそから買うものは外貨が必要になる。酒をたくさん買っても外貨が減るだけで、『pt』赤字を増やすことにはならねーんじゃねえの?」
図星だったようだ。
ガルシアが「てへ♡」みたいに笑ってごまかそうとしているのを、五十嵐さんがジト目で見ている。
「……いや、すまねえッス。酒のことは旦那の言う通りッス。でも……驚いたッスよ」
「は? 何が?」
「旦那がカネのことをそこまでわかってるなんて思わなかったんッス」
これでも領主だからな。
一応、理解しようとはしているのである。
「それで結局のところ大丈夫なのか?」
「大丈夫ッス。魔王級クエストを攻略したんだし報奨金もたんまり、外貨も余裕ッスよ!」
「そうか……」
ホッと息をついた。
ハーフェン・フェルトで資金がなくなってわずかな報奨金でなんとかクエストを回していた時が遠く思い出される。
あの時はガルシアに助けられたんだっけ。
「大丈夫ならいい。みんなのおかげで魔王を倒せたんだし、そのみんなへ振る舞って騒ぐ酒だしな。それに……」
俺は背を向けて続ける。
「どっちにしろカネのことはお前に任せるしかねーんだ。……頼りにしてるぜ」
「だ……旦那ぁ!」
そう言った瞬間、向けた俺の背にガルシアがずいっと乗っかって来た。
「わーい、わーい」
「お前、なんッ! 重えよ……(汗)」
と言うのにガルシアは降りない。
さてはもう酔ってるな。
しょうがねえヤローだとは思ったが、まあ……こんな日くらいはいいだろう。
「「……わははははは!」」
そんな俺たちの様を見て領民たちが笑う。
まあ、無礼講だ。
俺は面白がらせるためにガルシアをおぶって領民たちの間を「オラオラ~!」っと走り抜けてみせる。
酔った商人はそれで「ヒー!」と悲鳴を上げるものだからまたドッと笑いが起こった。
五十嵐さんは何故かうらやましそうにこちらを見ていたっけな。
◇
祝勝会が無事に済むと、みんなは村々へ帰っていった。
楽しんでくれたようでよかった。
片付けが大変そうなのでスイカたちメイドを手伝った後、俺はちょっと上等な酒を一本持って、鍛冶工房へ行くことにする。
そう。
祝勝会にはリヴの顔がなかったのである。
ああ見えて寂しがり屋のリヴのことだ。
宴会ともなれば真っ先にやって来て、『カッカッカ!』っと笑ってくれるはずだった。
それでなくとも、魔王級クエストをクリアして帰ってきてから一度も顔を見せないのは変である。
うーん、なんか心配になってきたな。
「よお。ご苦労さん」
「あ、領主様!」
工房へ行くと、弟子の若者たちが表で薪を割っているのに出会った。
「リヴいる?」
「あ、はい」
「いるにはいるんですけど……」
若者たちは口ごもりつつ顔を見合わせる。
「どうした?」
「いえ……いるにはいるんですけど、しばらく誰も入ってくるなと姉御が言うもんですから」
「……僕ら一応工房へは来て薪を割ったりしてるんですけど」
「もう三日もこんな様子なんでみんな心配しているんです……」
鍛冶工房の弟子たちはみんな、リヴをめちゃめちゃ慕っている。
心配する様子も尋常ではなく、ちょっと可哀想だ。
「あっ……でも領主さまなら入っていっても大丈夫なんじゃないかな?」
「うん、そうかも!」
「姉御は領主さまのことが好きなんだしよ!」
最後ヘンなことを言ったヤツは周りから『ペシッ』と頭をはたかれていた。
「そうは言ってもなあ……」
本人が『入ってくるな』と言っているものを、領主だからといってその権力でズカズカと入っていって良いものだろうか?
何か心の問題があって引きこもっちゃったのかもしれないし。
「メシとかどうしてんの?」
「私たちが作ってます」
「姉御、二階の部屋に籠もっているみたいなんで、ドアの前に置いておくんです」
と、娘の鍛冶たちが言う。
なるほど、メシは食ってるわけだ。
「……うん。まだ『入ってくるな』というのを無理に入って行く段階じゃないな」
「「「そんなあ……」」」
「まあ聞けって。まだ中へは入っていかない。でも心配だから、ちょっと中の様子を見てこようと思う」
「どうやってですか?」
「まあ、見てろって」
俺はそう言うと近くの木に登って、鍛冶工房の二階部分の窓枠へ飛びついた。
「「「おおー!」」」
確かリヴの部屋はもうひとつ先の窓だったよな。
俺は窓枠や柱の出っ張りを伝って横移動すると、目当ての窓からそっと中を覗いた。
次回もお楽しみに(黒おーじ)





