アルム・アーマー
「まったく、クロスさんは無茶するなあ」
意識を取り戻すと、ユウリがあきれた顔でため息をついた。
「ナーヴァスの力は強大たよ。僕たちがまだ魔王の座を得ないうちに向かっていっても歯が立たない」
「わかっている……うッ」
胸に、激痛が走る。
ナーヴァスの攻撃で鎧は半壊し、肋骨が何本か折れているようだった。
「この傷は治せない。僕にできるのはアルム・アーマーを復元することだけだ」
「そ……それでいい」
そう答えると、ユウリは左手をかざした。
彼の背後からわき立つような魔力が起る。
その魔力が包むように取り巻くと、壊れた鎧がさらに粉々となって割れ、その粉抹が障気のような霧となって中空を渦巻いた。
「クロスさん。そいつはキミの心の闇そのものだ。綺麗だろ?」
「……」
「一度キミの心に戻すよ」
「う、うおおお!」
暗い闇の瘴気が胸に吸い込まれてきた。
それにつれて、勇者時代に気づかなかった不安がまざまざと渦巻き、たまらなくなってくる。
「おおお……エイガ! どこだエイガ!」
「落ち着いてクロスさん。おもいだすんだ。その剣でヤツを穿った時のことを」
ま、眩しい………
なんで。
アイツの力はとっくに超えたはずなのに。
魔法大学時代のエイガ。
冒険を始めた頃のエイガ。
パーティで中心だった頃のエイガ。
あの頃、ティアナがいつもエイガを見てたのを、心の底では気づいていたような気もする。
それを気づかないふりをして、ティアナを追い詰めていたのはオレだったかもしれない……
――クロス。話を聞いてくれ。俺は……――
脳裏に響く友の声に、ふと情が戻りかける。
が……
その時、両手に剣の感触がぬるりとよみがえるのだった。
「……はっ!」
視界が戻った。
自分の胸から黒い霧がわき立って行くのが見える。
それはやがて形を成し、再び漆黒の全身アーマーとして具現化されていった。
「復元されたね。もう痛まないだろ?」
「はぁはぁはぁ……ああ」
確かに、ナーヴァスから受けたダメージは一切感じられなくなっていた。
「アルム・アーマーは心の闇を具現化したフルアーマー。これをまとった者は世界から『魔族カウント』される。肉体の痛みなんて超越できるんだ」
それは人としての力を超えることを意味する。
同時に、鎧の方に自我さえのっとられ完全に魔物と化す危険とも隣り合わせでもあった。
ぞぞぞぞ……
「ちッ……飼いならしてやる。少なくとも、エイガとちゃんと戦うまでは!」
クロスは拳を握り、背筋を這うような悪寒を意志力で封じた。
そう。
この友情と憎しみの混濁は、『戦い』でしか収束しないはずなのだから。
「ふふふ、さすが勇者。副将に選んだだけある。デリーのヤつじゃ飲みこまれてしまったかもね」
ユウリは少し遠い目をして続けた。
「でも、僕ら二人じゃまだ勢力が足りない。ヤバい橋渡ってまで魔王になるのは、三魔皇たちの兵隊になるためじゃない」
「どうするつもりだ?」
「手は打ってある」
ユウリはそう言うと、今度は右手を空間へかざし、黒と紫の魔力を放出した。
その気は結晶となり、
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型のゲートを形成する。
地獄門である。
「……いつ見てもあきれるな」
「えへへ、スゴイでしょ」
地獄門。
それは魔王の他には【死神】にしか作ることはできない。
死神は人を地獄へ誘う職だからである。
もっとも、はるか古代の超文明がゲートを作ったという話もあるが、それは神話や都市伝説に類するハナシだ。
だがおかしい……と、そこでクロスは気づく。
地獄門は下の世界から上の世界(地獄)へ向かう通り道である。
今すでに上の世界(地獄)にいるのに、ユウリはなぜ地獄門を生成したのか?
そう疑問に思っていると……
ふいに門の向こうから人間たちが一人、二人、三人とくぐって来るではないか。
「ぐおおおお……!」
「ちょっとゴンザレス! あんたデカすぎ!」
三人目の巨漢がゲートの枠につっかかって出てこれない。
うるさい声の女がそれを懸命に引っぱっている。
「やれやれ」
先に出てきたオールバックの男は、スーツに付いた魔力のチリを白いハンカチで払っていた。
「ちょっとトルド! あんたも手伝いなさいよ!」
女がぷんすか怒鳴るとオールバックも巨漢を引っ張り、スポンッ!という音とともにやっと抜けた。
「あれは……女勇者パーティじゃないか」
「うん。彼らは前から勧誘してたんだよ」
ユウりが「よく来たね」とほほえむと女勇者は「やっほー」と手を振り、トルドも軽く手を上げた。
仲が良さそうだ。
「しかし女勇者。お前たちの目的は魔物を駆逐することじゃなかったのか ?」
「もちろんよ。だからこうして地獄にやってきたの」
「ああ。魔物を真に根絶するには地獄にてその本体を滅ぼす他ないからな」
「うゴ! うゴ!」
いやでも、ユウリがまさしくその魔王になろうとしているのだが?
「うふふ……クロスさん。そもそも魔王が7匹もいるなんて冗長的じゃない?」
「どういう意味だ?」
「王は一人でいいってこと。ナーヴァスたちの言うことを静かに聞いてやるのも今のうち。魔王の座さえ手に入れたら、みーんな殺しちゃえばいいのさ。最後、九天魔城に残るのは僕たちだけだよ」
力強い言葉だった。
女勇者パーティの連中は喝采した。
野望もそこまでいけばカリスマである。
彼らとて伝説級の冒険者なのに、この少年はそれを従わせるだけの魅力がある。
露悪的でいて、しかし野望に満ちていた。
「ところで彼ら、見たところ生身だが……なぜ地獄門をくぐって無事なんだ?」
「うん。僕が死神の力でアルム・アーマーを生成してあげられるのは一人だけだからね。ソフィには心の闇がほとんどなかったし、トルドかゴンザレスだと副将としては力不足だ。だから彼らを地獄に呼ぶには一苦労あった」
ユウリがそう言うと、ゲートから人影がもうひとつ のぞいた。
「私だ」
尖った耳に不機嫌そうな顔。
「大賢者エル!? あんたがユウリについたのか?」
「ふん、勘違いするな。誰が死神なんぞ不吉なヤカラと手を結ぶものか。取引の上でセントレイアを使ってやっただけだ」
エルは眉間にシワをよせて続けた。
「しかし割に合わない取引だった。結局エイガ・ジャニエスは魔王デストラーデを倒してしまったのだからな」
「あはは、あいかわらずエルさんはせっかちだなあ」
「なんだと!」
「下の世界に顕現した魔王を追い返す茶番クエストなら何度も起こるでしょ。エルさんは『予言』とか言っちゃって裏で魔王たちから情報を横流ししてもらってるんだし」
ユウリの皮肉にエルはますます怒りをあらわにする。
「まあ、聞けって。今回マグレでデストラーデを倒しても、折よく勇者も女勇者パーティも不在なんだ。次の魔王級クエストも『エイガの領地』にやらせてしまえばいい。 休息の時も与えずにね」
「そうか……なるほど!」
大賢者エルはそう手を叩くと、少し気嫌を直してゲートから帰っていった。
なんて単純な男だ。
大賢者とイメージしていた像とはかけ離れている。
そう、クロスは思った。
「ごめんね、クロスさん」
「なに?」
「いやあ、あんなこと言って……エイガ・ジャニエスが死んじゃったら戦えなくなっちゃうよね」
「気にするな。その程度で死ぬなら、それまでの男だったということ」
クロスはそう答えた後、剣の柄へ目を落として続けた。
「……オレが戦うエイガは、もっとずっと強くなくちゃいけないのだから」





