のろし
「ワオオーン……! 来やがった! 人間どもの群れだぞー!」
見張り役をしていたウルフマンが牙を剥き出して遠吠えをあげた。
森の中の魔獣兵たちに緊張が走る。
次の瞬間……あいさつとばかりに矢が飛び、剣や槍を持った人間どもが林間を通って攻め上ってきた。
ヒュン、ヒュン、ヒュン……
「者ども! 迎え撃つのだ!」
獣王が号令すると、まずは炎イエティやケロベロスが先陣を切った。
「がおおッ!」
「がルルルル……」
先兵とは言えそれぞれが町の一つや二つは簡単に滅ぼしてしまうほどの力を持つ。
それが魔王軍直属モンスターのレベル。
だが、相手もS級にまで上った冒険者である。
百姓の一揆のようだとは侮れない。
一見どこにでもいる平凡なふんどし娘までもが岩をも砕く武道家だったりするから驚きだ。
こちらの下級兵たちは次々と屠られてしまう。
「ぐぬぬぬ、何をしておるのだ!」
「デストラーデ様、まだ数ではこちらが圧倒的に有利でございまする」
そう。
デストラーデ軍にはまだ数千の魔獣が残っている。
一方でエイガ側は、冒険パーティとしては規格外の人数を誇るものの、150騎にすぎない。
「相手が戦の真似事で攻めて来る以上、こちらは『数』で応戦してやればよいのですじゃ」
「う、うむ」
相手にとってはまさに『キリがない』という状態。
いずれ疲弊するだろう。
(そこが反撃の時じゃ。ヒッヒッヒ)
が、そう思った時。
カッッ、ちゅどーん……!
あるはずのない融合魔法の閃光が森の闇を切り裂いたのだ。
「融合魔法じゃと!? どういうことじゃ?」
「……落ち着け」
想定外の攻撃におののくゲロンの後ろに、二人の忍者があらわれた。
「よく見るのだ」
「あれは海上の大筒とは似て非なるもの」
右京と左京にそう諭されて見てみると、爆煙の跡に倒れる被害は中堅どころのメタルオークやジャイアント・トロールまでで、アトラスやヘカトンケイルなどの強キャラはびくともしていない。
なるほど。
陸上でも輸送可能な規模の魔動システムで、なんとか融合魔法を撃って来ているというワケか。
しかし、艦に搭載されているそれとは比べて威力は落ちる。
これではザコを倒すことはできても精鋭にダメージを与えることはできない。
「じゃが、そのままでは数の利を活かすことができぬ。デストラーデ様。陣を広くご命令くだされ!」
ゲロンの考えはこうだ。
それまで数にまかせて150騎の敵を一斉に包囲していた。
ただ、かたまって囲んでいては敵の魔砲撃で下級兵たちが一気に滅ぼされてしまう。
よって、包囲を弛めることになるが、一匹一匹の配置に間隔を取り、ザコを倒すのにも魔法で一気には倒せないようにしたかったのだ。
その機転は的を射ていた。
やがて数千もの魔獣兵たちは一匹ずつ倒れていったが、その間、敵を疲弊させることができたのである。
そして、数的有利はなくなったものの、残ったのは我がデストラーデ魔王軍の精鋭。
巨大な一つ目鬼、アトラス。
多本腕の巨人、ヘカトンケイル。
三頭首の獅子、キメイラ……
彼らは国のひとつやふたつ滅ぼすことなど造作もないクラスの魔物。
誰もが知るむかしばなしに登場するような伝説を持ち合わせる者もあった。
エイガの部隊がいかに難敵であろうと、疲弊した末にこの精鋭を相手にするのは荷が重かろう。
≪ピー、ガガ……殲滅ス!≫
しかし、なにやらまったく疲弊していないヤツもいる。
あれだけの戦いをこなした後に?
それに敵は多数との戦いから切り替えて、動きを変えてきているように見える。
なんらかの班分けがしてあるようで、こちらの精鋭を相手に互角の勝負をしていた。
「うぬぬぬ……なんとかならんのか!」
「……デストラーデ様」
ゲロンはこう進言した。
「おそれながら……今こそデストラーデ様みずから敵の大将エイガ・ジャニエスを討っておしまいになるのがよろしい」
「なに?」
「敵の連携はエイガの指導力があってこそ。ヤツ一騎がいなくなるだけで、部隊は総崩れでございましょうぞ」
それはもちろん、そうできればよい。
「だが、ヤツの居場所がわからんではないか。この広い森の戦場の中……」
「それがわかるのでございまする」
そこでゲロンは後ろを振り向いて尋ねた。
「右京。そろそろじゃろう?」
忍者はひとり腕を組んでいて返事もしない。
ただ、右ななめ上へ視線をやったかと思えば、刹那の後、同じ顔の忍者が木の上から降ってきた。
「左京、ご苦労だったな」
左京はうなずくと、デストラーデとゲロンへ向かって言った。
「エイガ・ジャニエスの現在地がわかった」
「なんだと!?」
「ヒッヒッヒ、つまり最初から我らの勝利は決まっていたのですじゃよ」
ゲロンは愉快そうに笑う。
「我らの一番の強さはなんといってもデストラーデ様の“個”の力。平凡な敵がいかに工夫をし、力を合わせ、連携を取ろうとも、デストラーデ様が要のエイガを殺してしまえばバラバラでございましょう」
そして、内通者がいるのだから、大将の居場所を突き止めるのは造作もない。
「ちょうど敵部隊の150名はこちらの精鋭を相手にするので精一杯。今こそ攻めればデストラーデ様とエイガの一騎討ちとなりましょう」
「でかしたぞ! ゲロン!」
獣王は立ち上がり、もてあましていた鋼鉄の肉体をいからせる。
どう見てもわかる好機だ。
「お忘れなさいますな。獣王様のりょ力は何者をも破壊する……」
「ふんッ、わかっておる。まあしばし待っておれ。エイガのごとき群れねば戦えぬ人間などすぐに殺して来てみせよう! ガハハハハ……」
こうしてデストラーデは左京の案内でエイガ討伐へ向かった。
(やった……ついにやったぞい)
陣に残ったゲロンは勝利を確信して涙する。
知将ながら獣王のパワーに惚れ込み副将となって幾百年。
やっと主を勝たせてやることができるのだ。
と、そんなふうに感極まっていた時である。
「ずいぶんと嬉しそうだな」
ふいに、氷のような冷たい声がゲロンの胸を刺した。
……かと思えば、青い血のついた刀を拭く右京の姿が目に入る。
「へッ……?」
その血が自分の胸の核を貫いたものと気づくか気づかないかの時……
老将は枯れ枝のような膝を折り、地に伏した。
「かはッ……な、なぜじゃ!?」
「お前を殺すよう命令されていたからな。獣王の近くから離れて一匹になるのを待っていたのだ」
「命令ッ!? キサマ、エイガに仕えておったのか?」
「クッ、ククク……エイガなど知ったことか。我らが仕えるのはただひとり」
ひとり、とは?
という声はもう出なかった。
ゲロンには何が起こっているか理解する時間もなかったのだ。
(じゃが、デストラーデ様は勝つ。必ず勝つ。ならばよいではないか!)
ただただ第七魔王デストラーデの勝利を信じて、彼も光の玉となって地獄へ還った。
◇ ◆ ◇
女忍者、西園寺華那子は空を見つめていた。
チュンチュン……
森の戦場とは思えぬような小鳥のさえずりを聞きながら、遠い空に一筋の煙が上がるのを認める。
右京の狼煙だ。
彼女は振り返り、ひざまづくと、主へ告げた。
「エイガ様、成功ですわ! 魔王が一匹で攻めて参ります……」
つづく。
次回もおたのしみに。





