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おそろしい攻撃


 地獄のデストラーデ軍はステュクスの川を渡って行った。


 ステュクスの川。


 この川は地獄と現世……上の世界と下の世界の『境界』である。


 一ツ目鬼(アトラス)の太い足、メタルオークの鎧、ファイアイエティの獣毛がざぶざぶと川の水をしたたらせ、刻々と現世へと近づいてく。


 やがて軍勢はさかいを超え……


 いつの間にかすがすがしく晴れた河口へとたどり着くのであった。


「着いたか、異世界に……」


 魔王デストラーデは現世のまぶしすぎる太陽をうとましげににらむ。


 美しい木々に花、豊穣ほうじょうな土、清浄な水。


 なんと(いま)(いま)しい世界であろう。


 このような世界はやはり暴力をもって早急に闇へと染めてやれねばならぬ。


 ここに砦を築き、この世のすべてを我らにひれ伏せさせるのだ。


 ……が、こうして魔王が降り立つと、この世界の冒険者どもが“討伐”に来るのがならわしであった。


「なんだあれは!?」


「ひいー!!」


 ふいに手下のファイアイエティどもが騒ぐ。


 その声に軍勢は少なからず動揺した。


 ざわざわ、ざわざわ……


「黙れ! 何事だ?」


「デストラーデ様、あちらでございます!!」


 前線兵の岩男ロックマンが海の方を指さす。


 するとどうだろう。


 海の上には何か異様で巨大な黒い塊のようなモノが見えた。


 しかもそれは海上を滑るようにグングンこちらへ向かって近づいてくるではないか。


「ふんッ……」


 だが、デストラーデは獣の鼻先で笑う。


 そう。


 それが何なのかわからない魔獣どもはどうにも狼狽うろたえてしまうのであるが、強い自我によって記憶が継続している彼にとってそれはなんのことはないシロモノだった。


「ククク、人間どもの考えそうな小細工だ」


「と、申しますと?」


「あれは船というのだ。人間は貧弱だからな。あのようなモノに乗らねば海も渡れぬのだ」


「な、なるほど……」


 魔獣兵たちはそれを聞くと安堵したらしい。


 互いに顔を見合わせると、やがてドッと笑いが起こった。


「どうやら人間というのは思った以上にもろい連中らしいな」


「デストラーデ様、いかがいたしましょう」


「決まっている。ヤツらが船から岸に上がってきたところを総攻撃だ。態勢が整う前にすべて滅ぼしてしまえばいい!」


 おおー……!!


 魔獣たちは王のたのもしい号令に歓喜し青い血肉を沸き躍らせた。


 狂熊は毛の肩をいからせ、コブラ男はさかんに舌を出し入れしている


「お待ちください!」


 が、そんな士気の高まりを制止する者がひとり。


 禿ハゲ頭のゲロンである。


「恐れながら、それは危険でございまする」


「なんだと!?」


 デストラーデはまどろっこしく思って老将をにらむ。


「あの『艦』をあなどってはなりませぬ。あれに正面から進撃したところで勝ち目はありませぬぞ」


「ふんッ、ゲロン。キサマともあろう者がもうろくしたか。あれは『船』というただの乗り物なのだ。心配には及ばぬわ!」


「いえ、デストラーデ様、あれは……」


 と、ゲロンが言いかけた時。


 海上の黒船が一瞬きらめき……



 カッ!……ちゅどーーーーーーん!!!!!



 次の瞬間、獣王のすぐとなりを何か凄まじいモノが駆け抜けた。


「へ……?」


 思わずすっとんきょうな声が漏れる。


 呆気に取られながらもそちらを見やると、そこには別の意味で青い血肉を躍らせている魔獣兵らの亡骸があった。


 オオオ……


 ……ガウウウ。


 あちこちに断末魔があがり、モンスターたちは数千もの光の玉となって次々に地獄へとかえっていく。


「ゲロン、なんだコレは!?」


「融合魔法でございまする。敵はひとりひとりの魔力が並でも、それを幾十重にも“融合”させあのような膨大な熱量として放射するのです。おそろしい攻撃ですじゃ」


 被害は甚大である。


 今の攻撃でこちらの3分の1の兵数が失われた。


 いや、このままあの融合魔法を2発3発と受け続ければ、それだけで全滅してしまうかもしれない。


「ぐぬぬぬ……どうすれば」


「海岸で戦ってはヤツらが有利でございます。内陸部へ進み林中で陣を敷くのですじゃ」


「う、うむ」


 とりあえずゲロンの言うとおり、兵を連れて森の方へ向かおう。


 幸いアレを連続で撃つことはできないらしく“タメ”が必要なようだ。


 逃げるなら今のうちである。


「も、もの共、ついてこい。林中にまぎれるぞ……(汗)」


 ざわざわ、ざわざわ……


 魔獣たちは混乱していたが魔王の命令には従う。


(口惜しい、このオレ様が転進など)


 そうは思うがしかし、振り返り海を見やるとさきほどバカにしていた船があたかも綿津見ワダツミの城のごとく見える。


 あんなの初めてだ。


 あのような規格外の、ワケのわからない連中に勝てるのか?


 いや、無理だ。


 ダメだ。


 どうせオレなんぞ……


 と、獣王の心へ弱気が射す。


 そう。


 これが彼の気質であった。


 自信満々の時は120%の力を発揮するが、ひとたびマイナスな出来事が起こると途端に自信をなくしてしまう。


 典型的な躁鬱そううつ


 こうなると実力の半分も出せずに負けてしまうからもったいない。


 先のグリコ戦などはまさにそうであった。


 が……


「ヒヒヒ……デストラーデ様」


 今回は副将ゲロンがいる。


「これも想定のうち。戦いはまだ始まったばかりですぞ」


「ゲロン……(泣)」


「被害は出ましたがアトラスら精鋭はまだ残っております。なによりも……獣王様の膂力りょりょくは何モノをも破壊する。ゆめゆめお忘れなさいますな」


「……う……うむ、そうかもしれぬ。いや……そうであったな!」


 こうして森に陣を敷き直した頃にはすっかり自信を取り戻していたのだった。



つづく。


明日も更新予定。

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