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壊崩のベレンガリア ~不本意なあだ名(暴虐皇妃)で呼ばれていましたが、死に戻ったので自由に生きます~  作者: 長篠金泥
1章 青き日々に正解を求める

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第8話 だから今度こそ間違えずに

「ふむ……中々に悪くないと思うが、どうか」

「あの下品なドレスに比べれば、大抵の服はマシに見えますが」

「それはそれとして、この恰好についての意見をくれ」


 クルッと一回転して意見を求めると、顎《あご》に手を当てながらミナが語り始める。


「そうですね……ベルさまは顔とスタイルが良いので、何を着ても華美《かび》な雰囲気が出てしまうのですけど、この装《よそお》いだと標準服の地味さに、雑にまとめた髪型の地味さ、それに化粧を省いて地味さを演出した状態が加わって、だいぶ落ち着いた印象を与えるのではないかと」

「地味を『落ち着いた』と言い換えるのに失敗しとらんか?」

 

 姿見に全身を映し、言うほど地味かと確認するが、自分ではよくわからない。

 スッピンで過ごすのも久々だが、まだ幼さの残っているこの顔に、濃いめの化粧は似合わないだろう。

 髪は乾かしている時間がないので、半ばまで水気《みずけ》を飛ばした状態にしてバレッタでまとめてある。

 標準服は肌触りがよくサイズもピッタリで、着心地は申《もう》し分《ぶん》ない。


「まぁよい。時間もないし、これで行くぞ」

「はい……しかし、婚約者同士の茶会すら欠席を続けていたのに、唐突に百華苑《ひゃっかえん》で会おうなどと先方が言い出したのは、少し気懸《きがか》りですね」

「なぁに、もし企《たくら》みがあったところで、所詮《しょせん》は彼奴《あやつ》の浅知恵から出てくるものだ、心配いらん」


 ミナの背中をパシパシ叩きながら言えば、僅かに間を置いてから頷《うなづ》いた。

 やや驚いた表情が見えた気もするが、もしかして発言だけでなく行動も大幅にズレているのだろうか。

 しかし、精神的に色々と厳しい状況なのもあったせいで、この頃の自分がどんな感じだったかよく憶えていない問題がある。

 なので、今の私に慣れてもらうしかない――ミナにも、他の連中にも。 

 

「改めて気にしてみれば、服装による階層区分が露骨《ろこつ》だな」

「ですね。それが当然となっているので、どこに属する者も気に留めません」


 正門から見て校舎の裏側となるので『裏庭』の通称がある、数多《あまた》の花々が植えられた庭園『百華苑』に向かいながら、学生たちの様子を観察する。

 談笑している三人の男子学生は、それぞれ軍服に似たものを着用していた。

 何かしらの遊戯《ゲーム》に興じている集団は、全員が貴族の普段着という雰囲気。

 恋人らしい距離感でベンチに座る男女は、どちらも標準服だ。

 こういう明確な指標《めじるし》は、無難《ぶなん》に学園生活を送るには便利なのかもしれないが……


「……不健全だな」

「はい? どのことでしょうか」

「いや、気にせんでいい」


 モヤッとした感覚が残るが、個人で今すぐにどうにかできる問題でもない。

 そうこうする内に、百華苑の入口付近へと辿り着いた。

 前庭に比べると人数は少ないが、学生の姿はそれなりに見える。

 ガスパールに指定されたのは、高位貴族しか出入りしないとの不文律《ふぶんりつ》がある、奥まった場所で柵《さく》と生垣《いけがき》に囲まれている東屋《ガゼボ》だ。

 ミナは先を歩いて向かおうとするが、そのスカートを抓《つま》んで制止する。


「どうしました、ベルさま」

「何となくだが、正面から行くとロクでもないことが起こる予感がある。大回りして裏から訪ねよう」

「……よくわかりませんが、承知しました」


 まるで納得していないようだが、私の提案に従ってミナは細い脇道へと逸《そ》れる。

 普通に行く場合の三倍ほどの距離を歩いて、ガゼボの裏側へと出た。

 すると男女の会話が聞こえてきたので、私もミナも足を止める。

 あまり野外で聞くことがない、というか閨《ねや》でしか聞かぬ睦言《むつごと》めいたやりとりだ。

 

「やぁ、もー……そんなとこー」

「ははっ、どこだって全部が、俺んだろ?」

「そーだけどー、ここじゃダーメ」

「ダメって言っても、それじゃ止まんねぇよ」


 だいぶ賢さの低い会話に、水っぽい音や苦しげな吐息が混ざる。

 とりあえず人目は避けられるとはいえ、公共の場でやることではない。

 というか、野外でベタついている時点で特殊な性的嗜好の一種かと疑う。

 強めの呆れで頭痛が生じ、苦虫《にがむし》を巣ごと噛み潰したような表情になる。

 そんな私に、ミナがガゼボの方を指差し囁《ささや》き声で訊いてきた。


「(そこにいるボケは、ベルさまにここへ来いと言ってたんですよね?)」

「(ああ……まさか、こんな状況を見せつけるつもりはなかろうが、別の女を連れているのは予定通りだろう)」


 ミナのガスパールの扱いが地に落ちているが、そうなるのも無理はない。

 前回は、青い染料を被《かぶ》ったままの状態でここへ来て、マルガレーテ・バーゼル男爵令嬢を「真実の恋人」「愛しのメグ」として紹介されたのだ。

 愛のない結婚になるだろうと諦《あきら》めていたし、いずれは愛人や第二夫人の話も出てくるだのを覚悟していたが、まさか在学中に切り出されるとは思わず愕然《がくぜん》としたっけか。


「(……このまま、何も聞かなかったことにして帰りますか)」


 ミナに問われて、どうするべきか迷う。

 前回、ガスパールとマルガレーテは青く汚れた私を散々に嘲笑《あざわら》い、理不尽に侮辱《ぶじょく》し、周辺の学生たちの注目の中で、王族の婚約者としての至らなさを論《あげつら》った。

 いくらでも反論できる、難癖《なんくせ》と捏造《ねつぞう》のオンパレードでしかなかったが、ガスパールに逆らわないよう半ば洗脳されていた当時の私は、黙ってその戯言《たわごと》を受け入れ謝罪したのだ。


 あの時は、アンジェリカや衛兵への対応をミナに任せていたので、一人で来てしまったのも軽率《けいそつ》だった。

 味方が誰もいない状況で笑いものにされ、吊るし上げられ、耐えられずに帰ろうとしたら「汚ない顔のまま帰るんじゃない」と言われ、ガスパールの護衛たちからバケツで水をかけられ――あぁああ、思い出すだけで腸《はらわた》が煮えてくる。

 いくつもの間違いを積み上げた人生だが、この仕打ちに対して抗議もしなかったのは、最大の失敗と言っていいだろう。


 斜陽の帝国を支えた数年間に、何度も繰り返した三つの自問。

「何が悪かった」「どこで間違えた」「どうしてこうなった」

 その答えは、この日この時この場所にある――のかもしれない。

 だから今度こそ間違えずに、あの時やるべきだったことをやる。

 

「(いきなり乗り込み、慌てふためく婚約者殿のマヌケ面を拝《おが》むとしよう)」


 密《ひそ》やかに、それでも力強く返すと、ミナも覚悟を決めたのか表情を引き締めた。

 目撃者兼証言者として厄介事に巻き込むのは心苦しいが、ここで頼れるのはミナ一人なのでやむを得ない。

 フンッ、と一つ短く強く息を吐いて柵に上り、生垣を跳び越える。

 狙った通りに、イチャついている阿呆二人のすぐ前に着地した。


「待たせたな、ガスパール。こうして会うのも久々だが、息災《そくさい》か」

「んなっ? なななな、なな……はっ? なん、でっ……はぁあっ!?」


 遅れたのを詫《わ》びつつ、無沙汰《ぶさた》を埋める挨拶《あいさつ》をしておく。

 しかしガスパールは、何が起きているのか把握できていない様子で、マルガレーテに絡みついたまま疑問符を量産。

 五秒ほど遅れて生垣を越えてきたミナは、冷え切った眼で一塊になっている二人を睨《ね》めつけて問う。


「何をなさっているのです、ガスパールさま……そちらの令嬢は、どちら様で?」

「冗談がすぎるぞ、ミナ。こんな場所で男に肌を許す令嬢など、いるはずなかろう」

「ひゃはっ――やんっ!」


 言われて自分の痴態《ちたい》に思い至ったのか、ガスパールから離れて乱れた胸元を掻き合わせ、大きく捲《まく》れたスカートを直すマルガレーテ。


「これは感心せんなぁ、ガスパール……多少の火遊びならば目を瞑《つむ》るが、娼婦《しょうふ》を学園に連れ込むのは火力が強すぎる」

「だっ、誰が娼婦だっ! おい! ベレンガリア……いや、ベレンガリアだよな?」

「間近で顔を合わせるのは二月ぶりだが、その程度で十年連れ添った婚約者すら判別できなくなるなど、悪い病気でも拾ってないか」


 服装と髪型が変わり、化粧していないだけで私の認識が怪しくなるとは。

 本当にこの男はベレンガリア・メービウスという人間に興味がないのだな。

 わかってはいたが、改めて突き付けられると新鮮な不快感が湧き上がる。

 道端の吐瀉物《ゲロ》に対するのと似た気持ちで見据えていると、憤怒《ふんど》でか羞恥《しゅうち》でか顔を真っ赤にしたガスパールが喚《わめ》く。


「だっ、黙れぇっ! このメグ――マルガレーテ・バーゼルこそが、俺が愛する唯一の女だっ! ベレンガリア! 貴様などお呼びじゃないっ!」

「ここまで呼び付けておいて、随分と愉快な寝言を宣《のたま》ってくれるではないか、ガスパール。貴族家同士の婚約がどういうものか、お前も知っているだろうに」

「しっ、知ったことか! 今日ここに呼んだのはなぁ、立場ってものを思い知らせるためだっ! 貴様も、メービウス侯爵家も、ただ俺に奉仕する存在ってのをなぁ!」


 これはまた、だいぶ開《あ》けっ広《ぴろ》げに失言を垂れ流してくれる。

 ミナの様子をチラッと窺《うかが》うと、眼力《めぢから》だけで対象を殺害できそうな凶相と化していた。

 奇襲的な登場で出端《でばな》を挫《くじ》いたし、ミナも一緒なので前回と同じ展開にはならないだろうが、さてここからどうしたものか……

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