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開演、悲運の人形劇

僕の人生は一言で言うなら呪われた運命だった。大袈裟に聞こえるかもしれないけれど、少なくとも僕自身は呪われているんじゃないかと断言は出来た。


「ムホルくん、君のことを心の底から…ううん、この世が終わっても、私のこの身が滅んでしまっても…あなたのことを心の底から愛しているわ」


と言うのも、僕は目覚めて早々学校で一番の美少女である伴野愛理愡(アイリス)さんから愛の告白をされたからだ。


▷▷▷


天衣夢抱瑠(てんいむほる)。珍しい僕の名前はクラスの皆は悪い例えで扱った。例えば…


「あ〜あ、成績がムホルになっちゃった。お母さんに怒られる〜」


「勉強出来ないとムホルって言われちゃうわよ」


ある時は勉強が出来ないと決まって僕の名前が出された。僕は人よりも勉強が出来なく学校でも最底辺だった。


「身体を鍛えないと身体が鈍(なま)ってムホルになっちまうぜ」


「あんなムホルにはなりたくないからな〜、でないと男なのに女みたいに扱われるからな〜」


またある時は部活動でスポーツに専念する生徒達は常に僕がヒョロヒョロのもやしっ子で力が弱く、その上で見た目が高校生でありながら小学生低学年と変わらない体格と中性的な見た目のこともあってか、女の子みたいだと他の女子生徒からもバカにされた。


僕は常に他の人と見比べられるほどに出来が悪く、そう比喩されながらからかわれることも少なくなかった。勉強も運動も見た目もダメダメなのだが、それもこれも全て極めつけに悪いことがあったからだ。


「はあ…今日もツイてない」


それは僕自身の運勢だった。1日に必ずと言って良いぐらいの不運が必ず起きる。例えば道端の小石を蹴飛ばしたら…


「ナイスショット!」


「はう!?」


まず傘でゴルフのスイングの練習をしていた教頭先生が石を弾き返して僕の眉間に命中させる。


『カー!』


「いた!?」


その石は僕の眉間に当たると空へと飛んでいき、それを人相の悪いカラスが空中で蹴って頭の上に落としてくる。


「シュート!」


「ぎゃん!?」


最後にクラブ活動をしていた生徒が石をサッカーボールと間違えて蹴ってしまい、僕の後頭部に命中させてしまう。


「ううっ…今日のテストは答案が全部ズレてたし…体育では足を挫くし…女子から香水を掛けられて先生に怒られるし…」


全て悪運のせいだと片付けるのは責任転嫁かもしれない。しかし勉強では答案がズレてたり、名前が掠れていたり、出題範囲が違ってたり…運動では足を挫いたり、ボールが顔面に当たって気絶したり…


見た目に関しては女子と間違われて更衣室に連れて行かれて変質者扱いされたり、女子からのイタズラで化粧品の練習台にされて先生に怒られたり、髪を切ろうとしたら間違って育毛剤を掛けられて髪が伸びたり、女性用の下着を勧められたりと…


他にもパンはバターを塗った所が地面に落ちたり、女の子と間違われて化粧品のセールスに捕まって実演と称してお化粧をされたり、子供が猫にマタタビの袋を与えようとしたら中身をぶち撒けたかと思えば風に煽られて僕の全身に降り掛かったことで猫に集団で舐められまくったりと…


僕自身はそうならないよう努力していたつもりだけど、何かしようとすれば必ずと言って良いぐらい悪い結果に終わるか、自身に不幸として降り掛かるか…とにかく常に悲惨な目に遭い、努力が報われないことが常にあった。


「パパ…ママ…」


そんなんだからか僕の両親は僕を産み落とした直後に交通事故で亡くなっており、時折僕の人生は僕自身の不運によって左右されているのではと思う時があった。おばあちゃんはそんな事はないと僕がそう思う度に励ましてくれた。


けど、そんなある時…もはや左右されるどころか不運によって僕の運命は常に決められていると思ってしまう事件が起きた…いや、正確には不運な僕だからこそ自ら起こしてしまったと言うべきかもしれない。


「あの…ハンカチ、落としましたよ」


事の始まりはなんてことなかった。一人の女子生徒がハンカチを落としたため、それを何気なく拾って渡したことからだった。


「……」


「あ…伴野愛理寿さん…」


よく見ていなかったが、僕の呼び声に気付いて振り返ったのは伴野愛理愡さんだった。彼女はその名前を言えば生徒だろうと教師だろうと誰もが振り返ること間違い無しの学校で一番の美少女だった。


帰国子女なのか日本人とは思えないほどの美しいボリュームのある銀髪に少女特有の可憐で愛らしげな顔立ちをしていて、ミスコンがあれば毎年優勝して異性だろうと同性だろうと思わず釘付けになってしまうこと間違い無しの見た目だった。


しかも外見だけではない。勉強も運動も出来れば彼女の芸術や音楽の作品は時として高値が付けられたり、生徒会長にも立候補されたり、しかも生家は大企業の令嬢とくれば、文武両道・才色兼備・容姿端麗など称賛の四字熟語を欲しいままにした正しく僕とは正反対の完全無敵なNo.1美少女だった。


「…ありがとう」


「…!い…いいえ…どういたしまして…」


そんな愛理愡さんはなんてことなくハンカチを受け取って微笑みながらお礼を言ってきたのだが、こんな劣等感に事欠かない僕だからこそ友達はおらず、女の子とも話したことがないため、愛理愡さんからの微笑みとお礼だけでも僕の心臓は弾け飛びそうになる。


「てめぇ…愛理愡様の前で何ヘラヘラしてんだ」


「俺達を差し置いてよくも!」


「キモいのよ!あんた!」


しかしそれから先は地獄だった。僕はその日から学校の生徒達から目の敵にされて暴行やイジメをされるようになったのだ。


愛理愡さんには色々な噂があった。彼女に由来するのもあれば、その逆に関係のない噂など多岐に渡るがこれは彼女に直接関係のない悪い噂の一つが実証された瞬間だった。


それは学校のNo.1である愛理愡さんにはファンクラブ…と言うよりも愛理愡さんを女神のように崇める崇拝組織に似た一団『アイリス信仰会』なる組織が存在していると言うことだった。


何でもここまで完璧なNo.1美少女の愛理愡さんを好きになる余り、ファンどころか度を越して天使だの女神様だのと崇拝しているらしく、場合によっては生徒会にも顔が利き最悪学校全体で粛清が起きるほどだとか。


しかも愛理愡さんは完璧なNo.1美少女であるため僕から見なくとも他者からは正しく『高嶺の花』であるため、信仰会でありながらも安易に話し掛けることも出来ないと言う鉄の掟があるらしく、もしも行為に及ぶと信仰会から抜け駆けと見なされ報復されると言う始末だった。


「お前みたいな愚図が何で愛理愡様の側に寄って、しかも愛理愡様の持ち物のハンカチを触った上に笑顔でお礼まで言われるんだ?」


内容によっては色々変わるがある程度の距離に近付いたり、笑顔を見ただけで粛清対象になるため、僕は信仰会に入会している男子生徒達から暴行を受けた。


「ふざけないでよ!あたしは愛理愡様とお話するために半年前から予約してたのにあんたみたいな女男が…!ふざけたことしてんじゃないわよ!」


僕は運動もダメだから女子生徒からも同じように暴行をされたが、直接手を出さなくとも教科書や筆記用具を壊されたり机に酷い誹謗中傷もされたこともある。


因みにお話する予約とは令嬢でもある愛理愡さんにはSPが付いている。と言うのもこの信仰会が愛理愡さんに執拗なまでに干渉し、行き過ぎた行いを諌めるためと令嬢の身を守るために両親が護衛を付けたのだと言う。


このことが原因で信仰会は愛理愡さんと気軽に話すどころか接近も許されなくなり益々高嶺の花となってしまい、会うにしても事前にSPに予約をする必要が出てしまったのだ。


因みに僕の時も確かにSPの人はいたけど、ハンカチを拾ってくれたお礼にと見逃して貰った。ただしかつて信仰会が行ったようにハンカチに盗聴器などが仕掛けられてないかどうか調べた上でだ。


「う…ううっ…何で…こんなことに…」


兎にも角にも僕は知らなかったとは言え、信仰会の血の掟のような物を安々と破ってしまったことで他者の劣等感の捌け口どころか全校生徒から完全に目の敵にされてしまったのだ。


▷▷▷


それが愛理愡さんと僕との関係だった。ただ単に落としたハンカチを拾ったお礼を言われただけで、恋愛関係に発展するどころか最悪二度と関わりを持ちたくないことは間違いなしなのにいきなり告白されるなんて処理が追いつかなかった。


「ふふふっ…戸惑ってるムホルくんも可愛いわぁ」


そんな僕の気持ちを他所に愛理愡さんは甘い吐息が掛かるほどに近寄り艶めかしい雰囲気で囁いてきた。女の子に免疫がない僕からすれば刺激が強過ぎて今すぐに逃げ出したかったが、身体が動かないどころか視線を逸らすことすら出来ないことに気が付いた。


…と言うかどうも愛理愡さんがヤケに大きく見えるのは気の所為か遠近法かと思っていたがとてもそうには見えなかった。


「ふふふっ…これをご覧なさい」


すると愛理愡さんは鏡を持って来て僕の前に差し出すのだが、目の前の鏡には僕の姿が映っているはずなのに――


「(え…な…何これ!?僕の…ぬ(・)い(・)ぐ(・)る(・)み(・)!?)」


信じられなかった。いや、あり得なかった。鏡には僕の姿――にそっくりなデフォルメされたヌイグルミが映っていたのだ。


「(…あれ、声が出てない?そもそも口も動いてない…?)」


思わず叫んだはずなのに僕の口は全く動いておらず、耳も周りの音は聞こえるけど僕の口から放たれるはずの声を聞き取れなかった。


(…待って、僕のぬいぐるみが鏡に映ってて、声が聞こえないし口も動いている感覚もない…ひょっとしてこれって…)


困惑してばかりだったけど、これまでの情報を統合するにこれは…


(まさか…僕は今、ぬ(・)い(・)ぐ(・)る(・)み(・)に(・)な(・)っ(・)て(・)い(・)る(・)の…!?)


とても信じられないが目の前の鏡に映る僕の姿は紛れもなくぬいぐるみであった。それは認めざるを得ない…が、それならそれで何でこんなことになったのか分からなかった。


「落ち着いて、ムホルくん。あなたは一度死んだのよ」


僕が一度死んだ?……ただでさえ理解に苦しむ状況なのに、とても聞き捨てならない単語が聞こえたため訳が分からなくなる。


「(死んだって…僕が?どうして?そもそも仮にこの状況がよくある転生とかなら、僕がぬいぐるみになっているのも納得がいくけど…)」


境遇が境遇だから人付き合いが苦手な僕はよく図書館で異世界系のノベライズを読んでいた。不思議と何処か懐かしい気がして心の拠り所にもなっていた。だからこれがよくある転生と言うのは受け止めれたが、まさかその転生をこの身を持って体験するなんて思いもしなかった。


「(けど…何でぬいぐるみになってるんだろう。手も足も動かないし…身体も口も自由に動かない…)」


転生と言えば、なりたい理想の自分の姿か望んではいないけど異世界でも何とかやっていけるような存在になっていることが多いけど、自分の力では全く動くことが出来ない不自由の極みであるぬいぐるみに転生するなんてツイてないどころか、僕はここまで運が悪いのかと落胆してしまう。


「(僕の不運、転生しても続くなんて…つくづくツイてないなぁ…)」


「そうね。そもそも何で転生したのか覚えてる?」


「(覚えてるって…あれ)」


嘆いていると愛理愡さんは僕がどうしてヌイグルミに転生することになったのか聞いてきて、思い出そうとしたがふと気になったことがあった。


「(僕…声(・)を(・)発(・)し(・)て(・)い(・)な(・)い(・)のに…僕の言ってること分かるの?)」


ぬいぐるみになってしまったことで口も聞けないどころか、その口も動かせない状態の僕の気持ちを愛理愡さんはさも当然のように受け答えているため、何故なのかと試すように心の中で念じてみる。


「あなたのことが大好きだから…あなたの考えていることは手に取るように分かるのよ」


思った通り、僕の考えていることは分かる…と言うよりも筒抜けのようだ。そうこうしてる間に愛理愡さんはヌイグルミになった僕の身体を両手で持ち上げる。


「あなたが死んだ時は焦ったけど、転生術で魂を捕まえて私の作ったぬいぐるみに入れたのよ〜!ちゃんと勉強していて良かったわぁ〜!」


(く、苦し…!?)


そして勢いよくぬいぐるみの僕を抱き締めるのだが、マシュマロともプリンとも言える柔らかくも弾力を持った二つの物体による挟み撃ちで僕は押し潰されそうになる。


「(……くはない?寧ろ何だか…気持ち良い…?)」


咄嗟に苦しいと感じたがよくよく感じてみると息苦しさは全くなく、寧ろ愛理愡さんに抱かれていると不思議と気持ち良い感触が全身に伝わるように広がっていく。


「あなたはこれまでにも不幸な目に遭い続けていたわよね。そのご褒美に苦痛をゼロにするようにしたわ。そもそもぬいぐるみだから痛覚を無しにするのは簡単だったわ」


何を言っているかは分からなかったが、柔らかい圧迫感はあっても苦しさがないのは愛理愡さんが何かしてくれたお陰のようだった。


「話は戻るけど、あなた何で死んでしまったか覚えてる?」


「(……そう言えば僕はどうして…)」


改めて聞かれた僕は再び記憶の断片を拾い集めながら、何故ぬいぐるみに転生することになった死因を思い出そうとする。すると背中から心臓に掛けての部分に忘れることが出来ないゾッとするような感覚が走り抜けた。


「(そうだ…僕は異世界転移の途中で…殺(・)さ(・)れ(・)た(・)ん(・)だ(・)……)」


▷▷▷


あれからどれくらい経ったのかは分からない。けど、ぬいぐるみに転生する前のことはある程度思い出せた。あれは確かいつも通り、頭にカラスの糞が落ち、走ってくる車から水を掛けられ、蹴った小石が跳ね返って眉間に当たった日のこと――僕と同じ教室にいたクラスメイトはある日突然、異世界転移に巻き込まれたんだ。


「何だ…辺りが真っ白になったぞ」


「何これ、どうなってんの」


「怖いよぉ…!?」


始まりは僕が在籍する総勢四十名のクラスメイトが教室から真っ白な空間へ瞬間移動したことから始まった。そこは地平線の彼方まで何もない真っ白な空間で、綺麗ではあるけどずっと見てると恐怖心と相まって気分が悪くなりそうだった。


「これってもしかして…異世界転移?」


しかしよくライトノベルを読んでいた僕からすれば異世界転移のテンプレであるお馴染みの真っ白な空間を見て静かながらに興奮していた。もしテンプレ通りならこの後は確か…。


「ようこそ、異世界の入り口へ。あなた達はこれから異世界へ赴く人々として選ばれたのです」


やはりお馴染みの神様からの異世界転移の特典を貰えるイベントだった。今回は女の神様であるため正確には女神様であり、男子生徒の何人かが「スゲェ美人!」とか「オッパイがでけぇ!」とか騒いでいたけど、確かに愛理愡さんにも負けないほどの美人さんだった。


「さて、早速ですが皆さんには神からの贈り物である特殊なアビリティや武器や魔法…『ギフト』を授けましょう」


真っ白な空間に女神様が現れたと言うことはやっぱり異世界転移のテンプレである神様から特典を貰うイベントだった。特典はユニークスキルとかチートとかの特殊能力の類、或いは神様から贈られる特殊な武具や魔法などがあり、それらを纏めて『ギフト』と呼んでいるようだ。


「まずは…天衣夢抱瑠くん。こちらへ」


「え…あ、はい!」


真っ白な空間に集められて既にクラスメイトはザワめいていたが、クラスの中でカースト最下位である僕が呼ばれたことで場が一気に騒然となる。


「あなたはとても運の悪い星の下に生まれたようですね…そのために元の世界では色々と酷い目に遭ったようですね」


神様はお空の上から見ているとは聞いたことがあるけど、それは本当だったらしく僕の不運さを嘆いてくれた。


「ですがこれまでの頑張りに応じてあなたには『剣聖』、『賢者』、『勇者』の称号…他にも色々とそれに見合った力、その他にも色々なギフトを授けます」


女神様の背後にはいつの間にか大きな木が生えており、そこから神々しい光を放つ丸い実を幾つかもいでみせる。


「ご覧ください。これを食せばあなたは神から贈られるギフトを宿し、称号やアビリティ、武器や宝具などを扱うことが出来ます」


その実の中を覗き込むと中が透けて、ギフトの名前とそれらを現す物体が見えてくる。たくさんあって把握しきれないけど…


『聖剣士』――魔王を一刀両断に出来そうな聖なる剣を握った勇者


『時間操作』――時間を進めたり戻したり、速めたり遅めたり、止めたり出来そうな時計


『ソーサリーマスター』――あらゆる魔法を極めた魔術師


『鍵使い』――鍵を使い、あらゆる物体や概念の解錠、施錠が可能になる錠前と鍵束


『金剛の剣』――使用者にダイアモンドを自在に操り、生成することが出来るダイアモンドの剣


『ファイタースピリット』――闘志に燃える武術を極めた格闘家


「わあっ、スゴい!こんなにたくさん!……でも」


などなど、どれもこれも見ているだけで最強無敵を表すギフトだったために、僕はこんなにもたくさん貰って夢に見た異世界転移を出来ることに大いに喜ぶも、それと同時に不安になっていく。


「でも僕がこんなスゴいギフトをたくさん貰っても良いんですか」


身の丈を超えた力は身を滅ぼすとあるように、こんな冴えない僕がものすごい力をこんなにもたくさん得ても良いのかやはり不安になる。


「あなたはこれまでの不運にもめげず、これまで頑張ってきたのです。確かに強大な力を持て余し過信すれば身を滅ぼすことでしょう。ですが、あなたのような誠実で健気な子ならば慢心することはないでしょう」


これまで不運続きの人生の中で僕の人格をここまで評価してくれる人は出会うことすら稀ではあったが、まさか異世界転移する女神様から称賛されて、思わず目から涙が零れるのを感じ取った。


「これはそんな不運続きだったあなたの人生を一変させるためのプレゼント…文字通りのギフトです。さあ、受け取ってください」


確かにノベルでも特典を授かって人生が大きく変わる展開は多くあった。僕は女神様からのギフトを受け取って、不運続きだった人生をようやく変えられるのだと打ち震えながら手を伸ばす。


「ありがとうござ……くはっ!?」


あと少しで人生逆転のチャンスをその手に握れるかと思えば、背中から心臓に掛けて今まで味わったことのない痛みと苦しさに僕は口から血を吐き出し、そのまま膝から崩れていくのを感じた…。


▷▷▷


「(そうか…僕はあの時…死んだんだ…)」


思い出せるのはそこまでだが状況を見るに、僕は異世界転移の一大イベントの時に何者かに殺害されてしまったのだ。


「かわいそうに…これから人生が輝くところだったのに…」


愛理愡さんはぬいぐるみになった僕を癒そうとしているのか先程よりも強く抱き締めながら柔らかな谷の中へと沈めてくる。


「でも、もう大丈夫よ。これからあなたは私が守ってあげるから…」


「(…あの…そもそもどうして僕なんかのためにそこまでしてくれるんですか)」


勉強が大して得意でもないし、身体は小さくて女の子みたいで運動神経は最悪、何よりも運勢も逆に奇跡としか言いようがないほど悪いのに…その辺を端折っても僕に対してそこまでする要素があるのかと聞くと、愛理愡さんは同情するような悲しげな表情から急に無機質な怒りに似た感情が見えた気がした。


「そんなの決まってるじゃない。あなたのことが好き…他の誰よりも好き…代わりなんていない…死んでも何度でも生き返らせてあげる…ムホルくんがいない世界なんていらない…!」


段々と口にする言葉と愛が重々しくなっていき、それに比例して次第にアイリスさんの目が獲物を狙う獣のようにギラギラと光り、髪もザワザワとヌイグルミになった僕の身体を絡め取るように巻き付いてくる。


「ムホルくんさえ居れば良い…他がどうなろうと知らないわ…!例え他の四天王が立ち塞がってもね…!」


「(……四天王?…そう言えばさっきも転生術って…)」


圧倒されたり、思い出したりしていて忘れていたが、愛理愡さんは先程からおおよそ元の世界では聞いたことがない役職や施術のことを口にしていた。寧ろ異世界系のライトノベルでしか聞かない内容ばかり羅列されていた。


「(愛理愡さん…四天王とか転生術とか…それに僕をぬいぐるみに転(・)生(・)さ(・)せ(・)た(・)って、あなたは一体…?)」


そして聞き間違えでなければ確かにそう言っていた。そもそもこのぬいぐるみの姿は僕に愛理愡さんがただの人間ではない懸念を抱かせた。


「そうね…私の正体を教えておくわね」


そう言うと銀髪を撫でると頭から黒光りする一対の黒光りすふ角と先端がハートマークのようになった尻尾が生え、格好は制服からヘソ出しルックと言う大胆な姿へと早変わりする。


「私はこの異世界の魔王四天王の末裔…アイリス・バンノフォート!あなたを転生させた張本人よ」


「(魔王…四天王!?)」


神様が転生させたとかならまだ分かるが、僕をぬいぐるみに転生させた愛理愡さんは自らをファンタジー世界のラスボスである魔王軍の幹部である四天王だと明かしたのだ。


「(え…待って…つまりアイリスさんは魔王の仲間…?なのに何で僕の学校に…?)」


ファンタジー世界の人間が現実の世界に行くと言う話は珍しくはない。だが、魔王の息がかかった四天王がクラスメイトとして学校に通ってたなんて思いもしなかった。


「知らないでしょうけど、あの学校は異世界帰りの異世界人が建てた学校でね。時折、生徒を数人選んでは私達の世界に送ってるのよ」


「(…そう言えばあの学校は突然の転校が年々起きている噂があったけど、どうして僕らはクラス丸ごとなの?)」


転校自体は珍しいことではないが、僕の通う学校にはイジメを受けた訳でも家の都合が悪かった訳でもないのに、ある日何の前触れもなく生徒が家族と共に蒸発するように転校してしまう噂があった。しかし今回に至っては僕のクラス全員が転移させられているため、もはや転校で済ませられるような事態には思えなかった。


「魔王軍を滅ぼすとか、自分達の領地拡大とか…色々理由はあるけど今は私達の世界の魔王様が引退したことで、これを機会に大勢送り込んで魔王軍に引導を渡そうとしているのかもね」


僕は最初に呼ばれてギフトを授かろうとして殺されたためよく分からないが、確かにクラスメイト全員がギフトを授かれば、魔王と言う指導者がいなくなって弱体化した魔王軍を倒す戦力としては充分過ぎる。


「(アイリスさんは魔王四天王の末裔…?って言ってたけど、あれはどう言う意味?)」


クラスメイトの誰かに殺された僕がぬいぐるみに転生した理由は分かったが、もう一つ気になった四天王とは何のか聞いてみるとアイリスさんは顎に指を当てながら困った様子を見せた。


「四天王は魔王様の血を引く魔族の中の貴族のことなんだけど、今の魔王様が引退するにあたって魔王軍を率いる権利が与えられるのよ。私もその一人ってこと」


これまでの話を整理するにつまりアイリスさんは魔王に次いで位の高い四天王の末裔だから次期魔王候補の一人であり、他にも同じ候補のライバルが三人いると言うことだ。


「(…でも、それなら僕をぬいぐるみにした意味は何なの?)」


しかし結局のところ、今は新しい魔王を決める選挙活動を行なっている忙しい時期であり、何よりも僕をぬいぐるみに転生させたことに繋がらなかった。


「(それに僕は不運だから…一緒にいたらアイリスさんまで…)」


ただでさえ不幸ばかりだった僕の人生。そんな人生を一気に変えてくれるであろう女神様からのギフト。ここから変われるんだ、報われるんだと本気で嬉しかったのに、これも僕の不運が成せる技なのか貰う直前に誰かに殺害されるなんて…僕は永遠に不運と不幸からは逃れられないと言うことなのだろうか。


しかもその果てに僕はぬいぐるみに転生した。今や不運の人形、もっと言えば不運の悲劇を演じる呪いの人形そのものとも言えるだろう。


「(アイリスさんまで僕の不運には巻き込みたくないよ…うわ!)」


何でぬいぐるみに転生させたかは知らないけれど、このままだと迷惑が掛かると思われた。しかしアイリスさんは突如として僕のぬいぐるみの身体を掴んで、微笑んではいるが、頑なな意志がある瞳で睨みつけてくる。


「言ったでしょ?私はあなたのことが大好き…ううん、愛しているわ」


こう言うのを平行線と言うべきか、アイリスさんは僕への愛を決して揺らがない様子で再び伝えてくる。


「(あの…何で僕にそこまで…)」


「私のハンカチ…拾ってくれたからよ」


最初から惚れ込んでいる理由を単刀直入に聞けば良かったのだが、教えてくれたのは初めてアイリスさんと言葉を交わした日の出来事だった。


「(…それだけですか?)」


誰かに恋するんだったらラブレターとか、曲がり角でバッタリ鉢合わせたりとかだけど、ハンカチを拾ったぐらいで愛の告白をされるなんて信じられなかった。


「そう思うでしょうね。けど、知ってるでしょ?私が学校ではどんな存在だったかを」


そう言われて真っ先に思い返されるのが、アイリスさんは僕とは違って賛辞の言葉を欲しいままにし、誰からも尊敬されるどころか神様のように崇められる文句の付け所のない美少女だったことだ。


「(僕が愛の告白を受けるなんて畏れ多い存在でした…)」


だからこそ僕はアイリスさんが彼女だなんて高嶺の花と言う形で伝える。それ以前にアイリスさんを崇めているファンクラブの人達に接近禁止命令と言わんばかりの暴力を振るわれたのだから尚更だった。


「それよそれ。尊敬してくれるのは嬉しいけど、近寄り難くなって誰も私に近付くの恐れているのが気に入らなかったのよ」


疲れた様子で頭を抱えるアイリスさんの口調は何処か寂しげであった。確かに逆の立場で僕がもし神様のように崇められ、おまけに崇拝している過激なファンクラブの存在もあって誰も近付いてくれなかったら…きっと寂しいはずだ。


「おまけに私は魔王四天王だから警護をしている仲間達が常に目を光らせてるから息が詰まるのよね〜」


思えばアイリスさんの周囲を固めていたSPの人達もやたら威圧感があったけど、魔王四天王の一人を護衛しているのなら普通の人間ではないのは確かだろう。


「でも…ムホルくんは違った。私に何気なく話し掛けてくれたわね」


「(でも…ハンカチを拾っただけですよ…)」


つまりそんな箱入り娘みたいな状態で僕が知らなかったとは言え、落とし物を拾って他の人よりも近寄っただけのことだ。それだけでアイリスさんは僕のことを好きになるなんて少し謎だった。


「馴れ初めなんて些細(ささい)なことでも起きるのよ。最初は『あの子が気になる』とか、そんなことから始まるのよ」


友達付き合いがほとんどない僕からすれば、女の子の友達もいない。だから恋愛のことなんてサッパリだけど、アイリスさんの言葉は深みがあるようで不思議と納得することが出来た。


「だから君のことを調べていく内に欲しくなっちゃったのよ…」


「(欲しい?)」


アイリスさんは欲しいと言うものの、僕自身が何かを持っている訳じゃない。特に運勢とかは…。だからこそアイリスさんが僕の何を欲しがっているのか分からなかった。


「ムホルくん…あなたのことが欲しくなっちゃったのよ♪」


魔王四天王の一人だからかアイリスさんの瞳は飢えた獣のように爛々としていて、見られた瞬間に思わず息が詰まりそうになる。ぬいぐるみだから息はしてないけど…。


「小動物のような小さな身体にクリクリとした大きな目…艶々の絹のような肌に幼いながらに時折見せる色香…あなたのことを見ていると食べちゃいたいぐらいに胸がドキドキするの…♡」


一つ一つ僕の身体の特徴を挙げていく。まるで身体を舐め回すように見られているようで、焦れったくてムズムズしてしまう。思わず身体を隠そうとするもヌイグルミだから動くことは出来ない。


「だからあなたのクラスが異世界に転移すると知って、これはチャンスだと思ったの。転移した瞬間に拉致…ううん、一緒に永遠に添い遂げようって楽しみに思ってたの…でも」


台詞の中に何やら不穏な台詞が混じっていた気がする。しかしそんな僕の感情を更に掻き乱すように、アイリスさんは一呼吸置くように顔を伏せるのだが、異様な寒気が背筋を駆けていく。


「転移したクラスメイトの中に…あなたの姿はなかった。まさかとは思い転生術を使ったら…案の定、ムホルくんは殺され魂だけの状態になっていたのよ」


再び顔を上げると目の錯覚か表情が読み取れないほどに顔面が暗闇に包まれ、目も眼球をくり抜かれたかのように空っぽであったが、怒りと憎しみに表情が歪んでいるのが伝わって来た。


「(…魂だけ?殺されたんなら死体は?)」


その表情に恐怖するもふと気になったのが僕の身体、今や死んで死体になっているはずだ。それなのにアイリスさんは魂だけしかなかったような発言をするため、僕は勇気を出してどう言うことなのか聞いてみる。


「…失くなってたのよ。どれだけ探してもあなたの死体は忽然と姿を消していたのよ」


これはどう言うことなのだろうか。異世界転移に置けるテンプレである女神様の空間で殺されると言うライトノベルでも早々聞かない事案が起きているのに、死体が見つからないなんて…。


「あなたはいつかキチンとした状態で生き返らせてあげるわ。そして…」


異世界を跨いだ謎に首を傾げていると、アイリスさんはキチンと生き返らせることを約束してくれたが、それ以外にも何か含みがある底冷えするような目で僕を見た。


「あなたは私が永遠に愛してあげる…♡例えあなたの呪いのような不運が私達の仲を引き裂こうとも…世界を終わらせる天変地異だろうと…そして神が現れて断罪しようとしても…あなたを愛して…愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して…愛して愛して愛して…永遠に終わらない愛と共に添い遂げましょう…♡」


その時、僕は気付いてしまった。アイリスさんは確かに僕のことが好きなのだと。それは彼女が呪詛のように連呼した『愛して』と言う言葉がヒシヒシと僕の魂を縛り付けてくることもだが、今僕らがいる部屋の内装にも要因があった。


天井まで届く棚が壁一面に設置されているのだが、その中には僕を模したぬいぐるみや蝋人形に木彫り人形とあらゆる僕を模した人形が占領していた。


いつの間に撮影したのかパジャマ姿で寝ている僕の写真がプリントされたベッドと、半裸姿の僕の写真がプリントされた抱き枕には無数のキスマークと奇妙な汚れが付着していた。


本棚もあるのだが『惚れ薬の作り方』、『相手を夢中にさせる方法』、『好きな子をあなた無しでは生きられなくするテク』、『ムホルくん写真集』、『ムホルくん観察日記』、『ムホルくんのイケない健康診断』、『ムホルくんの×××』など背表紙だけで非合法かプライバシーの侵害どころではない本が陳列していた。


極めつけは奇妙な道具があるのだが枷(かせ)が取り付けられた磔台、背中が三角になった木馬、鞭や蝋燭にロープ、他にも形容詞し難い道具が幾つかあったのだが不思議と背筋がゾッとなり焦れったい気分になる。


「ムホルくぅん…♡あなたはもう私の物…♡こうなったらもう逃げられないし…私無しじゃ生きられないぐらいに愛してあげる…♡」


「(は…はは…ま…魔王だ…確かにアイリスさんは…魔王だよ…!?)」


蝶よ花よと言われてきたアイリスさんは今やそんな可愛いものでは済ませられなかった。恍惚とした表情で逃げられぬ愛を伝えるアイリスさんはまるで捕らえた獲物を『愛』と言う毒で蕩けさせ、骨の髄まで貪る蜘蛛のようだった。


僕は心底恐怖しアイリスさんの愛からは逃げられないことにぬいぐるみでありながら笑うしかなかった。

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