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機械少女の涙は蒼穹に還る ~メガリマギアの灯火  作者: しきもとえいき


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第1章 魔導機兵ルミナリスⅧ ~慟哭のルミナリス

ルミナリスの旅の始まりは—— 悍ましい悪夢で飾られる。

 私はヴェリットお嬢様のもとへ、足早に戻りながら情報処理領域を高速で回していた。

 事態は最悪の方向に進んでいる。


 決戦兵器『マアベラト砲』

 それは神代の存在と渡り合うために造られた、帝国最大級の破壊兵装。

 大精霊を焼き払い、神獣を灰に還すほどの威力を持つその砲を、このアヴァイヴァで“実戦試験”として使用する。


 最強の鉾と最堅の盾の実践試験、強敵の排除、敵国連合の弱体化、帝国内部の粛清。ありとあらゆる策略を一つの舞台に詰め込んで、誰も逃げられぬように仕組まれていた。

 その中に、私自身の名も刻まれているのだ。

 『紅玉の知恵者は、運命をも演算する』 という評判は的を射ている。


「ルミナリス、もうお戻りになったのね。貴女らしいけれど、少しは羽を伸ばせまして?」


 振り向いたお嬢様の微笑みは、周りの照度をあげるかのように明るい。

 その笑顔に、私の演算は一瞬だけ乱れた。

 ——ああ、守らねばならない。どんな命令よりも、何よりも。


 私はお嬢様の周囲を警戒しながら、防衛最適箇所への退避経路を計算していたその時、警備網の端が一斉に沈黙した。


 外縁部の警備機兵五機。信号断絶。警報なし。応答なし。

 破壊された。

 臨戦態勢下の機兵が、反応を返す間もなく消失する。

 それは、尋常ではない速度と火力を意味していた。


「お嬢様。少しお風に当たられては? 中庭の方が、静かでございますよ」


 お嬢様を連れ、私は中庭へと導いた。

 遮蔽物が多く、複数の帝国近衛機兵が配置されている。転移の魔法陣が起動するまでの短い時間、ここなら防衛可能。

 私はそう判断していた。


 背後から、絹を裂くような声がした。


「非常事態よ。順次転移を開始するわね。また後で」


 赤の宰相イザベラ・カリス。

 一瞬だけこちらに目をやり、微笑を残して転移魔法陣を発動した。

 紅い光が花のように咲き、彼女の姿は掻き消える。

 残響のように残る香水の匂い。  


 衆目の前での皇帝名代の宰相の転移に、居並ぶ帝国貴族に神聖王国連合の貴族たちに動揺が走った。

 ざわめく周りを尻目に、周辺に走らせている蟲の映像を確認すると、剣と体から白光に輝く雷電を放ち並み居る魔導機兵を紙のように切り裂いて進軍する剣士がいた。


 私も赤の宰相ほどではないが、万が一のために警戒情報は事前に習得している。

 あれは間違いない。

 橙の領域に達する神聖王国連合の要注意個体、巷では百雷の英雄と言われているアレクシオスだ。

 神聖王国連合の戦力的切り札の一人が切り込んでくるという事は、今回の作戦内容を読み取ったのだろうと推察される。


 神聖王国連合には『託宣の巫女』という神託による預言を告げるものがいると情報があった。未来に起きる出来事を高確率で予測出来うるなら、拮抗する戦力を持つ王国連合が戦争に負けることなどありえず、何かしらの願望が生んだ幻想の何かだろうと推測していたのだが、どうやらその存在の可能性を再検討しなければならないようだ。


「あちらに退避しましょう」  


 私は大型の防御盾を装備している護衛近衛機兵四機にお嬢様の周辺を守るように指示すると、お嬢様の手を引いて、私自身を直近の盾とした。  

 転移は順次開始される。それまでの僅かな時間なら、あの危険な個体—— 百雷の英雄が直接戦闘を仕掛けてきても十分に防備できる。

 周辺を警戒しながらそう考えていると、大きな破壊音と共にアレクシオスが大広間へ飛び込んで大音声を上げた。


「聞けっ。この場にいる王国、帝国の平和を愛する者たちよ。ここにいる全ての者を滅ぼそうと帝国が裏切った。いや端から罠に嵌めるつもりだったのだ。皆、今すぐ—— 」  


 私はすかさず自身の知覚判断を加速思考に切り替え、周辺の動きをゆっくりと捉えられるようにすると、お嬢様の手を取って守護結界で覆うよう魔力波を展開しながらお嬢様の躰を引き寄せ背中に隠し、私の躰を盾とした。


   私は全ての防御機構と攻撃機能を臨戦態勢に移行、転移の時間まで防御可能な状況の創出を演算した。  

 百雷の英雄アレクシオスと周辺の魔導機兵が高火力戦闘を開始しても、現在の防御態勢であれば、転移迄の時間お嬢様の安全は守り切れる。  


 手近にいた大楯を構える重機甲の防御近衛機兵四体へお嬢様をお守りするよう指令を出し、感知機能を全て警戒に回した。  


 周辺に配備されている魔導機兵は、居並ぶ帝国、王国の貴族の生死に配慮などなく、高火力攻撃を開始して、人や建物が燃え出してもお構いなしに、英雄アレクシオスへ殺到する。  


 英雄アレクシオスは高速で襲い来る猟竜機兵をものともせず、切り伏せ躱し、その攻撃のことごとくを体に纏った白雷で弾き返していく。  


 辺りは巻き添えでたちまち阿鼻叫喚のるつぼと化した。

 攻撃余波を受け、人も建物も見境なく燃え上がり、魔導機兵も壁も柱も砕け、悲鳴と怒号と肉の焦げる匂いが充満している。


 精霊の恩恵を受けるエルフたちはすぐさま防御の魔法陣を張り巡らし、難を逃れるものも多くいたのだが、帝国の参列者は後れを取る貴族が多く、自分の護衛機兵が放つ攻撃で体が燃え上がり炭化、或いは半身が四散し人の原型をとどめていない者迄、相当数の死傷者を瞬時に生み出していた。  


 神獣を召還できる大魔導士たる二人の軍将が、強い魔力波を放つ召喚陣を錬成し始めた。大精霊の加護を載せて、何か強力なものを呼び出そうというのだろう。


 集約し充満していく魔力量が余りにも多い。  

 危険極まりない。  

 中々始まらない転移を待ちながら、お嬢様に何ものも近づけないよう、防御障壁を三重に重ねて展開し、転移迄の時間を稼ぎ出すよう防御の構成を組み立てなおした時、破滅の音が鳴り響き始めた。  


 甲虫の飛翔音のような低い音のうねりが、周辺に溢れかえり、その音が重なり合いねじれて、より大きな音が激しく響き渡る。 魔力波の共振による振動音、マアベラト砲が奏でる破滅の音。全てを破壊する緑の風が吹き始めたのだ。 辺りに大きな爆発音が響き始めた。


  「ルミィ、私、怖いっ」  


 瞳に恐れの色を浮かべて恐怖に歪んでいるお嬢様の表情が目の前にあった。  


 お嬢様、私がお守りします。  


 そう声をかけようとしたその時、私は転移し、気づけば、静寂の中にいた。


 音がない。ただ、白と緑に彩られた美しい調度品に満ちた小部屋。

 飾られたプラチナムローズの香が、ゆっくりと空気を満たしている。

 黒鋼亀アトラの一室だ。防御魔法陣が床や壁に露出したまま展開され、淡く光を放っている。

 お嬢様のために用意された、優雅で穏やかな避難部屋だ。

 けれどそこに、お嬢様のお姿は無い。

 残されていたのは——私が握っていたお嬢様の右手のみ。


 白磁のように滑らかな指先が、私の方を向いたまま、静止していた。光に照らされて、まるで眠るように。

 整えられた指先から、わずかにプラチナムローズの香油が残っていた。


 分析結果:香の成分、変質なし。体温痕跡、消失。


 思考領域の回答が体内を駆け巡り、演算機能は防衛速度の加速思考の稼働のまま、時間が止まったかのように、記録を続けていた。

 空気の密度、光の波形、周辺に漂う魔素残滓、埃の舞いの軌跡。

 全てを、正確に。完璧に。

 なのに、なのに、何も、何もない。

 息遣いも影もなく、残ったのは、静謐で、完全な構図のみ。


 私は、ただそれを“記録”していた。

 私は機械だ。何も感じていない。

 感じていないはずなのに、演算が止まらない。

 思考が循環し、答えが出ない。


 もし私が人間であったなら。

 泣いていたのだろうか。あるいは、叫んでいたのかもしれない。

 でも、私は、私は“正しくあるよう造られた”存在。


 ——なのに。


 胸の奥で、何かが微かに軋んだ。

 機能や機構に異常はない。

 なのに判別できなかった。


 記録:ヴェリット・ルヴェリアお嬢様、肉体右腕のみを残し、欠損。

 記録:マアベラト砲、作動確認。

 記録:発射指令、帝国宰相イザベラ・カリスによる。

 記録:帝国軍務命令、皇帝印付き。


 お嬢様は……もういない。


 計算上、イザベラ・カリスはお嬢様の退避が不可能であることを理解していた。それでもイザベラは命令を下した。

 イザベラの目的は敵の殲滅。副次的損失は許容範囲内。合理的判断。論理的結末。

 神聖王国連合の大規模反撃はあるだろうが、帝国の優位性は圧倒的となった。

 戦争への勝利としては正しい判断だ。


 しかし、それでもなお、何かが拒絶した。


 演算結果に承認不能の回答が発生する。

 現状を把握するも理解できないという結果が返ってくる。

 前例もしくは魔導機兵の似た症例を照合し、現状の状態異常を予測。


 予測内容、怒り:自己または他者に対する不正への拒絶反応。感情の起伏に該当。


 あの時の私はこの結果が理解できなかった。

 私はお嬢様の右手を見つめた。

 その小さな指先が、私に命を与えた日を思い出す。


『綺麗ね、ルミィ。あなたもそう思うのなら、思いのままになさっていいのよ?』


 記録領域の奥底で、静かに不明な熱が灯った。


「お嬢様。私は……以前のご指示に従い、行動を開始します」


 その言葉は、誓いではない。呟きでも、独白でもない。

 ただ、自身の存在の継続を定義するための言語出力。


 黒鋼亀が微かに揺れた。移動を開始したのだ。どこへ向かうのかはわからない。


 私の目的地は決まっている。

 私は、ここを脱出し、そして、帝国の最高法座、極星法座にて赤の宰相を公訴する。

 私の記録と存在は、証拠だ。

 イザベラが行ったことすべてに対する、完全な証拠品だ。


 万が一、極星法座に届かないのなら、私は帝国の外側で、イザベラに“正義”を示す。

 それが、合理的な演算結果。


 ——これは旅の始まりだ。美しく、そして悍ましい、悪夢の旅への道しるべ。


 私はルミナリス。帝国の元将官機魔導機兵で感情を抱きしめた機械だ。


次章より、運命に翻弄されるルミナリスの旅が、始まります。

再生と喪失を繰り返しながら、どこまでも続くかと思われる長い旅路が。


ここまで読んでくれてありがとうございます。

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