Ⅵ ~張り巡らされた謀略 /Ⅶ~ 張り巡らされた謀略
お嬢様を守るために—— ただその為だけに私は存在するのです。
魔導機兵ルミナリスは、迷うことなく判断した。
最初に違和感を覚えたのは、帝国軍による周辺戦力の「過剰な」展開だった。
都市アヴァイヴァからは、目視も索敵も届かぬ高空。
そこに、移動空中要塞『緑天の舞塔』が密かに配備されている。その情報を、私は入手した。
私のように将官機能を持つ魔導機兵が、貴族令嬢付きの侍女を務めている状況など、誰も想定していなかったのだろう。
特秘情報ではあったが、私には閲覧制限がない。傍らにいた第一位憲機兵から、その機密を引き出すのは容易だった。
『緑天の舞塔:エーテルドミナシオン』は、帝国が誇る決戦兵器・空中城塞である。
魔導機械技術の進化は、時に偶然から革新を生む。
通信魔導機の研究中に発見された『魔力波における妨害干渉波の混合による破壊的現象』――
それは、魔力波の共振が引き起こす、爆発的な破壊現象だった。
当初は遠距離高速通信技術として開発が進められていた。
だが、防御魔法陣や諜報妨害魔法との干渉が激しい共振を生み、やがて壊滅的な破壊波へと変質することが確認される。
帝国科学技術院の特殊研究施設が、事故により丸ごと消滅した事例は、その威力を如実に物語っていた。
この現象は『マアベラト』と命名され、やがて研究の末に、大精霊すら貫く兵器として応用されることになる。
その象徴こそが、『緑天の舞塔』である。
膨大な予算と高度な魔導技術を投じて建造された空中要塞は、未だ実戦投入こそされていないものの、実験では大精霊や神獣をも含めた、あらゆる存在を消滅させる破壊力が記録されていた。
その要塞が、極秘裏に展開されている。
赤の宰相の御前に並ぶ参加者の情報を整理し、私は一つの結論へと至った。
これは、神聖王国連合の指導層の弱体化と、戦争を名目に汚職を重ねてきた帝国貴族の粛清を同時に図る策略である。
そして、その罪のすべてを神聖王国側の不手際へと帰し、大規模侵攻の正当性を得ようとしている。
空中要塞『緑天の舞塔』の出撃命令を下せるのは、皇帝、もしくは帝国中枢・十二星将のみ。
『赤の宰相』イザベラ・カリスは、その十二星将の一角にして皇帝の寵臣。
この計画の全容が彼女の掌中にあると仮定しても、何一つ不自然ではない。
私は、傍らにいた第一位憲機兵に命じた。
「現在展開中の空中要塞の武装詳細を、直ちに報告せよ」
返答は、冷たかった。
「当該情報は皇帝令三〇三号の下、秘匿指定。閲覧は許可されません」
皇帝令三〇三号――特別軍事作戦における超法規的指令。
必要とあらば、あらゆる妨害を排除しうる命令だ。
このままでは、お嬢様ヴェリットの退避手段さえも奪われる。
私は即座に決断した。
倫理管制機能が警告を鳴らすのを無視し、第一位憲機兵の腕を取ると、
魔導片結晶に向けて、出力限界を超えた魔力波を叩き込んだ。
中枢機能を強制停止させる。
続けて記憶領域を一部上書きし、偵察用の超小型魔導機『蟲』の制御権を奪取。
緊急走査を開始する。
再展開された偵察群『蟲』が映し出したのは、見事と言うほかない退路の完全遮断だった。
これは、外敵を拒む防衛ではない。
内部の逃亡者を封じるための包囲網だ。
もはや、一刻の猶予もない。
私は密かに工作を進め、ヴェリットお嬢様を、この地獄から退避させねばならなかった。
最も確実な方法は、〝赤の宰相〟イザベラ・カリスと共に退避し、自然な形で同行すること。
彼女は皇帝の代行者としてここに在る。その行動に、誰も異を唱えられない。
しかも、彼女自身が囮としてこの場に姿を現した可能性が高い。
皇帝の信頼厚い彼女の参加は、帝国が和平に本気であるという印象を世界に与える布石になる。
つまり、宰相イザベラの退避計画は、すでに緻密に用意されているはずだ。
偶然を装ってその退避行動に巻き込まれることができれば、お嬢様の命は救われる。
だが、イザベラの知略は並大抵ではない。
小さな違和感すら、即座に看破するだろう。
ならばこちらも、偶然を「演出」せねばならない。
彼女の前で、自然に助けを乞うしかない状況を。
その結論に至った私は、忌むべき決断を下した。
ヴェリットお嬢様に、一時的な「毒」を盛る。
もちろん、命を奪うものではない。
護衛としてはあるまじき行為だが、他に選択肢はなかった。
『白亜の精霊宮』は、あらゆる毒物を感知し、魔法防衛術式によって中和・無効化する。
だが、体質に基づく食材の組み合わせによる“体内での有毒化”までは防げない。
私はお嬢様の体質を、誰よりもよく理解している。
ピリ辛香辛料リューゲントウィードを使った淡白な魚料理。
蜂蜜たっぷりの焼き菓子。
口当たりのよい蒼花茶。
この三つを短時間で摂取すれば、お嬢様の身体は、確実に強い拒絶反応を示す。
中和薬を用いれば、すぐに回復が見込める上に、魔法による具体的特定は困難。
常備薬も、私の手元にある。
私は、この隠密作戦の遂行に必要な手順を綿密に立案した。
全行動の達成確率と所要時間を数値化し、最短での実行計画を確立する。
イザベラ・カリスは怜悧で冷徹だが、冷酷ではない。
私が帯同できるなら最善。そうでなくとも、お嬢様を逃がすためなら、私が囮となる覚悟はできていた。
煌びやかに着飾った人々が笑い交わす中、
私は警備兵の武装を観察しつつ、運ばれてくる料理の内容を確認していた。
そのとき、ヴェリットお嬢様が私に気づき、穏やかな笑みを向けてくださる。
——必ずお守りいたします。何を犠牲にしようとも。
私はその微笑みに誓いを新たにし、行動基準を最終決定した。
私はお嬢様の御傍で控えながら、監視用の『蟲』を飛ばして赤の宰相イザベラの動向を見守っていた。イザベラの専用護衛機兵には周辺警戒の信号をありのまま送っているので、不審な判断をされることもない。
専用護衛機兵が行き来しているルートの先に、防御用重装甲機兵が不自然に複数体配置に就いている個所があり、その先を『蟲』で覗いてみるとお目当てのものを発見した。
赤の宰相イザベラが退避する為の手段だ。
警戒が厳重なその先に、多重装甲の移動防衛拠点『黒鋼亀』が停留していた。
『黒鋼亀』は神鉄ともいわれるアドラマス鋼、高純度の魔力を帯びた結晶マナクリスタルを溶かし込むことで生み出される特殊鋼に、古代神代のアルティメア文字を刻み込んだ特殊な魔法陣が何重にも複雑に絡み合い展開する、防御に特化したカメのような形の動く小さな砦だ。
貴重な大型魔導核を五つも備え、発生する有り余る魔力波を防御に特化、攻撃機能はないかわりに如何なる攻撃でも無効化してしまう。
魔術的にも物理的にも隙はなく、アルティメア文字を刻み込んだ魔法陣の防御機構とアドラマス鋼の複合装甲は驚異的で、魔導結晶を弾丸として射出する帝国でも最高部類の破壊力を持つ城塞破壊砲でも傷一つ付かない。
山脈を平地に出来るほどの高い攻撃力を誇る帝国の切り札の一つ空中城塞と、天変地異にも耐える移動防衛拠点の用意。そしてその情報の完全封鎖。
皇帝令まで出すほどの徹底ぶりだ。
お嬢様の退避計画の危険域を赤の領域にまで引き上げ、より綿密に時間、距離に基づく行動手順と制限時間を算出修正した。
間もなくアヴァイヴァは跡形もなく広域破壊により消滅する。此処にいる全ての存在が、秘密裏にアヴァイヴァごと歴史から消え去り、その中にお嬢様も含まれている。
時間的猶予はもはやない。
『黒鋼亀』は事前に乗員としての許諾魔法陣を授印しないと、搭乗できない。搭乗方法は魔法陣での転送のみで、物理扉の開閉機構は内部にしか存在せず、授印無しで例外的搭乗ができるのは皇帝のみだ。
他に高速移動が可能な移送手段がないか確認したが、お嬢様を載せて移動できる一番早いものが魔獣けん引の駕籠車しかない。帝国の高機動高速移動の手段全ては典礼による理由で禁止または遠ざけられている。
精霊王の加護を破って使用可能な移動魔法などありはしないし、帝国の魔導技術でも魔法そのものの生みの親とまで言える精霊王の加護の無効化までは出来はしない。
完璧なまでに逃げ道をふさがれている。
この都のこの宮殿で全て執り行えるように根回ししたのは当然イザベラであろう。
皇帝の威信の為なら、非情な策略を張り巡らし、自らを危険に晒すどころか命すら落とすことすら厭わない、わずかな隙すら残さないのは見事という他にない。
事故を装う計略は意味をなさないことが分かった今、お嬢様の安全を確保するにはイザベラから正式に許可をもらう以外には方法が残されていなかった。
ただ頼むだけでは無く、利に適う材料があれば赤の宰相イザベラへの交渉は間違いなく可能だ。皇帝陛下の御代に有利に働くものを見逃すようなお方ではない。
そして、交渉材料が一つだけある。
私だ。
貴重な魔導核を有するコグナルマグナ型七〇三式将官機兵である私は、彼女にとって役立つ機能を多数持つ希少な魔導機兵で、今現在どこにも所属していない将官機兵は私しかいない。
そして、私は自らが認識許可しない限り、皇帝陛下を含め誰からの命令をも受け付けない独立機能がある。
だからこそ、極めて有益な材料なのだ。
私の機能の全権を掌握できる機会を彼女が不意にすることなど考えられない。
可能な限り高く売り込み、お嬢様の生命と身分の確保を依頼する。
私は近くにいた帝国近衛機兵二機にお嬢様の御傍で護衛するよう指示を行うと、お嬢様に暫しのお暇を頂くことにした。
「お嬢様。所要が出来ましたので、少しの間、御傍から離れます。私が戻るまで、この近衛機兵の二機官が御傍に控えておりますので、何なりとお申し付けくださいませ。では、すぐに戻ります」
「あら、ルミィが珍しいこと。初めてのお願いだなんて、なんて素敵なのでしょう。貴女は私の為だけに存在するのではないのだから、少しは羽を伸ばさないと。ごゆっくりね」
お嬢様は輝く笑顔で送ってくださった。バラの香りが良く似合うお優しいヴェリット様。私はお嬢様の為だけに存在しているのですよ。あの時は間違いなくそうでした。そして私はそれをとても楽しく思っておりました。
私は、イザベラの傍付護衛機兵に、彼女へ帝国軍務規定第八十七令第五〇八号に基づき話をしたいと伝令させた。
帝国軍務規定第八十七令第五〇八号は隠密作戦中の不測の事態に対して重大な報告がある際に使用される符号だ。
イザベラは神聖王国連合のエルフ族との歓談中であったが、護衛機兵から耳飾りに通話が飛ぶと、すぐさまその場を離れ、私の方へまっすぐにやってきた。
「私の控室迄よろしいかしら?」
イザベラにそう促され、彼女に色々と値踏みをされながら共に歩いた。
歩いている間に色々とあれこれ質問されるだろうと踏んでおいたのだが、一言もない。
私がどこの帝国貴族の回し者かを家紋や服装で判断しようとしている様子さえ無かった。
私はヴェリットお嬢様のご依頼に基づき、貴重な蒼紫蝶の生地で設えた青いドレスを身に着け、家紋や身分を証するものは一切無い。
帝国貴族は得てして、奇をてらい自分の家名を目立たせようとするものは多く、今回の晩餐会でも私のような女性型魔導機兵にまでドレスを着せている家は存外多いが、殆どが家紋をあしらっている。
そんな中での私の存在を訝しく思っていないということは、予想予測の範疇ということだろう。どうやら、私の存在はとっくに承知しているようだ。
帝国皇帝名代としては随分と簡素な内容の控室に案内されると、イザベラは、唯一ともいえる豪華な装飾の椅子を従えてゆったりと優雅に座りながら、怜悧なままの眼光で私を見据えた。
私が自分の所属と名前を言う前に、
「ルヴェリア軍司令卿のお仕えで、ルミナリス・コグナルマグナ七〇三であっているかしら?」
そうずばりと言い当てられた。
「今回の作戦において障害となりうる懸念事項の存在は網羅しているから、隠し立ては必要ないわよ? 貴女は帝国に奉仕する魔導機兵で、私と同様、偉大なる陛下にお仕えする身であることはお互い変わらないのだし、ね?」
イザベラ・カリスは面白そうに私を見つめながら、言葉を継いだ。
「貴女に逢うことが楽しみだったの。コグナルマグナ七〇三・・・・・・ルミナリスちゃんの方がやっぱりいいわね。私は貴女の機能や思考がどこまで優れているのか? 興味津々なのよ。だってあなたは特別だから」
そういうと自分の飲み物を用意させていた近衛機兵に、無言で私を攻撃するように指示を出していた。
無論、黙って攻撃を受けるいわれはないので、私はイザベラがわかりやすい様に音声で、近衛機兵に、
「攻撃命令は停止。その場で次の指示があるまで待機なさい」
と指示を出して命令を打ち消した。
魔導機兵には最優先で誰の命令を聞くべきかを必ず初めに思考領域に入力され、その事項を書き換えることは本来不能なのだ。帝国皇帝と将官機兵であるコグナルマグナ型七〇三式を除いては。
「流石はコグナルマグナ型七〇三式。その様子だと現在進行中の悪戯もお見通しのようね。嗚呼それから、もうお分かりだとは思うけど、貴女のご主人であるあの可愛らしいお嬢様をこの会に参加させるように仕向けたのは私よ。理由は言うまでもないわね」
ニッコリ笑うその視線は真っすぐに私に注がれている。
『紅玉の知恵者』とはよくいったものだ。
彼女は最初から私も目的の一つだったのだ。
「イザベラ・カリス宰相。初めから私が目的の一つだったとは、私の思考領域も考えは及んでおりませんでした」
イザベラは優雅にグラスを傾け、酒精の強い黄金林檎酒をくいっと一息に飲み干した。
「さて、貴女は私の護衛機兵や近衛機兵に、私を害するようにも指令ができるわけだけど、私を脅迫する前に、先ずは私の説明を聞いた方がいいと思うわね」
そう言いながら、言葉の内容には似合わない朗らかな笑みを浮かべたまま、自分の頭を飾るティアラのような精神防護装置を指さした。
「今の私にルミナリスちゃんが取れるのは肉体的脅迫だけね。精神干渉により私を操作しようとしても無駄よ。もうすぐ私の悪戯も始まるのだし、時間の持ち合わせはお互いに少ないから、端的にお話しましょう」
イザベラ・カリス宰相は妖艶な唇に微笑さえ浮かべながら淡々と話をしている。強い確信の下、結論が帰結しているのだろう。
ならば話は早い。
「現在の状況は大変に好ましくありません。緑天の舞と黒い亀の甲羅の組み合わせがもたらすものは、私の全ての機能をはるかに超えております。イザベラ・カリス宰相に脅迫などの行為は無駄に終わるでしょうし、無駄なことに悠長に時間を割くことは愚かなことだと理解しております。私の懸念事項はヴェリットお嬢様の身の安全と身分の確保、ただこれのみです」
「そうね、後、三千を数えるくらいで、緑の風が舞い踊り始めるかしら。山脈すら平らにできるマアベラト砲のお披露目ね。この目で見られないのが残念なくらい。その緑の風を避けられるのは硬い黒亀くらいで、私はその黒亀に乗るための鍵たる魔法陣を持っている。お嬢様にどうしても必要でしょ? あげられる機会は一度きり。私の言葉で搭乗の魔法陣は貴女の大事なヴェリット嬢に授印できるようになるわ。ああその前に、貴女はもう登録してあるから先に差し上げましょう」
そう笑顔で魔法陣の描かれた小さな手鏡を私にかざした。手鏡の中に浮かんだ魔法陣は光を放ち、私を包み込んだ。
黒鋼亀への搭乗魔法陣であることは間違いない。私の機能が分析を行いすぐさま搭乗の術陣を確認できた。
「はい、貴女はこれで問題ないわね。さてルミナリスちゃん。皇帝陛下の御名を汚す愚かな臣民とその障害となる強敵はここで一掃します。でも、貴女のお嬢様は何もしていないのでその対象ではない。貴女が私の直属の配下としてその機能の全てを使うと誓約するのであれば、貴女のお嬢様は王国側の破壊活動でお父様が名誉の戦死を遂げる以外、何不自由なく、今まで通り帝国で幸せに過ごせるわ。いかがかしら?」
否も応もない。私は二つ返事で宣誓した。
「ヴェリット・ルヴェリアお嬢様の身分と名誉、その身の安全が確保されている限り、個体認識番号コグナルマグナ型七〇三式五六五壱弐〇四は、帝国情報宰相イザベラ・カリス様のその指揮下に全面的に入ることを此処に宣誓します」
魔導機兵の宣誓は行動に制限をかける。これで私は、お嬢様の安全を確認出来たら、イザベラ・カリスに仕える将官機だ。お嬢様の御傍には居られなくなるが、お嬢様の安全は確保できる。
それにお嬢様に害するようなことがあれば、命令を無視できるような宣誓にもした。
あの時何を考えていたのかはわからないが、赤の宰相イザベラはずっと笑みを浮かべたままの表情だった。
「帝国情報宰相イザベラ・カリスは、コグナルマグナ七〇三……いいえ、ルミナリス・コグナルマグナの宣誓を皇帝陛下の御名において受諾するわ。これでいかがかしら?」
私の内部の魔導核に宣誓の文字が刻まれる。これにより、私は宣誓の内容に抗うことは出来ない。
「誓約は宣言され受諾されました。これでお互いに権利と義務が発生しました。まず、お嬢様のための授印具をお渡しください」
「はい。どうぞ」
イザベラは赤いドレスの裾を翻しながら、私に魔法陣の入った手鏡をわざわざ両手で差し出した。彼女がよく使う共感性を更に強める接触方法なのだろう。
私は、魔動機兵である私に有用かどうかも含めて見定めていると推測した。
「所要時間は残り三千を切ったわね。少し急いだほうが良いと思うわ」
「はい。急ぎますが、お嬢様への授印については、大きな問題はありません」
私は手鏡に刻まれた魔法陣の解析を行い、その内容を私が使役している『蟲』へと転送し、『蟲』はお嬢様が気付かない間に魔法陣をお嬢様に転写し、授印を完了させた。
手鏡の魔法陣が消滅し、適切に完了したことを証明する。
その様子を赤の宰相は興味深げに、眺めていた。
「あらぁ、流石ね。『蟲』を走らせて魔法陣を展開転送したのよね。興味深いやり方だわ。そうそう、試しに黒鋼亀への搭乗に関してはどのようになるのか推論してくれない? できるだけ簡単にお願いね」
「はい。ここアヴァイヴァで精霊王の加護が転移を禁じているのは、防護結界の内と外を結ぶもの。もともと転移魔法陣を編み込むのは高難度。一度きりしか使えない退避の魔法陣をエルフリアの魔法陣術式で作成し、それをエルフリアの高位魔導士に鑑定させ、許可をもらいます。名目は嘘偽りなく退避のためなので、疑われることもないかと考えます。これまでの情報により、魔法陣起動の手はずは、イザベラ宰相の転移が引き金となり、自動的に連鎖転移を行うものになるだろうと予測します。お嬢様のお部屋は重要区画から遠く離れた監視または軟禁用隔離室辺りでしょう」
赤の宰相イザベラは満足そうに笑った。
「概ね満点よ。流石ねぇ。ただ、隔離部屋はあっているけれど、貴女のご機嫌を損ねない程度にお嬢様がお好きな調度品で設えてあるから、良いお部屋になっているわ。茶葉もお嬢様の好きな銘柄をいくつか取り揃えてあるから、気に入ってくれると思うの」
そう美しい顔に柔らかな微笑みを浮べながら楽し気に語った。
「私の所にも貴女以外のコグナルマグナ型が二機官居るの。今回貴女の存在を教えてくれたのは、その貴女のお兄さんとお姉さんにあたる機官ね。身近にもう一人いてくれるとありがたいじゃない。今回は貴女が主で壊滅作戦はそのついでに考えたようなものよ。歓迎するわ、ルミナリスちゃん。お名前はそのままでいいから、これからも宜しくね。まずは大事なお嬢様の護衛再開のためにも、皇帝陛下に仇為す者たちとの歓談へと戻りましょう」
情報は細部にわたり収集済みで状況によっては非情になると、わざわざ私に釘を刺して反抗的な戦略選択を封じ、長身の蠱惑的な肢体を見せつけながら先を歩いていく。
『紅玉の知恵者』の称号を持つものはやはり手強かった。
この時点でもう私は侍女ではなくなってしまっていた。
第1章 魔導機兵ルミナリス 物語が次回から大きく動き始めます。




