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機械少女の涙は蒼穹に還る ~メガリマギアの灯火  作者: しきもとえいき


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第1章魔導機兵ルミナリスⅤ ~停戦祝賀会

帝国は精霊人種エルフの治める神聖王国連合の第2の都市アヴァイヴァで、停戦のための祝賀会を行います。参列する様々な重鎮の中に、ヴェリットお嬢様とルミナリスの姿があります。

 私はヴェリットお嬢様に仕える、護衛兼侍女の魔導機兵だ。

 だが、たとえ平時であろうとも、敵国の侵入者や反逆者が帝都に紛れ込み、お嬢様に危害を加える可能性は常に想定しておかねばならない。


 幸い、私は将官機という特別仕様である。

 戦況の推移から経済への影響に至るまで、膨大な情報を精査し、不測の事態に備え続けることが可能だ。

 無論、お嬢様がお好きな装飾品の新作や、評判の菓子の情報まで網羅しているのは、言うまでもない。


 その日、私はお部屋に、お嬢様のお気に入りの大輪のプラチナムローズを飾りつけていた。

 花弁の香りに、お嬢様の弾んだ声が重なる。


「ねえ、ルミィ。今度、お父様と和平の祝賀会に私も参列するの。素敵でしょう?場所は精霊の都アヴァイヴァ――あの美しきエルフリアよ。夢のような旅になるわ。晩餐会もあるのだから、ドレスもたくさん必要ね。そうだわ、ルミィにもドレスを用意しなくては!」


「和平の祝賀会は公式行事でございます。私は魔導機兵でもありますので、軍式典用の装備を着用することになるかと存じます」


 そう答えると、お嬢様は愛らしく唇を尖らせた。


「それは許しません。せっかくの異国の晩餐会なのだもの。貴女にも素敵なドレスを着てほしいわ。お父様にお願いしてみます。必ずご許可を頂いてみせるから、期待して待っていてね」


 いたずらっぽく笑うその顔を前に、私は一瞬、返す言葉を失った。


 人ならざる魔導機兵である私に、いつも惜しみない愛情を注いでくださる。

 その温もりは、私の大切な“思い出”として、記憶領域に鮮明に刻まれている。


 私は護衛機ではあるが、戦場から遠い帝都にあっては、戦況の細部に記憶域を割くことは少なかった。

 むしろ、お嬢様の体調や心情を推し量り、最適な紅茶の温度を調えることの方が、遥かに重要な任務だったからだ。


 その日、お嬢様の好きな銘柄の茶葉を選別していた折、神聖王国連合との講和の報せが、衛兵より届けられた。


 私は――ほんのわずかだが、「驚いた」という反応を記録している。


 カルメリア平野の激戦において、帝国軍は三分の一の兵力を失いながらも、なお次の侵攻を予定していた。

 損耗は想定内であり、波状攻撃の準備も整っていた。


 皇帝レヴィ・ハジェル陛下の常であれば、この好機に徹底的に敵を屠り、一罰百戒をもって恐怖を植え付けたはずだ。

 だが、実際には帝国は講和に応じた。


 私の分析領域は即座に警鐘を鳴らす。

 これは罠か。あるいは、別の意図があるのではないか。


 だが、旦那様は戦を早く終わらせたいと願う穏健派であられ、奥方様もお嬢様も講和を心から喜んでおられた。


 私は口を閉ざし、その思考を封じた。


 ……あの時、もっと深く情報を掘り下げ、危機を予測し得ていたなら。あの悪夢を避けることができたのだろうか。


 思考領域で何度検分しても、その問いに対する解答は出ない。


 そして迎えた――帝国星辰暦一五八年、花妖の月二十三日。

 あの悪夢の晩餐会の日である。


 和平の晩餐会は、神聖王国連合の第二の都市アヴァイヴァで催された。

 この都市は元来、エルフリア精霊国の首都にして、大陸随一の魔法都市として知られている。


 精霊の加護を宿すエルフ族は、その容姿の美しさと自然との調和を重んじる気質、そして悠久の寿命ゆえに培われた知識と魔法技巧において、他種族の追随を許さない。


 排他的でありながらも、その生み出す美は誰の心も奪う。


 アヴァイヴァは、その精華の結晶であった。

 建築と自然が調和し、訪れる者を、まるで耽美の幻へと誘う。


 ゆえに人は、この都を「耽美夢瑛の都」と呼ぶ。


 その中心にそびえる『白亜の精霊宮』こそ、調印式と晩餐会の舞台であった。


 白い精霊樹を贅沢に用いた宮殿は、大理石のような輝きを持ちながらも木の温もりを宿し、

 優雅なアーチと、虹色の光を放つ紋様に彩られている。

 豪奢にして調和の美を湛え、その光景に、帝国の貴族たちですら息を呑み、感嘆の声を洩らしていた。


「ねえ、ルミナリス。あれは何?」


 進むたび床や柱に刻まれた魔術紋様を見つけては、ヴェリットお嬢様が好奇心に満ちた瞳で尋ねられる。

 私は百眼にて分析を行い、瞬時に解説を添えた。


 そのたびに浮かべられる、お嬢様の嬉しそうな笑顔。

 その光景は、いまなお私の記憶領域に鮮明に残っている。


 晩餐会は表向き、つつがなく粛々と進んだ。

 帝国の貴族も、王国連合の使節も、皆が安堵の色を浮かべていた。


 だが——戦を止めたいと願う者がいれば、過激な方法で幕を引こうとする者もいる。

 敵を「消し去る」ことで、戦を終わらせようとする者が。


 帝国は魔導機兵を主戦力とし、その高い攻撃能力と量産技術に支えられている。

 いっぽう王国連合は、魔術師や精霊使い、魔法剣士といった「個の力」に依拠する。


 なかでも、三神獣を召喚する三軍将の存在は、帝国の一個大隊に匹敵すると分析されていた。

 神聖王国連合において、彼ら英雄の存在そのものが戦局を左右する。

 彼らが失われれば、その国の存立すら揺らぐのだ。


 だからこそ、この調印式は「最も安全な場所」で行われた。


 複数の大精霊の祝福に守られた約束の都アヴァイヴァ。

 毒も呪詛も無効化され、精鋭のエルフ魔導士と、帝国最新の警備機兵が多数導入されている。


 誰もが、これ以上ない厳重な護りだと信じて疑わなかった。


 帝国からは主戦派も反戦派も含めた重鎮貴族が参列し、王国連合からも三軍将の二人が出席していた。

 両陣営の決意は、外見上は揺るぎないものに見えた。


「噂の三軍将……思ったより怖くなくて、安心しましたわ。貴女の言う通り、ただの人ですものね、ルミィ」


 お嬢様は屈託なく微笑まれる。


 だが私は胸の奥で、冷たい違和感を覚えていた。

 思考領域は警戒色である黄色を維持したまま、

 危険な兆候を見つけ出すよう、自己に向けて指令を出し続けていた。


 ここに集うのは、大陸の命運を左右する者たちだ。

 この場で何かが起これば、その余波は計り知れない。


 精鋭たちの守りは完璧に見えた。

 誰もが、「ここでは破壊活動など不可能だ」と信じていた。


 そして私は、この夜、思い知ることになる。

 敵は、必ずしも「敵陣」にのみ在るとは限らないのだと。


そして、大きいうねりが巻き起こり、引き返すことのできない運命が待ち構えている。

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