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機械少女の涙は蒼穹に還る ~メガリマギアの灯火  作者: しきもとえいき
第6章 焔の刃

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第6章 焔の刃Ⅸ ~ 落日のシルヴァ・カストラ

「さて、何も気づかないまま、正面から攻め立てる力押しのバカ者どもを、王国の英雄たちが始末してくれた。ついでに、一番怖い英雄もいなくなったのは儲けものだ。魔眼隊の諸君。我々が大金をせしめたのも同然だ。セリオ、帝国の学校の学校……だったか? 弟妹達を入れられそうだぞ。皆、最後のひと踏ん張りだ。長腕と黒牙の犠牲を無駄にせず、手柄を貰おう」


 ゼイロスが赤眼を輝かせて、不敵な笑みを浮かべていた。

~本文より

 イルとファルヴィスの二人が、シルヴァ・カストラの奥へと消えていくのを、魔眼部隊隊長ゼイロスが赤眼を輝かせて見つめていた。

 喉輪に手をやると、メンタリス族のヴァルタに連絡を入れる。


「ヴァルタ、レナに連絡。目標が地下へ降りる。行動開始だ」

『了解。レナに連絡を入れます』


 ヴァルタが精神感応で直接脳内へ返事をする。

 ゼイロスはその返事を聞きながら、待機している幽霊猫族のセリオに、眼で合図した。


「了解、中門まで移動。そこで手筈通りに行動します」


 セリオはそうつぶやくと影の中に消えた。

 そして、眼の前に立つ、巨人族の血を一部受け継ぐ巨体の、獣人コルナス・ギガンシュ族戦闘狂アルーザに指示を出す。


「今から砦を制圧する。アルーザは正門へと攻めてくる奴らが来たら、迎撃してくれ。中から逃げ出してくる奴らがいたら、アルーザほどの強者が手を出す価値はない。そのまま見逃せ。いいな?」


「ふん、わかった。俺は戦えればそれでいい。ヴァルケインやバルグでも良かったんだが、まあ、我慢しておいてやる」


 そう言いながら、殺気を纏いつつ、巨体であるのに足音一つ立てず移動していく。体の半分以上を魔導機械が占めるアルーザにどのような機能があるのかは、ゼイロスにもわからないが、何故だか気分の良いものではなかった。

 そんな気分を追いやるように、長い尻尾をゆらゆらさせながら、喉輪で全員に通信をいれた


「さて、何も気づかないまま、正面から攻め立てる力押しのバカ者どもを、王国の英雄たちが始末してくれた。ついでに、一番怖い英雄もいなくなったのは儲けものだ。魔眼隊の諸君。我々が大金をせしめたのも同然だ。セリオ、帝国の学校の学校……だったか? 弟妹達を入れられそうだぞ。皆、最後のひと踏ん張りだ。長腕と黒牙の犠牲を無駄にせず、手柄を貰おう」


 ゼイロスが赤眼を輝かせて、不敵な笑みを浮かべていた。


 シルヴァ・カストラの最下層では、ガイル指揮のもと、砦の外への脱出の準備が急がれていた。

 避難用の物資がずらりと並べられた地下水路は、水路というには余りにも広く、小さな港のような様相を呈している。もともとは王族の為の避難施設であり、帝国の技術を流用した最新の水中魔導機船が大型から小型迄それぞれ係留され、潤沢な物資が整然と並び、照明器具が、地下最下層であるのに、隅々を昼間のように照らし出している。

 残りたがる避難民が居るのも無理はない。

 秘密の城塞アルカヌム・カストルムへ、兵士や避難民多数が移動したとはいえ、残った避難民の数はまだまだ多く、船に乗り込む人と物資の割り振りを急がせていた。

 残った人々は気ぜわしく、様々な作業に従事している。


 そんな中、人々から離れ、地下水路の脇で、ぼんやりと水面を眺めている女性がいた。

 栗毛色のぼさぼさの髪を後ろで束ね、頬はこけ、眼は落ち込み表情に生気が無い。戦火に追われ命からがら逃げてきた彼女の背には、乳離れはまだであろう赤ん坊が背負われており、すぐそばには幼い息子が石を投げて遊んでいる。

 愛し気に子供を見やりながらも、深いため息をはく。

 王都の混乱から何とか逃げ出して、逃げ込んだこの場所も、もう安全ではないという。兵士だった夫は、赤ん坊の顔を見ることなく、帰らぬ人となった。父と母は王都から逃げる際、離れ離れになり、今どうしているかわからない。一緒に店をやっていた兄は店と共に焼け死んだ。

 心も体も擦り切れ、彼女の中に残るものは、母としての責務だけだった。自分がどうなろうと構わない—— それでも、せめて子供たちだけは守らねばならない。


「私はもう何も信じられない……何を信じればいいの?」


 その呟きに応えるかのように、水面から穏やかな、すべてを包み込むような優しい声が響いた。


『強く尊き、幼子の庇護者よ。嘆くことは無い。我を信じればよい』


 耳を疑い、彼女は水面に目を凝らした。

 そこには、神々しい光を纏いながら、柔和な笑みを浮かべる女性の姿があった。長い青髪が水に溶けるように揺らめき、その姿はあまりに神々しかった。


『傷つき、疲れ果てながらも、幼きわが子を守る純なる母よ。その真心に応え、我が加護を与えよう』


「あ、貴女様は?……」


『我は水神イラヤルの眷属にして、水の女神。幼子の安寧を願う汝の嘆きを聞き及び、今ここに顕現した。これ以上、辛い思いなどせずとも良い。汝、名を何という』


「せ、セリア・ノウェルと……申します。何卒、何卒……お助けくださいませっ」


 セリアは、この異様な状況を疑うことすらなく、ただその慈愛に満ちた声に縋りついていた。


『任せよ。そのためにセリアよ。汝に為してもらわねばならぬものがある。汝のいる場所と人々を守るため、今より授ける護符を、この場所の四隅に置き、一つはここを守る要の者に渡すのじゃ。穢れなき魂を持つ幼子の手ずから、その者に渡すがよい。それさえなせば、イラヤルの加護は成る。汝と汝の幼子の生命と魂は保護されよう』


 その声の余韻が消えぬうちに、ふわりと水面に五つの桜貝の貝殻が浮かび上がった。水に押し上げられるように、その貝殻はセリアの掌に乗った。


「この子達は……この子達だけでも……守らないと……」


 セリアの眼には、涙が滲んでいた。その姿を水面の奥、微かに覗く不気味な影が、眼を光らせながら薄笑いを浮かべ眺めていた。

 セリアはふらふらと、四隅に桜貝を置くと、最後の一枚を子供に手渡し、


「あそこの騎士様、ガイル様にこのお守り渡してあげて・・・・・・頑張って、て伝えてね」


 弱弱しくも、優しく微笑むセリアに、大きく頷いた男の子は無邪気に笑い、ガイルに駆け寄った。


「騎士さまっ、これ、お守りっ。頑張って」


 小さな手から憧れの視線を向けながら、ガイルへと貝殻を渡した。

 ガイルは慈愛のこもった太陽のような笑顔で、


「ありがとう。嬉しいよ。これで百人力だ」


 と受け取った。その瞬間、


『呪はなった。溢れ溶かせ、酸鼻なる毒よ。守りしものを弱らせよ エッフンデ・エト・リク・エスケ、ウェネヌム・ディルム、デビリタ・プロテゲンテム』


 水面から呪文が響き、桜貝から青黒い瘴気が沸き上がる。青黒い瘴気は壁や床に浸み込むと、森の精霊の結界を一部破壊し、弱体化させた。

 ガイルが手にした貝も弾け、青黒い瘴気がガイルを包みこもうと襲い掛かる。

 ガイルはとっさに焔を発し、瘴気を焼き払ったが、肘まで青黒く爛れてしまった。激痛が走り、苦痛のあまり、大剣を取り落とすと声が漏れる。


「ガイル団長っ」


 駆け寄る兵士たちの声をかき消すように、轟音が響いた。次の瞬間、地下水路の水が狂ったように泡立ち、無数の水の魔物が波と共に押し寄せてきた。鱗を持つ蛇のような体、触腕を無数にうねらせる異形の怪物が、水の中から這い上がってくる。結界が破られたことで、レナが水の魔物たちを召喚、解き放ったのだ。


「う、嘘……私……私は……!」


 セリアはその惨状を目の当たりにし、膝をついた。震える手が床に爪を立てる。


「どうして……? 女神様は……女神様は……!」


「フフ……フフフ……」


 乾いた笑い声が、背後から降りかかった。

 振り向いたセリアの目に映ったのは、碧の衣を纏い、黒く濡れた髪を垂らした妖艶な女の姿だった。艶やかに笑う唇は不気味な薄紅色に濡れ、目は、底知れぬ悪意の光を湛えていた。

 ベルセクオール魔眼部隊、水と森の魔人ニンフ族のレナだ。

 レナはセリアに微笑みかけるとその肩に手を置いた。冷たく湿った指先が、セリアの皮膚に粘つく感触を残す。


「ありがとう。よくやってくれたわ。あと一つで仕事は終わり」


 そう言って、レナは懐から一本の短剣を取り出した。刃は青黒く鈍く輝き、冷気すら帯びているかのようだった。柄には奇妙な紋様が彫られ、そこから瘴気が滲み出している。


「この短剣で、あのガイルという男を刺しなさい。そうすれば、帝国はあんたと、あんたの子供たちを助けるわ。それどころかこれから先の生活も保障してあげられる」


「そんな……」


「あんたは、もう裏切り者。悩む必要はない。遅かれ早かれここはあたし達が制圧するよ。でも、その前にあのガイルをこれで刺せば、帝国で穏やかな生活を手に入れられる。これ以上、苦しむ必要はないの。もう十分頑張ったわ。あんたは、ただ子供たちを守りたいだけでしょ?」


 セリアの目に、恐怖と苦悩が入り混じる。頬を伝う涙の先に見えたのは、怯えた顔でしがみつく幼い息子の姿だった。


「それにほら御覧なよ」


 レナの声は冷ややかで、嘲るように響いた。その言葉に引かれるように、セリアの虚ろな目が上がる。


 水の魔物たちは、武器を手にし抗おうとする者だけを襲い、怯えすくむ者には目もくれない。その惨劇の中、兵士の一人が血を吐くように叫んだ。


「手向かいするなっ! 帝国は降伏するアリシノーズを保護する。危害は加えないと約束されたんだ。みんな武器を捨てるんだっ。 帝国は王都でも、多くのアリシノーズを保護している……保護しているんだぁっ! お前たちの家族もいるかもしれんっ」


 声の主は、守備兵長だった。中門を守るべき者が、今や震える声で仲間に降伏を促していた。その顔に見えるのは、恐怖と諦念。精神を支配されているのではなく、絶望に屈した者の貌だった。


「父さんと母さんが……生きているかもしれない……」


 セリアの唇が震えた。目を落とせば、手の中には短剣がある。帝国に家族が生きているかもしれない── その思いが、鈍く青黒い刃先に吸い寄せられていく。


 そのとき、


「王国の兵よ!」


 雷鳴のような声が轟いた。


「王国の民と、王国の名誉を忘れるなっ! 我らは誇り高きマクシュハエル王国の戦士だっ。言葉ではないっ、剣を掲げよ!」


 ガイルの声は迷いを切り裂いた。右腕は爛れ、指すらまともに動かせない中、左腕一本で大剣を掲げ、猛々しい焔を噴き上げた。火の粉が弾け、揺らめく炎が魔物たちを怯えさせる。水の魔物たちは、灼熱の猛火に恐れをなして踏み込めず、うねる触腕が一様に引き下がった。


「ちっ、炎の英雄種めっ!」


 レナの声は怒りに満ち、妖艶な姿は溶けるように変じ、魔人としての本性を剥き出しにする。長くのたうつ水蛇の尾と無数の触腕が絡み合った異形の身を引きずり、牙剥き出しにガイルへと迫った。


「させるかよっ!」


 鋭く響いた声と共に、焔の刃が二閃した。火の粉を棚引かせた刃は、レナの胴体を裂き、無数の触腕を焼き払った。レナは叫び声を上げる間もなく、水の奔流に溶け、跡形もなく消えた。


「くそ、囮か」


 焔の短剣を掴み直し、ファルヴィスは辺りを見回す。


「動ける者は、手筈通り船へ急げ! 戦える者は船の防衛に回れっ」


 その怒声に、兵たちが次第に動き始める。動揺の色は拭えぬが、指示に従い、徐々に防衛線が構築されていった。


「お前、邪魔だ」


 その声が響いた瞬間、どこからともなく黒い矢がファルヴィスを襲った。幽霊猫族のセリオが放った影矢だ。姿を見せず、影から影へと忍びつつ、放たれる矢はどこから飛んでくるのかも分からない。


 ファルヴィスは矢を剣で払い、疾く身を躱しながら、その間隔と動きを見極め始めていた。矢の軌道、影の流れ、敵の位置……。


「面白い術だが、見当はついた」


 ファルヴィスは呟くと、高く跳躍し、両手の短剣を鋭く打ち鳴らした。金属が響き、眩い火花が弾け飛ぶ。白光が影を裂き、闇の帳を焼き払った。光の網に囚われ、セリオの姿がすっかりと露わになった。


「……ああっ、しまったっ」


 セリオは焦りの声を漏らし、影を探して目を走らせる。影に溶け込むことでこそ力を発揮する幽霊猫族にとって、光に晒されることは、裸同然の無防備を意味していた。


「猫族の子供兵か……」


 ファルヴィスは瞬間殺気を鈍らせはしたが、剣に宿る焔は鋭さを増した。無慈悲な決意が刃先に宿り、振り上げた刃が落とされる刹那、


「なんだっ?」


 突如としてファルヴィスは大きく飛び退き、焔の羽根を舞い踊らせ、守りの炎の壁を張り巡らせた。


「へえ、今のに気づくとはな……獣人族でもそうはいない。大したものだ」


 落ち着き払った声と共に、長い爪を剥き出しにしたゼイロスが、赤く輝く双眸を細め、ゆらりと姿を現した。


「確実に仕留めたつもりだったんだが……流石は長腕隊と黒牙隊を叩くだけの実力者だ。戦うのも面倒だし、どうだ、降伏しないか? 悪いようにはしない」


 ゼイロスが言い終わらないうちに、ファルヴィスは双剣を構え、殺気を載せて刃を振るった。首を刎ね、腕を切り落とす。外すことのない必殺の間合いだ。

 ゼイロスは、赤眼でファルヴィスの動きを見つめ、その刃の軌跡を予見しており、刃が届かないぎりぎりの処で躱し、自慢の爪でファルヴィスの胸を刺し貫こうとした。

 しかし、渦巻く火焔の羽が爪ごと腕を切り刻み燃やそうとし、ゼイロスは咄嗟に後ろに空間に穴をあけ、あらぬ方向へ跳び下がった。


「俺も立派な帝国の玩具だな……しかし、今のは何だ?」


 ゼイロスの得意とすることは良く見える眼で、見渡し見通すことだ。冷静に驕ることなく、勝つために布石を打つ。その為に敵を常に見ている。

 ファルヴィスはゼイロスの位置を直ぐに察知して、隙を生まない双剣の構えをとっていたが、内心は短距離の空間転移に目を瞠っていた。


「おいおい、急に消えるのってありか?」


 ファルヴィスの剣技は隙を作り誘い込み、焔の羽根の刃で燃やし切伏せる。今まで難敵を屠ってきた双剣の真骨頂で、必殺の剣技なのだが、思いもよらない方法であっさりと躱され、少しばかり焦りの色が浮かんでいた。

 ファルヴィスもゼイロスも眼を合わせながら、相手の身動きを些細なものまで見落とさないよう、互いに緊張の色が走っていた。

 ファルヴィスとゼイロスは、静かな殺気を身に纏いながら睨みあう。僅かな隙が命取りになる相手だと認め合っていた。


 一方、ガイルは左手で大剣を振り回し、水の魔物を薙ぎ払っていた。呪いの毒でただれた右手が使えず、本来の力が出せていないとはいえ、渦巻く焔を載せた斬撃は、手当たり次第に魔物を断ち焼き尽くしている。ガイルの右側には、騎士団が盾を構えながら、ガイルを守りつつ、魔物を討ち取る、堅固な防衛線が出来上がっていた。

 ガイルはまさに水の魔物にとっての天敵となっていた。

 水の魔物は現れては滅されて見る見る数は減っていく。それまで、争う意思を持たない者は襲っていなかった魔物が、血に狂ったのか追い込まれて本性を露わにしたのか、子供たちに向けてとびかかっていった。

 ガイルは見逃さず、子供たちを助けようと間に割って入り、躍りかかった魔物に剣を一閃、その全てを切り払い焼き尽した。


「怪我はないか?」


 ガイルがそう訊ねた時、首筋にちりりとした痛みを感じた。振り返ると、セリアが、青黒い瘴気を放つ短剣をただただ握りしめて、呆然としていた。そのままだとセリアの生命も魂も瘴気に飲まれてしまう。


「ごめんなさい……ごめんなさい……あたしは……あたしは……酷いことは出来ません」


 セリアが涙をこぼしながら、何かに謝っている。ガイルは水の中に潜む魔人の気配を感じ取りながらも、セリアをどう助けるか考えを巡らせた。自分の持つ焔の大剣では、瘴気を放つ短剣だけは狙えない。


「お母ちゃんっ!」


 幼い子供が泣きながらセリアにしがみつこうと走り寄って来た。母子の生命を守る。その決意は固く、ガイルは迷わなかった。大剣を捨て、瘴気をあげる短剣をつかみセリアから奪い取った。水の中の魔人がほくそ笑み何かを呟くと、短剣から更に瘴気が勢いよく噴出し、ガイルを襲う。


「離れろっ、危ないぞっ」


 ガイルは、セリアと子供たちに声をかけると、瘴気に侵されながらも焔を噴き上げ、短剣を燃やし尽くした。

 だが、瘴気の呪毒はガイルの腕を這い上がり、右手から首筋へと青黒く染め上げ、焼けつくような痛みでガイルの胸を締め上げた。息をするだけで激痛が走り、視界がぼやける。それでも、ガイルは膝をつきながら身を起こし、なおも立ち上がろうとする。

 その瞬間—— 虎視眈々と狙っていたレナが、鋭い触手を槍のように突き出し、ガイルの胸を貫いた。


「ガイルっ」


 ファルヴィスは戦いの場で初めて、戦いを忘れた。目の前の敵、強敵であるゼイロスから目を離してしまっていた。

 その隙を見逃すわけなどなく、ゼイロスは自慢の長爪でファルヴィスの腹を貫いて、爪から溢れる強毒をその躰に流し込む。


「愚かな……よき兵であるのにな」


 ゼイロスは、大きな音を立てて水底へと沈んでいくファルヴィスを見送りながら呟いた。

 ガイルは、触手をつかんで魔人レナを水中から一気に引き上げ、床に叩きつけると、躰から火焔を噴き上げ、レナを燃やした。


「いやあぁあ、やめてぇえ、何を——」


 レナが叫ぶ。

 ガイルは構わず、腕に力を込めると、焔を強めレナを灰すら残さず、燃やし尽くした。

 そして、すっくと立ちあがると、雷鳴のような声をあげた。


「皆、戦いを辞めよっ。帝国の兵に告げる。我らは降伏する。兵の身の安全を保障するか?」


 音も立てずに、ゼイロスがガイルの前と躍り出た。

 その首を刎ねるつもりであったのだが、一目その姿を見て、態度を改めた。

 レナは間違いなくガイルに致命傷を与えており、話せる筈など無い状態であった。ガイルを突き動かしているのは、戦士として、守将としての気概のみ。立って声をあげるどころか、常人ならばもう生きてはいないほどの深手を負っている。にもかかわらず、誇り高く、気力が満ちている。

 ゼイロスは人間種の戦士に、深い敬意を覚えた。


「帝国、ベルセクオール部隊魔眼隊隊長ゼイロスだ。抵抗しない者には危害を加えない。降伏する者には手当もしよう。帝国の保護規定は、祖霊にかけて誓い約束する」


「そうか。我が名は、ガイル・エストレイン。マクシュハエル王国、焔鳥の刃騎士団を預かる者だ。貴公の手柄とされるが良い。約定を違えぬよう……しかと頼む」


 ガイルは最後まで堂々と言葉を発し、そのまま倒れ込んだ。そして、


「すまん……約束を破って……許してくれ……」


 とうわ言を呟くとそのまま静かに息絶えた。


「ガイル・エストレイン……見事だ。帝国にしがみついた俺なんかより、な」


 ゼイロスとガイルのやりとりをよそに、セリアは瘴気に侵され青黒くなっていた両手の指先に、小さな炎が揺らめき、瘴気を焼きながら、元の状態へと戻っていくのを不思議な顔で見ていた。


「お母ちゃん……アツくないの?」

「ええ……ええ。騎士様が守ってくれている」


 小さく頷き、涙ながらに子供を強く抱きしめていた。


 外では、アルーザが雄たけびを上げ、到着したベルセクオール部隊の応援部隊へ威嚇をはじめ、ヴァルタがなだめていた。


次回 ルミナリスを旅へといざなう運命が動き始めます。


ここまで読んで下さり、とても嬉しく思います。

少しでも楽しめて頂ければ幸いです。

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