第6章 焔の刃Ⅷ ~ 焔鳥の双翼
「ルミナ嬢ちゃん。ありがとうな」
破壊された正門前で、ファルヴィスはルミナリスに真顔で礼を告げた。
「オルクス様を説得しているところ、俺は見ていたんだよ。見捨てて当然というより、見捨てなければならない作戦展開を反故にしてまで、残る選択をしてくれた貴殿のことは忘れない。御蔭で、被害は最小限に済み、俺とガイルは今ここで息をしていられる。騎士の名誉にかけて、再び会う事が適えば、必ず恩を返す。だから、さ。お互いに生き残ろうぜ。お嬢ちゃん」
片目を軽薄そうに瞑るファルヴィスの、嫌味の無い笑顔に、
「はい。その際はぜひお助け下さい。心待ちにしております」
~本文より
「今、この状況なら、旅の扉を使いアルカヌム・カストルムへと逃げ込めると思います。これが最後の機会です。判断をお願い致します」
倒れ伏して目を覚まさないオルクスを診断しながら、ルミナリスはガイルとファルヴィスの両名に、判断を迫っていた。
旅の扉は正門の前に固定されており、ぞろぞろ大人数で行くには危険すぎる。
そもそも、古代大魔導の罠が仕掛けられた洞窟を、大人数で抜けて逃げるには時期を逸していた。王太子が隠れるアルカヌム・カストルムの存在を敵に知らせる危険もあるのだ。
そんなことはガイルもファルヴィスも十分理解していた。
「ルミナリス殿。オルクス様とともに残ってご助力頂いたこと、感謝に堪えません。お蔭で、あの帝国自慢のベルセクオール部隊の二部隊を殲滅できました。ここに残った避難民や怪我人たちを地下水路から逃がす時間も稼げたと思います」
ガイルの真っ直ぐな視線をルミナリスは受け止めながら、この有用な戦力二人を如何に説得し、アルカヌム・カストルムへと共に向かわせるかを演算していた。
「アルカヌム・カストルムの戦力増強は必須です。今、脆弱以外の何物でもありません。お二人が戦列に加われば、王家存続の希望もさらに大きくなるでしょう。お力添えを頂けませんか?」
ルミナリスの言葉に耳を傾ける二人。
ファルヴィスはちらりとガイルの歯を食いしばった顔を眺めて、
「やれやれ、仕方がない」
とやや大きな声をあげ、ルミナリスへと向いた。
「ルミナ嬢ちゃん。すまないが、我々二人ともお嬢ちゃんと一緒に行くことは出来なさそうだ。なあ、団長?」
「ん? ああ……そうだな」
心ここにあらずのガイルは、王国王子への忠誠と、残された兵士や避難民への義務感との板挟みで悩んでいた。王国騎士団団長ガイルの中には、自分のことを考えるという概念が無いのだろう。
ルミナリスは、自己犠牲というこの概念について深く思考した。
それは、戦場においてしばしば称賛される行為であり、忠誠や正義と結びつけられている。
だが、その行為の先にあるのは、未来を担う存在の喪失に他ならない。
指導者であるガイルが己を犠牲にすることで、どれだけの希望が断たれるのか。自らの命を省みぬ姿は、誇るべきものではなく、残された者たちへの無言の負担ではないのか—— そう考えながらも、ルミナリスは、感情という曖昧なものが、その判断に大きく影響することを認めざるを得なかった。
悩むガイルにファルヴィスが口を開いた。
「直に此処は陥落する。その前に脱出し放棄せねばならない。急がせるだけ急がせて、脱出したのち、見送るだけ見送った後にアルカヌム・カストルムへ、合流するでどうだ?」
「それしかあるまい。だが、その前にオルクス様とルミナリス殿を旅の扉まで護衛をし、一刻も早く安全な場所へ送り届けよう。我ら二人だけなら動きも早い」
結果、ルミナリスとオルクスはシルヴァ・カストラを後にすることになった。オルクスの意識が戻らない今、このままおいておくのは危険という判断だった。
ルミナリスは結界で包み込んだオルクスを、捧げもののように丁寧に軽々と運ぶガイルと、気楽な散歩のような雰囲気ながら、抜け目なく四方八方に目配りするファルヴィスと歩みを共にしながら、この二人の力量と気心の通じ合った状態を再認識していた。
焔鳥の刃騎士団の双翼とはうまく例えたものだ。二人は揃ってこその二人なのだろう。
独りだけでも連れていけたらと演算していたのだが、その結論は凍結、破棄をすることにした。この時の結論は、論理的ではなく感傷的なものであったことは間違いなく、ルミナリスがそのことに気付くのはまだ随分と先の話だ。
それにしても——
ルミナリスは、ガイルの自己犠牲的な思考に対して、理解しきれない感情を抱いていた。兵士が己の命を投げ打つ覚悟を持つことは当然とされるが、それがなぜ当然であるのか?
ルミナリスは結論を帰結できないままであった。
「ルミナ嬢ちゃん。ありがとうな」
破壊された正門前で、ファルヴィスはルミナリスに真顔で礼を告げた。
「オルクス様を説得しているところ、俺は見ていたんだよ。見捨てて当然というより、見捨てなければならない作戦展開を反故にしてまで、残る選択をしてくれた貴殿のことは忘れない。御蔭で、被害は最小限に済み、俺とガイルは今ここで息をしていられる。騎士の名誉にかけて、再び会う事が適えば、必ず恩を返す。だから、さ。お互いに生き残ろうぜ。お嬢ちゃん」
片目を軽薄そうに瞑るファルヴィスの、嫌味の無い笑顔に、
「はい。その際はぜひお助け下さい。心待ちにしております」
ルミナリスはにっこりと笑顔で答えた。自動返答機能による回答である。
ガイルは木の枝とマントでこしらえた、担架そりにそっとオルクスを寝かせると、引き綱をルミナリスに手渡した。
「オルクス師剣聖をお願いします。ここで、恩人のお二人とお別れなのは心苦しいですが……ご武運をお祈りしております」
「ルミナ嬢ちゃんは兵士じゃない。武運を祈ってどうする。祈るなら……無事だろ?」
仕方なないという表情を浮かべながら、ファルヴィスがガイルをつつく
「ああ、そうか……そうだな。すまん」
頭をかくガイルをしばらく見据えて、ファルヴィスは大きなため息を一つつくと、ルミナリスへ告げた。
「あいつの代わりに言っておくよ。ガイルの奥さんと子供に、エレナ・エストレインとレオン・エストレイン、奥さんと子供の名前だが、二人にガイルは生命を繋ぐために諦めずに戦っている、そして二人を愛していると言っていたと伝えてくれ。頼む」
「おいっ、俺はそんなこと一言も——」
「うるさい。言わずとも丸わかりだ。こっちの頭がむずむずする。どこが違うか言ってみろ」
「いや……どこも違わない。お前の言うとおりだ。だかな……言い様ってあるだろうがっ」
「だがもしかしも聞いてやらん。黙れ、デカぶつの石頭騎士団長が」
にこりともせず悪態をついているファルヴィスと、それに応えているガイルの厳しい物言い。だが、二人の眼差しには信頼が溢れている。
友情—— その定義は難しいが、その体現の一つであることだけは、ルミナリスは確信した。
「はい。ご伝言はしっかりと賜りました。では—— アルカヌム・カストルムへと向かいます。私たちが進んだ後、この旅の扉の鍵は、破壊します……。皆様の魂の世に平穏が有らんことを」
ルミナリスはそう告げるとき、言葉の選び方に微かな迷いがあった。
『魂の世に平穏が有らんことを』という言葉は、アルゲントルム人の別れの慣習としての言葉であり、アルゲントルム人であれば当然のようにでる言葉だ。
だが、そこに込められた深い祈りの意味が完全には理解できていなかった。
「送り言葉、このガイルしっかりと嚙みしめて戦場に立ちましょう。わが友、ファルヴィスと共に」
「腐れ縁だ。死んでも付き合ってやるさ。嬢ちゃん、いや、ルミナリス殿。心より礼を」
だが、それでも。
信頼し合い、命を預け合う彼らにとって、些細な言葉ですら、何かしらの慰めになるのかは感じ取れた。強い意志を感じつつも、ルミナリスは論理を超えたその感情に言葉を与えられないまま、旅の扉へと踏み入った。
旅の扉は静かに閉じ、霧のように消えていく。
ガイルとファルヴィスは、その消えた跡をしばらく見つめ、互いに言葉も交わさずにその場を後にした。
ここまで読んでいただき、有難うございます。
次回、命運の二人を描きます。
楽しんでもらえたら嬉しいです。




