第6章 焔の刃Ⅲ ~長腕隊の脅威
「おや、なんとも香しき魔法の匂いだ。十重二十重に重なった殺意がこもる熟成された古代の精霊魔法の匂い。これは良い。たまらぬな」
ヴァルケインの冷たい笑みが、闇の中で不気味に浮かび上がり、長腕隊の魔人たちは無言のまま前進を続けた。彼らはこの程度の危険では動じない。この死の気配が濃厚に漂う場所こそが本領発揮の舞台だ。
~本文より
「魔眼部隊より、奴らの進んだ足取りを解析確認した。巨神の剣戟の谷へと続いている。第一斥候、獄炎魔班、進めっ」
長腕隊隊長、夜魔族ヴァルケインは、地表を滑るように進み、笑みを浮かべつつ命じた。
獄炎を纏い、再生能力を持つ魔人インフェリウス族の斥候が三名横並びで谷へと向う。目指すはゼイロスが見つけた足跡の場所だ。
「座標軸に足跡を発見。複数名の新しい足跡です。エーテリア・ロクスで残滓の解析を——」
足跡の近くで報告をしていたインフェリウス族の斥候一人が、突如何も残さず消失した。
「な、これはなんだ。魔術の揺らぎなど何も感じていないのに・・・・・・」
やや離れていたもう一人も、右足から透明になり、悲鳴を残さず躰が徐々に消滅し、装備品共々消失した。
谷の亀裂より離れた位置で、エーテリア・ロクスを設置し、行動監視していた一名が、慌てて携行型防御壁を展開し、様子を伺っていたが、そのまま倒れ込み、上半身を消失させた。
「大昔の行動記録もあてにはなるようだ。記載の事実は確認できた。巨人の無の力が及ばない、三番探査機の位置を基本として、行動域を制定。第二斥候霧幻魔班、第一斥候の生き残りと共に、防御壁を展開しながら、周辺を捜索し痕跡を探せ」
ヴァルケインは、部隊員消滅を確認し、更に恐ろしい笑顔を浮かべた。
探査魔導機エーテリア・ロクスでその様子を映補足していた、魔眼隊の幽霊猫族のセリオは、髭を震わせながら
「長腕隊の斥候が二名消滅、一名半身消失の為死亡と断定。三名も減ってざまあみろだ。でもヴァルケインは、この被害に何で笑っていられるんだ?」
と声を上げ、魔人種ニンフ族のレナは、
「いやあねぇ、魔人種は魂の芳醇な死の香りが大好きなのよ。嬉しくなるじゃない。それに、長腕隊なら魔力も豊富だし、いいお味じゃないの? でも、どうせなら、ヴァルケインも消滅してくれたらもっと嬉しいのに。ねぇ隊長ぉ」
と身をくねくねしながら、ゼイロスに声をかけた。
セリオは不快な表情で冷たい目線をレナに投げかけている。
ヴァルタは呆れ顔でセリオとレナに、自分の喉輪を指さしながら告げた。
「記録に残るから、迂闊なことは言わないように。下手するとまた懲罰房だよ。私は帝国外縁部隊監察官だぞ……」
ゼイロスは、よく見通せる赤眼で様子を見ている。
「皆、しばらくは様子見だ。長腕が何かの入り口を見つけたようだぞ。セリオ、場所を逃すなよ」
「はい。既に位置情報は座標化しています。任せてくださいよ」
セリオは得意げに返答した。
それぞれが熟練の魔術士であり、魔法と魔術を得意とする魔人種の中でも、とりわけその力が強い種族のみで構成されたこの部隊は、どこにでも魔法の力を及ぼせることも、長腕隊の異名の由来の一つだ。
魔術の罠で溢れている秘密の洞窟を、そんな彼らが気付かないわけもなく、隠蔽された入り口をすぐさま特定した。
長腕隊隊長ヴァルケインは、入り口の前で匂いを嗅いで、にんまりと笑った。
「おや、なんとも香しき魔法の匂いだ。十重二十重に重なった殺意がこもる熟成された古代の精霊魔法の匂い。これは良い。たまらぬな」
ヴァルケインの冷たい笑みが、闇の中で不気味に浮かび上がり、長腕隊の魔人たちは無言のまま前進を続けた。彼らはこの程度の危険では動じない。この死の気配が濃厚に漂う場所こそが本領発揮の舞台だ。
ヴァルケインは黒く細長い指を洞窟の入り口に向けてゆっくりと掲げた。指先から闇色の魔力が滲み出し、空気を震わせる。
「……魔法陣の罠が色々仕掛けられている。敵は古の大魔導士そのものだ。それも一人ではない。何世代もかけて追加し、修正し、精霊も手を貸している」
後ろに控える長腕隊の一人、影魔族が、低い声で囁いた。
「ヴァルケイン様、罠の特定と解体からで、宜しいでしょうか?」
ヴァルケインはその問いに対し、ゆっくりと首を横に振る。
「いいや、罠を破壊しながらそのまま進むぞ。黒牙もすぐ後ろで狙って居る。罠を超えられない者は死ぬるだけよ」
その冷酷な命令に、長腕隊の魔人たちは一瞬もためらうことなく動き出した。
秘密の洞窟の入り口を、目に魔術刻印を浮かび上がらせた霧幻魔達が、魔視と詠唱で、隠されていた入り口の護りを霧のようにゆらめかせ、無理矢理開いた。
すぐさま、全員、魔法障壁を展開し、洞窟の内部へと足を踏み入れる。その途端、空気が震え何かが軋む音が響き渡り、突然、闇がねじ曲がって辺りに拡がる。
拡がった闇の中から無数の腕が現れ、掴みかかると、隊員たちを掴み引きずり込もうとする。その腕は実体を持たず、剣や槍では払えず、魂そのものを捉えようとする闇の虜囚魔法だ。
「ククク、児戯にも劣る。魔獄の魔法など撥ね退けよ」
号令一下、長腕隊の魔人たちは己の魂を固め、魔力で防御を強化しながら進んでいく。
しかし、無数に伸びてくる闇の手は、僅かな魔力の揺らぎに直ぐに付込み、完全に防ぎきれるものではなかった。
「何だっ動けな……」
闇の手に捕まり、霧幻魔の一人が悲鳴のような声を上げた。と同時に、闇より伸びてくる沢山の真っ黒な手に、頭、肩、腕、足などを捕まれて、凄まじい力で引き千切られると、闇に取り込まれて完全に消失した。
ヴァルケインはその光景を冷ややかに見つめたまま、口元に薄い笑みを浮かべる。
「愚かさを見習うな。魂まで掴まれる前に、魔力を高め、己の魔を爆ぜさせることだ」
闇の手を払い素早く避けながら、洞窟の壁に霧幻魔の一人が、壁に触れると、壁から、空気すら凍てつかせる冷気が迸る。
「我らにこのようなものが効くはずもない」
霧幻魔の一人は顔をしかめ、そのまま進んだ。
霧幻魔は炎熱や氷冷の魔法に強い耐性をもつ種族であり、燃え死んだり凍ったりすることが無い。まして、帝国の防御壁を展開しながら進んで居るのだから、防御には絶対の自信があり、そこに隙があった。
辺り一面に張る氷に触れた瞬間、氷が触れた処から光を放ちながら、魔力を吸収し、その魔力を糧として更に凍てつきを強める。
「くそっ、魔力が……吸われ……!」
瞬く間に魔力が消え去ると、氷の彫像と化し、霧幻魔はバキリという音と共に粉々に砕け散った。
ヴァルケインは再び冷淡に呟いた。
「……なるほど。霧幻魔は炎熱に強いが、氷が魔力を喰らうと逆に餌になるか。古代の精霊魔法は、侵入者の特性を逆手にとって殺すよう設計されている。実に周到だ」
ヴァルケインの口調は歓喜に震えていた。仲間が消滅したことさえ「貴重な実験結果」としか映っていない。
皆に止まるように伝えると、副官の夜魔に告げた。
「黒牙を呼び込め。儂が消滅したと伝えろ。——死の報せこそ、最高の合図だ。奴らが喰われる音で、罠の理を知ろうではないか」
そう命令するとヴァルケインは、近くの獄炎魔に向かって一歩踏み出すと、その躰に沈むように消え、獄炎魔は躰をぶるっと震わせると、眼の輝きを変えて静かに佇んでいた。
「さあて、殺すか死ぬるか? 魂の芳醇な香りを味わいつくそう」
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。
拙いながらも必死で書いています。
少しでも面白く読んでもらえたなら、幸いです。




