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機械少女の涙は蒼穹に還る ~メガリマギアの灯火  作者: しきもとえいき
第18章

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星の宿命Ⅻ ~ 帰還、そして穏やかな穏やかな決意

「報酬として、受け取っていただけますか」


「受け取る」


 カルサは短く答えた。


「だが、これで貸し借りなしとは言わねえ」


「不足ですか」


「逆だ」


 カルサは海の方を見た。


「白い冥界を閉じたってんなら、こいつは俺らだけの得じゃねえ。海にとっての得だ。海のものを少しは返したんだろ」


~本文より

帰り道は、来た時とは違っていた。

 白い霧は足元に絡まない。

 むしろ、二人を包み、迷わぬように道を示している。


 書架の間を抜けるたび、小さな精霊光がついてきた。

 青や緑。銀に淡い金。

 かつて助けを求めていた光たちが、今は見送りの灯となって、霧の道を照らしていた。

 道案内なのか、名残を惜しんでいるのか。


 やがて、白い門が見えた。


 門番は立っていた。

 だが、その姿は以前よりも静かだった。

 胸の薄青い魂核が、穏やかに光っている。

 剣を向けてくることはない。


 ただ、門として、守り手として、そこに在った。


 ルミナリスは一礼する。


「ありがとうございました」


 門番は答えない。

 だが、白い仮面が、ほんのわずかに下がったように見えた。


 門が開き、白い橋の先に、海があった。

 潮喰みが見える。


 傷だらけの船体。

 裂けた帆。

 白い影に撫でられた痕を残した船腹。


 その甲板に、ルルリアが立っていた。

 片手に翡翠色の巻貝を握り、もう片方の手で手すりを掴んでいる。


 こちらを見た瞬間、その顔が強張り、くしゃくしゃになった。それからとても大きく息を吐いた。


「ルミィー!」


 ルルリアが叫ぶ。


「おじいちゃん!」


 ルミナリスとオルクスが橋を渡る。

 ルルリアは待ちきれず、甲板から降りかけ、カルサに襟首を掴まれた。


「落ちるぞ」


「離して! 帰ってきたんだから!」


「帰ってきたやつを迎える前に、お前が海に落ちてどうする」


「うるさい!」


 そのやり取りに、潮牙商会の者たちが低く笑った。


 荒くれた海獣人たちの顔には、疲労と緊張が色濃く残っている。

 だが、その目には、安堵があった。


 ルミナリスが甲板へ上がると、ルルリアが駆け寄ってきた。


「遅い! 死ぬほど心配した。寿命が縮まった。絶対っ」


「申し訳ありません」


「謝らないで、こういう時は!」


 ルルリアは涙をためた目で一瞬だけ怒ったような顔をして、それからルミナリスの肩を掴んだ。


「無事?」


「はい。大きな損傷はありません」


「それ、無事って言い方じゃないのよ。まあいいわ。おじいちゃんは?」


「生きておる」


 オルクスが甲板へ上がりながら答えた。


「少し斬られたがの」


「少しじゃないでしょ、その血!」


「もう止まっておる」


「そういう問題じゃない!」


 ルルリアの声は震えていた。


 怒っているのではない。

 恐れていたのだ。


 帰ってこないかもしれない、と。


 それを悟り、ルミナリスは静かに言った。


「ただいま、ルルリア」


 ルルリアの目が一瞬だけ潤んだ。


 だが彼女はすぐに顔を背ける。


「……おかえり、ルミィ」


 その声は小さかったが、幽かに震えた安堵がその声の中にたっぷりと含まれていた。


 カルサが近づいてくる。


「戻ったか」


「はい。マギア・ルーメの白い冥界は、閉じました」


 甲板にいた者たちが、静かになった。

 カルサの目が細くなる。


「閉じた、だと」


「完全に消えたわけではありません。けれど、もう存在を喰う霧ではありません。守りの霧になりました」


 カルサはしばらく黙っていた。

 それから、低く息を吐く。


「とんでもねえことをして帰ってきたな」


「私たちだけではありません」


 ルミナリスは言った。


「潮牙商会と、潮喰みがここまで運んでくれたからです。皆さんが帰る場所を守ってくださったから、戻れました」


 カルサは視線を逸らした。


「礼を言われる筋合いじゃねえ。契約だ」


「はい。だから、報酬を持ち帰りました」


 ルミナリスは、アウレリオから受け取った二つの品を取り出した。


 淡い緑銀の宝玉。

 そして、黒い表紙に銀の鎖が刻まれた書。


 潮牙商会の者たちが、ざわめいた。


「これは、マギア・ルーメの大賢者アウレリオ・ルーメからです」


 カルサの表情が変わった。


「大賢者だと?」


「はい。ひとつは癒しの宝玉。傷や病に作用します。ただし、相手への愛情がなければ働きません」


 海獣人たちが顔を見合わせる。

 ゼルグが鼻を鳴らした。


「愛情だぁ? 俺らに似合わねえ宝だな」


 ルルリアが即座に言った。


「似合うわよ。あんたたち、口が悪いだけで仲間のこと大事にするじゃない」


「うるせえ」


「当たってるから怒った」


 カルサは宝玉を見つめていた。


 長く海に生きる者の目だった。

 失った仲間と、救えなかった命を数えている目。


「もうひとつは、信義の書です」


 ルミナリスは黒い書を差し出した。


「契約を記す書。信義を守る者の縁を強くし、正当な理由なく契約を反故にした者には呪いを返すそうです」


 潮牙商会の者たちが、今度は違う意味でざわめいた。

 カルサが、ゆっくりと口の端を上げる。


「……いいじゃねえか」


「気に入りましたか」


「うちみたいな小商いには、金より効く」


 カルサは黒い書を受け取った。


「裏切り者を嫌う海には、ちょうどいい」


 ルミナリスは頷く。


「報酬として、受け取っていただけますか」


「受け取る」


 カルサは短く答えた。


「だが、これで貸し借りなしとは言わねえ」


「不足ですか」


「逆だ」


 カルサは海の方を見た。


「白い冥界を閉じたってんなら、こいつは俺らだけの得じゃねえ。海にとっての得だ。海のものを少しは返したんだろ」


 ルミナリスは神脈人を海へ還した場面を思い出した。


「はい」


「なら、潮牙商会はそれも覚えておく」


 カルサは癒しの宝玉をゼルグへ放った。


「持ってろ。落とすなよ」


「俺かよ」


「お前が一番怪我する」


「褒めてんのか、それ」


「事実だ」


 ゼルグは渋い顔をしながら宝玉を受け取った。

 その瞬間、宝玉の中で、淡い緑の光が揺れた。


 潮喰みの奥。

 帆柱の下。

 潮心炉コル・マリスの眠る場所で、何かがかすかに鳴った。


 ルルリアが振り返る。


「今の……」


 カルサの顔が険しくなる。


「潮心炉か?」


 甲板の下から、低い水音が聞こえた。


 海ではない。

 船の中から響く、水の音。


 淡い緑の光が、宝玉から船体へ伸びていく。

 傷ついた潮喰みの木目をなぞり、白い影に撫でられた痕へ染み込んでいく。


 ルミナリスは目を見開いた。


「宝玉が、船に反応しています」


 イグニスが、ふわりと顔の横に浮かんだ。


「へえ。面白えもん積んでるじゃねえか、この船」


 ルルリアが目を丸くする。


「火の玉が喋ってる! 何これ?」


「誰が火の玉だ」


「目も口もある。なに? 精霊ってやつ?」


「原初の焔だ。覚えとけ、うるせえ巻貝女」


「なにその偉そうな自己紹介!」


 オルクスが額を押さえた。


「戻って早々、賑やかじゃの」


 カルサはイグニスを凝視していた。


「イグニスとかいう名前じゃ……ねえよな」


「おう。その通りだ。よく知ってんな。小僧」


 カルサは眼を剥き出しにし驚いていた。


「……説明は後で聞く。まずは陸へ」


「それがよいと思います」


 ルミナリスは静かに答えた。

 船乗りの一人が呟いていた。


「海を沸騰させて、海神様に大やけど——そんなのほんとにいたのか」


 宝玉の光は、潮喰みの傷をゆっくりと撫でていく。

船が少しだけ息を吹き返すように、軋みが和らいでいった。


 潮牙商会の者たちは、誰も声を発しなかった。

 荒くれ者たちが、まるで生き物の回復を見守るように、船の床を見つめていた。


 カルサが低く呟く。


「……愛情がなけりゃ働かねえ、か」


 自嘲するように笑った。


「潮喰みは、ずいぶん愛されてるらしい」


「そのようです」


 ルミナリスは答えた。


 潮喰みの船体が、微かに軋む。

 それは痛みの音ではなかった。

 長い航海の前に、船が静かに身じろぎするような音だった。


 白い霧の向こうで、マギア・ルーメが遠ざかっていく。


 アウレリオの守りの霧が、外縁まで道を作っていた。


 カルサが舵の方へ向き直る。


「出るぞ」


 潮牙商会の者たちが一斉に動き出す。


 帆が上がる。

 索具が鳴る。

 傷ついた潮喰みが、海へ向かって体勢を整える。


 ルルリアは巻貝を握り直した。


「帰れるのね」


「はい」


 ルミナリスは頷いた。


「帰りましょう」


 オルクスが静かに海を見た。


「帰る場所があるうちは、帰らねばならぬ」


 イグニスが火花をまき散らした。


「帰り道くらい、俺が照らしてやる。魔物も化け物もよってこねえぞ」


「優しいのですね」


「違う。燃やす相手が減るのがつまらねえだけだ」


「そういうことにしておきます」


「納得すんな」


 潮喰みが動き出す。


 白い冥界だった海は、まだ白い霧を抱いていた。

 遠く、霧の奥で、淡い翠の光がひとつ瞬いた。


 アウレリオの霧だ。


 ルミナリスは、そっと頭を下げた。


 星の羅針盤が腕の中で静かに光る。

 栄光の星の二つの守護刻印が、淡く応える。

 神の花が胸元で揺れる。


 そして、甲板の上では、ルルリアがいつものように騒ぎ、カルサが舵を見据え、潮牙商会の者たちが荒い声で帆を扱っている。


 帰る場所。

 守るべきもの。

 背負う運命への問い。


 そのすべてを抱えたまま、潮喰みは白い霧の海を離れていった。


次回、ルルリアが動き始めるところを描きます。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

またお目にかかれますよう、しっかり描いていきます。

誤字が多くて申し訳ありません。

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