第13章 神の花を求めてⅢ ~ 怨嗟の代償②
「こいつは」
ランバートはゼイロスを見据えたまま続ける。
「いずれ裁かれるべき男だ。私もそう思っている。ここにいる多くの者がそうだろう」
ゼイロスは黙って受け止めた。
「だが今は違う。今ここで必要なのは、誰が憎いかではなく、誰が何を背負うかだ」
~本文より
痩せた頬に疲労の影を濃く刻み、それでも崩れぬ姿勢で広間へ歩み出る。
その後ろには、王国兵の副官たちと、数名の獣人幹部が続いていた。
ランバートはまずゼイロスを見た。
次に、槍を握りしめる兵たちを。
最後に、銀月の爪を手にしたロアンを見る。
「帝国の兵がここにいる。それだけで血が流れるのは当然だ」
冷たいほど平坦な声で言う。
「だが、今ここでそいつを殺して終わるなら、ロド殿の死も、銀月の爪も、ただの遺品に堕ちる。獣人は割れ、帝国だけが笑う。」
その言葉に、王国兵たちが歯を食いしばる。
怒りは収まらない。だが、それでもランバートの言葉を無視はできなかった。
「こいつは」
ランバートはゼイロスを見据えたまま続ける。
「いずれ裁かれるべき男だ。私もそう思っている。ここにいる多くの者がそうだろう」
ゼイロスは黙って受け止めた。
「だが今は違う。今ここで必要なのは、誰が憎いかではなく、誰が何を背負うかだ」
その言葉の先を、誰もが理解していた。
視線がロアンの掌へ集まる。
――王狼の証。
その時だった。
外から、短く乾いた足音が近づいてくる。
誰もが反射的に身構える。
王国兵は武器へ手をかけ、獣人兵たちは鼻先で空気を探った。
しかし、オルクスだけはわずかに眉を動かしただけだった。
そしてランバートもまた、誰が来たかを察したように目を細める。
広間の入口に現れたのは、灰褐色の毛並みを持つ老いた獣人の女であった。
背は高くない。武具も質素だ。
だがその一歩一歩には、ただの伝令とは違う確かさがあった。
大地熊族の戦士たちを束ねる、大地母神の巫女。反帝国の獣人たちを陰で率いる古参のひとりである。
その顔を見た瞬間、獣人側の者たちの空気が変わる。
「……グラウナ婆」
誰かが思わず呟いた。
老女は誰にも頷かず、まっすぐ広間の中央まで歩み寄った。
その視線は、まず銀月の爪に落ちる。
次にロアンを見た。
そして最後にランバートへ向いた。
「大地母神のいとし子にして、神人となったノビリス様より、言葉を預かっている」
その一言だけで、広間は水を打ったように静まり返った。
ノビリス。ベルセクオール部隊新総司令。
獣人種や魔人種を束ねる帝国の殺戮部隊の長。
その名こそ口に出されなかったが、そこにいる全員が理解した。
ここに姿を見せることはない。見せられないものの意志が、確かにここへ届いたのだと。
ランバートが低く答える。
「聞こう」
老女――グラウナは頷きもせず、ロアンを見たまま口を開いた。
「王狼ロド・グリムの死。銀月の爪がロアンを選んだこと。すでに神人様のお耳に入っている」
ロアンの喉がわずかに鳴る。
「獣人種を束ねる王の座を、神人様は否定なさらぬ」
ざわめきが、今度は別の意味で走る。
ゼイロスが目を細め、王国兵たちも息を詰めた。
ノビリスが否定しない。それだけでこの継承の重みは変わる。
だが、老女の声はそこで終わらなかった。
「だが——継いだだけで、あの方の名に並べると思うな、と」
言葉は平坦でありながら、土塊のように重く落ちた。
ロアンの肩がぴくりと震える。
「銀月の爪を首に掛けるなら、その重さに潰れぬことを示せ。あの方の遺した名を、軽々しく背負うな。そう仰せだ」
ロアンは目を伏せた。
責められている。
だがそれだけではない。
否定しきられてもいない。その半端な厳しさが、かえって胸に刺さる。
グラウナはさらに続けた。
「そして、こうも仰せだ」
今度はランバートへと視線が移る。
「王国の生き残りよ。我らは反帝国の旗のもと、共闘する用意がある。その為には反帝国の確固たるその意志を証明せよ。マクシュハエル王国の血脈を立て、帝国と抗うものであると宣言し、行いで証明せよ。そうなれば我ら帝国獣人兵は時期を合わせて、共に立ち上がる」
その一言で、広間の空気が変わった。
王国生き残りにとっての希望。
獣人たちにとってもまた、帝国に抗う未来の象徴。
ロドの死と銀月の爪の継承、その先を一つに束ねる言葉であった。
ランバートが静かに目を閉じる。
「……なるほど」
その短い言葉には、政治的な意味も、個人的な重みも、両方があった。
ロアンは銀月の爪を見下ろしたまま、低く問う。
「覚醒した神人様が……そう言ったのか」
グラウナは即答した。
「そう言った」
一拍置いて、さらに老女は付け加えた。
「“あの方が最後に誰を選ばれたか、私は否定せぬ。だが、選ばれたことと、担えることは同じではない”——ともな」
その言葉に、ロアンは歯を食いしばる。
痛いほど、分かっていることだった。
だがそれでも、胸の奥のどこかが少しだけ熱を持つ。
完全な拒絶ではない。
届かぬ場所から投げられた、厳しく、冷たく、それでも確かに未来へ向いた言葉だった。
ランバートがルミナリスたちへ視線を向け、再び大地熊族の老女へ語り掛けた。
「身代わりなどいくらでも立てられるが、覚醒した神人ともなると……見破るのかな?」
灰色の体毛の老女は、ひとことだけ告げた。
「神人様は今帝国の顎の中で、ご自身の全てをかけて抗おうとしておられる。そう易々と待ってはくださらぬ。そのことを忘れるでない。我らはそれだけを告げに来た。ただの伝書係だ。では失礼する」
そう言ってその場を立ち去ろうとしたが、急に振り返り、
「剣猫族が死のうと知ったことではない。だが、あれは神人様の声で神殿へ寄越された使いだ。それだけは伝えておく」
ゼイロスをちらりと見ると、今度こそ姿を消した。
次回はロアンとルミナリスたちの思いを描きます。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
またお目にかかれるよう、しっかりと描いていきます。




