第13章 神の花を求めてⅡ ~ 怨嗟の代償①
「あいつは帝国兵だっ! ガイル団長とファルヴィス副長の仇だっ!」
その叫びと同時に、兵士は殺気を全身にみなぎらせ、槍を突き出した。
ゼイロスはその動きを見ていたにもかかわらず、避けようとはしなかった。
あえて一歩も退かず、そのまま躰で受け止める。
~本文より
ゼイロスに気配を殺させ、見つからぬよう潜ませていたオルクスは、深く溜息をついた。
この城塞には、かつてゼイロスが帝国獣人兵として攻め落としたシルヴァ・カストラの生き残りが、大勢いる。
ここはゼイロスにとっては、死地であった。
それなのに、王狼の証を前にした途端、そのことを忘れたかのように姿を現し、よりにもよって大声まで上げたのだ。
案の定、詰めていた焔鳥の刃騎士団の兵士が叫んだ。
「あいつは帝国兵だっ! ガイル団長とファルヴィス副長の仇だっ!」
その叫びと同時に、兵士は殺気を全身にみなぎらせ、槍を突き出した。
ゼイロスはその動きを見ていたにもかかわらず、避けようとはしなかった。
あえて一歩も退かず、そのまま躰で受け止める。
鍛え抜かれた剣猫族の肉体を完全に貫くことは叶わなかったが、槍の穂先は半ばほどその胸へ沈み込んでいた。
「……今はこれで勘弁してくれ。まだ死ぬわけにはいかんのだ」
低く漏らした声に、虚勢はなかった。
オルクスは瞬時に動いていた。
ゼイロスへ襲いかかった王国兵たちを三人ほど、怪我をさせることなく無力化している。
武器を奪い、足を払い、投げ飛ばし、動きを完全に封じる。流石というほかない、まさに伝説の剣聖の手並みであった。
「やめいっ。まずは話を聞けっ。殺し合いはその後じゃ!」
英雄の怒気を帯びた一喝が、その場を重く貫き、皆、息を呑んで黙した。
槍を握ったまま荒い息を吐いていた兵も、投げ飛ばされ床に転がった者たちも、それ以上は動けない。
怒りは消えていない。
だが、オルクスの前でそれを押し通せる者などいなかった。
オルクスは胸に槍を受けたゼイロスを睨みつける。
「馬鹿者が……何のために潜ませておったと思うておる」
「悪かったとは思っている」
「思うておる顔ではないわ」
「だが、出るしかなかった」
短い言葉だった。
その声には、珍しく虚勢がなかった。
胸元から血が滲み、衣を濃く染めていく。
避けようと思えば避けられた一撃だった。
それでも避けなかったのは、この場に現れた代償を、せめてもの形で受け入れたのか。それとも、自らに課した罰のつもりか。
ルミナリスは百眼で傷口を観測する。
致命には至らない。だが浅くもない。
剣猫族の強靱な肉体がなければ、肺腑を損ねても不思議ではない深さであった。
「処置を。失血が進行しています」
静かに告げるルミナリスへ、ゼイロスは首を振った。
「後でいい」
「死にます」
「今は死なん」
それは意地であり、執念であった。
焔鳥の刃騎士団の兵がなおも憎悪に目を燃やし、吐き捨てる。
「貴様が何人殺したと思っている……! ガイル団長を、ファルヴィス副長を……!」
ゼイロスはその兵を見た。
いつものように嘲ることもなく、ただ正面から受け止める。
「……忘れてはいない。俺は帝国追跡急襲部隊ベルセクオールだ。帝国の敵を沢山殺した」
低い声だった。
「お前たちの仇だ」
その一言に、広間の空気がきしんだ。
「……この首をお前たちに渡す覚悟は……ある。逃げも隠れもしない」
ロアンは銀月の爪を握ったまま、視線を上げた。
神威の残光。血の匂い。兵たちの怒り。
継承の場であるはずの広間は、あまりにも無惨に戦争のただ中へ引き戻されていた。
ロアンもまた、他の兵士同様に剣猫族の男に強い殺意を抱いていた。
ガイル……お前の仇が目の前いる。
今すぐこの手で八つ裂きにしてやりたい。
だが、銀狼族としての魂の印が勝手を許さない。
この証は重い。重すぎる。
今ここに満ちているものすべて——
敬意も、憎悪も、喪失も、報復も—— 全てを受け止め、なじられようと恨まれようと、そのどれからも逃げぬ者でなければ、背負う資格はないのだと、銀月の爪そのものが告げているかのようだった。
オルクスが槍を取り上げ、石床へ放る。
乾いた音が広間に響く。
「ここは戦場ではない。少なくとも、今はな」
誰も答えない。
「王国の守護剣聖としてこの場のもの全員に命じる。剣を収めよっ。恨みも怒りも今は儂が預かる。良いなっ」
オルクスの躰から途轍もない剣気が怒気とともに立ち昇り、周囲を圧倒する。
「この守るべき場所で、喉笛の食い合いを始める気なら、容赦なく、全員叩きのめす」
静かな声であった。
だがその眼光には、一切の冗談を許さぬ凄みがあった。
その時、広間の奥から低い声が響いた。
「ならば、そうなる前に終わらせましょうか」
王国生き残りの反乱軍を率いるランバートが声をあげていた。
次回、王狼の証の重さが語られます。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
面白く読んでもらえたなら、とても嬉しいです。
コツコツと心を込めて描いていきます。




