表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小さな焼き菓子短編小説集〜5分で甘く優しい世界〜  作者: 地野千塩


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/3

トライフルの奇跡

 テーブルの上から甘い匂いがする。


 見知らぬケーキがあった。ショートケーキとか、モンブランとかミルフィーユとかチーズケーキと違う。


 ガラス製のバッドにスポンジが敷き詰められ、層になっている。その上にたっぷりの生クリーム。見た目はちょっとラフ。ショートケーキのような緻密さがない。ただ匂いは負けていない。ほんのりとお酒の匂いがする。これはウィスキーだろうか。


「おばさん、このケーキ、一体何?」


 気になる。同居しているおばさんに聞いてみた。おばさんはすぐに答えず、笑顔でそのケーキに飾りをつけている。飾りはクリスマスツリー。そう、今日はクリスマスイブ。


 すっかり忘れていた。私、ずっと登校拒否し、発達障害グレーゾーンとか言われるし、家にも居場所がなく、親戚のおばさん家に逃げてきたんだ。クリスマスなんてどうでもいい。クラスメイトからも先生からも家族からも馬鹿にされ、自信も自己肯定感もゼロ。クリスマス、本当にどうでもいいのだけど。


「まあ、食べてみる? このケーキ」

「う、うん……」


 笑顔のおばさんには逆らえず、食べてみた。スプーンですくう。口に入れる。咀嚼する。想像以上甘い。軽くてふわっとしている。それにお酒の匂い、大人っぽい。


 ショートケーキに比べると、綺麗な層じゃないけれど。


「それもそのはず。このケーキね、近所の工場が売ってるケーキの切れ端で作ってきたのよ」

「うそ、そんな余りものには見えない」


 確かに緻密さはないが、美味しいケーキだ。飾りもかわいい。おばさんによると、そういうケーキらしい。


 名前はトライフル。英国の伝統的なケーキ。意味は「つまらない」「ささやか」「取るに足りない」というらしい。おばさんは英国に長年住み、英国カフェを経営するぐらい詳しい。他にも妙な魚のパイを作った日もあったけれど、こんなケーキは初めて。


 そういえば、おばさんも独身で子供がいない。親戚ではおばさんを悪く言う人も多い。実際はそんなことはないけれど、だからこそ私にも優しい。家から逃げてきた私も全く否定せず、こんなケーキも作ってくれる。


「大丈夫よ。世の中からつまらない、取るに足らないヤツだってバカにされても、こんな美味しいケーキを作って見返してやりましょう」


 おばさんの優しい声がする。口の中は甘さがいっぱいなのに、ちょっと視界がぼやけてきた。


「うん、私も美味しいケーキ作って見返してやる……」


 どうにか言えた。声は震えていたが、やっぱりこのケーキは甘い。軽くて、ふわっとしてる。こんなケーキが食べられるクリスマス、今まで一度もなかった。ちょっとした奇跡かもしれない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ