トライフルの奇跡
テーブルの上から甘い匂いがする。
見知らぬケーキがあった。ショートケーキとか、モンブランとかミルフィーユとかチーズケーキと違う。
ガラス製のバッドにスポンジが敷き詰められ、層になっている。その上にたっぷりの生クリーム。見た目はちょっとラフ。ショートケーキのような緻密さがない。ただ匂いは負けていない。ほんのりとお酒の匂いがする。これはウィスキーだろうか。
「おばさん、このケーキ、一体何?」
気になる。同居しているおばさんに聞いてみた。おばさんはすぐに答えず、笑顔でそのケーキに飾りをつけている。飾りはクリスマスツリー。そう、今日はクリスマスイブ。
すっかり忘れていた。私、ずっと登校拒否し、発達障害グレーゾーンとか言われるし、家にも居場所がなく、親戚のおばさん家に逃げてきたんだ。クリスマスなんてどうでもいい。クラスメイトからも先生からも家族からも馬鹿にされ、自信も自己肯定感もゼロ。クリスマス、本当にどうでもいいのだけど。
「まあ、食べてみる? このケーキ」
「う、うん……」
笑顔のおばさんには逆らえず、食べてみた。スプーンですくう。口に入れる。咀嚼する。想像以上甘い。軽くてふわっとしている。それにお酒の匂い、大人っぽい。
ショートケーキに比べると、綺麗な層じゃないけれど。
「それもそのはず。このケーキね、近所の工場が売ってるケーキの切れ端で作ってきたのよ」
「うそ、そんな余りものには見えない」
確かに緻密さはないが、美味しいケーキだ。飾りもかわいい。おばさんによると、そういうケーキらしい。
名前はトライフル。英国の伝統的なケーキ。意味は「つまらない」「ささやか」「取るに足りない」というらしい。おばさんは英国に長年住み、英国カフェを経営するぐらい詳しい。他にも妙な魚のパイを作った日もあったけれど、こんなケーキは初めて。
そういえば、おばさんも独身で子供がいない。親戚ではおばさんを悪く言う人も多い。実際はそんなことはないけれど、だからこそ私にも優しい。家から逃げてきた私も全く否定せず、こんなケーキも作ってくれる。
「大丈夫よ。世の中からつまらない、取るに足らないヤツだってバカにされても、こんな美味しいケーキを作って見返してやりましょう」
おばさんの優しい声がする。口の中は甘さがいっぱいなのに、ちょっと視界がぼやけてきた。
「うん、私も美味しいケーキ作って見返してやる……」
どうにか言えた。声は震えていたが、やっぱりこのケーキは甘い。軽くて、ふわっとしてる。こんなケーキが食べられるクリスマス、今まで一度もなかった。ちょっとした奇跡かもしれない。




