最終話 帰る人数
朝だった。
山の空気は、少しだけ涼しい。星蘭たちは、裏山の道を下っていた。昨夜のことが、どこか夢のように感じられる。
誰も、あまり話さない。ただ。歩いている。
星蘭はふと、言った。
「……朱音」
「なに?」
「私たち」
少しだけ迷って。言葉を続ける。
「何人でしたっけ」
朱音が笑う。
「何言ってんの」
「三人でしょ」
星蘭は足を止めた。
三人。そうだ。三人だ。
星蘭。朱音。そして――
「……」
名前が。出てこない。
星蘭は振り返る。朱音がいる。もう一人もいる。
だが。その顔が。うまく思い出せない。
星蘭は首を振る。
「いえ……なんでもありません」
三人は山を下りた。
誰も。おかしいとは思わなかった。
その日の放課後。
星蘭は校舎の脇を歩いていた。
古い花壇。白い花が咲いている。あの花だ。
星蘭は足を止める。
甘い香り。夏の匂い。そして。どこか。冷たい水の匂い。
星蘭は、ふと振り返った。
そのとき。
後ろで。足音がした。
自分のものとは。違う。もう一つの足音。
星蘭は振り向く。
誰もいない。
風が吹く。白い花が揺れた。香りが、ふわりと広がる。
その香りの中に。かすかに。すすり泣く声が混じっていた。
――あの夜。
帰れたのは。誰だったのだろう。
そして。今。ここにいるのは。本当に。誰なのだろうか。
白い花が、静かに揺れていた。
夏の香りの中で。それは。水の記憶だった。




