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封縁乙女と学園の呪いたち  作者: コハレルギー
第三章 悪霊の女王

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裏外伝 詞縁の調律者  後編:調律と残響、そして黒薔薇の誓い

 通路を挟んで、神薙美海と志村桃子が対峙する。紅紫の光を放つ美海の《詞縁・鎖詠ノ呪言》と、桃子の霊力で固定された『縁の障壁』が激しく衝突する。


「《沈黙せよ》」


 美海は、桃子が結界を維持するために発する、わずかな言葉のエネルギーすら断ち切ろうとする。だが、桃子の結縁は強固だった。


「無駄よ、神薙美海! 私の結縁けつえんは、あなたが弄ぶ言葉の鎖なんかでは破れない!」


 桃子の瞳は、悲壮な決意に燃えている。彼女の体から立ち上る縁の力は、通路のコンクリートを軋ませるほどの物理的な重みを持っていた。


(このままでは、時間がかかる。あの力の変動が意味するのは、主犯の紗栄子に、既に誰かが接触し、事態は最終局面に移っているということ。悠長に相手をしている時間はないわ)


 美海は、最強の詞縁使いとしての本領を発揮する。


「そう。あなたの壁は動かない。なら、動かすべきは、あなた自身の心よ」


 美海は、更に第三の詞縁を起動させた。陽子に麻衣を救うために託した、記憶操作と感情介入の術。出し惜しみはしない。


「《詞縁しえん憂夢ゆうむ朗詠ろうえい》」


 詠唱の言葉が、既に起動している鎖詠ノ呪言の紅紫の光の輪の中に溶け込む。二つの詠唱術を重ねる。それは、美海にしか許されない、暴力的で完璧な調律。


「《すべてを均衡に戻せ! そして、更紗の居場所を口に出せ!》」


 支配と記憶操作を組み合わせた言葉が、桃子の堅固な縁の障壁を貫き、彼女の意志そのものに干渉した。


「ああ……っ、うそ、やめて……! 私は、更紗を……!」


 桃子の顔から血の気が引き、瞳から力が抜けていく。彼女の身体を支配していた『均衡』という名の呪縛が、美海の言葉の暴力によって打ち砕かれ、縁の障壁は砂のように崩れ去った。


 桃子の口から、か細い声が漏れた。


「……更紗は、屋上の鐘楼に……最後の儀式を……」



 桃子の証言を得た美海は、彼女に目を向けることなく、通路を駆け上がった。


(屋上の鐘楼……まさか、あれが『封印の間』の結界の要だったなんて。……志村桃子、あなたには少し、酷な調律を施したわね)


 美海は、自分の言葉で心を踏みにじった少女への、わずかな罪悪感を瞬時に振り払う。今は、学園全体の危機を止めることが最優先だ。


 美海が屋上へと続く階段を駆け上がると、風に乗って、焦燥と絶望の入り混じった御堂更紗の霊力が感じられた。更紗は、妹の紗栄子の異変を察し、焦って最後の儀式、つまり学園結界の崩壊を強行しようとしていた。


 屋上。夜の風が強く吹きつける中、更紗は制服のまま、霊力を放出していた。その中心には、紗栄子の鏡から回収したと思われる、邪悪な縁力の塊がある。


「邪魔させない! もう、誰も、私から妹を奪わせない!」


 更紗は美海を見るなり、全身の霊力をぶつける。それは、御堂姉妹の強大な縁力と、生徒たちの「願い」の呪いの集合体。


 しかし、美海は更紗の言葉に動じない。彼女のゴスロリのスカートが風に煽られ、黒レースのタイツが冷たい夜風に晒される。美海の赤い瞳は、紅紫の光を帯びていた。


「遅いわ、更紗。あなたたちの言葉は、学園の調律を乱しているだけ。――ワタシが、その言葉の鎖を終わらせてあげる」


 美海は、更紗の双子の妹への愛と後悔という、最も強い感情の縁に干渉する、究極の言霊を紡ぎ出す。


「《詞縁しえん終焉しゅうえんうた》――」


 それは、全ての縁を断ち切り、対象の自己認識を消し去る、美海の詞縁の中でも最も強力な詠唱。


「《今日という、あなたが力を振るった全てのえにしを、記憶から消し去れ》」


 詠唱が空間に響き渡り、紅紫の光が更紗の全身を包み込んだ。次の瞬間、更紗の瞳から光が抜け、その場にふらりと崩れ落ちた。


 彼女の周りにあった邪悪な縁力の塊は、美海の詞縁によって瞬時に霧散させられた。


 この時、鐘楼の最上階では、佐々木葵と木島かおりの戦いが最終局面に達していた。美海のこの調律が、更紗の結界崩壊を食い止めたことで、学園全体の霊的崩壊はギリギリで免れることとなる。



 美海は倒れた更紗に興味を失い、冷ややかに踵を返した。この姉妹にどんな事情があろうとそれは美海には関係がない。きっとクラリスや玲子あたりが始末をつけるだろう。


 そう考えていると、美海を追いかけてきた陽子が、息を切らしながら屋上に駆け上がってきた。


「美海お姉様! 麻衣は、麻衣は無事でした! あの歌を歌ったら、みんなが麻衣の声を聞くようになって……!」


 全身の力を使い果たした美海は、陽子の安堵した顔を見て、わずかに口元を緩めた。


「そう。調律は成功したのね。――よくやったわ、陽子」


 陽子は、美海の前に崩れ落ちている更紗を見て、息を呑んだ。


「この人が……? 美海お姉様が、倒したんですか」


「もう心配いらない。彼女は、この件に関する全ての記憶を失ったわ」


 陽子は、美海の持つ言葉の絶対的な力を目の当たりにし、畏怖と、そして更なる深い憧れを覚えた。


「やっぱり……美海お姉様は、最強です」


 陽子は、美海に駆け寄り、その胸に顔を埋める。


「今日、わたしが麻衣を助けられたのも、ぜんぶ、美海お姉様のおかげです!」


 美海は、目の前の陽子の頭を優しく撫で、そっと優しく引き剥がすと、屋上の端――学園を一望できる場所に移動した。


「陽子。覚えておきなさい。あなたの尊厳を、そしてあなたの大切な人の縁を傷つける存在は、この神薙美海が、言葉の鎖で断罪する」


 その声は、低く、凛としていた。黒レースのスカートが、夜風にふわりと揺れる。


 そして、次の瞬間、強風が美海のスカートを大きく巻き上げた。


「――ワタシは、闇を喰らう黒薔薇の断罪者だから」


 美海が格好良くポーズを決める中、陽子の視線は彼女の決め顔ではなく、風に煽られて露わになった、スカートの下の光景に釘付けになっていた。


 黒いレースのタイツの縁、その内側にわずかに覗く純白のパンツ。パンツの縁には、美海の象徴とも言える黒薔薇の刺繍が丁寧に施されており、陽子は思わず(……黒薔薇の、断罪者……!)と、そのディテールを脳裏に焼き付けてしまう。


 陽子の脳裏には、過去の事件で見た、下着姿の自分を庇って立った、黒薔薇の騎士の姿が鮮明に蘇っていた。


 事件は、美海の一人舞台として、誰にも知られることなく静かに幕を閉じた。


(……それにしても、あの力の変動は何だったのかしらね。妙な残響が残っている。あれが、本当に悪霊の女王なのかしら)


 美海は、夜空を見上げ、ここではない場所で繰り広げられている戦いに思いを馳せながら、冷ややかに微笑んだ。最強の詞縁使いとしての彼女の予感は、この学園の戦いが、まだ終わっていないことを告げていた。




悪霊の女王本編未登場だった、神薙美海の物語でした。ご意見・ご感想、お気に入り登録などしていただけると幸いです。

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