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封縁乙女と学園の呪いたち  作者: コハレルギー
第三章 悪霊の女王

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裏外伝 詞縁の調律者  前編:言葉の棘と、小さな願い 

 久遠女学園の高等部2年、神薙美海かんなぎみうは、学園の裏側にある日本庭園の片隅、K.G.S.のメンバーが隠れ家的に利用している茶室で静かに佇んでいた。


 彼女は、レースとフリルを多用したゴスロリの洋装に身を包んでいる。これは、彼女の詞縁しえんの力を最大限に引き出すための魔術的演出であり、服飾文化表現課外研究生としての活動の一環として、学園に許可を得ている。


 美海の耳には、生徒たちの囁き声、そして「小さな願い」の呪いが、無数の言葉の棘となって届いていた。この呪いの波動は、数日前から、静かに、しかし確実に学園中に広がり始めていた。


 その時、茶室の結界を叩く、焦った霊力の波動があった。


「美海お姉様! 助けてください!」


 入ってきたのは、中等部3年の中峰陽子なかみねようこだった。陽子は美海の姿を見て安堵したが、表情は切羽詰まっている。美海は、陽子のその慕う眼差しを静かに受け止める。


「どうしたの陽子。ワタシの前でそんなに慌てる必要はないから。お茶でも飲みなさい」

 美海は、その憧れの存在としての風格を崩さない。陽子にとって、美海は言葉の力で世界を変える、憧れの存在なのだ。


 陽子の親友である七瀬麻衣が、「小さな願い」の呪いに巻き込まれ、精神的に追い詰められているという。


「麻衣が……急にみんなから無視されるようになったんです。実は麻衣は、クラリスお姉様のことが大好きで、部室の周りをウロウロするのを日課にしてるんです」


 話を聞いた美海は、呆れたように白い日傘の先で床を小さく突いた。

「ストーカーか! え、自業自得とかじゃなくって?」


「あ、美海お姉様! そんな冗談を言ってる場合じゃないです!」

 陽子が焦って訴える。


 違うのかと、顔には出さずに返事をした。

「もちろん冗談よ?」

 美海は静かに目を閉じた。

「それで?」


「それで、その日課のせいで誰かが『麻衣の声を誰も聞かなくなればいいのに』って願ったみたいで……。みんな、麻衣のことは見えてるのに、声だけが、聞こえないみたいなんです!」


「ふーん。麻衣の想縁そうえんが、呪いを呼び込んだのか。対象の存在の認識を歪ませる、高度な言霊の操作よ」



 美海は、陽子から麻衣の状況を聞き終えると、白い日傘を広げ、ゆっくりと立ち上がった。


 黒いレースとフリルに包まれたその姿は、まるで古い洋画のワンシーンのように、静謐な美しさを放っていた。


「《詞縁しえんこと調律しらべ》」


 美海の口から出た言葉は、周囲の縁に存在する全ての「言葉の残響」を解析し始めた。


 彼女の脳内で、無数の生徒たちの「小さな願い」の言葉が、巨大なエネルギーの流れとして可視化される。美海は、その淀んだ流れを遡り、歪みの構造を辿っていく。


 そして、その流れの源流に、言葉を集めて増幅させている、ただ一人の少女の姿が浮かび上がった。美海は、複数の詞縁を同時に操ることができる能力を使い、一気に深層の情報へとアクセスした。


 御堂更紗みどうさらさ。彼女は、呪いを広めることで、学園中の『縁のエネルギー』を集めていた。美海の解析は、その目的さえ暴き出す。


「目的は、この学園に隠された『封印の間』の破壊。そして、更紗の双子の妹、御堂紗栄子みどうさえこが、鏡の力を利用して呪いの中心にいる存在。御堂姉妹は、生徒たちの願いを集め、その力で学園のどこかにあるという『封印の間』の結界を破壊し、紗栄子が封印の核を奪おうとしている。これは、記憶操作と呪縛を組み合わせた、巧妙な術式ね」


 美海は、陽子に麻衣の呪いを解くための呪歌を指示した。


「陽子。麻衣を救うために、この短歌を麻衣の耳元で繰り返し歌いなさい。これは《詞縁しえん憂夢ゆうむ朗詠ろうえい》。麻衣の記憶を操作し、呪いの残滓を『誰もがあなたを愛する世界』という夢で上書きする」



 美海は、陽子に呪歌の詠唱手順を厳重に伝え終えると、茶室の戸を静かに開けた。


「美海お姉様はどこへ?」


 陽子にちらりと視線を向け、まるで散歩へ赴くような気軽さで呟く。

「この呪いの実行犯であり、全ての術式を制御している更紗の元、よ。根源を断たなければ、麻衣と同じように呪われる生徒は増え続ける」


「美海お姉様……! 私も行きます!」

 陽子が立ち上がろうとする。


「いいえ。陽子は麻衣を助けるのが先決よ。そして、あの『封印の間』は容易に辿り着ける場所ではないわ。更紗が結界を崩す前に、ワタシがあの子の言葉の鎖を断ち切る」

 美海はそれを制した。


 茶室から日本庭園に出た美海は、白い日傘を閉じ、最短ルートである旧校舎の裏手に駆け出した。短いスカートの裾が、風になびく。美海は、陽子から状況を聞いたその日の内に、この問題に決着をつけるつもりだった。


 彼女が向かう更紗の居場所は、学園の霊力の要。時間が無い。


 美海は、自身の力を最大限に高めるために、心の中で静かに詠唱うたを始めた。


「《詞縁しえん起動詠唱きどうえいしょう》。我が言葉よ、調律の縁となれ……」


 最強の封縁乙女の出陣であった。




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