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封縁乙女と学園の呪いたち  作者: コハレルギー
第二章 封縁乙女

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月夜の屋上、幻影の少女 最終話:「深緋ノ弦と蒼穹ノ弓」(後編)

 放たれた矢が月光を裂き、一直線に縁殻の胸元へ飛ぶ——その瞬間。


 淡い緋色の光と共に飛来した別の矢が、葵の矢を空中でかき消した。


「……っ!」


 虚を突かれた葵が矢の飛来した方角を振り向くと、屋上入口の影の中に人影が立っていた。


 そこにいたのは、早乙女遥香だった。


 彼女の足元には、葵とは似て非なる、淡い緋色の光輪がゆらめいている。


 その瞳は、感情を読ませぬ静けさを湛えていた。


「──《想縁そうえん深緋しんひ連弦れんげん》」


 低く澄んだ声と共に、二本の縁の矢が同時に形を成す。


 紅の光を帯びたそれらは、殺気すら感じさせぬ冷たい輝きを放っていた。


(……想縁!? 私と同じ、想縁の縁術師……!)


「おとなしく、消えてくれるかな?」


 遥香は表情を崩さず、二本の矢を同時に放った。


 葵は横へ跳び、屋上中央付近まで後退してかわす。


 矢が通り過ぎた瞬間、霧の帳が一瞬だけ裂け、その切れ目から月光が差し込む。


 しかし、霧はすぐに巻き戻り、視界を再び奪った。


「遥香……何が目的?」


「それを言うつもりはないわ。ただ——」


 遥香は弦を再び引きながら、淡々と告げる。


「この縁殻は、渡さないわ」


 縁殻と呼ばれた存在が、二人の間で静かに息をつく。


 口元には微笑が浮かんでいたが、その奥には得体の知れぬ冷たさが潜んでいた。


「……あの人は、渡せない」


 縁殻を渡すということは、霧咲先生を渡すということ。


 葵は足を揃え、風を止める。敵は縁殻と——封縁乙女。圧倒的不利な状況にあっても、胸の奥で火を灯す。


「覚悟完了、なんてね?」


 夜気が凪ぎ、一輪の花が風に向かって咲く瞬間のように、華奢な身体が凛とした気配を帯びる。


(想いを、形にして放つ。私の縁力は——想縁)


 左手を前に、右手を肩口まで引く。静かで美しい、風射ふうしゃの型。


 何もないはずの空間に、ピンと張った見えない弦が生まれ、同時に足元には淡い蒼の光輪が浮かぶ。空気が震え、矢を形づくる想いが右手に集束する。


「——《想縁そうえん蒼穹そうきゅう想弓そうきゅう》」


 右手に握られるのは形のない想いの矢。それは、霧咲先生を救いたいというただ一つの強い願い。


 遥香もまた、緋色の矢を番え、弦を引く。


 二人の矢が同時に放たれ、夜空で蒼と緋が交錯する——。


 衝撃波が霧を押しのけ、視界が一瞬だけ晴れた。


 葵はその隙を逃さず、縁殻の背後に揺らめく影を見据える。


(……いた。あれが霧の少女——そして、その中に……!)


「今だ——!」


 葵は矢を再び構える。


 弦に宿る矢が、ポケットの古びた時計から糸のような青白い炎を吸い込み、輝きを増す。


 放たれた矢は、物質を持たぬはずの霧を裂き、背後の霧の少女を正確に貫いた。


 青白い炎が霧の少女の全身を包み、その中から淡い光の粒子が溢れ出す。


 光はやがて人の形を成し、本物の霧咲七海の魂となって葵を見つめ、優しく微笑む。


「……ありがとう」


 唇がそう動いた次の瞬間、光は細かな粒となって夜空に溶けていく。


 霧の少女もまた形を失い、白い靄となって消えた。


 葵が振り返ったとき、屋上入口にいたはずの早乙女遥香の姿は、もうどこにもなかった。


「……遥香。あなたは何者なの?」


 答えのない問いを呟き、制服のポケットから時計を取り出す。それはもう、ただの古びた時計だった。夜風が頬を撫で、静かな空に星々が瞬いていた。


 ——翌日。


 陽射しの明るい校庭のベンチで、葵と梨華が談笑していた。


 梨華が笑いながら葵の袖を軽く引く。二人の笑い声が、風に乗って広がっていく。




 中庭でスケッチをしている愛子。


 頬にかかる髪を指先で耳にかけ、目を細めて鉛筆を走らせる。


 視線の先には校庭のベンチ——そこで笑う葵と梨華の姿があった。


 スケッチブックの中央に描かれているのは、風景の一部のように溶け込む葵の横顔。


 線を重ねるたびに、その微笑みが鮮やかになっていく。


 愛子の唇がわずかに上がり、けれど本人にも気づかれぬほど小さな笑みだった。


 


 遠くの校門付近を歩く遥香の後ろ姿。


 歩みを止めることなく、校門の外へと消えていく。


 


 廊下の向こうには、二年生になって少し大人びたつばさ、美鈴、翔子が笑い合いながら歩いている。


 その様子を、三年生となったクラリスと典子が廊下の窓辺から静かに眺めていた。


 二人の視線は、学園の一日の終わりをゆっくりと見送っている。


 


「新月の夜を待たずして、霧の少女は消えた。でも、想いと縁が交わる限り——学園には、まだまだ物語が待っている……な〜んてね、典子ちゃん?」


 肩をすくめるクラリスに、典子は小さく笑みを返す。


 その笑みを受けて、クラリスは窓の外へ視線を流し、「ふふふ」と、夏の午後に溶けるような声で笑った。

 

 蝉の声と風の匂いが、校舎の廊下をゆっくりと通り過ぎていく——。

 


 視界が青空に切り替わる。


 蝉の声と風の匂いが、夏の午後を満たしていた。




——「月夜の屋上、幻影の少女」完——





ここで第二部「月夜の屋上、幻影の少女」の完結となります。第三部では葵が謎多き噂倶楽部の実態に迫ります。


ここまで読んで、少しでも良いなと思われた方、励みになりますので是非いいねやブックマークをお願いいたします。ご意見等もいつでも受け付けていますのでよろしくお願いいたします。

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