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封縁乙女と学園の呪いたち  作者: コハレルギー
第二章 封縁乙女・佐々木葵

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月夜の屋上、幻影の少女 第五話:八角の縁

月齢:20日/新月まで、あと9日


 霧咲七海と協力することを約束した翌日。


 葵は朝から旧校舎に足を運んでいた。七海から「まずは現象の小さい場所から様子を見よう」と提案され、午前中に発生したという“霧のようなもの”の目撃現場を見に行くことになったのだ。


 七海によれば、霧の少女と同じ性質の想妖であれば、大きな現象を起こす前に小さな“綻び”を各所に残すことが多いという。


 その綻びを見つけ、結び直していくことが、封印の手掛かりにもなる——そう教えられた。


 案内役を買って出たのは、昼休みに現象を目撃したという高等部一年生の少女だった。


 場所は、旧校舎二階の階段踊り場。


 昼下がりの旧校舎は、外の蝉時雨が嘘のように静まり返っていた。


 窓から差し込む光は淡く、廊下の埃が金色に舞う。木の床が軋むたび、声なき何かが足跡を重ねているような錯覚に陥る。


「——ここです」


 案内役の一年生が、旧校舎二階の階段踊り場を指さす。


 昼休みにここを通りかかったとき、足元から白い煙のようなものが絡みつき、動けなくなったという。


友人が声をかけてくれたおかげで事なきを得たが、再び近づくのは怖かったらしい。


 葵は階段の段鼻に片足をかけ、そっと空気の流れを読む。


 踊り場の片隅——古びた換気口の前に、温度の違う層がある。目には見えないが、そこだけ水面のように揺らぎ、外界から切り離されたような気配を放っている。


(結び目……)


 視界の端で、霧咲七海が少女の肩に手を置いた。


 その掌からは、暖かさと静けさが染み込んでいくようで、一年生の強張った表情が少しずつ解けていく。


「大丈夫よ。ここからは私たちがやるわ」


 七海の声に促され、少女は数歩後ずさって廊下へ避難した。


「佐々木さん。どう見える?」


「……薄いけど、流れが逆になってます。吸い込んでいるような」


「なら——結び直しましょう」


 葵は膝を折り、指先で空気を掬った。小さな輪を作り、それを踊り場の隅へ“返す”ように放つ。


 輪が触れた瞬間、換気口の前の揺らぎがふっと緩み、空気が均される。吸い込まれていたものが、外へとほどけていくのがわかる。


「……これで、しばらくは持つはず」


「目のつけどころがいいわね。構造の癖が現象の癖を呼ぶ……よく覚えておきなさい」


 七海は満足げに頷き、一年生を保健室へ行かせるよう手短に指示した。


 廊下に再び静けさが戻る。


 小さな事件——けれど、結び直しが必要な場所を見つけられたことは収穫だった。


「……先生、今日はこのまま?」


「ええ、日が傾く前に切り上げましょう。今はまだ“彼女”に気づかれるわけにはいかない」


 七海の目が、一瞬だけ鋭く光る。その表情に葵は無言で頷いた。


 校舎を出たところで、ポケットの中でスマホが震えた。


 画面には雨宮梨華の名前と、短いメッセージ。


《ごめんね、急に。例の“時計”、写真撮ってみた。何かの役に立つかわからないけど——送るね》


 すぐに画像が表示される。


 古びた机の上に置かれた、小ぶりな八角形のフェイスを持つ腕時計。細い金属のブレスレット。鏡面仕上げの光沢。——その形を、葵は見覚えていた。


(……あの時計)


 職員室の写真立て。若い頃の霧咲先生が笑っていたとき、手首にあった時計。


 隣の男性教師が“限定モデル”と言っていた、もう手元にはないはずのもの。


「どうかした?」


 隣に立つ七海が覗き込むように声をかけてきた。


 葵はためらいながらも、端末を向ける。


「先生、この時計——」


「あら、なんだか素敵な時計ね。あなたのお友だちのかな?」


 軽い調子。日常の一コマのような笑顔。


「……先生、覚えていませんか。昔——」


「私は、時計はしたことがないけどね」


 その一言で、葵の背筋に冷たいものが走った。


 笑顔の奥に、ほんの一瞬、感情の影が差したように見えた——気のせいかもしれない。でも、耳の奥で女の笑い声が遠く響いた。


(霧咲先生……あなたは、誰なの?)


 胸の奥で名を呼びそうになり、葵はそれを飲み込む。


 画面の中で、時計のフェイスが微かな傷を光らせた。八角の境界線——結ばれた縁の輪郭。


「……先生。明日、屋上を見に行きましょう。準備をして」


 七海は目を細め、すぐにいつもの微笑を浮かべる。


「ええ。新月まで、時間がないものね」


 葵の親指が震え、端末の画面が暗転する。胸の内で、見えない糸がきしりと鳴った。


 新月まで、あと九日——。


——つづく——

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