予感 (旧:K.G.S.と“縁”の力 改稿)
――わたし、新倉つばさは、今日、死ぬかと思った。
あの鏡の部屋で見たものを、まだ頭の奥で整理できずにいる。
赤く光る目。歪んだ笑顔。
鏡の中から這い出してきた、わたしたち。
夢だったと言えたら、どれほど楽だっただろう。
でも、最後に現れたあの人――漆黒の扇子を手にした、美しき先輩。
大杉玲子先輩の姿は、あまりにも鮮明だった。
だからこれは夢じゃない。
現実だ。
胸の奥が、今もズキズキと痛む。
***
翌朝。
教室の机に突っ伏したまま、わたしは天井をにらんでいた。
「……おかしいな。玲子先輩って、ほんとにいたよね?」
思わず口からこぼれた独り言に、隣の席の美鈴が即座に反応する。
「いたでしょ。何言ってんの」
呆れたような声。
でも、その声の端にも、どこか現実を疑っている響きがあった。
「鏡の怪異も……あの除霊も……」
「信じられないけどさ」
美鈴は少し言葉を選ぶようにして、続ける。
「ぜんぶ、本物だったんだよね」
そう言われて、背筋がひやりとする。
あの夜の冷たい空気。
鏡越しに伸びてきた無数の手。
そして、静かな声で結界を展開した玲子先輩の背中。
――本当に、助けられたのだ。
***
その日の午後。
わたしたちの知らないところで、旧校舎の一室では、淡々と後処理が進められていた。
「……ずいぶん縁が濁ってたわね」
大杉玲子は、結界の痕跡が残る床を見下ろしながら呟いた。
あれは単体の霊ではない。
長年、鏡に映され、溜め込まれてきた感情の澱。
自己を歪ませ、自己を喰らう、集合体の怪異だった。
結儀式《鏡封映陣》は問題なく機能し、対象はすでに回収済み。
けれど、ひとつだけ誤算があった。
「目撃者が出たのは、想定外だったわね……」
一般生徒が二人。
幸い、身体的な負傷はない。
ただし――
玲子の脳裏に、一人の少女の顔が浮かぶ。
恐怖に震えながらも、鏡から目を逸らさなかった少女。
「新倉つばさ……」
あの子は、怪異に対する感応が強い。
そして何より、目が良かった。
(……見込み、あるかもしれないわ)
そんなことを考えながら、玲子は扇子を閉じる。
ふと、別の問題を思い出して眉をひそめた。
「……あとでクラリスに文句言わないと。秘密結社扱いはさすがに心外よ」
***
その頃のわたしは、ノートの隅に、こっそりと感想メモを書いていた。
――あれは本当に、鏡だったのか。
“わたし”じゃない“わたし”が、あんなにもたくさん。
怖かった。
本当に、死ぬかと思った。
でも。
助けに来てくれた玲子先輩は、あまりにも綺麗だった。
黒髪に月光。
制服の裾が揺れて、手には黒い扇子。
映画みたいだった。
現実感がなさすぎて、逆に忘れられない。
怖かったけど……
それでも、また会いたい。
今度はちゃんと、お礼が言えるように。
***
――まだ、このときのわたしは知らない。
この出来事がきっかけで、
久遠女学園女学生霊学研究会――通称“K.G.S.”という世界に、”縁”がおりなす怪異の世界にわたしが深く関わっていくことになるなんて。
そして、次の放課後。
あの、想定外だらけの部長――
桐嶋クラリス聖蘭との、衝撃的な出会いが待っていることも。




