第六話、東の神様対策戦
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朝日の見えない雪空の下、日の出を迎えたばかりであろう暗い世界を一艘の船が行く。
平たく大きなサーフボードとでも呼べる魔法船は、風を切り弱い波を立て高速で海上を進む。しんしんと舞い降りる雪の粒が風の壁に煽られ、ふわりふわりと音もなく波間に呑まれていった。
船上にはリィムさん――と付き添いで強制連行されたハユレさん。リィムさんにアンカーを付けて空を飛ぶ僕と、僕の周りをゆらゆらする煙妖精のクゥレ。情報種族のツィヤは今日も熱心に光を回して考え事をしていた。移動だけ余裕で僕に付いてこれるのは相変わらず謎過ぎる。
二人と一霊と一妖精と一星の、計五人で今日はレメイラ第十七都市より東に向け船を動かしていた。
『じゃあ改めて、これからの目的手段解決策について確認しようー。わーわー』
『わーわー!』
『ワーワー』
『君らノリいいね……』
『ふふふ、われはあらゆるりゅうこうにのるすばらしいそんざいだからな』
『シー。アースの情報とレメイラにおける海上神の解析を終え、わたしもジンゴの話に参加できるようになりましたから』
『なんかすごい重要情報あった気がするけど、今は聞かなかったにしよう』
西の神より東の神ってね。
別のことに気を取られていられるほど軽い状況じゃないのさ、これが。
『順番に話そう。はいクゥレ。僕らはこれからどうする?』
『海の上でねんりき!』
『そうだね。それから?』
『きゃっちあんどりりーす……』
『間違っちゃっいないなぁ。ツィヤ補足』
『シー。わたしの特定した座標にジンゴがポルターガイストを使い、わたしが増幅したポルターガイストによる海底神及び周囲の妖怪を海上に持ち上げる予定です。その後クゥレによる捕縛浄化が行われます』
『全部言っちゃったか。その通り。でだ、クゥレ。君はどうやって神様と妖怪を捕縛するの?』
『がんばるっ』
『具体的には?』
『ひみつー』
むふむふ笑う妖精とにらめっこ。
と、まあそういうわけでこれからの予定が再確認できた。
船が止まるまで今少し。ぼちぼちツィヤと話を進め、すぐに目的地まで到着した。
「この辺り、でいいのかしら」
『シー。はい、ありがとうございます。精霊とわたし、クゥレによる釣り出しを行いますので、シィステラ様方は魔法術による防護の展開をお願いします』
「はい。わかりました」
水人形が飛び交い、リィムさんにの指が宙を走る。
ハユレさんも簡単に手を振るっていくつかの魔法術を起動しているようだった。
「にしても変な感じですねー。アタシ、海底の神様?なんて全然気にしてませんでしたよ」
「それは私もです。海上の方にばかり気を取られていました。海底にいるから十七都市への影響が薄いと考えていたのもあります」
「ですです。それが急にこんな風にねー。アタシたちの知らないところで話が動いて、しかも精霊とか天候種?とか、超常のお話じゃないですか」
「そう、ですね……」
「?リィムさん微妙な顔してますね。まあ大体いつも微妙な顔してますけど」
「減給ですね」
「ちょ!?嘘です嘘です!リィムさん超美人!さすが精霊の愛し子!!神に愛された人ー!」
「少し静かにお願いします」
「ぐぐぐ……」
「ふふっ」
楽し気な会話をBGMにこちらもポルターガイストを使うための準備をする。
既にツィヤからの座標位置は教えられている。
どんな伝え方かと思ったら、普通に目の前に浮遊する映像出されてびっくりした。
レメイラの水液晶みたいだけど、原理はたぶん違う。地球のホログラムとかに似たシステムなんじゃないかなって思う。
液晶の明るさはちゃんと調整されていて、画面内で神様とか妖怪がのっそり動いている姿がよく見える。
神様……にしては普通の海蛇っぽい。超巨体で頭三つあるけど。
海底神の見た目はともかく、いつまでも見ていても仕方ないので気を取り直してポルターガイストを意識する。
僕のポルターガイスト――念力に明確な使い方なんてものはない。手順はなく、教師もなく、完全な我流でしかない。でも、そんな我流でも半年使っていればわかることはある。
この念力に限界はない。精神力的なものを消費して使っているのかもしれないが、きっとその精神力は気合と根性で増やせる。俗に言う"命を燃やせぇ!!"状態。限界を超えれば意外となんとかなる。そういう代物なのだ。
まあ今の僕って霊体だから。肉体っていう軛から解き放たれているからこその自由度はあるのかもしれない。
というわけで。
『やるよ!』
叫び、周囲の全部を無視して目の前に大きく広がる映像に手を翳す。ツィヤに協力してもらうとはいえ、僕も限界を超えてやってみたっていいでしょうよ。これ、リィムさんのためになることだし。
『――ふぎぎっ』
重い。やばい。海超重い。映像ぜんっぜん動いてないけど、僕めっちゃ力使ってるんだけど!
『ぐぐぐ』
これね、やばいわ。今まで結構念力使って遊んできたけど、僕ってちゃんと重量あるもの持ち上げたことってなかったんだよ。しいて言うならリィムさん。あの時もやばかったけど、今は念力レベルアップしてのこれだから。
何がやばいって、こう、高層ビルの下に潜り込んで地下で柱を押し上げようとする、みたいな。やったことないからわかんないけど、たぶんそんなイメージ。
念力使うのやめればそれでいいんだろうけど、それはそれでちょっと癪なんだよね……。
『ふぐぐぅぅ……――すぅ』
息を吸って。
『ぬぅやぁーーーーー!』
一気呵成に力を吐き出す。
瞬間、本当に一瞬だけ画面が揺れる。海中が揺れ、視界が揺れ、世界が揺れる。
『――シー。さすがです、ジンゴ。あとはわたしにお任せください』
返事をする元気もなく、ぱたりと宙に倒れ漂う。横をクゥレが回遊していてころころ指差し笑ってきた。
『くふふ、ジンゴがねてる!しんださかなみたいっ!くふふふ』
どこで覚えたんだその言葉……僕の世界の話か。まさか自分が言われることになるなんて思わなかったー……はぁ。考えるのも疲れる。
目だけ動かして、鬱陶しい妖精から宙に浮く液晶へ逃げる。
画面越しに見える海底は……。
『……どうなってんだこれ』
ちょっと目を逸らしていただけなのに、ノイズでもかけたみたいに紺色の砂嵐が流れていた。音はないので本当にただ見えないだけ。
ちらとツィヤを見ようと――できない。今の僕の見える範囲にツィヤはいなかった。
考えている間に、何やら周囲がざわざわし始めた。耳を澄ませる。
「急に来ましたね。思ったより、よく揺れるっ」
「わ、わ、わっ!ちょ、ちょっとリィムさんどうバランス取ってるんですか!?アタシきついんですけど!!」
「他に人いませんし寝転んでもいいですよ?」
「アタシにもプライドってものがあるんですけど!」
「プラ、イド……?」
「いやいや、なんですかその反応はきぃぅっ!!か、かんらーっ!」
「ふふ、ふふふっ」
自動翻訳最高!リィムさんが笑顔だー!見えないけど!!見えないけどーー!!
『クゥレー』
『んー、われをよんだか?』
『呼んだ呼んだ』
『なにようか』
『リィムさんどんな顔してる?』
『んーと、ころころわらってるぞ』
『そうか。いいね』
『うん、いいな』
『それはそれとして、今何が起きてるかわかる?』
『えー。んと、ツィヤががんばってるな。ぐーってのぼってきてる』
『何が?』
『海が』
みておけー、の声に聞き返す間もなく、海が揺れた。
船が揺れる。小刻みな波が次第に大きくなり、魔法で浮く船がぐらぐらと上下に揺れていた。僕の肉体は霊体なので海に沈んだり浮かんだり……本当に死んだ魚のようにもみくちゃにされていた。悲しい。
クゥレがお腹を抱えて大爆笑しているのが癪だった。笑い過ぎでしょ。
海の揺れは収まる気配を見せず、騒ぐ妖精と無言の共星種、堪える人間二人と波に揺られる幽霊一体を置いて動き続ける。
なんとなく何が起きているかはわかるけど、何もできないのでただ見守り続ける。
高波に次ぐ高波が起き、ついにその瞬間が訪れた。
ざああああああ!!と、大雨でも降っているような、滝の下にでもいるような、そんな大音量と共にダムが決壊でもした時のような水量が空に吹き上がる。いや僕はダムの決壊なんて見たことないから知らないけど。なんとなくそれくらいかなって。
上がった飛沫は広範囲に降り注ぎ、雪を溶かして代わりに冷たい雨を降らせる。
少しは身体に力が入るようになったので、怠い身体を起こしてよたよたと立ち上がる。ようやく魚から幽霊に戻れた。
「あれが、海底神……」
畏怖の籠った声が聞こえてくる。のろのろ声の主に近寄り、ちょっぴり元気なさげなリィムさんに寄り添う。僕は守護霊なので、主の傍に侍るのは当然なのだよ。
とりあえず状況がわからないので、リィムさんの視線を追う。
『……やっぱ海蛇じゃん』
海底より浮上した神様と思しき三頭の海蛇。海底でわかりにくかった身体は海より濃い紺色で血管のように黒のラインが入っている。取り巻き妖怪に統一性はなく、姿形は様々。揃って黒い瘴気を漂わせているのが不気味だ。
海底神は……あ、目が合った。えっと、僕無害な幽霊なんで。
【キョゴオオオオオオオオ!!!】
お怒りみたいですね!!!




