第一話、レメイラの日常
レメイラという惑星を知ってから、早いもので四か月が経過した。
厳密には"レメイラ"という単語を知ったのはもっと後になるが、僕――石海甚伍という個人がこの星、この世界を正確に記憶し始めたのはおおよそ四か月前からになる。
まあ実際のところもっと前、地球で言う一年以上前から夢としてレメイラを目にはしていたので、時間を言い出せばキリが無くなってしまう。
重要なのは、レメイラ……というより僕らのいる第十七都市に真冬の季節が到来していること。
『ツィヤ、ジンゴがぼーっとしている』
『シー。そういう気分なのでしょう。特殊な霊体であるジンゴは起床時点で一切の眠気を持っていないため、起き抜けのあの表情はただの気分の問題だと思われます』
『ふーん。われもぼーっとしてみようかな』
ふわりと浮き上がり、窓の外へ。
透明なガラスをすり抜けて屋根に上がると、どこまでも広がる海に途切れることなく降り注ぐ雪が見えた。空一面を覆う雪雲が冬の色をよく見せている。
当然屋根も雪に覆われており、白く積もった新雪に足跡が残る――ことはなかった。僕、霊体だし。
部屋に戻ると主は未だごろごろしたまま、僕と同じ居候は二人してひたすらに窓を見つめていた。
『二人とも、何やってんの?』
『あ、ジンゴ。おはよー』
『あぁうん。おはよう』
『シー。ジンゴ、おはようございます』
『うん。ツィヤもおはよう』
『今はジンゴに倣ってぼんやりする、をクゥレが実践しています。わたしは情報解析中です。何か御用ですか?』
『いや、ならいいや。リィムさん起きるまで待つよ』
少し前、それこそ一か月前はリィムさんとの二人暮らし――実質一人ぼっちだったというのに、今では同居人が二人も増えてしまった。
一人はツィヤ。異世界レメイラのさらに異世界であるショト出身の共星種だ。見た目は立体の菱形。人型ではなく、宙に浮いた菱形の周囲をくるくると青白い光が取り巻いている。無機物系SF生物だ。きっと矛盾はしていない。
もう一人はクゥレ。ツィヤとは異なる異世界、モクナ出身の粒子雲霊種である。こちらは見た目人型で、お仕事モードのリィムさんに似ている。身体の節々がもくもくと煙になっているのがチャームポイント……かもしれない。
ちなみにこの二人、両方とも手乗りサイズなのでとても小さい。クゥレの方がまだツィヤより大きいか。ぎりぎり手のひらに乗るかどうかといったところ。
窓を離れ、入口近くまで下がり部屋の全体を眺める。最近の定位置がここだった。
異種族二人は置いておくとして、重要なのはこの部屋の主、リィムさんだ。
長い白金色の髪に海色の瞳をした美人さん、本名はリィム・シィステラさん。
今日も今日とて僕はリィムさんに取り憑き、寝起きの悪い彼女が起き上がるのを待っていた。
どうでもいい話だけど、最近はこうした待ち時間も嫌いじゃなかったりする。いや昔から嫌いではなかったけれど、少し騒がしさの増した時間というのも案外悪くないと思うようになっただけだ。
「……ん……んー……」
色々考えぼーっとしている間に、リィムさんがベッドから身体を起こして伸びをしていた。まだ頭がぼんやりしている様子。眠たげで可愛らしさが数割増しになっている。
立ち上がりカーテンを開けるリィムさんを見ながら、雪雲越しを透過して差し込む太陽光に目を細める。光を浴びてきらめく金髪が美しかった。
今日は二十月の三十日。
まだほんの二週間前(地球基準)だというのに、リィムさんの誕生日が遥か昔の出来事だったかのように感じてしまう。
『――ツィヤ』
『シー。はい』
『情報解析の方は?』
『それは何を意味していますか?』
『昨日の分と、今後の見通し』
『シー。昨日の分はあなたが寝ている間に終わっています。状況は膠着したままです。今後の見通しは情報不足により未だ解析途中です』
『そっか。ありがとう』
『シー。どういたしまして』
数日前からこうして、朝起きてツィヤにレメイラの状況を確認するようになった。
十七都市にいるからか、あまり変化は感じられないけれど上では結構なかなか……ツィヤから聞いた情報だけで笑えない状況になっている、らしい。
少し気分が沈み、水人形と戯れて元気を回復しながらリィムさんの身支度を待つ。
食事と着替えと、仕事の準備と。
絡んでくる相手がマリテュールからクゥレに変わった辺りで家を出る時間となった。
玄関の外は一面真っ白、淀んだ空から降り続ける雪で道路も何もすべてが染め上げられていた。
傘を開き、魔法術を使って雪に沈み込まないようにして歩いていく。
空中浮遊でもすればいいのに、と思った昔の僕はもういない。健康、体型維持のために運動は欠かせないなのだ。
今日は三十日なので本来なら休日だ。今の時刻だとリィムさんは家でごろごろしているはずだし、起きる時間だってあと一時間は遅かったはず。けれど起きて、こうして職場であるドームに向かっている。
もちろん理由はある。というのも――。
『――ジンゴ、衝撃に備えてください』
『衝撃って――っ!』
「きゃっ」
可愛らしい悲鳴はさておき。
リィムさんは軽く躓きかけただけで問題なさそうだ。問題は……。
『……結界に当たってるアレ、隕石?』
『シー、ニー。いいえ、ジンゴ。アレは純エネルギーの結晶です』
空を見上げ、きらきらと光を散らす何かを目にした。遠すぎてわからなかったが、ツィヤが言うには純エネルギーの結晶らしい。なんだそれ。
『わかりやすく言うならば、超高エネルギー同士のぶつかり合いによって生じたエネルギーの破片です』
『それ、危ないの?』
『衝撃を与えると暴発するため、極めて危険です』
『ええ……。じゃあ結界なかったらやばかった感じ?』
『シー。はい。ジンゴの住む地球であれば既に人類は滅んでいたかもしれませんね』
『ブラックジョーク過ぎる』
『事実です』
『でも地球には怪異がいるから』
『シー。オカルトは面白いですね。異空間に取り込めば純エネルギーも無効化できるでしょう』
『代わりに取り込まれたら一生出られないかもだけどね』
『それはそれでわたしたちには興味深い現象です』
ピカピカ光って意思表示する菱形に肩をすくめ、はぁと軽く溜め息。
「……少し、急ごうかしら」
僕と同じように空を見上げていたリィムさんが呟く。
ツィヤのおかげできちんと日本語として聞き取れる言葉だ。
足跡を残さず小走りに進むリィムさんの背で金髪が躍っている。
ふわふわと宙を浮きながら、彼女の背中を追って憑いていく。僕とツィヤと、ついでに空を見てぼーっとしていたクゥレと。
もう一度だけ空を見上げれば、第十七都市に張られた結界と純エネルギーの結晶がぶつかり薄い虹が霞むように現れていた。光が散っている。
視線を前に戻し、少しだけ気を引き締める。
今は休日だとかで休んでいる暇はない。
何せ、レメイラは今、宇宙戦争の真っ只中にいるのだから。
お待たせしました。この章を書き終えたので投稿します。
推敲しながらなので、週1くらいで投稿するかと。




