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オカルト科学"界"の僕と多次元魔法"海"の私  作者: 坂水 雨木
第二章(地球)、私と少年と秋の怪異。(中編)
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第二十一話、夕日とフラワーガーデンと私たち。

 見通しが良く、どこを見てもバラが咲き誇っている。中心にはカボチャが飾られた灯籠のようなオブジェが一つ。高い位置に咲くバラから視線を下ろして地面を見れば、ひっそりと咲く色とりどりの花たち。ふんわり花開かせる白や青の花びらは心を安らげてくれた。


 甘い香りのバラに対抗するかのように、きらきらと輝くマリーゴールドも咲いている。

 橙色や黄色で統一されたマリーゴールドは数株が揃って咲いているだけで花束が作られているかのようにも見える。天然の花束。太陽の光を浴びて元気よく花びらを広げていた。


 そんな、バラとマリーゴールドに満ちたミニガーデン2を堪能することしばし。

 ミニガーデン2の出口を通り、一度広い通路に出る。目前に柵や壁はなく、繁茂した植物が道を塞ぎいくつかの通路を作りあげていた。

 ちらと左右を見て、左がまだ続いている道、右が壁沿いであることを確認する。


 正面のいずれかか、左に真っ直ぐか、それとも右を通り曲がって最初に戻ればいいのか。

 どの道を進めばいいのかと悩み、顔をあげて空を見上げて、気づいてしまった。


『わぁ……』


 つい感嘆の声が漏れてしまう。

 さっきから見てきた花以上の綺麗なものがあったわけじゃない。もっともっとたくさんのバラが咲いていたわけでも、マリーゴールドが輝いていたわけでもない。

 高いところから景色が見えて綺麗だったとかでもなく、風が吹いて気持ちいい――は私には関係ないか。


 何がすごかったって、ちゃんと空が夕方の色に染まっていた。


「夕方……夕方かぁ……」


 ぽつりと、隣で少年が何か呟く。しみじみと、感慨深そうな声色をしていた。

 何言ったのと?と聞いてみれば、緩く笑って夕方って答えてくれる。


『ね、びっくりね』

(うん。言われて知ってたけど、実際こう久しぶりに見るとね。夕日は見えなくても空の色だけでさ……)


 少年の声に耳を傾け、視線は空の向こうへ。

 木々の影に隠れて太陽は見えず、それでも遠くに映る茜色は夕日を想像させるのに十分だった。ただでも、どうせならと思う。地に足つけて生きていかなきゃいけない人と違って、今の私は自由に空を飛べるから。


 私と甚伍の繋がりが深くなっていることはなんとなく察していて、じゃあ試したことなくてもできるんじゃと思ってしまう。


 地面を踏み、宙を踏み、空を踏み。

 踏みしめて跳び上がり、そのまま足場のない空を昇っていく。勢いよく落ちる景色を眺め、同時に遥か彼方遠くの景色を視界に収める。


 地面にも空にも、感触なんて存在しない。私自身何にも触れられないので、そんなものあるわけがない。でも、ちゃんと踏んでいるという感覚はある。現実の何かじゃなくて、ただの私の錯覚かもしれない。けどそれでいいと思う。霊体に常識なんて通用しない。きっとそういうものだから。


 自由に自由にと空を飛び、沈みゆく夕日の輝きを目に焼き付けてじっと眺めていたくなって、ぐっと我慢して意識を集中させる。早くしないと日が沈んじゃうわ。


『――――えい!』


 気合を込めてえいっとやってみた。


「うわぁ!?」


 それからすぐ、私の真下からちっちゃな声の悲鳴が聞こえてきた。そのすぐ後にもっとちっちゃく謝る声も。


『ふふ、ふふふっ』

(な、なに笑ってるのさ!ていうかこれどうなってるの!?景色が二重になって見えるんですけど!守護霊さんの声耳元……いやいや耳の奥から聞こえてきてるんですけど!?)

『ふふっ、そっちも繋がったのね。うふふ、楽しいわね!』

(状況がわからなすぎて怖い。どうなってるんだこれ。…………目閉じても景色が見える。あぁでも、目閉じた方がいいかも。景色一つだけになるし。これが瞼の裏の景色……?夕日が見える……)

『ふふふ、変なこと言ってないで、ね。ほら、前にも聴覚の共有したでしょ?今回できるかなって思って視覚の共有もしてみたのよ。今あなたが見てるのは私が見ている景色よ』

(……そうだろうなって思ってたらやっぱり?え、守護霊さん今どこにいるの?)

『あなたのいる場所から十メートルくらい上?』


 答えてすぐ、あの子なら見上げるでしょうと思って下を見てみる。

 同時にまた悲鳴が聞こえてきた。今度はわざわざ悲鳴の声を思念として――いえ、これたぶん私と繋がってるからあっちの声も普通に聞こえてきてる。さっきからお話してるのも無意識だと思うし、私に心の声が届くのはきっとそういうこと。


 とりあえず、下を見たら悲鳴の後にたっぷりの抗議の声が飛んできた。

 急に下見ないでとか、僕がいるじゃんとか、高所恐怖症になりそうとか、早く傍に帰ってきてとか。


 取り憑き相手が可愛いことを言ってくれる人でよかった。


 もう少しだけと伝え、二人一緒に夕日が沈んでいく夕暮れの景色を眺める。傍にはいないけど、隣にはいないけど感覚は共有しているから。見ているものは一緒。本当の意味でまったく同じ、同じ瞳で同じ世海の同じ景色を見つめている。


『私たち、本物の夕暮れ見るの何日ぶり?』

(えーっと……十月にはもう夕枯れ始まってたから、少なくともまるまる一か月ぶり)

『長かったわね……』

(うん……。いや、僕らの街の夕枯れは終わってないからね?)

『ふふ、わかってるわよ』


 軽く会話をしながらも、見入ってしまうほどに綺麗な夕焼け空からは目を離せなかった。


『……』

(……)


 無言で少し。微かな息遣いだけが甚伍の存在を身近に感じさせる。


 日が沈み、空の色も少しずつ 少しずつと薄れていく。既に薄くなっていた青色は橙色や薄紫色に呑み込まれ、果ては後ろから迫る濃紺と黒を混ぜた夜の色に移り変わっていく。


 一瞬で空全面が真っ暗になるなんてことはなく、暗転暗幕なんてものも空に存在しない。徐々に徐々に、太陽が沈むに従って空は夕方から夜へと姿を変えていく。


 これが夕方。これが夕日。これこそが、夕暮れというものだった。


 夕枯れなんて怪異は存在しない、真っ当で正常な景色。


『……太陽、沈んじゃったわね』

(……だね)

『ん……じゃあ、これ止めるわね』

(あ、うん。そんな自由に――っと、もう切れた)


 言ってる間に空から少年の隣に舞い戻る。


『ただいま』

(うわ早っ。お、おかえり)


 今度は本当に耳元で声をかけてあげて、驚く彼にくすくす笑う。


 少年との夕暮れ鑑賞会は切り上げて、意識もしっかりと現実に引き戻す。

 長らく止めていた足を動かすよう急かし、ミニガーデン2の出口付近から移動する。


 ちらと見上げた空の明るさは、最初にこのフラワーガーデンへ足を踏み入れた時より既に半分ほど。ずいぶんと暗くなってしまった。同時に、そろそろ電気も付くかなとこっそり期待して歩いていたら期待通りだった。


『甚伍甚伍』

(はいはい――おー!明るくなってる!)

『ふふーん』

(どうして守護霊さんが得意げなのさ……。別にいいけど)


 フラワーガーデン入口の正面から続く木造アーチ通り。

 木のアーチに取り付けられたお化けカボチャは揃ってカボチャ色の明かりをこぼして、可愛らしい造形がしっかり目立つようにされていた。ぼんやり光って見える目はちょっぴり霊魂っぽさがあり、慰霊祭とか祖霊を祀るとか、そういうお話が真実味を増す。


 お化けカボチャ以外にも幽霊を模したふわふわなのとか、とんがり帽子にちっちゃな鳥がくっついているのとか、どれもこれも淡く光っていて可愛かった。


 さすがお花の園、庭園なだけはある。どこを見ても可愛いものばかりで私はとても嬉しい。お出かけもしないレメイラの私にとんと縁がないものだからこそ、より嬉しい。


(ここからどうしようか?まだミニガーデン二つしか見てないし、何ならブリスローズガーデンも見てないからこの庭園半分も見れてないよ。なのに時間はもう十七時前だ)

『むーん……天狐ちゃん十七時に入口集合とか言ってたわよね?』

(言ってたね)

『あと五分ちょっとくらい?』

(うん。それくらい)

『ミニガーデンだと中途半端になっちゃうわね……』

(うん)


 周囲を見回す私と、パンフレットを眺める甚伍と。

 どうしようかなーと思い、いっそのこともうこのままのんびり空でもバラでもマリーゴールドでも眺めていればいいかなと思ったりして。


(守護霊さん)

『ん』

(このさ、真ん中のところだけ行って入口まで戻らない?)

『どれどれ?真ん中?』


 いつも通り日本語はすべて読めないので無視して、地図上の甚伍の指先を見る。

 場所としては今いるところからちょうど直線上に行ったところ。入口と真反対のところで、顔をあげればすぐ見えた。

 人の背中で見えたり見えなくなったりするけれど、地図の絵情報からも考えれば、どうやらそこは柵で区切られた場所らしい。


『あっち何があるの?』

(開園の記念碑だって。詳しいことはこのパンフレットじゃわからないよ)

『ふーん……いいわよ。行きましょ?』


 時間もあまりないので、さらっと決めて記念碑とやらに向かうことにした。

 とぼとぼ歩いてほんの少し。ただ真っ直ぐ進むだけだったので本当に数十秒そこらで着いてしまった。


 左右にマリーゴールドの花壇を備えた記念碑広場に入ると、なんとなく不思議な感覚があった。違和感というか、景色が一瞬ずれたような気がしたというか。

 考えても答えは出ないので、一度思考は捨てて記念碑広場を見る。


 広場の広さはそんなでもない。真ん中に記念碑があって、半円を描くように細い木が植えられ、伸びた枝葉が天然の壁となって景色を遮っている。完全にとは言えなくとも、かろうじて隙間ができる程度の壁。

 木々の手前には木製のベンチが並び、数えて七つは置かれていた。それぞれ三人は座れることを考えると、広場そのものは広くもないけど狭くもない。現在座っている人は数人ほど。この庭園を訪れた人は、のんびりするというよりお花見で動き回っている人の方が多いのかもしれない。


 広場の入口から左右には別の道が続いていて、奥をちら見したところ、どうやらブリスローズガーデンへ行けるようにもなっているらしい。


 それぞれのベンチの傍にはマリーゴールドのブーケとも呼べるような可愛らしい鉢植えが置かれ、この広場はさながらマリーゴールドの花園のようだった。


 記念碑を囲うように小さな花壇が作られ、白い花がはんなりと咲いていた。

 二人で近づき、何が書かれているのかと目を通す。もちろん私は読めないので読むフリだけど。


(えっと、東京スカイフラワーガーデン創設開園記念碑だって。……うん。バラを中心にいろんな花があるよって簡単な解説と、ご来園ありがとうございますって感謝が書いてある)

『ふーん……』


 書かれているのは普通のことだけど……。


『ここ、東京スカイフラワーガーデンって名前だったのね……』


 ハロウィンフラワーガーデンじゃなかったんだ……。


(みたいだね。天狐さんが適当言ってたのか、あの人も知らないのか。わかんないけど、正式名称はこっちらしい)

『ね』


 肩をすくめ、さて入口まで行くかなと思いながら顔をあげる。


『……ん?』


 違和感があった。記念碑の奥、ベンチとベンチの間、左右にそれぞれ鉢植えが置かれた場所。その隙間。そんな狭い場所に、どうしてか意識が向く。


(守護霊さん?)

『……』


 空を飛び、記念碑を飛び越えじっと見てみる。ある程度近い距離で全体を見ていると、なんとなくそれ(・・)がはっきりとしてきた。


 高い位置に置かれた鉢植えからはマリーゴールドが何株も顔を出してきらきら輝いている。

 ちょうど真ん中だからか、枝葉の壁に飾られるようにも鉢植えは備え付けられている。上に伸び、斜めに曲がり、逆から伸びた鉢植えと繋がるように。鉢植えの脚と地面に引かれた外縁の線を合わせると、それはまるである種の()のようで。


『……甚伍』

(あ、やっぱりここにいた)

『っ、あ、あなたいつの間に傍まで来たの?』


 びっくりした。急に隣に来てるじゃない。全然気づかなかった。いつも私が驚かせる側だから、こんな風に驚かされると変に恥ずかしくなっちゃう。ほっぺたが熱い。ちょっぴりね。ちょっぴり。


(ふふ、僕も守護霊さんの居場所くらいわかるのさ。なんとなくだけど)

『……もう、驚かせないで。びっくりしたわ』


 ほんわか微笑を浮かべる少年に羞恥も薄れていく。

 嬉しいやら恥ずかしいやら、まったくもう。この子はまったく。


(ごめんごめん。それよりなに?僕のこと呼んでたでしょ?)

『あぁ、うん。えっとほら、前見て?』


 前?と言いながら顔を前に向ける。綺麗な青い瞳が見えにくくなって残念。……本当、よく私っていつまでもいつまでも甚伍の瞳見ていて飽きないわね。……ん、まあ趣味だし。趣味なら仕方ないわよ。


 自分への言い訳をさらりと終えたところで、表情を疑問から納得、さらには不安へと移り変えた青の眼差しが再びこちらに向けられる。


『どう?わかった?』

(わかったも何も……これ、扉じゃん)


 あ、やっぱり?


『あなたもそう思うのね』

(うんまあ、それ以外何かある?ってくらい扉に見えるけど)


 うんうん頷いてくれてる。

 とはいえ。


『でも、これが扉だとしてよ?』

(うん)

『どうしてこんなところに扉があるの?』

(それは僕が聞きたい)


 他の人が一切意識している様子はない。扉を形作っているマリーゴールドなんて絶対写真映えするだろうに、誰一人目を向けず素通りしていく。


(……守護霊さん)

『ん』


 呼ばれて軽く返事をする。周囲に向けていた視線を横に移すと、なんだか諦めたような顔をした甚伍がいた。


『どうしたの?疲れた?膝枕してあげましょうか?気分だけなら味わえるわよ?』

(それ、気分どころかどう考えてもベンチが硬くて辛いだけじゃん)

『ふふっ、そうかもねー』

(はぁ……。真面目に聞いてね)

『うん』


 ちょっぴりおふざけしたら呆れられちゃった。反省反省。


(なんていうか、僕らって空から庭園に来たでしょ?)

『来たわね』

(連れてきてくれたのって天狐さんじゃん?)

『そうね』

(お客さんもそれなりにはいるよね?)

『いるわね』

(人間しか(・・)見てないよね)

『……そうね』


 すっと吐かれた言葉に小さく同意する。

 フラワーガーデンを歩いていて、私もずっと思ってた。思ってたけど言わなかった。


 元より今回のお花見は予兆があった。ハロウィン当日に休みが入っていて、天狐ちゃんに誘われて。頷いたのは私たちだとしても、誘われるようにやってきたことは事実でしかない。


 庭園観光中に一切の怪異を見なかったのもまた、おかしなことだとはわかっていた。

 妖怪もいない。霊体もいない。もちろん超越的な怪異も存在しない。こんな、ハロウィンなんていう怪異にとってお(あつら)え向きな状況でしかないというのに。


『何かあるのは確かでしょうね。その何かが何かは知らないけど』

(だよね……。この扉もさ、その一つかな)

『ええ、たぶん。普通の人の目に映っていない時点でそういうことだと思う』


 そっかぁ、と息を吐く甚伍に、私も短く息を吐いた。


(じゃあまあ――入口まで戻ろうか)

『ん、了解』


 逡巡はほんのひと時。

 どうせ巻き込まれるとわかっていても、巻き込まれれない可能性がゼロじゃない限り自分からは関わらない方がいい。今回は誰かが人質になっているようなこともないし、平和に平穏にいきましょう。


 そうして、二人で足取り重く東京スカイフラワーガーデンの入口まで戻っていく。

 天狐ちゃんとの約束の時間は十七時。もう既に時計の針は"5"の数字を過ぎてしまっていた。十七時を示す鐘の音は聞こえない(・・・・・)


 心の内で溜め息を吐き、気持ち甚伍の傍に寄る。

 入口付近まで辿り着き、開かれたままの門を越えたところで――――。


『――……はぁ』

(…………久しぶりだなぁ)


 もう一度溜め息を吐き、甚伍が諦めをいっぱいに含んだ声を漏らすのを聞いた。


 振り返った私の、私たちの目の前には、ずいぶんと様変わりしたフラワーガーデンの景色が広がっていた。

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