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オカルト科学"界"の僕と多次元魔法"海"の私  作者: 坂水 雨木
第二章(地球)、私と少年と秋の怪異。(前編)
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第十七話、天狐ちゃんと夕枯れと私たち。

「まずは束縛術式ね」


 ぽつりとした一言と共に、空中から光輝く鎖が飛び出してきた。

 一、二、三四五六七八九。合計九本の鎖が夕枯れの前後左右から飛び出して巻き付く。


 そもそも夕枯れに実体があるのかと考えていたけど、ちゃんと鎖が食い込んでいるのを見るに形はあるらしい。

 縛られても特に反応はない。何を考えているのか、この場に現れてから一切身動き取らないので不気味だった。


「次、浸透術式」


 今度は縛り付ける用のとは別の霊術を使うみたい。

 天狐ちゃんが掲げた腕の先から大きな火の玉が生まれて、綺麗なまん丸を形作る。火のようで火じゃない。大気が揺れる様子もなければ熱気が伝わってくることもない。不思議な炎の玉だった。


 腕を振り下ろすと同時に、火の玉も動き出す。真っ直ぐと進み、夕枯れにぶつかった。直撃した時の爆発音はない。沈み込むように空飛ぶ巨体へ浸透していく。


『あ、だから浸透術式か』

(うん?)

『ううん、なんでもない』


 火の玉が夕枯れの肉体に浸透し、それを見て小さく頷く天狐ちゃん。


「火繰りと霊玉への接触はどないかいな?」

「できはりましたでー。接触自体は浸透術式で完璧に。やつが動いてへんのと、束縛術式による位置情報の固定のおかげですわ」

「うんうん。なら次やな。相殺術式行くで」


 別の妖狐と話しながら、再び手を掲げる。上空に小さな火の玉を浮かべ、細く小さくした火を正面に発射する。途切れることない火の雨が夕枯れに降り注いだ。

 同時に、霊力を感知していた私は気づいてしまった。先ほど夕枯れ内部に浸透させた火の球体が弾けて回って、ぐるぐると夕枯れの内部を動いている。どうにも、内側からエネルギーを吸収しているらしい。私の知ってる霊術と違う……。


 内部からは無数の火の球体が"力"を吸収し、外部からは火の雨が降り注ぐ。

 触れた雨は一瞬激しく燃え上がり宙空に消えた。こっちはこっちで相手のエネルギーを奪って燃え尽きる術みたい。


 二つの霊術によって夕枯れのエネルギーが削られていく。


「……やっぱし出力不足やな。ならこらどや?」


 難しい顔をしながら、次の術式が天狐ちゃんから繰り出される。

 火の雨は継続したまま、夕枯れ内部の火の玉もまだ残っている。


 今度は何をするのかと思って見ていたら、彼女が目の前に突き出した手のひらから一筋の光線が走った。眩い緋色に輝く線が目に映ったのは一瞬で、次の瞬間。


「――――」


 耳障りな叫び声が辺りに響いた。

 声の主は上空の夕枯れ。さっきまで無反応だったのに、今度の攻撃は効果があったらしい。


「どうや。少しは効いたんや……――あ、だめねこら。あんたら、霊界との接続切りーな。急いでな」


 一瞬効いたようにも思えたけれど、やっぱりだめだったみたい。

 天狐ちゃんはともかく、他の半透明妖狐たちは慌てたように霊術か何かを行使している様子が見て取れる。


『甚伍、甚伍』

(はいはい)

『私の気のせいだったらいいんだけど、空の色暗くなってきてない?』

(残念だけど気のせいじゃないね。僕の目から見ても暗くなってるよ)


 しょんぼり。気のせいじゃなかった。

 夕枯れが悶えて叫んで、それからすぐに空と太陽に変化があった。どっちも偽物だけど、偽物なりに久々の夕方が綺麗で素敵だったから悲しくなってくる。


 空の色はどんどん暗い黒に侵食されていって、跡には元々見えていた星空も残っていない。

 遠くに沈みかけている夕日はよりひどい。徐々に赤黒い何かに染められていっていた。


(守護霊さん守護霊さん)

『はいはい、なに?』

(僕の気のせいじゃなければ、木々とか地面の草とか色変わってない?)

『え?』


 ばっと横の甚伍を見て、振り向いて彼の視線を追う。

 イベント会場入口より先、木々の並んだ通路は本来なら緑色のはず。夕方で、夕枯れのせいで暗くなってきたとしてもまだ緑色は見えるはず。そのはずなのに。


『……黒いわね』


 黒というか、微妙に赤黒い。

 木も草も花も、コンクリートも土も何もかも、すべてを呑み込むように色が変わり始めていた。色の変わった部分からはとても嫌な気配を感じる。霊感が危険信号をびしびし発している。


『甚伍、あの黒くなってるのすっごく危ないわ。何が危ないか知らないけど霊感がとっても危険って言ってるの』

(わかった。なら桔葉君と話してどうにか逃げられるようにしよう」

「桔葉君、どうにかここから逃げないとまずいかも」

「うんっ、今布女さんたちともその話してたんだ。ひとまず――」

「――それには及ばしまへんぇ」


 今からの行動を話そうとしたところで、いつの間にか近くに来ていた天狐ちゃんが声をかけてきた。この人、相変わらず急に生えてくるわね。あと布女さん、威嚇するのやめた方がいいわよ。あ、ほら桔葉さんに怒られてる。


「及ばないとはどういうことですか?さすがに逃げないと危ないと思うんですけど」

「ふふふ、そうやね。そやけどな、今回はさすがにわての見積もりの甘さが原因やから。石海君と巫女はんたちを無事に帰らすくらいはやらしてもらうで。なんぼ相手がけったいな妖怪とはいえ、わても天狐や。――それくらいやらな、天狐の矜持が廃んねん」

『わっ……天狐ちゃんの尻尾が増えた』

(……僕結構驚いてたのに、守護霊さん反応淡白だね)

『そう?急に尻尾増えて霊力もすごい増えたから驚いたけど、尻尾九本は可愛いだけじゃない』

(あー……うん、あとで伝えるね)

『え、うん。お願い』


 何のことかわからないけど、甚伍が何か教えてくれるらしい。待たせてもらいましょうか。


 丁寧な翻訳(方言あり)を聞いて、天狐ちゃんがこの場から私たちを逃がしてくれるとわかった。

 確かにこれだけ爆発的に霊力発していれば、それくらいのことは容易くできそうな気がする。どうやってやるかは知らないけど。ていうか、現状この結界内がどうなってるのかも意味不明だけど。


「あんまり時間あらへんから手短に説明するなぁ。簡単に言うたら、あの火繰り――石海君風に言うたら夕枯れか。あの夕枯れ、意識のうて暴走してるみたいや。公園を霊界の儀式場と重ねるために結界張っとったんやけど、どうも夕枯れが結界ごと呑み込もうとしてるみたいでな……。あっちの黒なってるのんは夕枯れに取り込まれた結果やね」

「えっと、霊界は大丈夫なんですか?」

「うん。霊界とは急いで接続を切ったから大丈夫よ。問題はこっちやんな。外から喰われていっとるから、わてら全員結界内に閉じ込められたことになるんよ」

「……どうやって脱出するんですか?」

「ふふふ、任せぇな。腐ってもわては天狐。頭空っぽな妖怪抑えて空までぶち抜いて逃げるくらい余裕やで」


 ふむふむ。なるほど。

 つまり、まだ侵食されていない結界の空の部分を無理やり壊して外に出ると。全力の力技じゃない……。


「――海様海様」

「う、うんうん。なに?」

「この女狐は信用なりませんわ。わたくしが頑張りますから二人で逃げましょう?」

「えっと……鎧さんは?」

「……尊い犠牲ですわ」

「うーんと、石海君は?」

「そちらは女狐に任せればよろしいかと」

「あー、えっと、布女さん却下ね」

「ど、どうしてですか?わたくしなら海様を安全にご自宅までお送りできますのに……」

「布女さんには本当にだめそうな時に備えておいてほしいんだ。ね?布女さんにしか頼めないから。お願い」

「――は、はいっ!」


 近くで疲れた顔をしている鎧さんは置いておくとして。


『甚伍、わたしたちはどうしようもないから全部天狐ちゃんに任せましょう?』

(そうだね)


 頷き合い、二人で天狐ちゃんに向き直る。こんな茶番を見ていた間にも、少しずつ夕枯れによる侵食は進んでいた。まだ時間はあるとはいえ、空の明るさはもう最初の頃の半分以下となっている。


「ほな時間かけるのもなんやし、すぐ取り掛かるわ」


 言ってすぐ、私たちに向けて尻尾を伸ばす。甚伍や桔葉さん、布女さんたちも含めて全員で一本分。伸ばされた尻尾から強い霊力の波動が伝わってきた。どうでもいいけど、尻尾がふさふさふわふわしててとっても可愛い。触り心地すっごくよさそう。


 私は別として、霊力の力で橙色の光に包まれた甚伍たちが浮きあがった。

 そのまま高速で上空を飛び、勢いのままに薄赤色の空へ突っ込む。天狐ちゃんだけは途中で止まり――と思ったら分身して片方残って片方はこっちに来ていた。私は自力で甚伍に付いていかなくちゃいけないので、結構移動が大変だった。


 下では天狐ちゃんの片割れが九本の尻尾を輝かせて霊力を高まらせている。


「すこーし邪魔させてもらうから、覚悟しときーな」


 何やら呟き、霊力すべてを使って小さな太陽を作り上げた。そう、太陽としか思えないような、そんな異常なほどに明るい火の塊。

 じっと見ていた私が目を逸らしてしまうほどに、その火の塊は眩しく力強かった。


 疑似太陽に意識を持っていかれたのは私だけじゃなくて夕枯れもだったらしい。大きな身体を動かして近づき、赤黒い身体に取り込もうとしている。あれが取り込まれでもしたらさらに危険になっちゃうんじゃ、と思ったけれど。


「残念、そら幻覚やで――本命はこっちや」


 ぱっと突然太陽が消えたと思ったら、今度はこっちにいる天狐ちゃんが全身に霊力を漲らせていた。


 手を伸ばし、指を伸ばし、指先から小さな小さな、本当に小さな火の玉を打ち出す。私たちの向かう空の先に飛んでいった火の粒は一瞬で見えなくなり、その後すぐにキィィィィンと甲高い音が聞こえてきた。


 飛んでいく先の空間に不自然な罅割れが見え。


「ほら逃げんでー」


 天狐ちゃんの緩い声を耳にしたと思った途端、私たちは夜中の中央公園上空に戻っていた。


 空には半分ほどに欠けた月が浮かび、ちらほらと弱い光の星が見える。決して星々がきらめく空なんてものはなく、下には街灯が照らすコンクリートのイベント会場と芝生広場が見えるだけ。見慣れた日常の景色だった。


「はぁぁぁ……」

『ふぅぅ……』


 甚伍が重い息を吐き出すのと同時に、私も安堵の息を漏らす。

 さすがにちょっと疲れた。気疲れ。


「あ、かんにんえ。わてちょい力使い果たしてもうたからもう飛べへんわ」

『「「えっ」」』

「うふふっ、わたくしの出番ですわね!」


 すとんと自然落下を始めた甚伍と桔葉さんと、ついでに天狐ちゃんをも抱き止めて、大きな布になった布女さんがゆっくり空を下りていく。


『はぁぁ……』


 私はさっきよりも深く溜め息を吐き、改めて大きな疲れが押し寄せてきたのを感じた。

 前に見たことのある布ぐるぐる巻き状態の甚伍を見て、傍に寄り声をかける。


『帰りましょう……』

(うん……帰ろう)


 二人とも、ずいぶんと疲れた声をしている。

 甚伍はもちろん、霊体である私も緊張と不安と恐怖と混乱と、色々な感情から解放されて疲れてしまった。


 空には半分の月が浮いている。

 優しい月明かりが、風に揺れる白布を照らしていた。

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