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オカルト科学"界"の僕と多次元魔法"海"の私  作者: 坂水 雨木
第二章(地球)、私と少年と秋の怪異。(前編)
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第十三話、帰り道と犬と怪異。

 帰り道。

 時刻は未だ朝の十時前。起きた時間が八時だと考えれば、ご飯食べて身支度整えてここまで走ってきて、と色々したにしては早い気がする。

 場所は宇美花中央公園のちょうど出口となるところ。下り坂を真っ直ぐ進めばそのまま甚伍の家路へと繋がっている。


 結局、公園では何も起きていなかった。夕枯れ現象をどうにかするための儀式を行うとか妖狐の天狐ちゃんが言っていたけれど、特に何かをしているようには見えなかった。公園内に不審なものもなく、霊感として感じるものも何もなかった。

 妖狐の姿なんて一切見られず、準備……?と二人して首を傾げるはめになった。あと、幽霊はいつも通り普通にいた。うん。いつも通り。


 そして今日の運動も折返し地点に来たわけなんだけど……。


(……守護霊さん、気づいてる?)

『気づいてるわよ。今後ろ見てるわ』

(僕も振り返っていいかな)

『さっきあなたも見たのだし、振り返ること自体は問題ないと思うわよ』

(うん、わかった)


 私の横で少年が振り返る。公園出口の下り坂手前。振り向いた私と甚伍の視線の先には、一匹の犬がいた。


(犬がいるね)

『そうね』

(半透明だね)

『そうね』

(僕らのこと見てくるね)

『そうね。正確にはあなたのことをね』

(うん。あの犬、僕が前にこの公園来た時にこそっと霊力分け与えた犬だ)

『そうね――ん?え?なに?どういうこと?』


 ちょっと何言ってるのかわからなかった。この子、霊力分け与えるとか言った?


(実はさ、霊体に霊力ぶつけたらどうなるのかなって思って試してみたんだよね。じわーって染み出させるみたいに霊力出してみる感じで)

『いつの話?』

(先週ここに来た時。守護霊さんが辺り見回している間に、こそっとやってみたんだよ)

『その相手があの犬だったの?』

(うん)

『自業自得じゃない』

(うん。助けて)

『急に助け求めてくるわね……』

(こんなことになるとは思ってもみなかったんだっ!)

『それ、昨日のテレビの真似じゃない。あなた意外に余裕あるわね』

(いやいや、全然余裕ないよ。ふざけてる元気はあるけど、真面目な話どうしようか困ってる)


 少年の横顔を見て、確かにと思う。さっきから甚伍の視線は犬から一時も逸らされていなかった。私は甚伍の横顔を見たりしてるから全然逸らしてるけど、会話の割にこの子ちゃんとしてる。

 伊達に妖怪含めいろんな怪異と対峙してきてないわね。


 私も甚伍を見習って、犬を見つめて考えてみる。

 どこかで見たことがあるような見た目の犬。たれ耳で、毛並みはふわっとしてる。色は橙から金に近くて、目も優しそう。全然怖い雰囲気はないけど、犬が半透明だということを忘れちゃいけない。


『甚伍、この犬の犬種とかわかる?』

(え?たぶんゴールデンレトリバーだと思うけど……たぶんね)

『ごーるでんれとりばー……』


 口の中で名前を転がす。

 ごーるでんれとりばー……ゴールデンレトリバーかしら。知らない単語来たわね。私の日本語辞書に載せるわよ。


『あのゴールデンレトリバー?だけど、また霊力あげたら帰ってくれるんじゃない?』

(確かに……)


 小さく頷いて、そそそーっと犬に近づいていく。

 私の適当な発言を信じちゃった甚伍が可愛いのはいつもだからいいとして、個人的に霊力をどうやってあげたのか気になる。さっきはじわぁーっとか言ってたけど、正直意味わかんなかったからちゃんと見ておきたい。


 じっと見ていると、何やら右腕を前に突き出して集中し始めた。何が起こるのかと内心わくわくしていたら、腕の先から薄ぼんやりとした光のもやもやが溢れ出してきた。

 もやが接した先のゴールデンレトリバーは、目を閉じてふるふると震えている。わんわん吠えることもなく、がうがう唸ることもない。無言でぷるぷる震えていて、それが終わるときらきらした目で甚伍を見つめていた。あれは完全に飼い主を見る目だと思う。


 無言で私の傍まで戻ってきた甚伍は、何とも言えない顔をして聞いてくる。


(どうだった?)

『どうって?』

(餌付け)

『……成功したんじゃない?あの犬、あなたのこと飼い主か何かだと思ってるわよ』


 たぶんだけどね。


(悪い犬じゃないのかなぁ)


 ぼやく少年に何と返そうか迷い、彼自身の知識に問いただしてみることにした。


『ねえ、あなたの知る犬に纏わる妖怪か何かの知識ってないの?』

(え……いや、うん。……僕らってさ、今帰ろうとしてたじゃん?)

『そうね』

(実はさ。帰宅とか帰郷とか、帰ろうとする時に現れる妖怪がいるんだ)

『ふーん……』


 なんとなく予想付いたけど、今はまだ何も言わないでおいてあげる。


(送り狼って言うんだけど、簡単に言えば人を家まで送ってくれる狼なんだよね)

『良い狼じゃない』

(まあ転んだりしたら食べられるし、脅かしてきて逃げても食べられるけど)

『全然良い狼じゃないわね、それ』

(妖怪だからね)

『でも、ゴールデンレトリバーは狼じゃないでしょう?』

(いやー、狼ってさ、地方によっては犬って呼ばれてたりするんだよ)

『……』

(……ね)

『……よ、要は平穏にお家まで帰れればいいってことでしょう?』

(……うん)

『じゃあそうしましょう、ね?』

(そう、だね。そうするしかないか)


 神妙な顔で頷く少年と二人で帰りの道を歩き始める。

 ちらと振り返れば当然のごとく付いてくる犬がいた。何が怖いって、見た目恐怖を煽る感じが一切しないことよ。足音もないし匂いもないし、姿は半透明だし。見なかったことにしましょ。


 てくてくてくと、帰りはランニングを取り止めてお散歩に切り替えさせてもらった。これまで走ってきて転んだことなんて一度もないけど、万が一があるから安全第一で行こうとの話で。


 坂を下り、道路を抜け、また坂を下り。

 歩き慣れた、とまでは言えない道を進んでいく。普段のランニングコースである水道道までもう少し。自然の多い道は落ち葉もそれなりにあり、今日が雨じゃなくてよかったと強く思う。


 住宅街の合間を縫っていくと、途中で信号に差し掛かる。ふと後ろを見てみれば、ちょこんと地面に座っている犬の姿があった。見なかったことにした。


『そういえば甚伍、今日の夜出かけることってお母様とお父様に伝えなくていいの?』

(あ……)

『その反応は伝えなくちゃいけないやつね……』

(どうやって伝えればいいかな?)

『桔葉さんと神社で話すとかはどう?中央公園まで行ったとして、帰りの送迎くらいは妖怪の誰かがやってくれるでしょ。というか、その辺りの話を後で電話で聞いた方が早そうね』

(うん。そうする。ありがとう守護霊さん)


 お礼を言う甚伍にひらひらと手を振って、仕草が見えていないことを思い出して”どういたしましてー”と緩い思念を送っておいた。

 我ながら通常の会話(念話)と思念波の使い分けが上手くなったものだと思う。いつも甚伍の傍にいるからあんまり思念飛ばすことってないけど、あれば便利だから重宝はしている。この世海風に言うならスマホね。電話だと思えばずいぶん便利に感じるでしょう?


 のんびり考え事をしたりどうでもいい会話をしたりして。

 気づけばもう家の前だった。


 水道道とかね、帰り途中の道とかね。そういうの全部さささーって過ぎちゃったわ。自動車も自転車も運転していなければ電車にも乗っていなくて、走ってすらいないんだから転ぶ要素そもそもなかったのよ。それでもちょびっと怖かったけど。


 とりあえず無事家に着いた。着いたけど……。


『?家に入らないの?』

「っと」

(ちょっと待ってね。送り犬の伝承には続きがあるんだ)


 言いつつ鞄をごそごそと漁る。肩から腰にかけて通した身体に引っ付く系の鞄で、大きさは小さめ。でも動きやすさは抜群なので甚伍はよく使っている。お出かけする時は最低限呪符とかお財布とか入れておかないといけないもの。


 お行儀よく玄関前で待っている犬は公園で見た時から一切変わらず、甚伍が鞄を漁っている間もじっと静かに待っている。わざわざここまで追いかけてきたとは思えない大人しさ具合だった。


(よし)


 呟き、鞄から取り出したのは小さな袋だった。ちゃんと密封できるプラスチックの袋で、透明な割には頑丈らしい。中に入れられているのは白い粉。通称、塩。


「ここまでありがとうね。はい、お食べ。ついでに霊力もね」


 日本語でお礼を伝え、手のひらに塩を出して犬に食べさせる。心の一部で、どう考えても食べないでしょと思っていた私の思惑は外れた。霊力を集めた甚伍の手のひら(塩)にご執心な様子の犬は、ご機嫌に尻尾を振ってぺろぺろと塩を舐めていた。色々釈然としないけど、可愛いから許す。


 いつまで食べているのかしら、と思ったところでゴールデンレトリバーのおっとりした顔が上がり見えるようになる。やっぱり可愛い。ちんまりした動物も可愛いけど、ほんわかした系の動物も可愛いわね。霊体だけど。


「ばいばい」

『また会いましょうねー』


 ちらりちらりと名残惜しそうにこちらを見ながら離れていく。後ろ姿は少し悲しそうで、もしかすれば私たちから離れるのが寂しいのかもしれない。妖怪っぽくはないけれど、そういうのがいてもいいと思う。可愛いし。


 二人で手を振りながら、犬の姿が交差点で曲がる――前にふわっと薄れて消えた。


『……』

(……)

『……ま、霊体だものね』

(……そうだね)


 微妙な気分だった。妖怪関連の生物?だとわかっていたとしても、直にそれを教えられると微妙な気分になってしまう。太陽眩しく空は明るいのに、いっきに非日常になってしまったような、そんな感覚。


(ところで守護霊さん)

『なに?』

("また会いましょう"は違うんじゃないかな)


 はっとする。確かに言われてみればそうかも。

 送り犬(ゴールデンレトリバー)が可愛いからほんわかしちゃってたけど、あの子、甚伍が帰り途中に転んだら嚙み殺しにかかってくる感じの犬だったのよね。


『ごめんね。また会いましょうは違ったわね。次から気をつけるわ』

(僕は次がないことを祈ってるよ……)


 少しばかりしょんぼりした様子の甚伍は、はぁと小さく息を吐いて玄関の階段に足をかける。


「――御免くださいー」

「はい――っと、えっと、(うち)に何か御用ですか?」


 …………。


「はいー、うふふ、初めまして。私、明道(あけみち)十華(とおか)って言います。最近こちらに引っ越してきたので挨拶に来ましたー」

「ご丁寧にありがとうございます。僕は石海です。石海甚伍。両親呼んできた方がいですか?」

「そうですねぇ。お願いしてもいいですかー?」

「わかりました。少し待っててくださいね」

「はいー」


 ……。

 とっとっと、と階段を上り家に入る甚伍へ付いていく。ちらと振り返ると、肩まで伸ばした髪を機嫌良く揺らして笑う女の人がいた。私に気づいている様子はない。


(守護霊さん?さっきから反応ないけどどうかしたの?)


 少し考え込んでいる間にそこそこ時間が経ってしまったらしい。甚伍は両親を呼び、既に来客のことを話し終えていた。


『ごめんね、ちょっとね』

(うん)


 真っ直ぐと信頼の眼差しを向けてくる少年に伝えるかどうか迷って、すぐに話そうと決めた。こういうのは、こちらの世海でしっかり生きているこの子に伝えた方が良いと思ったから。


『甚伍、さっきの女の人、いつ私たちの後ろにやってきたと思う?』

(……え?)

『足音も気配も、匂いも霊感も。私の持つ何にも引っかからなかったわよ』


 ごくりと息を吞む音が聞こえた。

 そう、さっきのおっとりしていそうな女性。いつどこからどうやって現れたのか、甚伍の傍で守護霊をやっている私が、妖怪も霊体も怪異も、大抵のものなら気づけるこの私が、一切その存在に気づけなかった。


 あの人はいったい、誰なのか。もしくは()なのか。

 まだまだお昼時だというのに、どうしてか背筋が寒くてしょうがなかった。

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