第十三話、海底火山。
レメイラ式のサーフボード型魔法船に揺られること三十分。
水平線に囲まれた海上にて、僕らは今まさに海中への飛び込みを敢行していた。
ざぶりと音を立てて沈んでいく面々。
リィムさん、ソベルトさん、ミィルクさん、ツキさん。ついでに僕とツィヤの霊体組。
現在地、第十七都市より西へ百キロ進んだ海中。
こちらの世界の距離単位は日本式のメートル法と同じだった。ただし部分的には異なる。
キロメートルはミレメートル、センチメートルはミルメートル、ミリメートルはミリメートル。
レメイラと地球で様々な部分が似通っているのは既に学んだことだが、こういった部分にも共通点を見つけると嬉しい気持ちになる。
数え切れない世界がある中で共通点がたくさんあるから、僕はリィムさんとの縁を手に入れることができた。同じところがある分だけその縁も強くなる気がするのだ。
神様も縁を大事にしろと言っていたし、この考え方は間違っていないはず。ツィヤもピカピカ点滅して興味津々だった。ここに僕がいることこそが証明だとか何とか。よくわからないけど、とりあえず僕はちょっとでもリィムさんとの縁が強くなって嬉しかった。
雪空の下であっても海中であっても輝きを失わない白金色の髪を揺らすリィムさんから目を逸らし、泡一つこぼさず沈むレメイラの人たちに紛れ付いていく。
『……ん、あれ。そういえばツィヤ』
『シー。なんでしょう、ジンゴ』
『共星種の人って呼吸とかどうなってるの?』
見た目立体菱形で光が取り巻き光で縁取られたSF生物な共星種。ツィヤはともかく、ツキさんは現在進行形でレメイラにいるのだから水の影響も受けているはずだ。
『シー。ジンゴ、わたしたちはあなたの言う"呼吸"をしていません。情報群体として存在しているため、根本的にジンゴたち人間とは異なるのです』
『そっか……。そんな気はしたけど、やっぱりそうだったんだ。水圧の影響とかも大丈夫なの?』
『シー。はい。シィステラ様に魔法術をかけてもらっているのもありますが、わたしたちは外的要因で損傷を受けるほど軟な身体をしていません』
『それってツィヤも?』
『シー。肯定します。が、わたしたちも世界の狭間で不可思議な状態になるのは初めてなので結論は出せません。興味深いです』
『そっかー』
疑問も軽く終わらせ、徐々に暗くなる海中を下りていく。
途中でリィムさんたち三人が手を振ってマリテュールを出現させた。淡く光る水人形が飛び回り海中を照らす。何度見ても綺麗で幻想的な光景だった。
沈みゆくこと何分か。
海底火山についての会話を流し聞きしていたらすぐに海底へ辿り着いた。
『……すごいな』
自然と声が漏れてしまう。
この海の世界、レメイラに来て色々と見てはきた。魔法術、異種族、異世界建築物、海溝、深海。見慣れないどころか日本じゃ絶対に見られないものばかりだった。
それでも、今のこの光景には目を見張るものがある。
マリテュールにより照らされた海底は暗くとも海の青色を保っていて、地面は大小様々な砂石が転がっている。起伏のある海底は色合いが砂色とは違うようにも見える。
そして何より凄まじいのが海底火山の噴火だった。隆起した斜面の一部が膨らみ、弾け出すように眩い火の色をこぼす。生き物のような脈動を繰り返すたびに輝く火が溢れ、同時に広がる白色の煙。噴き出したマグマは海水で冷やされすぐさま固まり海底に落ちていく。ぼこぼことした重低音が海の底で小さく響いていた。
ここは海中だ。海の底である。だというのに、とめどなく白煙が広がっている。僕の知らない世界だった。異世界の中でも殊更に知らない景色だった。
「こんなところに活火山なんてあったのねぇ。私、初めて見たわぁ」
「初めてにしては感想薄いですね……」
「あらソベ君。"ここの"活火山が初めてという意味よぉ?うふふ」
「そうですか。私は単純に海底の活火山自体が初めてですね。資料では幾度か見たことがありますが実物を見る機会はありませんでした。なかなかどうして、自然というのは素晴らしいものですね」
「二人とも全然驚いているようには見えないんですけど……」
「そうかしらぁ。うふふ、リィムちゃんにそう見えるならそうかもしれないわねー」
「そうでしょうか?これでもとても驚いていますよ。そして興奮もしています。緊急の仕事とはいえ、良い物が見れました」
煙から一定の距離を取った上空――ではなく海中か。噴火口からある程度離れた海中では全然変わらない雰囲気で会話をする三人がいた。
(……はぁぁ。これじゃあ私だけすっごくびっくりしちゃってるみたいじゃないの。すぐに取り繕えたからいいけど、ソベルトさんとかどうなってるのよ。前から思ってたけど、この人感情が表に出なさすぎでしょ。でも……すごいわね、海底火山)
全然変わってたわ。リィムさんはしっかり驚いてた。この人も僕と同じで海底火山初見みたい。お揃いですね!
『ところでツィヤ』
『シー。なんでしょうか』
『この煙って何だかわかる?』
『シー。はい。ジンゴの世界に合わせて話すので間違いがあれば訂正してください。一般的に、水は高温になると蒸発します。沸点と言いますが、基準値として百度があります。しかしそれは一般的な場合です。大気の条件によって変わり、また加わる圧力の条件によっても変わります。水中では水圧が加わり、現在地である海底ともなれば大きな水圧、圧力が加わっていることでしょう。高圧であれば水は百度以上であっても蒸発せず、液体のまま存在します。さらに、水に一定以上の圧力がかかり一定の温度である場合、それは超臨界水と呼ばれ液体と気体、両方の側面を持ちます。わたしたちの目前にある煙は海底の水圧とマグマにより超臨界水となった海水に様々な物質が溶け込み拡散した結果だと思われます』
……ふむ。
『簡単に言うと?』
『シー。高温の水に色々な物が溶けて広がったものです』
『そっか、わかった。ありがとう。助かったよ』
『シー、ニー。構いません。気にしないでください』
『それはそれとして、ツィヤって化学知識豊富だったりする?僕の世界にありそうな話だったんだけど』
『シー。不明です。ですがジンゴの持つ知識と類似した世界に訪れた共星種の知識はあるので、ジンゴの言う"化学知識"を持ち合わせているかもしれません。"日本語"も同様です』
『あー、そういえば日本語もそうだったね。ありがとう』
わかりやすい説明だった。
この白煙、高温の水だったんだ。水だとは一切思っていなかった。木星とか土星みたいな気体かと思ってた。冷静に考えたらここ水中だし気体なわけないんだけどね。想像力足りなかったよ。
「――始めましょうか」
「はい」
「ええ、やりましょう?」
ツィヤと話している間にリィムさんたちの方でも話が進んでいたらしい。全然聞いてなかった。実は僕、聖徳太子じゃないんだ。あと、そもそもツィヤが翻訳してくれてるから、ツィヤ自身が僕と話してたら翻訳も何もないんだよね。
ただしそこはツィヤ。ささっと会話の概要を教えてくれた。君が聖徳太子か。
場所は変えず噴火口からそこそこに離れた位置。
話としてはリィムさんが一人でここから海上までの道を作り上げるらしい。残りの二人は補助というかカバーというか。基本的にはリィムさん一人だけでやると聞いた。ちょっと意味がわからない。魔法術ってそこまでのことできたの?
ちらと上を見る。海面の方向だ。マリテュールが照らす範囲を出たらそこは暗闇。深い海の中らしい闇が広がっている。もちろん海面なんて見えるわけがない。
リィムさんを見ると、気負う様子なく手を翳していた。いつもと違って両手にブレスレットを身につけている。けれど翳すのは片手だけだ。もう片方は予備だろうか。
(大丈夫よ、私。大規模な魔法術なんて久しぶりだけど、思った通り深海石から力が溢れて海水に溶け込んでいるわ。私の魔力と合わせれば海面に通すくらい余裕なはずよ。……それが結構難しいんだけど、私だって伊達にいっぱいお勉強していないわ。さっとやってちゃっとぱっとやるだけだもの。平気平気)
ものすごくちゃんと気負ってたわ。リィムさん、めちゃくちゃ緊張してるじゃん。ポーカーフェイスに感情抑制してるから表には出てないけど、内面ハチャメチャだよ。頑張ってください。失敗してもソベルトさんとミィルクさんいるし、何なら僕もポルターガイストで頑張りますからね!




